前回のブログではネイリストになるためにスクールへ通い、他の生徒さんと交流をすることで新たな気付きを得て、人の意見にきちんと耳を傾けられるようになったと書きました。

 

2級と中級は無事に合格し、次は1級と上級、アロマテラピー検定1級を目指します。

 

変わったネイルスクールです

 

私が通っているのはローズネイルスクールといいます。ネイル以外にも様々なことを学べます。そのうちの一つにアロマがありました。

 

ネイルスクールを経営されている荻原ちとせ先生は、女性のための起業塾なども開催しています。ネイリストの資格を取り終わった今も、1ヶ月に1回のペースで通い続けています。

 

その理由ですが、自分の目標とやるべきことをさらに明確化したり、新たな課題を見つけたり、年齢や職種の違う方々からアドバイスをいただいたり、新たな人脈ができたり、とにかく刺激が山ほどあるからです。

 

“依存症子”はこのローズネイルスクールで学んだ結果、誕生しました。

 

刑務所の教育を変えたいという、漠然とした思い

 

私は出所後に、「刑務所の教育はなんかおかしい」と思い続けていました。大きく3つ、具体的に書いて行きます。

 

薬物事犯、常習窃盗、性犯罪、常習放火に必要なのは、刑罰だけではなく治療
 

殺人でも命の大切さの教育は行われない(過去ブログ参照、現在は変わっているかも知れません)
 

出所後に更生した人の話を聞かせることに、積極的ではない

 

まず①。

 

私の罪名は窃盗です。ですが根底には薬物依存症があり、向精神薬への依存が激しくなり、クレプトマニア(窃盗症)となりました。

 

でも罪名は窃盗です。罪名に沿った教育なので、私は「薬物依存離脱指導」という、薬物事犯者が受ける教育を受けることができませんでした。初犯なので、窃盗症の教育も受けられませんでした。

 

こういうケースを想定してください。シャブ中がお金に困って、オレオレ詐欺の受け子をして、現行犯で逮捕されたとしましょう。罪名は詐欺です。

 

でも詐欺をするような思考に陥らせたのは、根底に薬物依存症があるからかも知れません。この場合だと、薬物依存症への教育はされないまま、罪名は詐欺で受刑することになります。

 

このことに、ものすごい疑問を感じました。

 

刑務所は更生させる場所、罰を与える場所、二度と刑務所へ戻らないために、再犯しないために過ごす場所。だったらもっと色んな教育をすればいいのに!

 

字が書けない、計算ができない受刑者に、社会に出ても困らないよう、ある程度の教育を受けさせることは大切です。

 

それと同等に、依存症者に対して基本的な知識を与えることは絶対に必要です。

 

刑罰だけを与えて、治療を促すことをなぜ積極的に行わないのか?出所後に治療へ繋げることをしないのか?

 

依存症は刑罰だけでは治らない。それを知っているはずの法務省や国が動かないことに対して、疑問を感じずにはいられませんでした。


次に②。

 

過去ブログ参照ですが、殺人で服役していた受刑者に聞いたところ、命に対して、被害者に対して、被害者家族に対してどう思うかなど、そういった教育がされていないと知りました。

 

※補足:刑務所や拘置所は所長によって教育方針が違うようです。私が受刑していたころの立川拘置所は、積極的に外部から講師を招く教育スタイルだったのでしょう。栃木刑務所は外部講師には消極的だったと思います。出所から5年が経過した現在、同じスタンスかどうかは分からないということを付け加えさせていただきます。

 

人の命を奪い、その罰として長年の服役。十年単位の服役の中で、何の教育もされていないって、おかしいと思いませんか?
 

私と一緒に出所した受刑者は、心から反省していました。恐らく現在もその気持ちに向き合いながら、生活を送っていると思います。そういう人だからこそ、刑務所側も仮釈放を許したのでしょう。実際に彼女は就労支援で資格を取り、今ではバリバリ働いています。

 

ただ受刑させるのでは意味がない

 

罪名は殺人に限らず、教育がされない中、自分で過去を振り返り、何が悪かったのか?どうして自分が刑務所にいるのか?そういう反省ができる人って、どのくらいいると思いますか?

 

これは私自身のあくまで体感ですが、ほとんど居ないと思います。居ても極わずかです。


誰かに問題提起をされないと、自分の悪いところに気付けない精神的幼さにも問題はありますが、その手助けを法務省が、国がしなくて誰がするんだ!と思いました。

 

そして③、これが超重要だと私は思っています。

 

これまで私のブログを読んでくださっている皆さんは、進藤龍也牧師のことはご存知だと思います。初めて私のブログを読む方に向けて、改めて紹介させてください。

 

私は立川拘置所で、色々な人の講話を聞きました。ビートきよしさん、小松政夫さん、オリエンタルランドの方、万引き犯罪防止機構の方。

 

残念ながら、どの人の講話も私の心には響かなかった。なぜなら彼らは成功者だからです。どん底に落ちたことも、刑務所にも来たことも、当然ないわけですよね。

 

そんなときに、進藤龍也牧師の講話が流れました。

 

進藤牧師は元ヤクザで、受刑歴が3回もあります。自分と同じ「受刑者」という立場だった人が、「必ず更生できる」と言うのです。

 

それって、ものすごい説得力だと思いませんか???

 

 

私は、刑務所を出所し、更生して頑張っている人の話を、どんどん放送するべきだと思っています。

 

「私もやり直せるかもしれない……!」、「俺も世の中の役に立てるかもしれない……!」と、勇気を与えることが更生には絶対必要だと、依存症子は考えているからです。

 

荻原先生へのカミングアウト

 

2級に落ちたあたりです。私は荻原先生の起業塾で、想いをぶちまけました。

 

「実は私は元受刑者で、刑務所のこういう教育がおかしいと思っている。そして自分のような人を何とか助けられないかとも思っている。でもやり方が分からないし、どうすればいいのか分からない。」

 

正直、引かれるだろうなと思いました。絶対に白い目で見られるだろうなと思いました。でも言わずにはいられなかった。それほど熱い想いが、あのころから私の中にあったのです。

 

すると先生は、私のカミングアウトに驚くことも動じることもせず、こう言いました。

 

「いいじゃん!!!やりなよ!!」

 

私は拍子抜けしてしまいました。(笑)

先生が私に対して態度を一切変えなかったことに、まず驚きました。

 

そして今思えば、このことが自信となり、自分が元受刑者でも自信を持って生きていいんだ、そう考えられるようになり、自分の過去の経歴を貶めるようなことはしなくなったと思います。

 

 

やりなよって簡単に言ってくれるけど……どうやってやればいいねん……。

 

 

 

依存症子が生まれたきっかけ #2 へ続きます。

 

前回のブログで「1級、上級、アロマテラピー検定取得、それが碧の森とどう関係してくるか書いて行きます」と締めくくりましたが、全て書くととても長くなってしまうので、一旦ここで切ります。

 

楽しみにしてくれていた方には、大変申し訳ありません。

 

ということで間隔を少なめに、次回は11月2日㈫に更新します。この日は2回目のワクチン接種です。

 

前回のブログではネイリスト検定のモデルを、栃木刑務所の静思寮で一緒だったNさんにお願いしたこと、Nさんへの不信感が増していく中、平常心で試験を受けることができず、2級に落ちてしまったと書きました。

 

・人のせいにするのは簡単

・自分に悪影響を及ぼす人間関係の断捨離

 

ネイリストを目指しているのに、ネイルの内容とは関係のないことに気付かされるのです。人生って面白いと思いませんか?

 

他の生徒さんとやり取りをするようになります

 

私と同時期にスクールに入った人たちの多くは、私より先に2級と中級に合格しています。そのことに劣等感と焦りがありました。

 

でもそんなことを悩んでいても何も前に進まない、今の私ができることを精一杯やればいい。

 

そこで私はスクール生何人かに、私の家で一緒に練習しませんか?と声を掛けました。何かの縁で同じ時期にスクールへ入学したのです。卒業して「はいさようなら!」というのは嫌だったんですよね。

 

何の勉強でもそうでしょうが、情報交換は大切です。依存症子が出所後に取った資格で書きましたが、ネイル用品は結構高いのです。筆1本にしても安い物で800円、高いもので2万円、一生持つものではなく消耗品です。

 

仮に4人が集まれば、4人が使っている筆の使い心地を試せます。その中で自分に合ったもの、使いやすいものを買えばいい。何本も購入して「失敗した~!」ということがなくなります。

 

スクールでは時間が限られているので、皆の時間が合うときに依存症子の家で、練習と情報共有を行うようになります。

 

生徒さんの練習法や価値観を学ぶ、知る

 

スクールでは他の生徒さんがどんな練習をしているのか、まじまじと見ることはできませんし、私語もできません。

 

スクールには講師が何人かいるのですが、それぞれ教え方が違ったりするんですよね。その内容を自宅で話し合ったり、練習方法を検討しながら実践することができました。

 

ネイル関係では→どんな筆の持ち方をしているのか?塗り方をしているのか?絵の描き方をしているのか?削り方をしているのか?どのメーカーの道具を使っているのか?またその理由は何なのか?

 

人として→どんな考え方をしているのか?価値観を持っているのか?

 

年齢も育った環境も違う人の話を聞くのは、私にとって大変刺激的でした

 

というのも私はろくな環境で育っておらず、学歴は高卒、その後好き放題を続けて受刑者となりました。ですので一般常識が備わっていません。

 

他のスクール生はなぜネイリストになろうと思ったのか?

 

普通の家庭に育ち、大学へ進学して就職し、会社を辞めてまでなぜネイリストになろうと思ったのか?働きながらネイルリストの資格を取ろうとする理由は何なのか?

 

ネイリストになりたいと思ったきっかけを聞けたことが、とても新鮮だったのです。

 

ちなみに今でも定期的に交流を続けています。私が引っ越しや産業カウンセラーの受講、起業でバタバタしたこともあり、あまり会えていませんが、年末にでも小さな忘年会を開く予定です。私の活動を応援してくれて、本当にありがたいと思っています。

 

2級と中級、無事合格

 

 

 

上がネイリスト検定2級、下がジェル検定中級直後の写真です。

 

2級のポリッシュの仕上がりとアート、中級のピンクのグラデーションのレベルが低いですが、そこはご愛嬌ということで……。

 

このとき、コロナ禍真っ最中です。ネイリスト検定はコロナウイルスの影響で延期になり、さらに1級と上級は、ハンドマネキンで受験が可能となりました。

 

従来はもちろん人(モデル)でしたが、1級の実技試験時間は約3時間、それを対面で行うのは危険と判断されたようです。

 

自宅で6時間の練習を何日も繰り返し、私は無事に2級と中級、他の生徒さんは1級と上級に合格することができました。私の中級のモデルさんは、一緒に練習した生徒さんにお願いをさせてもらいました。

 

いよいよ、1級と上級を残すのみとなりました。

 

人の意見に耳を傾ける素直さが身に付いた

 

今年の6月のブログ、「刑務所は小さな社会」で書きましたが、解決できない問題は自分には降りかかって来ません。私が前回の2級と中級で落ちたのには、間違いなく意味があったのです。

 

もしあのまま合格していたら?

調子に乗ってろくに練習しなかったでしょう。人の手を乱暴に扱う癖が抜けなかったかも知れません。みんなで練習しようなんて発想が生まれなかったかも知れません。

 

2級と中級に落ちたことで、見えてきたものがあるのです。一発合格していたら、気付けなかったことがあるのです。

 

 

これは受刑生活でも同じことが言えます。

 

逮捕されて刑務所へ行ったから、見えてきたものがある、今の私がある。

 

あのとき逮捕されて本当に良かったと、心から思えるのです。

 

 

ネイルスクールへ通うようなってから、人の意見に耳を傾けることができるようになりました。素直に聞けるようになってきたんですよね。

 

これは依存症子が一貫して皆さんにお伝えしていますが、狭い交友関係、あるいは孤独に過ごしていたら、自分の意見も考え方も凝り固まって、柔軟性を失ってしまうと思います。

 

アロマテラピー、やってみよう。

 

私の通っていたネイルスクールは、ネイル以外の事もたくさん教えていて、その中にアロマテラピーがありました。

 

実は20代前半から後半に、少しだけアロマにハマったことがあります。

 

覚せい剤と向精神薬、ギャンブルに買い物依存でパッパラパーだったころですが、少しでも安眠を求めて、ラベンダーの精油を買って、寝る前に嗅いでいたことがありました。

 

覚せい剤に向精神薬で、アロマの効果はかき消されましたが(笑)、今後の生活で深い眠りで安眠ができるならと、改めてアロマも学ぶことにしました。

 

 

 

次回は1級と上級、アロマテラピー検定取得と、それが碧の森とどう関係してくるか、書いて行きます。

 

前回のブログではネイリスト検定1級、ジェルネイル検定上級、アロマテラピー検定1級を取得したと書きました。

 

ネイルモデルをお願したのは、栃木刑務所の静思寮で一緒だったNさんです。Nさんに対して私は不信感を持つようになりました。今日はその理由と、合格の経緯を順序だてて書いて行きます。

 

時間を守らない

 

モデルを元受刑者にお願いするということで、夫が不安にならないよう、昼食を食べながらNさんを夫に紹介することにしました。

 

場所と時間を決めてお店の予約をし、Nさんには事前に伝えてOKをもらい、当日待ち合わせ場所で夫と待ちます。

 

この日、Nさんは15分ほど遅れて来ました。

 

Nさんは家に来るとき、時間ぴったりに来たことがありませんでした。そういう人なんだと割り切っていましたが、さすがに夫もいてお店も予約しているし、まさか遅れて来るわけないよねと思っていたんです。

 

ラインで「遅れます」の一言があっても良さそうですが、何もありません。そしてこの日は電車の遅延もありませんでした。

 

このときに、まず小さな違和感を感じました。

 

報酬を支払い、ケア用品も渡します

 

モデルを受けてもらうにあたって、練習のときにこちらまで出向いてもらう交通費、ネイルモデル当日の報酬を支払うという「契約」をしました。正式に書面で交わしたわけではありませんので口約束ですが、約束は約束です。

 

Nさんの爪を綺麗に保ってもらうために、保湿オイル、手袋を渡して、使い方を教えます。

 

モデルになる人には、爪を折ったり欠けたりされると本当に困るのです。3本以上リペアしてあると(長さを出したり補修してあると)減点からのスタートとなってしまうからです。

 

3級試験日3日前

 

3級は余程の失敗をしない限り合格します。公表されている合格率も80%以上です。結果から言うと、無事に合格できました。

 

Nさんは試験直前に、爪にヒビが入ったとラインしてきました。私は不安になりましたが、日常生活を送っているんだから、折ることはある程度仕方ないよねと思っていました。ネイルスクールでリペアをしてもらいます。

 

 

それにしてもNさんは爪を折ったり、欠けさせることが多かった。

 

正直、私はそれにとても腹が立ちました。「あれだけケア用品を渡しているのに何で折るの?ケアしてないんじゃないの?」そう思ったのが第2の違和感です。

 

 

どんどん見えてくるNさんの嫌な部分

 

3級とジェルネイル初級は無事に合格できました。次は3ヶ月後に2級と中級です。

 

Nさんへの不信感が膨らみながら、他にモデルがいないからと言う理由で、またNさんにモデルをお願いをします。

 

彼女は快く受けてくれました。受けてくれたことに関しては、不信感とは別問題ですので、感謝しています。

 

2級と中級の練習日の連絡をします。「〇日の〇時からどう?返事待ってまーす」みたいな軽い感じでラインをします。

 

でも、ラインの返信が非常に遅いのです。彼女は電車移動が多く、休みは週2回だと言っていました。1日既読が付かないこともありました。

 

私は昼職の忙しさをそれなりに理解していたつもりです。すぐに返信しろなんて我儘は言いません。人の行動パターンは十人十色です。

 

ですが……せめて24時間に1回は、嫌でもスマホを見ると思うんですよ。仕事でも使っている訳ですし。

 

スマホを見る暇がないほど忙しいんだ、初めはそう思っていました。でもある日一緒に電車に乗っているとき、前の席でスマホゲームをやっていたのを見たのです。

 

「なんだ。ゲームやる暇あるなら返信できんだろ」、そう思ってしまいました。これが第3の違和感です。

 

2級と中級は、見事に落ちました

 

そんな不信感を持っているNさんをモデルにして、良い結果が出るわけがないのです。

 

悪いことは重なるもので、彼女は2級の試験前日に、また爪を折りました。折れた連絡をラインでもらったとき、「こいつ…前回に引き続きマジかよ」と怒りが押し寄せてきて、もう今回の試験はダメだと思いました。

 

試験に臨むという挑戦を、高校受験と運転免許の取得しか経験していない依存症子。何かに必死で打ち込んで、練習して、頑張ったことなど一度もないわけです。

 

試験に対して耐性がある人は少ないかも知れませんが、「症子ちゃん、本当に申し訳ないけど爪折れちゃった」と言われて、冷静でいることができませんでした。

 

 

そして彼女は試験中に居眠りしてしまいました。

 

ネイリストはお客様の手を見ながら(下を見ながら)施術をしますが、頭が動いているのは視界にちゃんと入るのです。寝られないように手を強く握ったりしても、頭が上下しています。こっくりこっくりってやつです。

 

私はもう、平常心ではいられませんでした。

 

合格発表が過ぎて

 

試験結果が分かって、私は落ちた報告をNさんにしました。

 

そのとき精一杯強がって、良い人ぶって、「Nちゃんのせいじゃないよ!」とラインを送りました。

 

でも、腹の中では「おめぇのせいで落ちたんだよ!」と思っていました。

 

 

Nさんは謝ってくれました。その気持ち自体は受け取りますし、彼女もそれなりに責任を感じていると感じました。

 

私からすれば報酬を払っている以上、しっかりしてほしかった。でも彼女はアトリックスのCMに出るような、ハンドモデルではありません。私も報酬を払うなら、もっとしっかり爪の管理をできる人に依頼すれば良かったのです。

 

私は落ちたあと、しばらく落ち込んでいました。ウジウジしていました。そんな私を見て夫はこう言いました。

 

「Nさんを選んだのは症子。症子の見る目が無かった、イコール実力不足。早く切り替えて次に進みなさい」

 

 

人のせいにするのは簡単

 

ブログを週2回書きながらネイリスト試験に臨んでいた私ですが、2級と中級に落ちて、初めて見えてきたものがありました。

 

私は落ちたことを、全てNさんのせいにしていました。でも本当にそうだったのかな?立ち止まって考えてみたのです。

 

仮にNさんの爪が完璧だったとして、私の技術は合格点に届いていたのだろうか?

 

いや、届いていない。私は2級と中級を甘く見ていたのです。

 

私の中でNさんへの不信感が大きくなり、彼女の手を無意識のうちに“乱暴”に扱っていたことに気付いたのです。

 

試験官は見ています。モデルは将来のお客様。そのお客様の手を乱暴に扱う受験者を、ネイリストとして合格させるわけがないんです。
 

私は初心に戻って練習をしました。何で落ちたのか徹底的に見直しました。そしてネイルスクールに、2級と中級のモデルさんを紹介してほしいとお願いしました。

 

Nさんをモデルとして使い続けても、絶対に合格できないと思ったからです。

 

実力不足が補えてNさんをモデルにしても、精神面で追い込まれるのが目に見えていました。また折るんじゃないの?という不安が、私の受験の妨げになると気付いたのです。

 


今後Nさんには、私から関わることはありません

 

もしかしたら、このブログをNさんは読んでいるかも知れません。それを覚悟の上で書いています。

 

私は依存症当事者、依存症者や受刑者家族の支援をしたい、そのことに一生を費やしていく、それが私のやりたいことであり、更生でもあるとNさんには伝えていました。

 

同じ刑務所に居たのです。分からないことがあったら聞いてもいい?とか、気付いたことがあればアドバイスが欲しいとお願いすると、「何か力になれることがあれば嬉しいよ」と言ってくれていました。

 

 

これは去年の6月26日の、私とNさんの最後のラインのやり取りです。左がNさん、右が私。

 

このライン以降、私からコンタクトは取っていません。

 

 

 

 

今年の頭にNさんから年賀状が届きました。ブログの事には一切触れておらず、元気ですか?という内容でした。

 

私はイラっとしました。「ブログについては一切触れないんだぁ」と。

 

私はラインに、「暇なときに見てくれればいいよ!」と書いています。嫌味な言い方をしますが、Nさんは2020年6月26日から2021年1月まで、暇な時間は一切無かったの?と小一時間問いたいくらい。(笑)
 

過去の記憶が思い出されます。電車の中でスマホゲームやる時間はあっても、ラインの返信はしない人だったよね。6ヶ月間で仕事の休みは何回あったんでしょうね。そんなことを考えてしまったのです。

 

大人の人間関係について考えました

 

ここまで読んでくださった皆さん、私がNさんの悪口を書いている、そう思われるでしょう。あくまでも私の価値観で、ここまでNさんへの思いを書いています。

 

もしかしたらNさんには他意はなく、ブログのことも忘れているだけかもしれません。

中には24時間どころか、36時間スマホを見ない、と言う人もいるでしょう。

 

 

私が今日のブログで何を伝えたいかと言うと、自分がイライラしてしまうような人と、無理に合わせて付き合って行く必要は無い、ということです。

 

 

Twitterでも、無理に相互フォローにならなくたっていい。合わないならフォローを外せばいいし、見たくないならミュートにすればいい。

 

もう子どもじゃないんです。無理をして相手に合わせて、この人に嫌われたくないとか、とりあえずこの仲間の中にいれば安心とか、そんな小さなことを気にするのは、中高の思春期までだと思います。

 

 

自分がイライラしたり落ち込むくらいなら、切った方がいい人もいる。勇気を出して人間関係の断捨離をするのも必要なんだと、この一件から学びました。

 

自分のことを真剣に考えてくれて、怒ってくれたり苦言を呈する人を大切にしていく。

 

信頼関係を築くと、人間関係が円滑になります。そうすると人生がより楽しく、生きやすくなると私は思います。

 

 

次回は2級から1級までのことを書いて行きます。

 

 

産業カウンセラー養成講座、終了しました!

 

 

 

試験は来年の1月です。それに向けて座学の勉強開始です。

 

私は受講者皆さんの連絡先を、全員聞き出すことに成功しました。一ヶ月後にまた皆さんで集まってセッションの練習をすべく、貸会議室の予約に奔走しています。(笑)

 

 

かけがえのない仲間とこの講座で会えたことを、心から感謝しています。

 

前回のブログでは、進藤龍也牧師の教会へ伺わせていただいたこと、記念すべき初対面は、「罪人の友 主イエス・キリスト教会」の16周年記念礼拝の日だったとを書きました。

 

今日は9月10日に書いた誘惑に負け続ける依存症子 #2の続きを書いて行きます。

 

出所後にタバコに逃げた私が、チャンピックスと言う禁煙補助薬でやっと止めたこと、次はスマホゲームの課金が止まらなくなってしまったことに始まり、

 

依存症者である私は、どんな依存対象に対しても気を付ける必要がある。それに気付き、自分にやれることを探そうと決めました。

 

今まで私が何の資格を取ったのか、一切書いていませんでした。なぜその資格を取ったのか?取るまでにどんなことが起きたのか?碧の森とどのようにリンクするのか?

 

だいぶ長くなるので、何回かに分けて皆さんにお伝えしていきます。

 

まずいきなり書いちゃいますが、
 

・ネイリスト検定1級

・ジェルネイル検定上級

・アロマテラピー検定1級

 

以上の資格を持っています。

 

そして今現在は、産業カウンセラーの資格を取るべく、産業カウンセラー養成講座に通っています。実は明後日の17日㈰で講座は終了します。試験は来年1月です。

 

本当にネイリストなの?と疑問を持たれる皆さんに、合格した者に与えられるバッジと、過去作の写真を載せておきます。どれも私の右手です。

 
 
 
 
 
 

改めて過去を思い出す作業を始める

 
私は細かい作業が好きです。プラモデルを作ったりすることもありますが、仕上がりにはこだわります。これはどんな人でも同じかもしれませんね。
 
出所してタバコ、スマホゲームと依存に走り、私は改めて過去の自分を振り返っていました。私でも何か得意だったり、または好きだったことが絶対にあるはず。
 
何日かかけて振り返りました。向精神薬の影響で記憶がごちゃごちゃになっています。
 
今は薬機法が変わったので施術は出来ませんが、眉毛やアイラインの入れ墨の資格を取ったこともあります。そんなとき、ふと思い出したのです。
 
「わたし高校生のころ、ネイルチップを友達に作ってあげたことがあったなぁ……」
 

思い立ったが吉日、よし!ネイルやってみよう

 

まず初心者用のジェルネイルキットを、楽天で購入します。もちろん夫に相談し、「私は細かい作業が結構好きだから、それを仕事にできたらと考えている」と伝えました。

 

ある程度のアイテムが揃っている1万円ほどのキットを購入しました。まず自分でやってみます。知識がないので、自分の爪を痛めてしまうことが多々ありました。

 

やっていくうちに疑問がたくさん出てきます。「何でこれを使わなきゃいけないの?」、「これを使う理由は何なんだろう?」、「違うもので代用できないの?」、「どうしてこの手順じゃないといけないの?」など。

 

何より、もしネイルを仕事とするならば、自分の爪を痛めているようでは、お客様の爪に施術などできません。

 

ネイルスクールに行って、ネイリストになればいいんじゃね?

 

思い立ったが吉日の依存症子です。片っ端からネイルスクールのHPを見て、資料請求をします。

 

一番早く自宅に資料が届いたのが、とあるネイルスクールでした。私は他の資料が届く前に、このネイルスクールの説明会に足を運びます。

 

私の特性としてすぐに行動に移す、待つのが大嫌いで、とてもせっかちです。(笑)

 

このネイルスクールが、私の“やりたいこと”と“やるべきこと”を、最終的に「碧の森」という形へと導いてくれました。それはまた後に書いて行きますので、楽しみにしていてください。

 

私はネイリストになるべく、この学校に入校します。

 

なんでネイリストなの?

 

私がなんでネイリストになろうと思ったか。いくつか理由がありますので、説明していきます。

 

・爪を痛めず、ケアをしながら指先を美しくしたいと思ったから

・自宅サロンを開くことができると思ったから

・自宅サロンならば制服に着替える姿を(刺青を)、他人に見られる必要はないから

・指先が綺麗だと心が明るくなるから

・細かい作業が苦じゃないから

・自分に無理なく仕事を入れることができるから

 

これらの理由を、夫に粘り強く説明します。

 

ネイルスクールはとてもお金が掛かります。まず材料がとても高いです。そしてほとんどが消耗品です。ある程度の道具はスクールの料金に入っていますが、無くなれば当然自分で購入しなければいけません。

 

夫の意見は……
 

「何歳になっても学ぶことはできる。もし症子が本気でやりたいと思うなら、それなりの覚悟をしてもらう」と言われました。

 

それなりの覚悟と言うのは、学費を出すことで生活が厳しくなるということです。

 

ネイルスクールの学費は、ネイリスト検定3級、2級、1級によって値段が違います。始めから1級まで目指すという人は、学費も少し安くなります。

 

ジェルネイル検定もあり、今はこのジェルネイルが主流です。ジェルネイル検定は初級、中級、上級です。

 

大まかですが、一つの級を取得するのに約35万円ほどかかります。これにネイリスト検定やジェル検定の試験費用、材料などを含めると、かなりの金額になるのです。

 

※補足※ネイリスト検定3級とジェルネイル検定初級で約35万円~40万円、3級と初級に受からないと、2級・中級は受けることができません。1級・上級も同じです。

 

 

夫はこう言いました。「まず3級と初級に挑戦してみな」と。

 

私は反論しました。「始めから1級にすれば、それなりに受講料が安くなるのに!!」と。

 

結果、私はかなりの辛い思いをしながら、2年ほどの時間をかけて、1級、上級と取得できました。

 

でも夫は、私が物事を最後までやり遂げられるとは、このとき露ほども思っていませんでした。

 

まず何より、授業料を一気に支払うお金もありませんでした。

 

全ての級を取得した後に夫から聞いた話ですが、これまで私を見てきて、とても悪い癖があると感じたから3級から始めろと言ったそうなんです。この理由、皆さん何だと思いますか?

 

何でも一気にやりたがろうとするから。

 

この傾向、依存症者に多いのではないかと思います。

 

一気に詰め込み過ぎたり、背負いすぎたりすると、人は簡単にパンクします。肉体的にも、精神的にもです。その結果私は依存症となり、刑務所へ行くことになりました。

 

そしてブログ前半に書いた私の特性、「すぐに行動に移す、待つのが大嫌いで、とてもせっかち」ですが、もちろん良い結果を生む場合もあります。ですが依存症子の人生の中で、「せっかち」が故に失敗したことが山ほどありました。

 

せっかちで結果をすぐに求めることより、コツコツと一つのこと続けることが、私の人生をより良くすると夫は考えていたのです。

 

 

夫は私のことを、物事をすぐに投げ出す、嫌になったら辞める、面倒になったら通わなくなる人間だと思っています。

 

それはこれまで私がやってきたことの代償です。夫にそう思われても仕方がないようなことを、これまで散々やらかしてきているのです。

 

私は3級でいいから受けさせて欲しいと、お願いしました。

 

私よりも一回り以上若い子たちとの勉強

 

あのころのスクールには、私より年上の人は少なかったと思います。多くの人が私より年下でした。

 

20代前半でネイリストを目指す子、就職したはいいけどやっぱり自分のやりたいことをやろうと、仕事を辞めてネイリストを目指す人。そんな年下の子たちを見て、ものすごい劣等感が襲ってきました。

 

私が20代前半のころ、何をやっていた?薬物に処方薬にギャンブルに愛人生活、本当にどうしようもない。

 

ここで一緒に勉強する人たちが、私が元受刑者で、全身に刺青が入っていると知ったらどんな顔をするだろう?そんなことを考えながら、一緒に授業を受けます。

 

始めのうちは遠慮しながら、自分を出すことをせず、大人しく授業を受けていました。でもせっかく何かの縁で出会ったのだから、スクールだけの付き合いは寂しいな、そう思い始めました。

 

3級の試験内容は、モデルさんの両手の甘皮のケアをして、ポリッシュ(マニキュア)を塗り、花のアートを描きます。アートは試験の度に課題が変わります。あとは筆記試験です。

 

このネイルモデルを、栃木で一緒だった元受刑者にお願いしました

 

彼女の名前を仮にNさんとします。Nさんとは栃木刑務所の静思寮という、釈放前指導を受ける所で2週間一緒に過ごした仲です。

 

試験を受けるには必ずモデルが必要です。出所後の私にはモデルを引き受けてくれる友達などいなかったので、Nさんにお願いしました。


Nさんはすでに就職していましたが、快く受けてくれました。もちろんスクールまで来る電車賃、検定当日はモデル料も支払います。

 


高校のころの友人にお願いすれば、もしかしたら快諾してくれたかも知れません。でも私にはお願いする勇気がなかったんですよね。

 

Nさんには定期的にスクールに来てもらったり、家に来て練習に付き合ってもらったり、とてもお世話になりました。

 



ですが、私はNさんに不信感を持つようになります。

 



 

次回へ続きます。火曜日に更新できるように頑張ります。

前回のブログでは、受刑者には家族がどれだけ苦労しているか、辛い思いをしているか、その背景を想像する力が足りないと書きました。刑務所と外の世界では時間の流れ方が違います。外で待つ家族があっという間に過ぎる一日も、中で過ごす受刑者にとってそれはそれは長い一日なのです。

 

今日のブログは突発更新です。私のことを知らない方に向けて、簡単に自己紹介をします。既にご存知の方は飛ばしてください。(笑)

 

依存症子の簡単な自己紹介

 

私は今年42歳の女性で既婚子無し、両親はすでに他界、ひとりっ子、そして元受刑者です。

 

罪名は窃盗で服役、多数の依存症がクロスしていて、薬物依存症、向精神薬依存、ギャンブル依存症、クレプトマニア、買い物依存症、自傷行為、過食があります。今も依存症当事者として回復中です。

 

全身に刺青が入り、夏はノースリーブを着れないしスカートも穿けません。夜の世界や風俗で生きてきて、まともな社会生活を送ったことはありません。ヤクザやお金持ちの愛人もやりました。親からはネグレクトに虐待も受けました。アダルトチルドレンでもあります。

 

今は産業カウンセラー養成講座に通いながら、碧の森というHPを立ち上げ、依存症者や受刑者のご家族の相談に乗る、人生の伴走するという活動をしています。

 

立川拘置所で聞いた、人生を変える運命の放送

 

受刑中の立川拘置所で、矯正指導日と呼ばれる勉強をする日がありました。その放送では芸能人の小松政夫さん、ビートきよしさんの録音放送が流れました。内容は「昔苦労したから今がある」、「努力は大切」、「諦めずに頑張ろう」。

 

私は放送を聞いてイライラしました。

 

「あんたらみたいな芸能人に、私ら受刑者の、落ちこぼれの気持ちなんか分かるか!努力?頑張る?それが出来ねぇから私はここに居るんですけど?そんなことより、どうやったらマイナス地点から(刑務所から)這い上がれるかを教えろよ!」

 

こう思いました。受刑者になったことのないヤツに、受刑者の気持ちなんて分かるわけがない。刑務所に来たことのないヤツに、私の気持ちなんて分かるわけがない。

 

元ヤクザで服役3回の牧師!?

そんなときに、元ヤクザで3回の服役をされている、進藤龍也牧師の講話が流れました。法務省で元受刑者が、元ヤクザが講話をするなんて信じられない!!

 

録音放送はほんの15分ほどだったと記憶していますが、進藤さんの話は自然と耳に入ってきました。反発など一切なく、受け入れることができました。

 

なぜだか分かりますか?

 

彼が私と同じ受刑者だった経験があるから、素直に耳を傾けることが出来たのです。

 

進藤さんの言葉を信じてみよう。そうすれば私でも変わることができるかも知れない。そんな期待を持ちました。

 

講話を聞いて6年、出所して今月末で5年

 

次回のブログで書いて行きますが、出所後に私はいくつかの資格を取りました。多様な人と付き合い、視野が狭まらないように気を付けながら、自分ができることをこつこつとやってきました。

 

そしてたくさんの人に支えられ、助けられ、アドバイスをいただきながら、碧の森の運営をスタートすることができました。

 

 

進藤さんの講話を立川拘置所で聞いていなかったら、私はきっと離婚していたし、間違いなく野垂れ死んでいました。

 

この想いと感謝を、出所後すぐに伝えに行くこともできました。でも、私はそうしなかった。

 

 

昔の私のような人を一人でも減らしたい、私のような子どもを持つご家族の力になりたい。それを実際に実行して、独り立ちしてから進藤さんに堂々と会いに行こう。

 

そして心からの感謝と、私の成長を伝えよう。

 

「あなたのおかげで、私はこんな活動ができるほど成長しました」と。

 

進藤さんの教会には、色々な人がいました

 

私が進藤さんの教会に伺ったのは、なんと16周年記念礼拝、新会堂2周年という記念すべき日でした。

 

 

私は無宗教です。と言うか、初詣に行く程度です。初詣に神社に行くということは無宗教ではないのかも知れませんが、そのあたりの話は置いといて、クリスチャンの方がどんな活動をしているのか、何も知らずに教会へ伺いました。

 

進藤さんはとても優しい顔で私を迎えてくださいました。初めての礼拝、何をするんだろう?と緊張しながら、教会の中に入ります。教会の中には、明らかに堅気じゃないよね?という見た目の人もいました。老若男女、色々な人がいました。

 

教会はとてもお洒落で、ぱっと見では教会だとは分かりません。

 

中にはロフトがあり、そこに逃げて来たヤクザや刑務所帰りの人を寝泊まりさせて、自立まで伴走するそうです。その場を実際に見て、とても考えさせられました。5人に1人、自立できれば御の字なんだそうです。

 

進藤さんは、幸福度のお話をしてくださいました。ここ本当に教会?というようなブラックジョークも飛び交い、私は終始笑顔でお話を聞くことができました。途中から夫も参加してくれました。

 

 

礼拝が終わったあと、私はある方と長く話をしていたのですが、その間に夫の様子を見ると、笑顔で「どう見ても堅気じゃない」人と話をしていました。その方を仮にAさんとしましょう。

 

私の話が終わって、夫とAさんの話に入っていくと、Aさんはトータルでとてもとても長い受刑生活を送ったそうです。Aさんの手、指が何本かありません。見た目は怖いです。でも笑顔はとっても可愛らしいおじいちゃんです。「進藤先生の聖書は分かりやすいんだよ!」と笑顔でお話されていました。

 

夫の意外な反応

 

こんなことを書くと相談者さんが怒るかもしれませんが、夫は碧の森を立ち上げる前に、「症子に相談する人がいるとは思えない、この事業が上手くいくとは到底思えない」と言っていました。

 

夫ははっきり言って育ちが良いです。と言うか、家族に信頼関係があると信じています。

 

親と子に信頼があるのが当たり前、家族で支え合うのも当たり前、人を信じるのも普通のこと、悩んだって仕方ないからひたすら進むのみ、自ら人生を切り開いて生きて行く、簡単に説明するとこのような考え方をしています。

 

私が育った家とは真逆なんですよね。悩んでいる人がいることや、家庭環境が酷い家があることが、理解が出来なかったのでしょう。

 

症子に相談をしてくる人なんて居るわけがない。例え居ても、そんな悩みを持っている人など極わずかだと思っていたようです。

 

ですが蓋を開けてみれば、アメブロでコメントをいただく、実際に相談が来る、それに対してとても驚いていた時期があるんです。(今はそんなことはありません。)

 

 

進藤さんの教会に一緒に行こう、私の恩人にぜひ会って欲しいとお願いしましたが、始めは乗り気ではありませんでした。「進藤さんは症子の恩人でしょ?」と言う感じ。
 

そんな他人に無関心な夫が、笑顔でAさんとお話をしているんです。その背中を見て、夫は夫で色々なことを受け入れているんだ、努力しているんだなと感じました。

 

話し相手になってあげなよ

 

私は進藤さんにこうお伝えしました。「私はクリスチャンになることはできないかもしれませんが、進藤さんの教会には定期的に足を運びたいと思います」と。

 

夫にもその旨を伝えようと、帰りの車の中でまず「Aさんとどんなお話をしてたの?」と聞きました。すると夫は笑顔で、「いやぁ、とても刑務所帰りの人だとは思えない、良いおじいちゃんだよ」と言ったのです。

 

「そっかぁ。私定期的に進藤さんの教会に行こうと思うんだけど、いいかな?」と聞きます。

 

「もちろんいいよ。行ってAさんの話し相手になってあげなよ。」と言ったのです。

 

私は驚いてしまいました。あれだけ他人に無関心な夫が、ましてや元とはいえ、ヤクザのAさんに興味を持つなんて、思ってもみなかったのです。

 

孤独が犯罪を呼ぶ

 

私も夫も、孤独が依存症悪化や犯罪を犯すきっかけになることを、私の受刑を通して学んでいます。

 

夫は出所後に多くの人と関わる私を見て、安心している部分があります。人と関わることで決して孤独にはならないからです。

 

ですが私がおかしな人と付き合えば、あっという間に転落することも分かっています。夫は私が水商売で培ってきた、「人を見抜く力」だけは信頼しているのです。

 

きっと教会で進藤さんの話を聞いて、夫なりに考えたのでしょう。この場に来ることで救われる人がいるんだ、進藤さんに感謝するなら、その手伝いを症子もすればいいよと。

 

人との繋がりを持つ、これが再犯を犯さない絶対条件。出所後に孤独になってはいけないのです。かと言って悪い繋がりを持ってはまた元に戻ります。

 

進藤さんの元に定期的に通っている人は、犯罪を犯すことは無いだろうと私は感じました。

 

進藤さんへ心からの感謝を

 

次回教会へ伺う際は、クリスチャン用語で「証」というものをさせていただくことになっています。

 

教会にいらっしゃる皆さんの前で、更生のきっかけとなったお話をさせていただくことになりそうです。

 

私はこれから定期的に、進藤さんの教会へ足を運びます。

 

行動することこそが、進藤さんへの感謝だと考えるからです。

 

 

 

 

マタイの福音書(下)と保存用のパン、おでんの大根もいただきました。(笑)

 

聖書を読んだことのない私、次回教会へ伺ったときに、上巻を購入させて頂こうと思います。

 

 

 

 

 

 

前回のブログでは、人はやらない言い訳をするのが得意だと書きました。面倒、疲れた、忙しい、いつまでもそんなことを言っているようでは絶対に前には進めない、良い結果は出ない、そんな内容です。

 

言葉よりも行動の方が思いが伝わるとも書きました。つい最近、実際に私が感じたことで分かりやすく説明したいと思います。

 

相談者さんからのお礼

 

同じ県内に住む相談者さんと、とあるショッピングモールでお会いしました。昼食を食べながら色々な話をしました。

 

内容は書けませんが、相談者さんは自身の相談内容をきちんと整理し、「○○はこう進んでいて○○になりました」、「○○は○○だけど、これは私が○○だから○○になったんだと思います」など、しっかり順序だてて報告してくださいます。

 

帰り際に相談者さんは、「これぜひ食べてください。最近パン作りを始めたんです」と笑顔で渡してくれました。

 

 

 

相談者さんはパン作りが楽しいと、笑顔で話されていました。そのお顔はとても輝いていて、ご自身の好きなこと、楽しいと思えることを見つけることが出来たんだと、私も嬉しく思いました。

 

私のために使ってくれた時間、想い

 

ここで皆さんに考えていただきたいことがあります。

 

このパン、相談者さんがどんな気持ちで、どんな想いで作られたと想像しますか?

 

パンが入っている箱を見てください。その箱に貼ってあるマスキングテープを見てください。パンの下に敷いてある、クッキングシートを見てください。

 

どれも「依存症子に喜んでもらおう」という想いから、これだけのアイテムを揃えて、プレゼントしてくださったと思います。

 

材料も含め、ラッピングを選んだ時間、パンを作った時間、それらの時間を私のために割いてくれて、実際に作ってくれたということが、どれだけ嬉しいかということなんです。

 

この相談者さんは、“材料を揃えて、ラッピング用の小物を購入し、パンを作る”という行動を起こして、私に感謝の意を伝えてくれたのです。

 

 

相談者さんが笑顔で前向きになる姿、その姿を見るだけで私は十分なのですが、このパンをどんな想いで作ってくれたのかと考えると、私は心がとてもあたたかくなります。

 

こんなに嬉しいこと、ありませんよね。

 

これが「言葉よりも行動の方が伝わる」ということだと思います。

 

 

手紙を書くことの大変さ

 

手紙、皆さん一年にどの程度書きますか?出しますか?

 

私は受刑者になってから頻繁に書くようになりましたが、それまでは仕事上の暑中見舞いや年賀状くらいなもので、ほとんど書いたことがありません。

 

手紙を書くには、気力も体力も必要です。長文になれば尚更。

 

外の人がどんな思いで自分に手紙を書いているのか、差し入れをしているのか、お金の工面をしているのか、時間を割いているのか、悩んでいるのか、苦しんでいるのか。

 

その背景の想像ができない受刑者が、多いと私は感じています。

 

 

私は刑務所で自分が手紙を書くようになって、「長文の手紙を書くってこんなに大変なんだ」ということに気が付きました。

 

でも受刑中の夫からの手紙に、その考えを反映できたかと言うと、また話は別なんですよね。

 

「何で手紙を書いてこないの!?」

「何でこんなに短いの!?」

「いつも恨みごとばっか書いて来やがって!」

「面会に一回ぐらい来てくれたっていいじゃん!」

 

↑こんなふうに考えていました。

 

勝手に犯罪を犯して、挙げ句刑務所まで行ってこんな主張や考え方をするなんて、本当に自分勝手でどうしようもないですよね。

 

支える側の背景を想像できない受刑者

 

刑務所の中と外では、流れる時間の速さが違うのです。

 

外で待つ人は、生きるために一生懸命仕事をし、日々の生活を送りながら、中の人に手紙を書いたり、面会に行ったりします。

 

それがどれだけ有難いことなのか、大変なことなのか。

 

「来るの当たり前だろ?」という態度の人もいます。際限なく差し入れを要求する人がいます。感謝をしない人もいます。

 

待ってくれている人が、どれだけの想いや覚悟で自分を待ってくれているのか、支えてくれているのか。

 

その背景の想像ができない人が、刑務所には多いのです。

 

なんで想像できないの?

 

これは私が実際に刑務所に居たときの話です。私は刑務所中を動き回る作業に就いていたので、1日があっという間に過ぎます。

 

経理係の仕事は、時間に追われながらの作業です。次々とやることが回ってくる。ですので1日が本当にあっという間に終わるんですよね。

 

経理以外のほとんどの受刑者は、1日が過ぎるのがとても遅いと感じると思います。

 

女子の場合は単純作業が多く、ミシンがけや達磨づくり、バリ取りやボールペン作成など、作業机に座ってひたすら作業をします。

 

男区も恐らく同じで、バリ取りなどの単純作業は、時間が経つのがかなり遅いでしょう。

 

 

外の世界でもそうですが、一つの場所にじっとしているのって、時間の経過がとても遅いですよね。


暇なお店で働いていたりすると、まだ〇時!?ということがあるかと思います。単純作業の仕事ほど、時間が経つのが遅いです。

 

外の世界のそのような仕事が、刑務所での時間の流れ方と似ていると想像してもらえると、大変分かりやすいと思います。

 


刑務所の中は、時間の流れが非常に遅いのです。



支える側が外でどれだけ忙しくしているか、苦労しているか、実際に見ていないのもありますが、推し量ることができないのです。

 

 

受刑者は刑務所の中で世間から守られているから、気付けないんですよね。

 

 

ですので、外と中の時間の流れ方の違いを教えてあげてください

 

時間の感じ方の違いを受刑者に説明するのは、簡単ではないと思います。

 

ご自身の1日の生活の流れを教えてあげるのも、一つの方法でしょう。

 

このブログを差入れするのも良いと思います。

 

外の人が日々忙しいということを、教えてあげてください。

 

 

ちなみに依存症子の夫がどうしたかですが……

 

「症子に手紙を書く時間が惜しい、その時間を仕事に回す、それほど家がひっ迫している現実を知れ」

 

このような短文で、ハッキリと手紙に書いて来ました。


とてもショックでした。

 

そんな中、たまに本が差し入れで送られてくると、ブックオフの値札が貼ってあったりするんですね。

 

その値札を見て、「忙しい中わざわざブックオフに行ってくれたんだ……」と、有難さを何倍も感じました。

 

 

短文で要点だけの手紙って、ものすごく刺さるんですよ。

 

長い手紙、同じ内容ばかり書かれると、「また同じこと書いてある…長げぇしうぜぇ」となります。と言うか、読む気が無くなるんですよね。

 

「あなたのことを待ってる」、「あなたなら必ず更生できる」、「頑張って!俺が(私が)ついてる!」なんて毎回書かれると、「うるせぇなぁ、分かってるよ!」となるのが人間です。

 

 

手紙は要点をまとめて短く伝える。これも支える側の皆さんに知っていただきたいです。

 

 

もちろん、受刑者にとって手紙はとても嬉しいものです。外の世界と中を繋ぐ、唯一の手段、希望です。

 

だからこそ、中の人に響くものを書いて欲しい。依存症子はそう思います。

 

前回のブログでは、前科者と元受刑者の顔認証について書きました。

 

たくさんのコメントをいただけるかなと思っていたのですが、ほぼコメントが無かったことで、この問題の難しさを感じました。

 

声を上げたくても上げられない人が居る。正論をぶつけられれば委縮してしまう人もいる。そんなことを考えさせられました。

 

碧の森の相談者の方々からは、ご意見をいただくことができました。この問題については、また機会があれば触れていきたいと思います。

 

突然ですが私は最近、典型的な中年体型になってきました

依存症子は今年42歳になるのですが、典型的なおばさん体型になってきました。腰回りや二の腕に肉が付き、夫には「最近の症子、たくましくなってきたね……」と嫌味を言われる始末です。

 

そんな私ですが、若いころはいくら食べても太れない体質でした。薬物に昼夜逆転の生活、そんなことを続けていれば当然と言えば当然なんですけどね。

 

そんな私も42歳。食べたら食べた分だけ身になるという現実に直面しています。

 

スリムな女性が好みの夫に嫌われないように(笑)、ダイエットと筋トレ、ヨガをきっちりやらなきゃいけないなぁと思っています。

 

やらない言い訳を見つけるのは簡単

最近の依存症子、忙しいのは事実です。まず第一に、相談者さんからのLINEの返信など。第二に、産業カウンセラーの勉強。第三に、アメブロにコメントがあれば返信。

 

相談者さんからのLINEやアメブロのコメント返信は、決して適当には出来ません。

 

ご本人、そのご家族の今後の人生に関わることですから、何度も文面を読み返し、真剣に返信をさせていただいております。

 

第四に、碧の森のHPをより良くしていくための案を考える。そして一応妻として、家事を最低限こなします。

 

 

最近ヨガをやれていません。これは私が「やらない(やれない)言い訳」を見つけるからです。

 

不思議ですが、やらない言い訳ってすぐに見つかるんですよね。

 

「疲れたから…」、「眠いから…」、「明日やればいいや」、「でも」、「だって」、「めんどくさい」

 

 

このように、出来ない言い訳をするのが人間は得意です。

 

依存症者やそのご家族も、このような言い訳をしていませんか?

依存症者本人で言えば、自助グループや依存症専門の病院へ行かなくては回復しないのに、「怖い」、「知りたくない」、「何をするか不安だ」、「どんな人が居るか分からないから行きたく無い」、「自分と他の依存症者を一緒にするな」など。

 

依存症者や精神疾患を持つご家族で言えば、本人を病院や家族会に繋がらせること、ご家族も家族会で分かち合いをすることが治療の第一歩なのに、「家族の中だけで何とかしたい」、「本人が嫌だって言ってるから」、「本だけの知識で何とかなる」、「家族の愛で何とかしてみせる」、「忙しい」など。

 

きついことを言いますが、私から見ればどれも「やらない言い訳」、「できない言い訳」に見えてしまいます。

 

変化は誰だって怖い

自分が何かアクションを起こすことで、変化が生じます。仮にその変化が悪い物だったら?と考えてしまい、行動に移せない人もたくさんいると思います。

 

ご家族側の例えを書いて行きます。

 

・摂食障害で苦しむ娘を、無理矢理病院へ連れて行くことで「自殺されたらどうしよう」

 

・ギャンブル依存症の息子の借金の肩代わりをしない事で、「闇金の取り立てが来たらどうしよう」

 

・自分のことを依存症だと認めない我が子を、病院へ連れて行くことで「悪化したらどうしよう」

 

自分が行動に移したことで悪い方向へ行くという想像、家族なら誰だってすると思うんです。

 

行動に移すことで良い変化があるかも?と考えてみませんか?

・摂食障害の娘を病院へ連れて行ったら、自助グループへ繋がるように「なるかも知れない」

 

・ギャンブル依存症の息子の尻拭いをしないことで、底つきを味わい、自分で何とかしようと「考えはじめるかもしれない」

 

・自分の病気を認めない我が子に悩むなら、家族がまず家族会に繋がってみよう、そうすることで「何か感じる、見えてくるものがあるかもしれない」

 

言葉よりも行動の方が伝わる

このブログを読んでくださる皆さんには、怖がらずに一歩踏み出してほしいと思います。

 

言葉で伝えることも大切ですが、行動で示したほうが相手に伝わる。依存症子はそう思います。

 

口で言うのは、簡単ですよね。元受刑者の私が、「犯した罪を心から反省します」って言葉にするって、簡単なんです。たとえ思っていなくても、言葉にすることはできるんです。

 

私はこれからもずっと、反省を行動で示し続ける人間でありたいと思います。

 

腫れもの扱いに敏感です

依存症当事者であれ、精神疾患持ちであれ、自分のことを腫れもの扱いされていると、それを敏感に察します。

 

これは何でしょうね。精神的に弱いからなのか、周りの顔色を窺って生きてきたからなのか、自分が家族や周囲から「かわいそう」という目で見られていることが分かってしまうのです。

 

だからおどけてみたり、ふざけてみたり、強がったりする。

 

それを「全く…お前はいつもそうやって!」という怒りや呆れ、憐みの目で見るのは、やめてほしいと思います。

 

その裏の顔は、もしかしたら泣いているかも知れない、苦しいかも知れない、助けを求めているかも知れない。

 

 

「何もしないこと」自体がそもそも腫れもの扱いで、それを敏感に察するのが依存症者だったり、精神疾患を持っている人だったりします。

 

だからまず当事者より、ご家族にこそ行動してほしいと依存症子は思います。

 

目の前の一時をやり過ごせても、意味がありません。

 

あなたの大切な家族が、これから先の人生を生きやすくするのも、甘やかさない支援の一つではないでしょうか。

 

終わりに、加害者家族について

一昨昨日にハートネットTVで「加害者家族を支えるということ」が放送されました。(2021年9月28日放送)

 

ハートネットTV「“加害者家族”を支えるということ」

https://plus.nhk.jp/watch/st/e1_2021092803171

 

この番組をご覧になった受刑者のご家族、待ち人の方、いらっしゃいますか?

 

加害者という言葉、皆さんはどのように感じるでしょうか。何となく、人を傷付けていなければ加害者じゃないような、人の命にかかわらなければ加害者じゃないような、そんなイメージがあるかも知れません。

 

覚せい剤で服役した場合、誰も傷付いていない!被害者なんか居ない!だから俺は私は、加害者なんかじゃない!そう思っている受刑者は多いと思います。

 

 

待っている家族は、紛れもない被害者ではないでしょうか。

 

受刑者のご家族、そして待ち人さんに、ぜひこの番組を観ていただきたいです。

 

 

私は立川拘置所の工場の先生に、「あなたはここに居ることで世間から守られている。外の家族はどれだけ苦しんでいると思う?そのことを忘れないで」と言われました。

 

この番組を観て、先生の言葉を鮮明に思い出しました。

 

前回のブログでは、出所後を見据えて受刑者の支援をしてほしい、私のブログを読んでくださる受刑者のご家族の皆さんに、今一度ご自身の支え方を見直してほしいと書きました。

 

人の意見に耳を傾けて

自分の家族が受刑者であることを、親しい人に知られても構わないという方、少ないと思うんです。知られたら自分の生活や仕事に支障が出るから、隠さざるを得ない。

 

隠すということは、必然的に相談相手が少なくなります。

 

相談相手が少ないということは、自分の考えを後押ししてくれたり、賛同してくれたり、それはおかしいんじゃない?という意見を言ってくれる人が少ない、または居ないということになります。

 

意見を言ってくれる人が居なかったり、相談相手がいないと、自分の行動を暴走させたり、過激になることがあります。

 

・私で言えば、元受刑者だけと交流していれば、横柄になってしまうかも知れません。

・依存症者のみ、待ち人さんのみの交流は、傷の舐め合いになってしまうかも知れません。

 

同じコミュニティだけの交流に頼らず、拘らず、自分の視野が狭くならないようにする。色々な人の意見に耳を傾けることは、必ず自分を成長させてくれます。

 

それを皆さんには知っていただきたいです。

 

顔認証の賛否

おととい、ネットニュースでこちらの記事を見つけました。

 

 

簡単に抜粋しますと、

 

『JR東日本は、東京オリパラを控えた今年7月、首都圏の主要駅に、事前登録した顔写真から不審者を検知して警戒にあたる防犯カメラを一部で導入、検知対象になるのは指名手配犯、駅や列車内で過去に重大な犯罪を犯して刑務所に服役し、出所や仮出所となった人も含めていた』

 

というものです。

 

この記事に、元受刑者の立場として、私は以下のようにツイートしました。

 

 

このツイートでは少し説明不足でしたので、追記します。

 

仮に今後法律が改正され、街中の防犯カメラのデータベースに、前科者や元受刑者が載る時代が訪れたとしても、私は何も困りません。むしろ犯罪の抑止になると思うので、賛成です。

 

前科は消えません。時代の変化に合わせて、その重みを背負って生きて行く。それが私の更生に対する考え方です。

 

このツイートに、多くのリツイートとご意見をいただきました。

 

前科者、元受刑者側のご意見は?

 


「ぼくだからできること。」を運営されているキリオさんは、このようにコメントをくださいました。

 

「迫害されても文句を言えない立場にいる」、「前科者が自分のことを棚に上げて被害者ぶるようなことは絶対あってはならない」と言う部分、私も全く同意見です。

 

 

同じ元受刑者の立場からお二人、このようなご意見をいただきました。

 

 

 

東雲さんは「やましいことは一切していないので防犯カメラに支障も抵抗もない」、天涯さんは「JRが安全確保の為というというなら止めることは出来ない」とあります。

 

皆さん人権の問題に触れながらも、安全の為なら仕方がないのではというご意見です。

 

 

前科者でも元受刑者でもない方(犯罪とは無縁の方)からのご意見は?

 

 

 

たけさんと言う方は、公共の福祉との兼ね合いとおっしゃっています。

 

公共の福祉について簡単に説明すると、『社会全体の共通の利益であり、ほかの人の人権との衝突を調整するための原理』です。詳しく知りたい方は、公共の福祉Wikipediaへどうぞ。

 

佐藤心さんという方は、「社会復帰しても息苦しい思いを死ぬまで味わい続けるべきとは思えない」、「出所後は罪を償っているわけで、更に追い打ちをかけるのは理不尽に感じる」というご意見です。

 

このお二人のご意見も大変貴重です。佐藤心さんは「そういう締め付けが(監視が)再犯に繋がるのでは?」という意味も含まれていると、依存症子は受け止めています。

 

では、依存症子の夫の意見は?

犯罪を防止するという目的から、今回のJRの取り組みには賛成で、当然の事と思う。
 

仮に症子の言うように、「街中の防犯カメラのデータベースに、前科者や元受刑者が載る時代が訪れたとして」、社会一般の利益を守るためには当然の事であり、受け入れなければいけない。

 

このように言っていました。夫と私は同じ意見です。

 

撮影した万引き犯の画像共有は、とっくにされています

 

 

こちらは2019年12月20日の記事です。簡単に抜粋すると、

 

『渋谷書店万引対策共同プロジェクトとして、渋谷駅近くにある啓文堂書店渋谷店、大盛堂書店、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店が2019年7月30日から、万引きや盗撮、器物損壊、暴行・傷害、公然わいせつの犯罪を防ぎ、3店で過去に万引きをしたことが確実な人物の確認・警戒を目的にしている』

 

というものです。本屋での万引き、盗撮などは以前から大きな問題となっていましたね。

 

忘れないで、それだけの事をしでかした事実を

キリオさんの言葉にありますが、前科者や元受刑者が自分のことを棚に上げて、被害者ぶるようなことは絶対にあってはならないのです。

 

かと言って「自分は受刑者だったから…」とか「前科者だから…」と、必要以上に卑屈になる必要はありません。卑屈になって投げやりになって、また同じ失敗をしているようでは、刑務所に戻る確率は大きくなります。

 

過去を踏まえて、これからどう生きて行くかが、出所後の人生の課題なのではないでしょうか。

 

自分がどれだけのことをしでかしたのか、被害者に、家族に、愛する人にどれだけの迷惑を掛けたのか、それは一生忘れてはいけない事だと、依存症子は思います。

 

今日のブログは、賛否両論あると思います

私は佐藤心さんのご意見の通り、今後データベースに顔が載るかも知れないという不利益も含めて、犯した罪に対する罰という見方をしています。私にとって、この心構えも更正の一部なのです。


 

仮に私が犯罪とも刺青とも、全く無縁の生活を送っていたとします。

 

スーパー銭湯に行って刺青が入っている人が居たら、とても怖いと感じます。今自分にこれだけ全身に刺青が入っていても、怖いと思います。

 

JRの取り組みも、「何でやめちゃうの?犯罪者は監視されて当然じゃない?」と思うでしょう。


 

立場が変われば、思うことは変わるのです。

大切なのは、相手の立場に立って考えることができるかだと、依存症子は思います。

 


皆さんからのご意見、ぜひコメント欄からお聞かせください。

 

 

前回のブログでは、依存症子の出所後の出来事を書きました。刑務所で得た作業報奨金をスマホゲームの課金に注ぎ込んでしまい、このままでは他の依存行動に走ってしまうことに気付き、何とか踏みとどまることができました。

 

つい最近、碧の森のHPに紹介させていただいている、クレプトマニアで摂食障害の高橋悠さんとお話をする機会がありました。悠さんを紹介しているリンクはこちらです。

 

その中で気付いたこと、考えたことがありますので、ぜひ皆さんと共有したいと思います。

 

受刑前と同じ環境、待遇に戻れると思うな

いきなり厳しいことを言いますが、受刑者になる前と(逮捕前と)同じ対応を、人から、社会から、身内からしてもらえると思ったら大間違いです。

 

皆さん何となく分かっているようで、意外と理解されていないのがここかなと、依存症子は思います。

 

・それまで得ていた収入よりも下がることがほとんどでしょう。

・逮捕歴や受刑歴を知られれば、人から距離を置かれる可能性があります。

・前科があると知られれば、雇ってくれない会社があります。

・身内からの信頼は100%には戻らない、仮に戻ったとしても長い年月がかかります。

 

「どうせ自分は受刑者だから……」と、必要以上に卑屈になる必要はありませんが、こういったことに目が向かない、考えが及ばない受刑者とそのご家族が、多いと私は感じています。

 

0スタートじゃなくて、マイナスからのスタート

私はこのマイナススタートについて、立川拘置所で流れた矯正指導日の放送で散々考えました。

 

これは過去のブログで何度も書いていますが、タレントの小松政夫さんやビートきよしさんの講話で、「努力したから今がある」とか、「諦めないことが大切」とか、ごくごく当たり前の一般論を言うんですよね。

 

これは、0スタートが出来る人へ向けた言葉です。

 

刑務所へ来てしまった人はみんな、0スタートじゃなくマイナススタートから始まるんです。それを理解しなくてはいけない。

 

私は心の中でたくさんの毒を吐きました。「あんたらタレントの話は0スタートの人にしか当てはまらねぇんだよ!刑務所まで落ちた私には全く役に立たない!!」

 

これはスリップした依存症者にも同じことが言えると思います。スリップして家族からの信用を失えば、それは0からのやり直しではなく、信用を失ったマイナス地点からのやり直しですよね。

 

そんなマイナス、私が(俺が)何とかカバーしてみせる!助けてみせる!

そんなふうに思ったご家族や支える側の方、いらっしゃいますか?

 

こう思った方は、その方と共依存の関係にあると依存症子は思います。

 

周囲が何を言ったところで行動に移すのは本人で、ご家族や支える側の立場の人がコントロールするものではありません。

 

人生を生きるのはあくまでも本人、更生するもしないも本人、回復するもしないも本人。全て本人次第です。

 

自ら立ち上がろうとする気のない人の手を取って、無理矢理立ち上がらせて、後ろから黒子のように操りますか?

 

仮に操れたとして、それをいつまで続けるのでしょうか。支える側が倒れるまで?愛想をつかして離婚(破局)するまで?それとも死ぬまで?

 

出所後の現実は、思っていたよりも相当厳しかった

ここ一ヶ月のブログは、依存症子の出所後について書いてきました。なぜ連続して出所後の出来事を書いたかですが、あれほど刑務所で自省をした私も、

 

・何年刑務所へ居ようが、簡単に依存行動へ戻って(走って)しまったこと

・自分が加害者なのに被害者ぶっていたこと

・ちょっとくらいいいじゃん、という甘い考えでいたこと

・誰かが助けてくれる、何とかなる、どこか他力本願でいたこと

 

このように思っていたことを、支える側の皆さんに知っていただきたかったからです。

 

今刑務所で受刑している皆さんには、なぜ自分が刑務所に来ることになったのか、とことん深堀りして考えていただきたいと、依存症子は思います。

 

受刑者を決して甘やかさずに、自立を促すのが支援

出所後に帰る家や場所があるのが当たり前だと勘違いし、恵まれていることに気付いていない受刑者が多いです。私もその一人でした。

 

支える側の立場の皆さん、どうか目先のことだけに囚われず、大切な人が出所した後のことを想像し、支援をしてあげてください。

 

 

受刑者は、刑務所でのいじめや生活、暑さや寒さに対して愚痴を言う。

 

支える側は、刑務所の愚痴を聞かされ、差入れや金銭要求をされる。可哀そうだからこれぐらいいいか、と応えてしまう。

 

これらはその受刑者が犯罪を犯さなければ、どれも経験する必要はなかったものですよね。


犯罪を犯した罰として刑務所に居ることを、本人も支える側も忘れてはいけません。


何度でも言います。不自由なことも罰のひとつです。

 

 

支える側の人は、受刑者を決して甘やかさず、出所後により良い人生を歩けるような支援をしてあげてください。

 

 

「自ら立つ」と書いて自立です。受刑者が自ら立ち上がれるように、甘やかさない支援をしてあげてください。

 

 

碧の森のHPに「刑務所での生活についてみなさんに知ってほしいこと」という記事があります。差し入れについて書いていますので、受刑者のご家族や待ち人さんは参考になさってください。

 

 

 

減刑のためのお金は使えるのに、なぜ出所後の更生にお金をかけられない?

これは冒頭に書いた、高橋悠さんとの会話でとても白熱した部分です。

 

 

例として、ある男性Aが薬物犯罪を犯したとしましょう。

 

A本人もご家族も、何とか減刑したいと、薬物事犯に強い私選弁護人を探し、依存症ならば医師の診断書を貰おうと奔走します。

 

血眼になってネットで弁護士事務所や病院を探し、足を運びます。

 

今後のことを考えて少しでも減刑してもらいたい、刑務所に居る時間は少ない方がいい、大切な人が逮捕されたのです。ご家族なら誰もがそう思うでしょう。

 

願いが叶って幾分の減刑がされ、受刑し、いざ出所します。

 

 

私と悠さんの疑問は、出所後の(依存行動を起こした後の)依存症者の行動についてです。

 

 

出所後の生活がとても重要なのに、依存症だと発覚した後の治療が大切なのに、二度と犯罪を犯さないような対策が必要なのに、

 

なぜ入院という手段や、自助グループへ通うなど、出所後にこそ必要なケアをしないのでしょうか。

 

減刑では200万円以上のお金を使えるのに、これからも更生を続けるためのお金が、なぜかけられないのでしょうか

 

 

もちろん各々の経済事情によることは理解をしています。減刑でお金を使いすぎて出所後にまで回らない、それもよく分かります。

 

 

本人が何の反省もせず、ただ減刑をしても、全く本人のためにはならないと依存症子は考えます。

 

 

何度も言いますが、本当に大切なのは出所後。出所後にどのような人生を歩むかです。

 

 

そのために今すべきことは何なのか、考えましょう。

 

支援する側の皆さんには、本当に今の支え方で良いのか、今一度考えていただきたいです。

 

 

前回のブログでは、出所直後は夫に欲しいものを言えず罪悪感を感じていたこと、せっかくタバコをやめたのに今度はスマホのゲームを始めてしまったと書きました。

 

今日は前回のブログの続きと、私が外に出ることに良いイメージを持たなかった夫ですが、その理由を書いて行きます。

 

 

ゲーセンが楽しすぎた20代

私は昔から三国志が好きで、25歳~26歳くらいのころは仕事が終わるとゲームセンターへ行き、三国志大戦というカードゲームをプレイしていました。当時は金に物を言わせてレアなカードを買い漁り、毎晩かなりの金額をつぎ込んだと思います。

 

あまり記憶がありませんが、1プレイ300円で20プレイは必ず遊んでいたような気がするので、1日6,000円は使っていたことになります。

 

もちろん向精神薬のOD真っ只中、絶賛依存中です。

 

今思い返せばお金が超もったいない!アホ症子!そのお金が今あればどれだけ……という後悔は置いといて、何故このゲームにそれほどのめり込んだのか、今も分かりません。面白かったのは確かなんですけどね。(笑)

 

 

↑これが三国志大戦です。

 

このころは全体的にスペースを取る、大きな筐体のゲームが流行っていたように思います。その類の競馬、麻雀、クイズがゲームセンターに所狭しと並んでいました。

 

全国の人とオンライン対戦ができる、今となっては家庭用ゲーム機で当たり前にできることを、ゲームセンターでやるのが楽しかったのです。

 

最近のカードゲームは分かりませんが、あのころはレアなカードを持っていると「おっ…こいつ結構金掛けてんじゃん!」と思って熱くなったものです。

 

 

過去がちらつく、よみがえる

出所後にスマホで始めたゲームも、同じ三国志でした。今はもうなくなってしまいましたが、三国志乱舞というスマホゲームです。

 

ほかにもゲームはたくさんあったのに、過去に大枚をつぎ込んだ「三国志」に結局行き着いたというのも、また興味深いなと思います。

 

依存脳復活!ということで過去も見事によみがえりました。三国志大戦をゲームセンターでプレイしていた感覚を、無意識のうちに味わいたい!と脳が判断したのだと思っています。

 

 

手を出したらもう止まらない

初めての課金は3,000円。コンビニでGoogleプレイカードを購入します。

 

出所後にタバコに手を出し、自力で止められず禁煙外来を受診した。チャンピックスという禁煙補助薬を飲み、タバコを吸うと気持ち悪くなるのが分かっていても、吐き気でおえぇ…となっても吸う。

 

やっとの思いでタバコをやめられた。今度こそ気を付けないと!もちろんそう思いました。

 

でも、ゲームへの課金が止められなくなりました。

 

報奨金はたった2万円弱、3,000円使ったら残り17,000円です。ゲームの面白さに気付き、チームに所属するようになりました。知らない人とチャットで会話します。

 

今の自分、過去の自分を知らない人と、現実から離れてチャットをすることが、とても楽しかったんです。

 

チームに所属すると、ある程度参加しないと他の人に迷惑が掛かるので、必然的にゲームをする時間が増えていきます。スーパーへ買い出しに行くときも、必ずゲームを起動するようになりました。

 

皆さんのお察しのとおり、報奨金はすっからかんになりました。

 

 

刑務所で人生を振り返ったはずなのに、なぜ?

これまで私の過去ブログを見てくださっている皆さん、「依存症子は刑務所で散々過去を振り返っているのに、なんでまた同じことを繰り返すの?」そう思いませんか?

 

ここに私の大きな勘違いがありました。勘違いと言うか、甘え。

 

それは、「犯罪になりそうな依存対象に気を付けよう!」としか思わなかったことです。

 

犯罪になりそうな依存対象。これは人それぞれだと思います。私の場合は薬物、窃盗、ギャンブル。

 

ギャンブルは国が認めているから犯罪ではありませんが、ギャンブルにお金を注ぎ込もうものなら、私はまた夜の仕事や風俗へ走ります。そうなれば規則正しい生活は崩れ楽な方に逃げる。これが受刑者になる前の依存症子です。

 

夜や風俗に戻るようなことがあれば、怪しい薬はいくらでも手に入る。今はTwitterに山ほど売人がいる、20年前よりはるかに簡単に薬物が手に入ってしまいます。

 

薬物、窃盗、ギャンブル、この3つに手を出せば私は必ず刑務所へ舞い戻る。

 

これだけは、痛いほど理解していたのです。

 

 

じゃあタバコやゲームに依存したらどうなる?何が起こる?

 

犯罪に直結しない依存対象までは、深く考えていなかったんです。要は私の考えが甘かった。

 

出所後は、中で考えていたよりも厳しい現実が待っていました。自分だけが世の中から取り残されたような感覚に陥り、刑務所に居た時間を取り返さなきゃ、何とかしなきゃという焦りも生まれます。

 

外の世界に依存対象が溢れていることに、考えが及ばなかった。

 

3つに絞って考えすぎて、犯罪とされていない依存対象に注意が向きませんでした。あのころの私は視野がとても狭かったのです。

 

報奨金が尽きたとき、考えました。

 

 

私は依存症者なんだから、あらゆる“モノ”に注意しなきゃダメなんじゃね?

○○依存症だから××には依存しない、と思ったら大間違いです。

 

実際に私は多数の依存症がクロスしています。今はお酒は完全にやめましたが、何かをきっかけに飲み始めるかも知れません。

 

タバコにスマホゲームと、立て続けに依存脳へ戻ってしまった私。報奨金はなくなり、もう課金はできません。

 

 

ここで止まることができたのは、夫を失いたくなかったから。もう絶対に刑務所へ戻らないと決めたから。

 

以前のブログ(転落はあっという間に)にも書きましたが、理性のタガが外れるのが依存症と言う病気です。依存症が進行すると、タガが外れたことにも気付けません。

 

 

夫と一緒に更生を続ける生活を送るか?


夫に隠れて課金し、嘘をついて金を引き出し、バレて離婚される未来を取るか?


 

どちらが大切か、天秤にかけられる心の余裕と頭がまだあった、ということです。

 

 

ところで、なんで私ゲームやってんだ???

そもそもなんでゲームをやっているんだろう?と考えました。

 

答えは暇だから。

そうよ、今私は暇なんだ。暇つぶしにやる行為が依存行動につながる。じゃあ仕事をしよう!

 

何かに集中しすぎてしまうのは、アディクションあるあるです。それが暇つぶしでも遊びでも。

 

仕事に就こうと考え、求人を見るようになります。私は刺青が全身に入っている、だから制服に着替えるような場所では働けない、足を出すような服装はできない。

 

いくつか選んで夫に提案します。「そろそろ働こうと思うんだけど·····」

 

前回のブログに貼った特別遵守事項に書いてある、「就職活動を行い、又は仕事をすること」、これを実行するときが来たのではないか。

 

夫からはあまり良い返事は返ってきませんでした。「症子が仕事に行くと余計な金がかかる」、と言われてしまったのです。
 

 

仕事に必要なものを買っても、給料日まで続かない私

受刑前の私は、仕事を始めると言っては夫に何かを買わせていました。

例えばパチンコ屋で働くから動きやすい運動靴とか、刺青を隠すためにサポーターとか、服とか、化粧品とか。

 

夫の記憶は、受刑前の私のままなのです。

 

今までやったことのない、食事を作って掃除をして洗濯をして、家事を一生懸命頑張っている姿を見ても、私のことを完全に信用できない。(今も100%の信用はしておらず、80%ほどだと言います。)

 

昼間の仕事が続いた試しがない、そんな私しか見ていない夫からすれば、私の提案は全て却下せざるを得ない。

 

出所後の私の体調は、決して良いものではありませんでした。今も夫と不思議だねと話をするのですが、1週間に3日は微熱がありました。今ではだいぶ改善されましたが、すぐにお腹を壊していました。

 

そんな私の様子を見て夫は、「今の症子が働いてもすぐ辞める羽目になるし、職場に迷惑がかかる」と思ったそうです。

 

 

私にできること、探そう

私が外に出ることに夫がいい顔をしないのは、自分がやってきたことの報いです。

 

外に出る度に薬を貰って帰ってくる、部屋に見知らぬものが増えている、お金は派手に使う、借金もしてくる、事故は起こす、警察は来る。

 

こんなことが続けば、家族が疲弊するのは当然です。「外に出ないで大人しくしていてくれよ」と思うのが家族です。

 

だからと言って、働かずにずっと家に居続けるわけにはいかない。私はスマホゲーム以外に熱中できることを探しました。暇にならないために、動き続けられることはないか探しました。

 

何か自分にできることはないか?やれることはないか?

 

 

こうして、今の依存症子の方向性を決める出来事へ向かって、進み始めます。

 

 

前回のブログでいただいたコメントについて

依存症は一生治らないと症子さんは言っているので、何かで発散するのは仕方がないのでは?人は完全ではないので、誰もが心の中に溜まってしまう病みを何かで発散していると思う。法律に違反せず周りを不幸にしない、これを壊さなければある程度のストレス発散は止むを得ないのでは?
 
というコメントをいただきました。
 

「人は完全ではないので、誰もが心の中に溜まっていく病みを何かで発散している」という部分、とても共感します。
 
依存症者だけではなく、どんな人も気持ちが病んだり落ち込んだりしますよね。こちらのコメントの通り、辛いときに発散できる場と方法が、人間には必要だと思います。
 

残念ながら、私はスマホゲームの課金をコントロールできませんでした。今回のブログは思いとどまることができた、引き返せて良かったという内容ですが、これがカジノだったら……?向精神薬だったら……?と思うと恐ろしいです。
 
法律に違反せず周りを不幸にしないことが、依存症者には難しいことなのです。
 
 
前向きに回復しようと努力している依存症者は、自らストレス発散の方法を探しています。
 
中には他人に聞くだけ聞いて、実践せずスリップしている人もいます。そういう人は本気度が足りないだけ。結局真剣にやめる気なんて無いのです。 


え?依存症は病気なんでしょ?本気度って、それじゃ意思も関係してくるじゃん!と思った方がいらっしゃると思いますが、
 
最終的にやめ続けることができるかは、本人の意志次第です。
 
自分が依存症であることに真剣に向き合っている人は、今も回復を続けることができていると私は思います。
 
 
意志が弱いからなるものではないのが、依存症という病気です。
 
でも、回復し続けるには意思が必要です。
 
 
このあたりが依存症者も、依存症者のご家族も、なかなか理解しにくい所だと思います。
 

 

 

 
Twitterでフォローさせていただいているギャンブル依存症のはやとさん、真剣にご自身と向き合っている方の一人です。
 
前向きに回復している依存症者がどんなことをやっているのか?何を考えているのか?自分で情報収集して、自分で考えて、実践されている方です。
 
はやとさんは昨日現在(2021/9/9)、最終スリップからギャンブルをやめ続けて145日目です。
 
たった145日?そう思う方もいらっしゃると思いますが、スリップをして再度やり直すというのは、気力と勇気が必要です。
 
はやとさんの依存症克服方法の一つに運動があります。歩く走る筋トレする、これはストレス発散にもなりますし、依存症子的にもとてもおススメです。
 
ちなみに私はヨガをやります。ヨガは心を前向きにさせてくれて、呼吸を深くしてくれます。
 
動くことは、依存症回復を続けるのにとても効果的です。
 
 
いつもコメントをくださる皆さん、どうもありがとうございます。
 
そして今回ご協力いただきましたはやとさん、本当にどうもありがとうございました。
 
これからも一緒に、今日賭けない、やらない1日を!
 
 
 
 
↑以前告知させていただいた「働く人の電話相談室」、本日から3日間です。