前回のブログでは、依存症子の出所後の出来事を書きました。刑務所で得た作業報奨金をスマホゲームの課金に注ぎ込んでしまい、このままでは他の依存行動に走ってしまうことに気付き、何とか踏みとどまることができました。

 

つい最近、碧の森のHPに紹介させていただいている、クレプトマニアで摂食障害の高橋悠さんとお話をする機会がありました。悠さんを紹介しているリンクはこちらです。

 

その中で気付いたこと、考えたことがありますので、ぜひ皆さんと共有したいと思います。

 

受刑前と同じ環境、待遇に戻れると思うな

いきなり厳しいことを言いますが、受刑者になる前と(逮捕前と)同じ対応を、人から、社会から、身内からしてもらえると思ったら大間違いです。

 

皆さん何となく分かっているようで、意外と理解されていないのがここかなと、依存症子は思います。

 

・それまで得ていた収入よりも下がることがほとんどでしょう。

・逮捕歴や受刑歴を知られれば、人から距離を置かれる可能性があります。

・前科があると知られれば、雇ってくれない会社があります。

・身内からの信頼は100%には戻らない、仮に戻ったとしても長い年月がかかります。

 

「どうせ自分は受刑者だから……」と、必要以上に卑屈になる必要はありませんが、こういったことに目が向かない、考えが及ばない受刑者とそのご家族が、多いと私は感じています。

 

0スタートじゃなくて、マイナスからのスタート

私はこのマイナススタートについて、立川拘置所で流れた矯正指導日の放送で散々考えました。

 

これは過去のブログで何度も書いていますが、タレントの小松政夫さんやビートきよしさんの講話で、「努力したから今がある」とか、「諦めないことが大切」とか、ごくごく当たり前の一般論を言うんですよね。

 

これは、0スタートが出来る人へ向けた言葉です。

 

刑務所へ来てしまった人はみんな、0スタートじゃなくマイナススタートから始まるんです。それを理解しなくてはいけない。

 

私は心の中でたくさんの毒を吐きました。「あんたらタレントの話は0スタートの人にしか当てはまらねぇんだよ!刑務所まで落ちた私には全く役に立たない!!」

 

これはスリップした依存症者にも同じことが言えると思います。スリップして家族からの信用を失えば、それは0からのやり直しではなく、信用を失ったマイナス地点からのやり直しですよね。

 

そんなマイナス、私が(俺が)何とかカバーしてみせる!助けてみせる!

そんなふうに思ったご家族や支える側の方、いらっしゃいますか?

 

こう思った方は、その方と共依存の関係にあると依存症子は思います。

 

周囲が何を言ったところで行動に移すのは本人で、ご家族や支える側の立場の人がコントロールするものではありません。

 

人生を生きるのはあくまでも本人、更生するもしないも本人、回復するもしないも本人。全て本人次第です。

 

自ら立ち上がろうとする気のない人の手を取って、無理矢理立ち上がらせて、後ろから黒子のように操りますか?

 

仮に操れたとして、それをいつまで続けるのでしょうか。支える側が倒れるまで?愛想をつかして離婚(破局)するまで?それとも死ぬまで?

 

出所後の現実は、思っていたよりも相当厳しかった

ここ一ヶ月のブログは、依存症子の出所後について書いてきました。なぜ連続して出所後の出来事を書いたかですが、あれほど刑務所で自省をした私も、

 

・何年刑務所へ居ようが、簡単に依存行動へ戻って(走って)しまったこと

・自分が加害者なのに被害者ぶっていたこと

・ちょっとくらいいいじゃん、という甘い考えでいたこと

・誰かが助けてくれる、何とかなる、どこか他力本願でいたこと

 

このように思っていたことを、支える側の皆さんに知っていただきたかったからです。

 

今刑務所で受刑している皆さんには、なぜ自分が刑務所に来ることになったのか、とことん深堀りして考えていただきたいと、依存症子は思います。

 

受刑者を決して甘やかさずに、自立を促すのが支援

出所後に帰る家や場所があるのが当たり前だと勘違いし、恵まれていることに気付いていない受刑者が多いです。私もその一人でした。

 

支える側の立場の皆さん、どうか目先のことだけに囚われず、大切な人が出所した後のことを想像し、支援をしてあげてください。

 

 

受刑者は、刑務所でのいじめや生活、暑さや寒さに対して愚痴を言う。

 

支える側は、刑務所の愚痴を聞かされ、差入れや金銭要求をされる。可哀そうだからこれぐらいいいか、と応えてしまう。

 

これらはその受刑者が犯罪を犯さなければ、どれも経験する必要はなかったものですよね。


犯罪を犯した罰として刑務所に居ることを、本人も支える側も忘れてはいけません。


何度でも言います。不自由なことも罰のひとつです。

 

 

支える側の人は、受刑者を決して甘やかさず、出所後により良い人生を歩けるような支援をしてあげてください。

 

 

「自ら立つ」と書いて自立です。受刑者が自ら立ち上がれるように、甘やかさない支援をしてあげてください。

 

 

碧の森のHPに「刑務所での生活についてみなさんに知ってほしいこと」という記事があります。差し入れについて書いていますので、受刑者のご家族や待ち人さんは参考になさってください。

 

 

 

減刑のためのお金は使えるのに、なぜ出所後の更生にお金をかけられない?

これは冒頭に書いた、高橋悠さんとの会話でとても白熱した部分です。

 

 

例として、ある男性Aが薬物犯罪を犯したとしましょう。

 

A本人もご家族も、何とか減刑したいと、薬物事犯に強い私選弁護人を探し、依存症ならば医師の診断書を貰おうと奔走します。

 

血眼になってネットで弁護士事務所や病院を探し、足を運びます。

 

今後のことを考えて少しでも減刑してもらいたい、刑務所に居る時間は少ない方がいい、大切な人が逮捕されたのです。ご家族なら誰もがそう思うでしょう。

 

願いが叶って幾分の減刑がされ、受刑し、いざ出所します。

 

 

私と悠さんの疑問は、出所後の(依存行動を起こした後の)依存症者の行動についてです。

 

 

出所後の生活がとても重要なのに、依存症だと発覚した後の治療が大切なのに、二度と犯罪を犯さないような対策が必要なのに、

 

なぜ入院という手段や、自助グループへ通うなど、出所後にこそ必要なケアをしないのでしょうか。

 

減刑では200万円以上のお金を使えるのに、これからも更生を続けるためのお金が、なぜかけられないのでしょうか

 

 

もちろん各々の経済事情によることは理解をしています。減刑でお金を使いすぎて出所後にまで回らない、それもよく分かります。

 

 

本人が何の反省もせず、ただ減刑をしても、全く本人のためにはならないと依存症子は考えます。

 

 

何度も言いますが、本当に大切なのは出所後。出所後にどのような人生を歩むかです。

 

 

そのために今すべきことは何なのか、考えましょう。

 

支援する側の皆さんには、本当に今の支え方で良いのか、今一度考えていただきたいです。