川田龍平さんと循環型社会を考える集い

 昨日は、すぐ近くのNPOが運営する集会所に川田龍平さんが来たので、聴きに行った。

龍平君も46歳。参議院議員となって3期15年目。今は、「ローカルフード法」の議員立法の実現に奔走している。

 有機食材を取り入れる学校給食によって、地域農業を活性化する「オーガニックなまちづくり条例」を地域に普及し、それを国のレベルでも実現していこうとする運動だ。千葉県のいすみ市の運動は『ビッグイシュー』で紹介されていたが、木更津市ほか、大きな広がりを見せている。10月26日には中野ゼロホールで「全国オーガニック給食フォーラム」が開かれ、多くの首長が参加表明している。

 こんなに熱く食の安全と種の多様性を守る意義を語る龍平君を見るのはとても新鮮な思いだった。19歳でHIVキャリアのカミングアウトをして薬害エイズのたたかいは大きな壁を越えることになったのだったが、もう30年近い付き合いになるのだ。私はただ、彼の健康を願う個人的なサポーターに過ぎないけれど、前日も北海道にこの問題で行っていたという姿に拍手を送っている。

ホロコーストの静かな英雄と救われた少女

『ニッキーとヴィエラ』

 

 これはすてきな絵本だ。

 1939年、ナチスドイツがチェコスロバキアに全面的に侵攻する直前、ユダヤ人とチェコ人の子どもたち669人をロンドンに逃がす活動を短期間に、集中的になしとげたイギリス人がいた。青年ニッキー(ニコラス・ウインストン)だ。3月14日の第1便から7つのグループを送り出す。それは、里親と50ポンドの再出国費用を用意するという困難な仕事をなしとげ、イギリス政府の入国許可証を取らなければならなかった。もう一方、プラハでは子どもたちの出国許可証を取るという困難もあった。

 こうしてなしとげられた仕事だったが、ニッキーは戦後もずっとそのことを語らなかった。1988年に妻のグレーテが書類を見つけ、世間に知られることとなった。細かな経過は本文と「作者あとがき」を読んでいただくとして、サブタイトルの「静かな英雄」とはこの経過を表している。ヴィエラは助けられて子どもの一人である。彼女は助けられた本に表しているので、この作品の背景となっている。ニッキーとヴィエラの両側から語られていく。

「私はこれまでずっと、有名な冒険家や、探検家や、発明家や、夢を実現した人々に尊敬の念を抱いてきました。けれども、自らの行いをことさら公表しない、静かな英雄たちにはあまり注目してきませんでした。」と作者は書いている。

 ラストの再開の場面は感動的だが、それは書かないことにする。文も淡々とした語りだが、絵が素晴らしい。見開きの絵が豊かに語りかける。ぜひ、絵から発見することを語り合いながら読みあってほしい。

 ピーター・シス作、福本友美子訳、BL出版22年3月 2,200円+税

第109回読書会『靴を売るシンデレラ』

 アニマシオンクラブのシニア(だけではないけれど)会員の「読書会」は、ほぼ毎月開催して、109回目を迎えた。今月のテキストは、『靴を売るシンデレラ』ジョーン・バウアー作、灰島かり訳(小学館)。今日は8名の参加で、日比谷図書文化館。ここは読書会には最適の会場だ。外は日比谷公園。時々、早めについて池の周りのベンチで買い込んだおにぎりで一人ランチをするのも楽しい。

 さて、今日の作品はアメリカの児童文学。ヤングアダルト向き。参加者には好評だった。

青年前期の抱える問題を複雑に抱えながら、サクサクと進む語りに惹かれた。日本の児童文学のような「重さ」「深刻ぶり」がない。からりとした語りがいい。

主人公「わたし」は、16歳のジェナ・ボーラー。瞳の色が茶、髪の色は赤、身長179cm(これが彼女の悩みの一つだったが、後半には誇りになっていく)、体重は「ないしょ」と書いているが、ちょっと太めと書かれている。取り立ての運転免許証を持っている。これが「シンデレラ」の決め手。父は重いアル中。これが原因で離婚している。母はそのために、救急看護の病棟で深夜までの仕事をしている。妹14才はモデルを目指している美人。おばあちゃんは認知症で介護施設に入っている。親友が一人。

ジェナは新聞配達で優秀少年賞(年間に増やした契約読者数)を取っている。今は大手の靴チェーン店で働いている。まだ半年だが、優秀な販売員として店長の評価も高い。そのセンスと技術は優秀なセールスマンであった父が子どもの時からしこんでくれたものだ。しかし、その店まで泥酔した父がやってくるようになる。

販売の力を見込んだ女性社長から夏休み、ドライバーとして働くよう要請される。これが彼女の人生を大きく変える。各地の支店をチェック、テキサスでは最も優秀な店長から大切なことを学ぶ。社長は息子から退職を迫られ、そのバックに大手の安売りチェーンのオーナーがついていることを知る。品質第一か、大量販売か。

「その人のことをよく知りたければ、その人の靴を履いて歩いてみるといい」

「靴はわれらと共に人生を歩いてくれて、泥にまみれたり、傷ついたりする。だからきれいにして、手入れをしてあげなくてはいけない」

「父さんの(アル中)問題のせいで、あたしは心に永遠に治らない傷を抱えていると、ずっと思ってきた。でも、今はわかる。人生に立ちはだかる問題が、あたしたちを成長させたり壊したりするわけではない。その問題に立ち向かう術をどうやって学ぶか、それが人生を変えるのだ。」

作者の言葉が「訳者あとがき」に紹介されている。

「私は、困難に立ち向かう主人公を描くのが好きです。そのとき最高の武器になるのは、なんと言っても希望とユーモアでしょう」

さてさて、読書会テキストは難しい。次回は、新杉並区長岸本聡子さんの『私がつかんだコモンと民主主義』(晶文社)。岸本さんは今、初議会に臨んでいる。1月までの日程、12月までのテキストを決めた。重い作品、カラリとしたハッピーな作品とを取り混ぜながらやっていきたいと話し合った。こういう時代だから。

アーサー・ビナード氏の

英訳『やまなし』

 アーサー・ビナード氏が名作絵本を英訳している。斎藤隆介・滝平二郎『花さき山』(「Hertbloom Hill」20.11)、『もちもちの木』(「the Booyoo Tree」21.9 ともに岩崎書店)。そして、今年4月には宮沢賢治『やまなし』(「Mountain Stream」今人舎)を出した。

 タイトルから非常な苦心をされたと語っている。

 ことに、『やまなし』は、幻想的な世界だ。山の小川のそこに住む沢蟹父子(兄弟)の物語だ。そこに、賢治特有の言葉が出てくる。「クラムボン」などは不思議な言葉だ。文学、教育関係者の間でも定まらない。ある意味、こじつけといってもいい解釈が出回ることになる。賢治さん自身はそんなことにはおかまいなしの楽しみだろう。

 今回、アーサー・ビナードさんは1923年4が8日『岩手毎日新聞』に掲載された初出文を基調においている。6年国語教科書と比較してみると、いくつか気になる点がある。

「魚」を「うお」と読む時と「さかな」と読む時をルビで使い分けている。「5月」の場面で魚が現れる時、「上(かみ)」「下(しも)」と教科書ではルビが振られている。ビナード本の日本語表記では「上流(かみ)」「下流(しも)」となっている。少しイメージが異なるように思う。

 いちばん興味深いのは、「クラムボン」だ。「Larvy -Doo」と置いている。これについては、巻末に「なま麦なま米なまプラトン」という「あとがき」を書いていて、ここはしっかり読んでいただきたい。

 英語に置くという営みが、作品の新しい解釈を生みだしたり、発見を重ねたりしていくことになると、アーサー・ビナードさんは語っている。

佐藤博『映画の本棚』

同時代社2022.9 2700円

 雑誌『教育』に隔月で連載されている映画評。「評」というより「映画へのいざない」といった方が適切だ。必ず観たくなる。ここには2004年から2022年までの95本の映画が紹介されている。数えてみたら、そのうちの21本は私も観ている。わずかに22%だけど。

 佐藤さんは東京の中学校社会科教師だった。「中学校教師を生きて」というエッセイが書き下ろされている。その中でこう書いている。

「教育は恋愛に似ている。教育とは“関係”であり、好意ある視線が人を向上させる。教師とは、きっと愛し愛されることを本質とした職業なのだろう」

名文句である。一本一本の映画評の中に引用しきれない名文句があって、キュンとさせられる。それを紹介していたら、いつまでも終わらない。ぱらりと開いたページに胸を突かれ、新しい見方を教えられ、豊かな世界に誘われる。つまりロマンチストなのだ。

 「中学校教師を生きて」の続きにこう書いている。

「映画と同じように、私の童話は、たくさんの中学生とともに過ごした日々のなかに刻まれている。数えきれない中学生の笑顔も涙も感動も、私にとっては「作品」だったと、いまは思う。私は彼らとともに何度もの“少年期”を過ごし、自分の物語を生きることができた。そして私という小さな人間の欠片が、私の教えたたくさんの子どもたちの人生に残っているとすれば、教師とはなんと素敵な職業なのだろう。

 今日も放課後の教室に、静かに陽があたっている。若い教師たちもまた、この仕事にある温かい陽光を味わい、子どもと生きる歓びに出会ってほしいと願わずにいられない」

 詩人だなあ…!

 サブタイトルは、「世界はとても不思議で美しい」。「とても」を入れるところがロマンチストなんだなあ。ぜひ手に取って開いてください。まず、どのページでもいい。元気が出ます。

 

『エイドリアンはぜったいウソをついている』

マーシー・キャンベル文、コリーナ・ルーケン絵

服部雄一郎・訳

岩波書店21.1 1600円

 

 

 私の同級生のエイドリアンはいつもひとりぼっちでぼんやりしている。そして、「うちには馬がいるんだよ」と言う。誰も信じない。もちろん、私も。

 家に帰って、その話をすると、母さんは黙って犬のガブガブを連れて散歩に出た。いつもとは違う貧しい知己だった。そこに、エイドリアンがいた。小さな小さな家だった。

 母さんはおじいさんと話し始めた。私はエイドリアンの投げてきたボールでキャッチボールをしながら、話した。そして、思った。

「もしかしたら エイドリアンは 学校にいるだれよりも すごい そうぞうりょくの もちぬしかも」

と。

 原題は、『ANDRIAN SIMCOX DOES NOT HAVE A HORS』。

 うまい訳だなと思う。女の子の気持ちをしかりつかんだ語り(訳文)だ。

 母さんの姿がいい。私の言葉に反論しない。だまって、エイドリアンの隅地域、その暮らしを理解させる。私もその配慮に立って、エイドリアンを理解していく。カラフルな、画面全体を包む絵が思春期の子どもの世界をあらわしていく。教室に持ちこみたい.。

図書館の本なので、返してしまった。絵本です。

 

 

8月21日(日)曇り 孫と読んだ3冊の絵本

 昨日は孫(5歳)が来て泊まった。孫が選んだ絵本3冊を読んだ。

『ワニぼうのこいのぼり』は笑いながら聞いていた。のんびりした春風を楽しむ動物たちの様子がいいのだろう。

『ムニャムニャゆきのバス』はずっと、我が家の4人の孫が好き。このわけのわからなさいがいいのだろう。順番をまちがえたり、読みとばしたりすると叱られる。

『おしっこしょうぼうたい』は、このところ一番のお気に入り。声を合わせて読んだ。というか、暗誦している。

 好きな絵本はずっと好きなんだなと思う。

 上の孫(11歳)は1冊は聞いて、1冊は読んでくれる。

 その後はしりとりをして寝る。しりとりをすると、知的な面の成長の様子がよくわかる。

『どんぐり』

寺田寅彦/中谷宇吉郎

灯光舎2021.3 1500円

 駅前の書店は毎週2~3回はチェックする。月曜はほぼ必ず。土曜に、東京、毎日、朝日の各新聞が書評コーナーを設けるので、この3紙は買って、読みたい本をメモする。今野書店はそれらを「新聞書評コーナー」を設けていて、取り上げられた本を並べるからだ。まず、図書館に予約を入れるが、ほとんどが30番目、50番目になってしまう。すごい時は130番目などになる。だいたい、「忘れた頃にやってくる」。

 書店に行くと、一廻りする。できるだけ買い控える。見て回るのが好き。でも、ああ、これは欲しいな…という本はある。本の方が誘っているような。

 この『どんぐり』はそんな一冊。この美しいオレンジの本のシリーズがそうだ。撰・出版の山本善行氏が、このコロナ禍だからこそ、「自由に動けない今のこのような時期に、一人一人に手渡すような気持で作ったという「灯光舎本のともしび」シリーズだ。これが並んでいた。『どんぐり』はその第1作で、昨年出ている。「文学の香りたつ本を今こそ」とは山本氏の言葉だ。

 寺田寅彦の「どんぐり」と「コーヒー哲学序説」。中谷宇吉郎の「『団栗』のことなど」の3編の随筆だ。寺田は(旧制)高校生時代に親の用意したとおりに結婚している。15歳の妻。高知から東京に出て大学に学んでいる間に、妻は結核になり、娘を産んだのち、早くに亡くなっている。その経緯を深い悲しみと共に綴った「どんぐり」。その随筆の背景をあらためて読み直しつつ、師・寺田の人となりを綴っているのが「『団栗』のことなど」だ。静かな深い語りだ。

 丁寧な作りの本で、何度でも読み返したくなる、それにこたえるような手触り。

『5番レーン』

ウン・ソホル作、ノ・インギョソ絵、すんみ訳

すずき出版22.6

 韓国から、水泳に打ちこむ6年生、少女少年たちの物語が届いた。カン・ナルは姉に憧れ競泳に打ちこんできた。韓国では水泳指導の授業はないそうだ。だから、水泳部は競泳を目指す選り抜きの子どもたちで構成されている。カン・ナルの一日は水泳とそのトレーニングで心身ともにいっぱいだ。彼女には大きな壁・キム・チョヒがいる。なんとしても勝てない。その秘密はキラキラした水着にあると思ったナルはそれを隠してしまう。

 水泳部には転校生男子、チョン・テヤンが入ってくる。彼はバタフライを専門にしていく。幼なじみのチ・スンナムはチョヒと付き合っている。次第にテヤンに惹かれていくナル。

 こうして、ナルを軸に展開していく物語は、「競争相手の水着を盗んだ(隠した)」という心の負い目をどう解決していくのかという問題と、テヤンとの恋の行方を追っていくことになる。詳しい結末は読んでのお楽しみだ。深い感動があった。

今、韓国の女性作家のファンが増えているし、絵本も人気が高い。そこに児童文学が加わった。これはYAにも入る作品だが。第21回トンネ児童文学大賞を受賞した、その選評を、「胸の音」と題して選考委員で童話作家のソン・ミギョンさんが書いている。これはぜひ読んでいただきたい。なぜ、この作品を推したのか、余すところなく伝えている。こちらにも感銘深くした。

そして、もうひとつ、読んでいただきたいのが、「この地球を生きる子どもたちのために」と題した巻末扉の出版社の呼びかけだ。

「芽生えた草木が、どんな環境であれ、根を張り養分を吸収しながら生長するように、子どもたちは生きていくエネルギーに満ちています。……。

そんな子どもたちに必要なのは、自分の根をしっかりと張り、自分の幹を想像力によって天高く伸ばし、命ある喜びを享受できる養分です。その養分こそ、読書です。感動し、衝撃を受け、強く心を動かされる物語のなかに生き方を見いだし、生きる希望や夢を失わず、自分の足と意志で歩き始めてくれることを願ってやみません。……」

『5番レーン』は確かなバトンだ。絵もさわやかで、水の物語にふさわしい世界を映し出している。22.8.4

8月1日(月) 猛暑

 子どもの本研へ

 猛暑の中、代々木のオリンピックセンターで開かれた日本子どもの本研究会に参加してきた。30日は読書のアニマシオン、31日は「小学生と読書」分科会。

 アニマシオンは笠井英彦さん(代表)が「コーヒーのアニマシオン」でワークショップをした。世界を変えた6つの飲み物から始まって奴隷、児童労働やプランテーション、フェアトレードなどの問題へ広く考えていくもので、「おとなのカルチャースクール」ということもできるものだった。

 コロナの中で学校図書室の閉鎖までニュースにされるほど、そして本も手に取られなくなって、本を手に取る機会さえ軽視されるようになった。とても心配。でも、子どもに本は欠かさないという取り組みは継続されている。それを「小学生と読書」の二つのレポートがしっかり伝えてくれた。学校図書館司書と高学年担任教師の二人から丁寧な、継続的な取り組みがレポートされた。

 いま、大きく流れを変えようとする努力は難しい。自分の持ち場から確かな仕事を積み重ねて、一人ひとりの子どもに語りかける取り組みをめげずに続けることだと、あらためて思った。参加して気持ちに希望が持てた。暗くなるばかりのニュースを見ていないで、青空も見あげなくちゃ……。

 毎朝5時半から、涼しいうちに近くの善福寺公園を一回り散歩している。写真の大銀杏の木が大好きで、手を触れて一回りして見あげてあいさつをする。元気をもらう。詩を暗唱しながら歩く。ポケットにコピーを入れて、新しい詩を一つずつ覚えて歩く。