女の子の未来を阻むもの | ASD【自閉症スペクトラム】女係長 鹿島じゅんの日常生活はサバイバル!

ASD【自閉症スペクトラム】女係長 鹿島じゅんの日常生活はサバイバル!

25年以上1つの会社に健常者として勤務し、係長として人の上に立つようになった私が、
どのようにASD(自閉症スペクトラム)の特性と折り合いをつけて生活しているか、
その方法をお伝えしていきたいと思います。

ブログにお越しいただきありがとうございます^^
 
ASD(自閉症スペクトラム)
愛着障害当事者から
"幸せになるための心理セラピスト"
鹿島じゅんです。
 
私の発達障害に関する診断結果
コチラです。
 
私の愛着障害に関する生育歴
コチラです。
 
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【今回、少し重い内容になっています。苦手な方はスルーをお願いします】

昨日、自分の過去を人に話す機会がありました。 

私が物心ついた時には既に父親から、

「女の子なら要らない」

「おまえのせいで母さんは死にかけた」

「母さんの体が悪いのはお前のせいだ」

専門学校に通っていた頃に、
顔も体もボコボコに腫れ上がる程蕁麻疹が出て、
とても働ける状態では無くなったけれど、
母親からは、

「働きたくないから仮病を使ってるんじゃないのか!!」

と言われて実家にも居場所がなく、
住む場所を探していたところに、
救いの手を差し出してくれた男性の手をとった結果、
私はその男性の実家のある長崎に連れていかれ、
物置の2階で暮らすことになったこと。

もちろん最初から、
その男性の実家のある長崎に住むことも、
その男性の実家の、
まして物置に住むなんて話を承諾した覚えもなく、
その男性が当初私に語っていた、
福岡にアパートを借りて住むという約束を、
全て反故にされてしまった私は、
その男性と別れることを望んだのですが、
首を絞められて脅された挙句、
無理矢理妊娠させられるという形で、
その環境から逃げ出せなくされてしまったこと。

そのへんの流れは、
こちらのブログ記事に書いていますので、
よろしければ、お読みいただければ、
と思います。



相手の家の物置に住むことになったところまで、
私の人生の経緯を聞いたその人は、

「色々大変な人生を生きてる人の話も聞いているけど、
あなたの人生もなかなか酷いね。
少し休憩させてもらっていい?」

と、話の途中でそう言いました。

私の話を続けて聞くのが、
心身ともにキツかったようでした。

私はその人が気分転換を終えるまで待ち、
その後の自分の人生は、
かなりかいつまんで話をしました。

私の人生って、結構酷かったんだな

なんて他人事のように感じながら。
(当事者だから、あまり酷いという実感が湧かないのです)

昨日、そんなことがあって、
今日、たまたま観たYouTubeの動画の中で。

私は過去の自分と姿を重ねてしまう、
シエラレオネの女性達の声を聞きました。

そのYouTubeで聞いた、
私が自分の過去と、重ねた言葉達。

「結婚や愛がなければ、
女の子には頼るものが何もないのです」

「面倒を見てくれる人が誰もいないのなら、
養ってやろうとその男は言いました」

「2人だけで暮らすうちに妊娠しました」

「でも私が妊娠して病気になったら、
彼は出ていってしまいました」

「学校から帰って家に食べ物がなかったら、
どうやって空腹を満たしますか?」

「どうしたら生きていけるでしょうか?」

「1人の男があなたを助けてくれるとしたら、、、」

「その男と一緒に寝たら、
少しの食べ物とお金をくれるのです」




19歳の私には、
住む場所も食べる物を得るお金もありませんでした。

酷い蕁麻疹で働くことも出来ませんでした。

私には自分に好意を示してくれている、
その男の人の手を取る以外の、
選択肢はありませんでした。

19歳で妊娠、結婚、出産をしました。

望まぬことばかりを強要され、
それでも何とか幸せになろうと、
自分の命をかけて、
ようやく手に入れた自分の居場所に、
私の心身の我慢は限界に達し、
心身共に追い詰められた私が、
自殺未遂を図った時に元夫から言われた言葉は、

「迷惑かけんなや」

でした。

私が自殺未遂をしたことで鹿児島の両親が、
その頃私が住んでいた長崎に、
元夫の両親から呼ばれ、
それから私は元夫の両親からだけでなく、
自分の両親からも、

「こいつ(私のこと)が全て悪いんだろう。連れて帰るから安心してくれ」

と言われ、
誰も私が自殺未遂を図った理由を、
ちゃんと聞いてはくれませんでした。

初めての子供を産んで、
知っている人もいない夫の地元で1人で、
生後1ヶ月の赤ちゃんを育てている、
子育てに慣れない妻の住んでいる家に、
愛人を連れてきて、
「泊めてやってくれ」
という夫の言動を受け入れられず、
そんな私を見ていた愛人が、
「私はここに来ちゃいけなかったんですね」
と泣きながら家から出ていって、
それを見た夫が泣きながら後を追って、
家から出ていくのを、
赤ちゃんがいるから全く動けなくて、
ただ見送るしか出来なかった妻の私が、
心身を病んでも、

私が全て悪い

と言い切る自分の両親(言い切ったのは父親。それに反論しなかったのは母親)
に絶望したとしても、
何の不思議もなかったと思います。

むしろ、こんな状況で、
まともな精神状態でいられる人のほうが、
きっと少ないでしょう。

私は日本という安全な国にいて、
シエラレオネの女性達と比べたら、
遥かに恵まれた環境にいるけれど。

家族に頼れなかったこと。

生きるために自分の体を差し出したこと。

病んだことで、
自分を養うと言われた相手から捨てられたこと。

とても他人事とは思えませんでした。

私は女の子だという理由で、
父親から"要らない"と言われました。

私は女の子だからという理由で、
父親から"性的興奮の材料"にされました。

私は女の子だからという理由で、
母親から進学の夢絶たれました。

私が自分の人生を生きる時に、
自分が女の子だということは、
大きなハンデになりました。

そんな私が、
自分の人生を立て直すことが出来たのは、
学ぶことが出来ていたからでした。

だから私は自分の子供が自立して、
自分の自由になるお金が増えた5年ほど前から、
毎月寄付をしています。

その寄付の内訳は、
女の子達へ支援する、
ガールズ・プロジェクトが6割、
男女関係なく支援する、
グローバル・プロジェクトが4割です。

女の子だからと、
身の危険を感じて生きなくてもすみますように。

女の子でも学ぶことが出来て、
未来の選択肢が増えますように。

今回の新型コロナウィルスの影響で、
さらに女の子達は、
過酷な状況に陥っているそうです。

もし、こんな思いに、
このブログを読んでくださったあなたが、
共感してくれるなら。

コチラに1回限り、
千円から出来る寄付もあるので、
検討してみて下さったら嬉しいです。

プラン・インターナショナルの画面に、
書かれていた言葉。



女の子として生まれてきただけで、
「NO」と言われる国は、
私にとっては"遠い国"ではありませんでした。

日本という国の家庭の中に、
その現実はありました。

酷い現実は、
決して遠くで起こっているばかりではありません。

日本でも、世界でも。

女の子が幸せに生きられる未来

少しでも、
そんな未来に貢献していきたいと思っています^^