愛着障害当事者から
"幸せになるための心理セラピスト"
鹿島じゅんです。
私の発達障害に関する診断結果
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私の愛着障害に関する生育歴
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私とブログで繋がって下さっている皆さま、
あけましておめでとうございます。
今年が皆さまにとって良い年でありますように(#^.^#)
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昨日、私は実家に帰省したのですが、
大晦日に帰省したのは、
独身で家族のいない私だけでした。
結婚して子供が1人いる兄は、
母曰く例年元旦の夕方に、
嫁と子供を車に乗せて、
帰省してくるそうです。
そして、一緒に帰ってきた兄嫁は、
1〜2時間ほど滞在したら、
兄と子供を残し、
新幹線で自宅に戻っていきます。
結婚前とその後1回くらいは、
兄嫁も実家に泊まっていたのですが、
その2回の宿泊で、
義両親と同じ家で一晩過ごすのは、
気疲れすることに気づいたのでしょう。
以来、もう10年ほど、
この帰省のスタイルを貫いています。
(今年は仕事のため、兄嫁は帰ってきませんでした)
そのため、兄が結婚する時には、
「もう、この家は兄夫婦の家になるのだから、
お前はこの家で勝手に振る舞うんじゃないよ」
と、
私が実家に帰省した際の心構えを諭した母も、
今では特に何を言うこともなく、
実家で父の法事の精進落としを行うために、
食事会を開いた際には、
・主催者 兄
・給仕担当 私
(お返しの手配等法事準備含む)
という構図が当然のように出来上がり、
私が食事会のために、
お茶の用意や弁当、汁物の配布で、
1人でバタバタと忙しくしていた時には、
見かねた親戚のお姉さんが手伝いを申し出て下さり、
(ありがたかった!!)
そして兄嫁も"手伝いとして参加"するという、
なんだか微妙な気持ちを味わいました。
鹿児島の男尊女卑の環境で育ち、
と小学生の時から言われ、
1歳上の兄と差をつけて育てられた私は、
この状況に思うところはあるのですが、
九州の割と自由な地域で生まれ育った兄嫁は、
このような封建的な風習には馴染みがないらしく、
多分親切心から、
"手伝い"を申し出ててくれています。
私が動かなければ、
母が困ると分かっている状況なので、
今は主力として動いていますが、
母が亡くなったら、
この実家に住む人間はいなくなり、
法事等は兄の家で行うことになると思われ、
その際には、
私が主力として動くことも無いはずなので、
きっとこの封建的な風習も、
私の代で途絶えるのでしょう。
周囲に対する気配りが苦手なASDの私が、
親戚の集まりを取り仕切るという、
能力的に困難な作業に当たっているのは、
ひとえに
母の負担を軽くするため
という理由に尽きるので。
昨日は自分と母の2人だけだったので、
あまり気を遣わずに済んだため、
「これなら大丈夫かもしれない!」
と、
1泊で帰る予定を2泊に延長したのですが、
少し無理をし過ぎたかも知れません。
今日は午後1時頃から、
1人で初詣と温泉に入りに出かけ、
1人の時間を確保したにも関わらず、
温泉から上がって家に帰ろうとする頃に、
左のまぶたがケイレンを起こし始めました。
これは、
私にストレスがかかっていて、
限界を迎えている時のサインになります。
本当の親子なのに、
長時間一緒にいられないなど、
困ったものです。
でも、これが、
ASDと愛着障害を、
合わせ持った私に出来る、
母への親孝行の現在の限界地点。
そのことを認めて。
明日の朝早く、自宅に帰ります^^
せめてもの親孝行に買った、
昨年車をぶつけたという母への、
交通安全の御守り。
ストレスを抱えてしまう私の代わりに、
どうぞ母と一緒にいて、
母を守ってあげてください。
今回の帰省で、
何回か寿命の終わりを口にした高齢の母へ、
来年も御守りを買ってあげられますように。
今日は明日の帰宅に向けて、
早めに寝ようと思います。
昨日ではなく、
今日みる夢が初夢という説も有力だとか。
皆さん、
幸せな初夢をみてくださいね( ´ ▽ ` )ノ