なんちゃって作家の青息吐息 -6ページ目
















 いつものスタジオに向かう。計画はバッチリだ。


「ちょっと、耳にあうかどーかはわかんないスけど…」


 そう言って、俺は浦上助教授をここに連れてきた。何でって、そりゃKENのかっくいートコを見せてやる為さ。


 教授を捜してて十分ほど遅れちまったけど、そこはそれ、やぶへび、じゃなかった、大事の前の小事、いや違うな。ま、いっか。


「こっち、こっち」


 キョロキョロと辺りを見まわしている教授の手を引っ張って、北洋楽器の二階へと上がる。ここは俺が昔から使ってるトコなので、受付のねーちゃんも顔なじみだ。


「ういーす」


「もう、皆来てるわよ」


 ミヤは俺の顔を見ると、急げと言わんばかりに手を振った。いつ見てもこいつは凄い。金髪にハデハデメイク。素顔で会ったら、ぜってーにわかんねーだろーな。


「どっち?」


「Bスタ。八時までだから、五分前には出てね」


「へーい」


 スタジオへの扉を開けると、ドラムやベースの低音が少し漏れてきた。


 Bと書かれた部屋を覗くと、やってる、やってる、何にも知らないで。きっとびっくりするだろうな。楽しみ~!!


 俺は防音性を高めるために二重になっている扉を開けた。と、同時に、直接頭に入ってくるかのような大音響が鳴り止む。


「遅せーよ。…あれ?」


「悪ィ、悪ィ」


 そう言いながら、教授を先に部屋に入れて、扉をロックした。


「浦上教授…どうしたんですか?」


 あ、そうか。ヒロは国文とってるんだっけ。ナオトは大学が違うから、知らないだろうけど。


 とりあえず、俺はナオトに教授を紹介すると、エフェクターケースを広げて、音の設定をいつものようにあわせた。


「俺たちの初めてのお客さんだからな。特にKEN、がんばるように」


「ば…ッ!何言って…!」


 その言葉を無視して、教授をドラムの近くに座らせる。


 浦上教授もKENも、俺様の粋な計らいに戸惑っているようだ。いいことをした後は気持ちがいいゼ!


 一曲目が始まると、教授が小さな悲鳴を上げて耳を押さえた。


「うるさいスか?」


「ご、ごめんなさい。私、入り口の方で見させていただくわ」


 あちゃ。一般ピープルには刺激が強かったか。いや、失敗、失敗。


 いすを移動させた後は問題ないようだった。


 プレイ中にチラリと二人をうかがうと、教授はKENだけをうっとりと見つめている。うーん、これは超いいカンジっすね!なのに…。


「おい、KEN、サビの部分走り過ぎだよ」


「…悪い…」


 どうもKENの方はパッとしない。テンポは合ってないし、スティックは落とすし、よく間違うし。あいつ、上がり性なのかな。ま、でも、それだけ意識してるって事だよな。うんうん。


 その日は、教授をしっかり送るようにとKENに言い残して、その他三人は邪魔をしないようにと気を使ってやった。俺様ってばナイスサポート!もちろんヒロとナオトにはこの間の事をばらしたけど。けけけ。


 いやー、今日は充実した一日だったね。この後しばらくは試験期間になるので、スタジオ練習も一時中断。個人練習となる。俺様マジメだしー。って実はKENがそうしたいって言ったからだけど。親に心配かけられないってサ。やっぱり、あいつはいいトコのお坊ちゃんだゼ。





















 ようやく試験期間が終わった頃、俺はKENとヒロを捜していた。ケータイ全然つながんねーし、メール送っても返事も来ないんだもんなー。ま、ヒロは「無駄だからケータイ持たない」ってんでいつもの事だけど。


「おッ」


 やっと見つけたゼ。


 KENは本館の研究室前の廊下にいた。何だか隠れるようにして、何かを見ている。


 声をかけようとしたけど、ふい、と歩き始める。


 何だ、何だ、何があるっていうんだ?


 好奇心旺盛な俺様は、つい後をつけてしまった。


 本館を出て、図書館の方へ行く。あ、あれ、KENの先を歩いてるのは…浦上助教授!!


 中庭を抜ける所で、うっかり俺は二人を見失ってしまった。


 おいおい~。まさか、ストーカーじゃねーだろーなぁ。そいつはちっと、ヤベーゼ。


「……」


「……」


 声がする。KENか!?


 俺はそろそろと近づいた。こーいうの、昔の言葉で出歯亀って言うんじゃなかったっけ?おお、俺様物知り!


「な…何でだよっ、いきなりそんな、別れるだなんて…!」


 な、何ィ!?


 あまりにも突然の言葉に、俺はひっくり返りそうになった。し、しかも内容が…!


「…それが二人のためだからよ…」


 教授がこちらを振り返ったので、俺は慌てて木の陰に隠れた。


「子供はどうすんだよッ!?」


「……」


 ここっ、子供!? そ、そんな…お前ら…やることはキッチリとやってたのね…。


 その時、軽快な音が聞こえた。ショックからやっと立ち直った俺が見たものは、右手を挙げたままのKENだった。


 あちゃー…。やってしまったか。振られたからって、殴るのは男らしくないぞ。


 KENは、そのまま第三校舎のほうへ走り去って行く。


「…賢ちゃん…」


 俺はどうしていいかわからず、とにかくヒロに相談しようと、今来た道を一目散に駆け戻った。


 こんな時にどこにいるんだよー!だから、ケータイ持てっつーんだよォ!


「ヒロ!!」


 ラッキー!


 本館の入り口に奴はいた。あ、次の授業一緒だったっけ。


「どうしたの、血相変えて…」


「た、大変なんだよ!」


 走ってきたから息が苦しい。最近、運動してないもんな。いや、ロッカーは不健康でいいのだ!って、今そんな場合じゃねー!


 俺は今の出来事をかいつまんで話した。


「嘘ッ、マジで!?」


「だってこうだゼ!!」


 以下、俺の一人舞台。


K「なぜ、別れようなんて言うんだ!?」


浦「それが二人のためだからよ…」


K「俺たちの子供はどうするんだ!?」


浦「……」


K「パシン!もう知らねーよ!」


浦「…賢ちゃん…」


「…とこんなカンジだったかな」


「じゃ、じゃあ二人はもうそういう仲だってこと!?」


「だな」


「どうしよう、どうしよう」


 ヒロまで焦りはじめている。


「とにかく!ヒロは教授ントコ行ってやれ。俺はKENを追う」


「わかった!」


 と、走り出そうとしたが、ふと思い立って俺はヒロの襟首をつかんだ。


「やっぱお前、KENのとこ」


 …そりゃー、やはり女の人の方がいいでしょう。


 現場(?)に戻ると、まだ教授はいた。長い髪とフレアースカートを風になびかせてボンヤリしている。


 やっぱ大人だから、二十一歳なんてガキなのかな…。


 そう思いながら近づくと、俺が声をかけるより早く、教授の方が気づいた。


「あら、あなたは賢ちゃんの…」


 言いかけ、ハッとしたように口元を押さえる。


「ごめん…。聞くつもりはなかったんだけど…」


「そう…驚いたでしょ?」


 ふふっと笑う。でも、その表情はどこか悲しそうだ。


「かなり…ね。でも何とかならないのか?お互いに好きなのに別れるなんて…」


「…仕方ないのよ」


「どうして!?」


「…あの人は私がバンドをやること事態、反対だった。…そりゃそうよね。一番手のかかる時期の子供がいるんだもの。無責任だと叱られても仕方ないわ」


「…?」


 何か話が違う方向に…。バンド…?


「だから、一年間って約束だった…。でもやっぱりバンドは続けたくて…。可能性にかけてみたいのよ、あなたならわかるでしょ?」


 全然わからん。


「…あのー…浦上教授って、バンドやってんの?」


「えッ!?」


 しばらく重苦しい沈黙が続いた後、


「…そっ、それじゃまたねっ…」


「ちょ、ちょっと待ってよッ、教授ッ!」


 教授がそそくさと逃げようとしたので、俺もつい、後を追ってしまった。がッ、足元をよく見れば、またちょうどいい所にでっけー石があるんだ。俺は思いっきりけつまづいて、溺れる物はワラをもつかむ、という諺を地でいった。…のに顔からコケた。


「い~ッ」


 何をつかんだのかと思い、起きあがりながら右手を見ると…ありゃ、髪の毛…?


「でえぇーーーッ!?」





















 ドタドタと足音がして、ヒロに事情を聞いたらしいKENが中庭に戻ってきた。そして、俺たちの異様な姿を確認すると、頭を押さえて立ち止まった。


「え…?え…?」


 遅れて駆けつけたヒロは、いまいち状況をわかってないらしい。


 俺は呆然と呟いた。


「ファニーキャッツの…KANA…」


「うっそぉー!?」


 いや、確かにそうだ。髪は立たせてこそいないがカラフルに染めているし、何より大ファンの俺が見間違えるわけがない。…今まで気づかなかったのにはショックだったけど。


「…バレちゃった…」


 KENに向かってペロッと舌を出した仕草は、俺の“KANA”のイメージとは全くかけ離れていた。…そういや、浦上教授って、佳奈子って名前だったゼ。


「どういう…事…?」


 ヒロの一言で、俺は第二のショックに立ち向かわなければならなかった。


「…つまり…KENとKANAが付き合っていて、子供までいるのに別れようって…」


「え、いえ、あの…」


 教授、言い訳なんか聞きたくないよ…いいよ、もう、わかったよ。


「…ッ!?」


 ようやくヒロも理解してきたらしい。


「ちょっと待て!お前らいちじるしく誤解してるぞッ!」


「じゃあ…あの写真、やっぱりKENだったんだ…」


「おい!人の話を聞けよ!! 確かにファニィのローディーは俺がやったよ!けど…」


 …やっぱり…。憧れのKANAが既にKENのお手つきだったなんて…。し、しかも、子供~。


「だから人の話を聞けって!KANAは俺の姉貴だッ!!」


 ……?


 一瞬の沈黙の後、俺とヒロは同時に叫んでいた。


「何でーッ!?」


「近親相か…」


 鈍い音がして俺の頭に激痛が走った。


 くーッ、KENの奴!


「姉貴は結婚してんだよ!! 旧姓、宇喜田佳奈子!ローディーは人手が足りなかったから!最近旦那とケンカして、別れるとか別れないとか言ってたんだよ!」


「だって…スタジオ練習の時、ドラムの音にびっくりしてたし…KENは妙に緊張してたし…」


「そりゃあ、プロのドラマーにジッと見られてみろ、緊張するの当たり前だろ!」


 マ、マジでマジで…?


「私ね、耳が良すぎるのかな。プレイ中はいつもイヤーウィスパーしてるの。それで、この間は驚いたのよ」


 …あまりに衝撃が大きすぎて言葉にならない。つまり、全部勘違いって事!?


「結婚する前は全然売れなくて、これで吹っ切ろうと一年間の約束で始めたバンドが突然売れちゃって…欲が出たのね。世の中上手くいかないわ…」


「でも、姉弟って事まで隠さなくても…」


「念には念を入れてたんだッ!!」


「…でも、もういいわ…」


 浦上教授、もといKANAは、ロングヘアーのかつらをかぶり直して言った。


「これでバンドはもう、おしまい。いい思い出になったわ。主婦なんだから、これ以上夢見ちゃいけないものね…」


 いつのまにか日は落ちて、辺りは夕闇に包まれていた。KANAの横顔が朱く染まっている。誰も何も言えなかった。言えないまま、時間だけが正確に過ぎていった。





















「KEN!離乳食のグラタン、どこにあるんだ!?」


「俺が知るかよ!こっちは今、おむつ替えんのに忙しいんだよッ!あっ、バカ、ナオトそれ踏むなッ!」


「ヒロはまだ買い物から帰んねーのかッ!? 塩はどこなんだよォ!!」


 あれからKANAは大学を辞めた。俺たちが旦那さんにバンドを続けられるように頼み込み、何とか許可をもらったからだ。


「ナオトッ、テレビつけろ、テレビ。ファニィの特番始まるぞ!」


 だが、俺たちBEAT-32は、KENを筆頭に育児に追われるハメになった…。


 ま、いっか。

















 その後何度かミーティングとスタジオ練習を繰り返し、ナオトも少しずつ慣れてきた頃、他のバンドとセッションをやろう、という事になった。


 BEAT―32は俺が言うのも何だけど、かなりレベルの高いバンドだ。皆の方向性も大体あってるし、テクニックも悪くない。何よりも、それぞれが斬新なのがいい。お互いにないものを持ってるって感じだ。


 セッションの相手は、ナオトの大学の一年後輩で、少しの間、一緒にやっていた事があるらしい。…てことは、俺とは同い年だってことか。うーん、燃えるゼ。


 最近オリジナル曲も増やしたし、ちょっと寝不足気味だけど、そんな事言ってらんねー。早くライブもやりたいしな。


「ありゃ」


 校内の掲示板を見た俺は、思いがけないラッキーに出くわした。国文の浦上(うらがみ)助教授が、三週間も休講するらしいのだ。彼女は若くて美人だから、それだけの為に授業を取ってる連中も多い。けど、後でかなり後悔する。代弁とかコピーのレポートとか、すーぐバレちゃうんだな。俺は年上に興味がないからどーでもいーけど、(だって二十七だゼ!?)こんなに休講じゃ、ガッコ来る奴減るんじゃないかなぁ。


 休講と知った途端、眠気が襲ってきた。他の授業は全然楽だから、今日は寝とくか。講堂の裏にぽかっと開いた場所があって、そこは寝るのにちょうどいいのだ。


 がさがさと植木を分けて入っていくと、何やらボソボソと声が聞こえる。木々の間からチラッと覗くと、腰までのゆるいウエーブがかかった髪が風になびいていた。


 ありゃあ、浦上助教授だ。ま、まさか、告白ターイム!? って、隣にいんのKENじゃねーか!も、もしかして…。


「…俺もがんばるよ」


 KENの声が聞こえる。教授は微笑むと表の方へ出ていった。…何だか妙に親しげ。フツーがんばります、だよな。


 KENはしばらく教授の後ろ姿を見ていたが、クルリと振り返った時に俺と目が合って叫んだ。


「うっわわッ!カッカズ!お、お前、いつからそこに…ッ!?」


 俺はカッカズじゃねー。


「たった今だけどさ」


「ここっこれは、授業で解んないとこがあって…」


「お前、国文取ってないだろ?」


 この慌てよう。俺の目は完全に、逆さまの三日月になっていた。


「…カズ、何か誤解してるだろ」


「皆まで言うな。俺も協力してやっからよ」


 そう言うと、KENは顔を真っ赤にして怒った。ぷくく、()い奴め。


「冗談じゃない!そんなんじゃないよ!」


 そんなに気の利かない奴じゃないゼ、俺は。


「わかってる、わかってる。だから、今日六時からの練習忘れんなよ」


 何とか真面目な顔に戻して、KENの肩をポンポンと叩く。


 恋愛は自由さ。年とか立場とかは問題じゃねぇ。…ううっ、俺様ってば理解あるゥ。…ってKENの奴、いつのまにかいない!?


「チッ…逃げられたか…」


 でもその時、俺様の頭にはナーイスなアイディアが浮かんだ。さすが、俺様!


















 その日、KENは練習に来なかった。昼間ちゃんと伝えたのにもかかわらず、だ。プロを目指す者としては、連絡も入れずにブチるとは言語道断。全く、どう思ってるんだか。ヒロはヒロで『歌詞なんか作れないよ~』とかほざいてるし、ナオトは相変わらず無口で何考えてるか解んねぇし。何か俺ばっかり走ってるような気がする。結局、次のスタジオの予約もできなかった。来週にはセッションもあるんだゼ。こんなんでどーすんだよ。


 ちょうど日付が変わった頃、やっとKENのケータイがつながった。


『…しもし…』


 何だかよく聞こえない。


「俺だ、俺。今どこにいんだよ」


『…松…で…』


「聞こえねー、どこだって?」


『浜松…今日…悪い…なくて…』


「浜松ゥ!? 何やってんだ、そんなトコで!?」


 …切れた。あーもう、めんどくせぇ、どーでもいいや。


 俺はケータイを放り投げると、ベッドにゴロッと横になった。


 ふと気づくと、聞きなれた自分の着メロが耳元で鳴っていた。いつのまにか寝てたらしい。外はもう昼過ぎの明るさになっている。


 慌てて液晶画面を見ると、『HIRO』と出ていた。


「何だよ」


『やっと出たよ…。KENと連絡取れた?』


「あー、まぁ一応」


『何だって?』


「…浜松にいるってさ」


『…え?』


 だって、そう言ってたもんなー。


「ま、そのうち電話してくんじゃねーの?…俺まだ眠いから寝るわ」


『ちょ、ちょっと、カ…』


「じゃーねー」


 ピッ。


 かなりゴーインに切ってしまった。ま、いっか。


 だけど、俺はすぐに飛び起きた。


「やべぇ、今日七時からファニィのライブだった。…当日チケット、あるかな…」





















 夜、俺はかなり上機嫌で新宿の街を歩いていた。立ち直りの早いのと、いつまでも根に持たないのが俺様のいい所だ。腰にぶらさげたケータイを取ると、KENのナンバーを呼び出す。二、三回コールの後、思ったより早く出た。


「おッ、今日はよく聞こえるじゃん。今どこだ?」


『ん?ああ、四ツ谷。ちょっと親戚の用事でさ』


 KENの家は、東海道線の大井町にある。といっても実家ではなく、俺と同じようにアパート暮らしだ。ロクにバイトもしてないのに大井町に2LDKだなんて、本人は否定しているが、KENの家は絶対に金持ちだ。


「今さー、ファニィのライブ行ってきたんだゼッ。いや、最高だったね。お前も誘ってやりたかったよ」


『……』


「でよ」


 聞いてんのかな、と思いつつ話を進める。まだ、体が興奮状態だから喋りたくてしょうがない。


『…あ、そうなんだ。い、いや、俺も行きたかったなー』


「だろ!後でいーもんやるよ。何だと思う?」


『…な、何だよ、わかんねーよ』


「まだ売り出されてない、新曲のデモテープだゼッ!」


『マッ、マジ~?ラッキィ~』


「…何だ、嬉しくねーのか?」


 なーんか、義理っぽい返事だゼ。あいつもファニィの大ファンって言ってたよなぁ。


『いッ、いや、嬉しいよッ。そうかー。カズッ、でかした!!』


 だよな。俺は機嫌を直して言った。


「じゃ、今からそっち行くから」


『えッ!? いや、今日はちょっと…』


 突然、ケータイにピピッ、ピピッと異音が交じる。


「あ、やべ、電波悪ィみてー。切れそうだから、先にお前ん家で待ってるよ。後でな」


 KEN、何か言いかけたみたいだったけど、ま、遅くなったらそのまま泊まればいいし。どうせお互い一人暮らしだもんな。


 新宿駅から山の手に乗って十五分程。品川で乗り換えて一駅目。そこからは歩いて五分くらい。


 KENのアパートに着いた俺は、勝手知ったる他人の家、とガスメーターの蓋を開け、鍵を取り出した。こんなトコに入れたりして、よく空き巣に入られないよな。でも、盗られる物なんかないか。けけ。


「お邪魔しまーす」


 玄関に入って電気をつける。右側に寝室、左側にはユニットバス。真っ直ぐいくと、キッチンとリビングルームだ。その寝室のドアが大きく開いていて、見るともなしに俺はすごい物を見てしまった。


 KANA、KANA、KANA。


 でかいのから小さいのまで、床一面にKANAの写真が散らばっている。挙句の果ては、シンセドラムのシンバルにまでシールのようなものが貼り付けてあった。…負けた。俺はここまでできない。


 突然、バタン、と勢いよくドアが開いて、KENが帰ってきた。


「早いじゃん」


 肩で息してるよ。うん、この新曲デモテープにはそれだけの価値があるよな。


「早速、聴こうゼ」


 深呼吸だか大きなため息だかわかんないものをついたKENを尻目に、俺はいそいそとリビングのオーディオにカセットテープをセットした。


「お前、ホントーにファニィの大ファンなんだな」


 そう言うと、KENはまた顔を赤くして、寝室のドアを閉めに行った。


 コイツ、おもしれー!


「…何笑ってんだよ…」


「いやぁ、KENちゃんも自分の性に目覚めたんだなーと思って」


 いかん、いかん。また目が逆さ三日月になってしまう。


「…お前なー…」


「あ、そういや、浦上教授とはその後どうなってるんですか?」


「だからッ、あれは授業の…」


「下手な嘘つくなって。いーよなー、浮いた話があって」


「そんな事より、ライブの話聞かせろよ」


「おッ、そうそう、それだよそれ」


 KENの出してきたビールを開け、ファニィの音楽を聴きながらずっとライブの話をしてるうちに結局、助教授とのことは聞きそびれてしまった。何かうまくごまかされた気もするけど。やはり、あの計画を実行するしかないか。前期の試験が始まる前にな。


 あ、また目が三日月目に…。






・・・To be continued


ペタしてね

 ブン…と音がして、大勢の笑い声と拍手が部屋中に響き渡った。


 目を開けると、既に太陽の光がカーテンを通して充満してる。いつもはしばらくウダウダと過ごしてから大学へ行くんだけど、今日に限って俺は大きく伸びをしてすぐに起き上がった。少し蒸し暑い。冷房の季節到来、ってヤツですかね。


 ガリガリと頭を掻くと、赤毛の長髪が指に絡む。俺のは天パだから、寝起きは悲惨だ。


 時計が、午後一時三十分を知らせる小さなベルを鳴らす。そろそろ皆集まるだろう。今日は新しく結成したバンド、『BEAT―32』の初ミーティングの日なのだ。その門出にふさわしいように、大安吉日、降水確率0パーセントの日を選んだ。別にいつも縁起を担ぐわけじゃないけど、やっぱり、いい加減プロを目指せるバンドにしたいからな。


 これまでにもいくつかのバンドを組んできたけど、なぜかいつも長続きしない。俺が個性の強いのばっかり選んでるからか?でも、言いたい事も言えないような奴らとは、長続きしてもいいバンドは作れない。少なくとも俺はそう思ってる。やっぱり、この天才ギタリストの織田和則様がばんばん活躍できるようなバンドじゃなきゃあ。


「ふあ~ぁ」


 コーヒーを落としながら大あくびをかましたところで、玄関のベルが鳴った。


「よう」


 ドアを勝手に開けて入ってきたのは、ドラム担当の宇喜田賢一(うきたけんいち)だった。最近長髪にしようと思ったらしく、色を抜いて肩まで伸ばしたところだ。こいつとは同じ二年になるはずだったんだけど、俺が一浪して入ったから一応先輩ということになる。ま、そんな事関係ねぇけどな。


「コーヒー飲むか?」


「ん、頼むわ」


 KENはワンルームの真ん中にどっかりと腰を下ろすと、今買ってきたらしい音楽雑誌を広げた。


 言っとくが、俺のベッドルームはロフトだ。決して万年床じゃねぇ。


 ちょうどコーヒーが落ちた頃、再びドアホンが鳴り、ヴォーカル担当の今川弘貴(いまがわひろき)とベース担当の浅井直人(あさいなおと)が顔を見せた。


 二人を中に入れると、あまり物を置いてない部屋が急に狭くなる。早いトコ金貯めて、機材が置けるような広い部屋に引っ越したいゼ。


「ほら、頼まれてたやつ」


「やたッ、これだよ、これ!」


 KENが一枚のCDを放ってよこすと、


「何、何のCD?」


 興味をひかれたらしく、ヒロが後ろから覗きこんだ。コイツ、喉は抜群にいいんだけど、いまいちロッカーじゃねーんだよな。髪は黒いし短いし、童顔だし、女の子にカワイー!とか言われちゃうし。ホント、もったいねぇ。


「今すっげー注目されてる、ファニーキャッツだよ」


「それってバンド?」


「うん、最近メジャーになって出てきたんだけど、かなりいいゼ。しかもドラムだけ女なんだよ。美人でパワフルですげーの何の」


 そいつはKANAって名前で、短い髪をカラフルに染めてパンクっぽくしてるけど、妖しげな色気があって、俺の一番のお気に入りなのだ。


「へぇー」


「後で聞かせるよ」


 俺はCDをヒラヒラさせながら、楽譜を出したきり無言でいる、ナオトの隣に座った。今日のミーティングで最低でも三曲は作りたいし、俺が作ったのもアレンジして完成させたいからな。


「…詞はまだだけど」


 ナオトは長いストレートの髪を、鬱陶しそうにかきあげた。じっと待ってないで何か言やぁいいのに、超無口なんだよな。


 俺は愛用のフェンダーUSAストラトキャスターを手に取り、適当なカッティングでコードを追っていった。


 結構、イケる。


 ミドルテンポのマイナーなバラード曲。ヒロの少し高めのハスキーボイスにピッタリだ。本人も気に入ったらしく、目を閉じて聞き入ってる。


 KENは雑誌をめくりながら指でヒザを叩き、無意識にリズムを考えてるらしい。


「これなら、キー変えなくても歌えるだろ?」


「ん、大丈夫みたい」


 俺はヒロにスコアを渡すと、言った。


「詞、つけてきな」


 一瞬、何を言われたか解らなかったらしい。キョトンとした顔で俺を見ていたヒロの顔が、サッと青ざめる。


「えーッ!?」


 一応ヴォーカルの端くれ、それくらいできなきゃな。って、実はコイツからかうのが楽しいだけだったりして。うしし。


「もう一曲あるんだよな、ナオトの」


「でも、こっちは譜面起こしてないから…」


 やっぱ、一人だけガッコ違うからかなー?イマイチ遠慮してるっつーか、なじめないっつーか。でもコイツのベースは絶対必要だし、皆で会う機会増やした方がいいかも。


「メロディー決まってるんなら、どんどん肉付けしていこう」


 ようやく、KENも雑誌から顔を上げた。と、その開いてあるページには…の、載ってるじゃーあーりませんか!


「ちょっと、待った!」


 そう、ファニーキャッツのインタビューが!しかも、KANAが超アップだゼ!


「…カズ~、曲作るんだろ?」


「いやぁ、やっぱ紅一点がドラム、ってのがカッコいいよなー。曲もいいけど話題性があるし」


 と、俺がページをめくった途端、


「あ!」


 KENが奇妙な声を上げた。


「な、何だよ」


「…悪ィ…。俺、今日大事な用があったんだ…」


「ああ!? マジかよ!?」


「ミーティングになんないじゃん」


「……」


 皆のブーイングの中、


「ごめん!また連絡するから!」


 KENはさっさと帰り支度をして、手を合わせながら出ていってしまった。


「いいよ、俺たちだけで決めちゃおうゼ」


 後で文句言ったって、ゼッタイに変えてやんねーからな。


「…なぁ…」


「あれ?」


 俺がブツブツ言いながら真っ白なスコアノートを取り出したとき、二人がほぼ同時に口を開いた。


「これ、さ、KENに似てない?」


「…俺もそう思う…」


 二人が指差したのは、ファニーキャッツのライブ後らしい写真記事。メンバーの後ろに写ってるローディーが、KENに似てると言うのだ。でも、それってすんごく暗くて小さいし、体の半分が機材に隠れてしまってる状態でほとんどわかんねぇ。


「…う~ん。似てないことも、ない、かな…?」


 俺は眉間にシワを寄せながら、じっくりと観察した。


「でも、あの手の髪型って多いし…」


「……」


「……」


 直後、俺たちは合唱していた。


「まさかねー」


 あり得ん。





・・・To be continued





ペタしてね