「人生において一番大切なモノは何ですか?」


そう訊かれたら、アナタならどう答えますか?


僕なら、迷わずこう答えます。


「自分自身の身体と心の健康です」




人生を豊かしてくれるモノは沢山あります。

お金、地位、名誉、仕事、趣味、恋人、友達、家族。


勿論、そのどれもが魅力的ではありますが、

その前に絶対に必要なモノがあります。


それが「自分自身の身体と心の健康」です。


僕がわざわざこんな当たり前の事の書くのは、

現代人の多くが、

「心の健康」に問題を抱えているように見えるからです。




何に、そんなに腹を立てているのか分かりませんが、

いつもイライラしている人がいます。

不満があれば、すぐ「怒り」をあらわにする人がいます。


こんな人は間違いなく、心に問題を抱えています。




何かにつけ、他人の揚げ足を取りたがる人がいます。

口を開けば誰かの悪口を言っている人がいます。


そんな人から見れば、イチローにも、キムタクにも

長澤まさみにも、安室奈美恵にも不満がある様です。


勿論、「誰かの悪口を言う事」自体を否定する気はありません。


僕も不満がある時は悪口を言います。


しかし、「会話のほとんどが誰かの悪口」というのは

明らかに異常です。


やはり、

こんな人も心に問題を抱えていると言っていいと思います。



僕は、今現在、身体も心も健康な状態に保てています。


例えば、僕が心の底から「楽しい」と感じている時の

自分の顔を鏡で見ると、

我ながら、子供の様に無邪気に笑っています。


「無邪気な笑顔選手権」なる競技があるのなら、

僕はきっと優秀な成績を収められると思います。



僕自身が「身体と心の健康」という

一見、簡単そうに見えて、

現代においては非常に難しい事が保てているのには、

自分なりの法則を知っているからです。


その法則とは

人の心の健康、不健康を

一番左右するのは付き合う人間

だという事です。


「人」を最も幸せにしてくれるのは(心を健康にしてくれるのは)

間違いなく「人」です。


しかし、「人」を最も不幸せにするのもまた、

間違いなく「人」です。


ですから、「心が不健康な人間」と深く付き合うくらいなら

一人でいる方が、ずっと「自分自身の心の健康」

にとってプラスだと僕は思っています。


そして、残念ながら、

「心が健康」と僕が感じる人は圧倒的に少数しかいません。



「自分自身の身体と心の健康が一番大切」

という考え方には

「それさえあれば、人生は十分幸せだ」

という意味も含んでいます。


現代人の多くが満足した人生を歩めないのは

収入や仕事の内容等に問題があるのではなく

自らの心の健康状態に問題があるのだと僕は思います。



僕が一人で生きているのには沢山の理由がありますが、

今、「心が健康」と

僕が感じる人が身近にいない事も含まれています。



アナタは今、身体も心も健康ですか?


日曜日、

”「毎日、笑って過ごす事」の難しさ”

という記事を書いて公開したのですが、

その内容に不満があったので

公開した数時間後に、下書き状態に戻しました。


その理由は、自分で書いた記事を自分で読んでみて

「コイツ、偉そうだな!」

と感じたからです。




僕は自分の事が大好きです。


また、僕は凄い自信家でもあります。


学歴がある訳でもなく(最終学歴は大学中退)

高収入がある訳でもなく(割と平凡な収入)

何ら人に認められる実績がある訳でもないのに

僕は僕自身をかなり高く評価しています。


そんな僕ですからブログでも油断すると

つい、上から記事を書いてしまいます。


僕が日曜日に書いた記事は

そんな僕の悪い部分が強く出てしまっている

気がしたので公開するのを止めました。




一般人の僕がブログをやるにあたっても

やはり、その方向性や自分のキャラ設定には

実は結構、気を遣ってます。


例えば、僕は芸能人のブログに何か書き込む時は

普段通りの「素」の自分でコメントしますが、

このブログにおいては、

なるべく「素」を見せないようにしています。



何故なら、このブログでは

僕の「物事を真剣に分析する部分」

を前面に出したいからです。


だから、正直言って、誰かとコミュニケーションを取る事を

主眼においてませんし、

あくまで「僕の考えを誰かに読んでもらう為」にやっています。



また、少しだけ、

自分自身のキャラについても色を付けています。


例えば、「困っている人を助ける行為」という

記事の中に書いた「僕の考え」は、

あくまで、「本来、そうあるべき」と僕が感じているだけで

現実の僕は、もっと普通の態度をとる普通の人です。

(全ての記事において多少そういう要素は入ってます)




また、コメントに対する返事も

なるべくキャラを壊さない様にしています。



普段の僕は、腰が低く、聞き上手で

相手に気を遣うのが、かなり上手いタイプです。


でも、以前やっていたブログで、「素」のままでいて

「訪問者に上からコメントされて疲れた経験」があるので

今は、「素」をなるべく出さない様にしています。




そういう趣旨の元でやっているブログなので

手紙(メッセージ)でのやり取り以外では

基本的に「素」の自分を出すつもりはありません。



ちゃんとしたコミュニケーションを取ろうと思う人がいるなら

メッセージで連絡ください。




今回は、このブログの方向性、および

このブログにおける自分のキャラについて書いてみました。













僕は理系です。


生まれつき算数や数学が得意です。




僕は学生時代、あまり真面目に勉強しなかったので

いつも成績は「中の上」から「上の下」といった所でした。


でも、数学(や物理)だけは別でした。

常に学年トップクラスでした。


IQの数値も高いようです。

過去に何度かだけ調べた事があるのですが

かなり良かったようです。



ちなみに、僕の言葉遣いが時々「変」のは

きっと、その(理系の)所為です。


「て・に・を・は」がちょくちょく間違っているのも

きっと、その所為です。


また、僕の考え方が個性的なのも

きっと、その所為で、

普通の人生が歩めないのも、きっと、その所為です。




僕は昔から物事の本質を捉えるのが得意です。


自分に与えられた情報を矛盾なく整理するのが得意です。



ちなみに、僕が「脳」や「言語」を分析する事を

人生のメインテーマにしている、というのは本当です。


でも、「分析」と言っても学術的な意味など

(ほとんど)ありません。


あくまで、自分自身の知的好奇心を満たす為、

自分の人生を豊かなモノにする為に分析しています。


ですから、勿論、

自分の考えを「学会」に発表する気もありません(笑)



また、僕は自分の考えを「斬新」とも考えていません。


物事の本質を見抜き、

与えられた情報を、ただ、整理しているだけ

だと思っています。


そういう意味では、このブログを読んで「当たり前だ」と

感じてもらえたのなら、

それは、僕にとって「嬉しい事」です。


僕は、このブログを通じて世の中が少しでも

「僕にとって当たり前の形(=正しい形)」になる事を

望んでいます。


僕には、今の世の中は間違いだらけで、

魅力に欠けている様に見えています。




僕は理系です。


生まれつき算数や数学が得意です。


現代人は「誰かに楽しませてもらう事」に慣れすぎています。


もしかしたら、「自分の力で人生を楽しもう」という気持ちを

そもそも持っていない人さえいるかもしれません。



世の中は「楽しませてくれるもの」で溢れています。


TVや映画、ゲームや遊園地など・・・

一人の人間の一生を使っても、

世界中にある全てのエンターテインメントを楽しむ事は

とても出来ません。



確かに、

これらによって人生を楽しいものにする事は可能です。

しかし、誰かに楽しませてもらってばかりいては、

「人生を楽しむ技術」は、なかなか身に付きません。



「そんな技術必要ないよ!

私は、誰かに楽しませてもらうだけで十分だから」

と言う人もいるかもしれません。


しかし、

「人生を楽しむ技術」の差が

自分の人生の質に与える影響は

一般的な人がイメージするより、ずっと大きいと僕は思います。




別に、「誰かに楽しませてもらう事」を

否定するワケではありません。

(僕もバラエティ番組が大好きです)

しかし、「人生を楽しむ技術」があれば

より人生を楽しく過ごせます。


特に「日常」が、より楽しく過ごせます。




僕は、自分の「人生を楽しむ技術」に、かなり自信があります。


仮にTVやネット、雑誌などの全てのエンターテインメント

(純粋な情報も含む)が何も無いマンションの一室で、

一人で一週間すごす必要があったとしたら、

多分、一般的な人にとっては相当な苦痛なはずです。



でも、僕にとっては必ずしも、そうではありません。


そんな時間が与えられたなら、

僕は部屋の中をフラフラ歩き回って、

普段どおりニヤニヤしながら、

色んな事柄について考え事をするでしょう。

(僕にとって一人で何かについて考える時間は

人生でかなり楽しい時間の一つです)




例えば、僕の日常について書いた記事を読んで

多くの人は「つまらなそう」と感じたと思います。


でも、

僕と一般的な人とでは全く同じ時間を過ごしたとしても、

その満足度が全然違います。


なぜなら、頭の中、心の中で行われている

情報処理の質(人生を楽しむ技術)が全く違うからです。




「人生を楽しむ技術

(自分自身を含めた、人を楽しませる技術)」には

大まかに分けて三つの要素があると僕は思っています。



一つ目は

「心の感度」


星を見て「キレイ」と感じたり、

バラードを聴いて感動したり、

漫才を観て笑ったりする、

理屈抜きの感覚的、感情的な要素です。

(厳密には技術ではありませんが、

原稿を書き直すのが面倒なので大目に見てください)


この能力が高ければ、小さな事にも心が反応しますから

単純に(日常の生活なども)退屈しにくくなります。

そして、なにより、この能力が高くなければ

「人を楽しませる事」は出来ません。



「お笑いを観て笑える心」を持っているからこそ、

面白い事が思いつくようになります。


「何を観ても心が動かない人間」に

人を楽しませる事は基本的に出来ません。



二つ目は

「言葉を扱う能力(広い意味での話術)」


この技術の差が強く影響を与えるのは

(自分を含んだ)人を楽しませる能力



例に挙げた何も無いマンションでも

僕が楽しく時間を過ごせるのは、

「独り言(実際に声には出しませんが)」

の質が高いからです。



また、誰かと会話する時、この能力が

どの程度あるかによって「過ごす時間の楽しさ」が

大きく変わるのは言うまでもありません。


最近、芸人達がやたら女性にもてはやされるのは

この能力が高い芸人が増えたからだと思います。

(昔の芸人は大した話術を持っていませんでした)



他に、この能力には、こんな要素もあります。


例えば、一枚の「青空」の写真に対して

どんな言葉を付け加えるか(どう演出するか)によって、

その写真の意味合いは大きく変わります。


「青い空」

「何処までも続く、澄み切った青い空」

「ここに自分がいる、という事さえ忘れてしまいそうな、

ちっぽけな自分の存在を包み込んでくれる青い空」



「人生を楽しむ技術」が高い人間は

日常に対して自分の言葉で沢山の演出を加えています。


「そのシーンに適切な言葉」を心の中で喋って

「退屈な日常」を「そうでないもの」に変えています

(お笑い好きなら、日常の出来事に

いちいち心の中で「ツッコミ」を入れています)



映画の良し悪しが「それを演出する音楽の質」に

大きく左右される様に、

人生の良し悪しも「それを演出する言葉の質」に

大きく左右されます。


(ちなみに三つの要素は完全に独立したものではありません。

この場合、「心の感度」と「言葉を扱う能力」のどちらもが

高い必要があります)



三つ目は

「物事を多角的に見る技術」


例えば、人間を真正面から見るのと、横から

上から下から見るのとでは、その見え方が大きく違います。


それと同じ様に、

物事も見る角度によって全く違って見えます。


相手の立場に立ってみないと見えないモノが沢山あります。


そして、当然それは自分と相手だけはなく

地球上に60億の人間がいるのなら

60億通りの見方があります。

(勿論、大切なのは違う立場(角度)から物事を見る事で

いちいち同じ様な立場の人間それぞれからの見方を

考える必要はありません)



この能力が身に付く事によって、

今まで見えなかったモノが見えてきます。


後ろから見なければ

「ズボンのお尻が破けている事」に気付けないように

違う角度から見る事によって初めて分かる事は沢山あります。



この能力は「人としてのバランス」をとる上

また、自分の感情をコントロールする上で

大きな役割を果たします。


この能力が高い人はつまらない事で腹を立てません。

(相手の立場で考える事が出来ているので)



しかし、現代人の多くはこの能力に問題を抱えています。


(勿論、その背景に世の中の仕組みが、より複雑になっている

(色んな立場の人間がいる)事もありますが)



常にイライラしている人は間違いなく自分の立場でしか

物事を考えられていません。


そういう人は自分自身の人生を楽しめないのは勿論、

周りの人の人生をも不快なモノにします。




これら三つの要素は

生まれつきの能力の差が割と大きいモノだと思います。


しかし、現代人の多くは、

その能力をあまり使えていない様に思えるので、

(楽しませてもらう事に慣れているので)

努力さえすれば、誰もが今よりずっと

自分の人生を楽しくする事が出来ると思います。




今回、「人生を楽しむ技術」を高める

具体的な方法を書くまでにはいたりませんでしたが、

長くなってしまったので、一旦、ここで記事を締めます。


その具体的な方法については、またの機会に。


人は皆、自分のルールを守って生きています。


「親を大切にする」というルール、

「困っている人を見たら、助ける」というルール、

「嘘を付かない」というルール・・・



僕の様に一人で生きている人間にとって

守るべきルールは、(基本的に)自分のルールだけですが、

沢山の大切な人と共に生きている人にとっては

そうじゃありません。


大切な人が増える、という事は

それだけ守るべきルールが増える、という事です。


ルールが増える、という事は

それだけ選べる選択肢が減る、という事です。




一人で生きるより沢山の大切な人と

生きた方が、その全てに折り合いが付いた場合

幸せになれるのは間違いありません。


しかし、大切な人が増えれば増えるほど、

全てに折り合いを付けるのが

難しくなるのも、また、間違いありません。

(守るべきルールが増えるのですから)




現代は本当に考え方、価値観(守ってるルール)

人によって違います。

ですから、当然、それだけ、それら全てに折り合いを

付けるのは難しくなっています。



また、誰かと誰かのルールが

「二律背反」している場合もあります。


こっちを立てれば、あっちが立たず、

あっちを立てれば、こっちが立たず。


二律背反している以上、同時に二つのルールを守る事は

出来ないのですが、それに気付かず

正解を探し続けて、いつか心のバランスを崩してしまう・・・

そんな可能性も無いとは言えません。




若い女性の中に、

「誰からも好かれる人(全てのルールを守る人)」

になりたがっている人がいます。

そんな人を見ると僕は、正直、「気の毒」に感じます。


一見、「誰からも好かれる人」には、

努力次第でなれそうにも思えます。

しかし、「誰からも好かれる人」になど、誰にもなれません。

(理由は先に書いたとおりです)



自分にとって本当に大切な人と、そうでない人

(また、守るべきルールと、そうでないルール)

それを自ら取捨選択する必要が本当はあります。

そうしなければ、いつかどんな選択肢も選べなくなります。


「自縄自縛」という言葉がありますが

まさに、そんな状態に陥ってしまいます。


そして、その状態は誰も得をしません。


(「最低ですか?」という記事にある考え方を

僕がしているのは、そんな理由からです)





僕は「変わり者」です。

一般的な人と守っているルールが違います。


ですから、一般的な人と友達になるには

(一般的な人のルールを守るには)

生き方を大きく変える必要があります。

だから、僕は一般的な人と友達になろうとは思いません。



しかし、ルールが人と違う理由は「変わり者」という

理由からだけではありません。

「自分の心の声をちゃんと聞いてるから」

という理由も含まれています。





多分、ごく普通の人は

一人で生きるより沢山の大切な人と

生きた方が幸せになれるでしょう。


しかし、「自分の心の声」をちゃんと聞かずに

自分に嘘を付いて、無理をして、

「普通の人」として生きている

「変わり者」も実は少なくない様に思います。


そんな人は僕の様な生き方を

した方が幸せになれるかもしれません。





いずれにしても、

「自分の人生においてどんなルールを守るか」は

当然、自分自身で決める必要があります。


現代において、安易に大切な人を増やす事

(ルールを増やす事)は危険な要素を含みます。


勿論、「ルールは少なければ少ないほど良い」という

考え方も、それはそれで危険ですが

「無駄なルールを守りすぎて、

良い人生を歩めているはずなのに人生を楽しめない人」

がいるのも事実です。



あなたは、どんなルールを守って生きていますか?


そして、それは

あなたにとって本当に守るべきルールですか?