僕は一人でいる事が好きです。

その最大の理由は(何度も記事にしていますが)

価値観、考え方の違う人間と

一緒にいても疲れるだけだから

です。


ですから、考え方、価値観の近い人間となら、

仲良くなる可能性が無いワケではありません。




僕にとって「親友」と呼べる人間が最後にいたのは

大学生の頃です。

僕は、正直、大学に真面目に通っている方では

なかったので、親友たちとは文字通り

四六時中、一緒に時間を過ごしました。


色んな事柄について朝までよく語り合いました。

人生や女性やくだらない事について。


勿論、彼らは同じ大学、同じ学部、

年齢も近かった上に散々語り合ったので

皆、僕と考え方、価値観が本当によく似ていました。

(彼らも、やっぱり僕の様に少し変わってました)


今も、そんな人間関係が形成できるなら

人付き合いをしてもいいとは思っています。



でも、現実は、それを期待できそうにもありません。


僕の今の職場に考え方や価値観が近い

と感じる人間は一人もいません。


新しい出会いを、あまり期待できるような

職場でもありません。

毎日、同じ人間と顔をあわせ、

ルーティンワークを坦々とこなすだけの職場です。


また、僕は大学を中退した時に

学生時代の全ての人間関係を断ちました。

(引越をした時に誰にも連絡先を教えませんでした)

そこまで自分を追い込まなければ

わざわざ大学を中退した意味が無いように感じたからです。


そんなこんなで、今、僕は一人で生きています。


状況を考えれば、ある程度不本意な部分も

無いとは言えません。




僕から見て一般的な人は

色んな余計なモノを背負い込みすぎている様に見えます。

「こうありたい」という理想像が無駄に高い気がします。


収入はこれくらい、車はこのクラス、

趣味は金のかかるモノ。

出来るだけスタイリッシュ(表現が古い?)に

いわゆる「カッコイイ生き方」をしようとしてる様に見えます。



また、自分の心の声に

ちゃんと耳を傾けていない様にも見えます。


「自分の心が本当に求めている生き方」よりも

「周りに評価されやすい生き方」をしようとして様に見えます。


僕はそんな人達に全く興味を持てません。


「本当にそれで君は幸せなの?」

「君の人生に主体性は無いの?」


アンパンマンのテーマ曲を借りれば

「何が君の幸せ?何をして喜ぶ?

分からないまま終わる そんなのは嫌だ」

とは思わないの?




多分、一般的な人から見て、僕は「可哀想な人」でしょう。


「一人で生きる自分を必死に正当化している人」でしょう。


でも、本当に僕は一人でいる方が快適です。

「一人で出来る事は限られているので

どうしても、人生の幅が狭まってしまう」事に

不満が無いワケではありませんが

共感できない人間と無理に一緒に居たいとは思いません。



そして、本当は世の中には

友達や恋人に不満を持ちながらも

「一人で生きることの寂しさ」から

誰かと一緒にいる人が

沢山いる様に僕には見えます。


本当は「くだらない」と感じながらも、

他人の目を気にして余計なモノを背負い込んでる

人も沢山いる様に見えます。




僕は、多分、死ぬまで一人で生きていきます。


その方が僕にとって自然に生きていけるからです。


僕は酒もタバコもギャンブルもやりません。

若い頃は全てそれなりにやっていた時期もありましたが、

どうにも「自分にはあわない」と感じたので、

今現在、それらは全てやりません。


こういう事を言うと

「そんな人生、何が楽しいの?」

と訊かれる事がありますが、

僕から言わせると全く逆です。


「そんな事をしなくても、人生が十分楽しいから

僕はそれらをしないんです」

(これら全てがリスクを背負わなければいけないのは

明らかですから)



僕は別に「お酒を飲めない人」ではありません。

また、お酒の味そのものも嫌いじゃありません。

(と言っても、アルコール度数の高いお酒はキツイですけど)


でも、僕は断れない理由が無い限り、お酒は飲みません。


こういう事を書くと、

僕が(仕方なく)お酒を飲む時は

「一人でつまらなそうに飲むのだろう」と

想像する人も多いのかもしれませんが、全く逆です。


僕は「お酒を飲む行為」そのものを自らすすんでしませんが

どうしても飲まなければいけない時は

「メチャメチャ明るく楽しく飲みます」

そうしようと思ってそうするのではなく、

(多分、ごく普通の酒好き以上に)

飲めば自然にそうなります。



ちなみに、「人とコミュニケーションを取る時」も同じです。

このブログを読んだ人は

僕の事を「気難しそう」

「普段、笑ったりあまりしない人」と思っている

かもしれませんが、全然違います。


僕は普段ニヤニヤしながら生きてます。

ごく短い時間、僕と一緒に時間を過ごした人は

僕の事を「人懐っこそう」と感じる人のほうが

きっと多いでしょう。


僕は「浅い人間関係」は嫌いじゃありません。

お互いに気を遣いつつ、馬鹿な事を言ったりするのは

むしろ、好きです。

僕が嫌いなのは「深い人間関係」です。


浅い人間関係のうちは価値観や考え方が

少々違っていても何の問題もありませんが、

人間関係が深くなると、そうはいきません。


だから、僕は(本当の意味での)友達や

恋人に興味を持てません。


「いつも、明るく楽しそうにしてるのに、

どこか心に壁があるタイプ」

僕を客観的に表現すると、そんな感じだと思います。



少し話を戻します。


先に書いたように、

僕は「お酒そのもの」は嫌いじゃありません。

お酒を飲めば普段以上に明るくなり、

その場の空気を作るタイプです。

(実際、喋りにはかなり自信がありますし)

でも、僕はよほどの理由が無いかぎり、お酒は飲みません。


一般に、お酒は「百薬の長」と言われます。

この表現は、とても適切で全く以ってその通りだと思います。


疲れた心と身体を癒すには、お酒は最も良い薬だと思います。


しかし、言うまでも無く、どんな薬も飲みすぎれば毒です。

どんなに飲んでも身体に影響が無いモノは

もはや、薬とは呼べないのかもしれません。


また、どんなに良い薬でも健康な人にとっては毒です。

副作用の無い薬なんて基本的にありません。


だから、僕はお酒を飲みません。

(僕自身、心や身体に問題を抱えてないので)



僕がお酒を飲まない理由は、実はもう一つあります。

(と言うより、今書いた理由は、ある意味ただの

言葉遊びです)



僕は自分の人生を豊かにするのは、

結局自分自身だと思っています。


「世の中は元々無色透明で、

その世界に色を付けているのは実は自分自身。

世の中をつまらないと感じる人は

自分で世の中につまらない色を塗っていて、


世の中を楽しく感じれる人は

その人自身の力で、

世の中を楽しい色に塗っている」

と思っています。

(この表現、少し分かりにくいでしょうか?)


だから、僕は僕自身が「人生を楽しめる人」で

ある事に凄く拘っています。



お酒を飲む行為は、そういう意味で

かなり問題がある行為に、僕には見えます。


お酒を飲めば、普段あまり楽しく感じない事も

楽しく感じる事が出来ますが、

これは、ただ自分の中の基準を下げているだけで

楽しく生きる(世の中を楽しい色に塗る)

テクニックが身に付いているワケではありません。


お酒を日常的に飲む人は

大抵お酒を飲まずに時間を過ごすのが下手です。

そして、「楽しい時間=お酒を飲んでいる時間」になりがちです。


これは本当は危険な事です。


分かりきった事ですが、これは悪循環を生む行為です。


人生を楽しむテクニックを持っていないから、お酒にはしる。

お酒によって(偽りの)楽しい時間が過ごせる事によって

いつまでたっても本当のテクニックが身に付かない。


正直言って、こんな大人が僕の周りには沢山います。

日常を楽しく過ごすのが下手で

つまらない事で不機嫌になり

気の利いた事もロクに言えない。

そして、一日の終わりにお酒を飲む事を

一番の楽しみにしている。


僕はそんな人間になりたくありません。

だから、僕はお酒を飲みません。



僕は芸能人のブログに

たびたびコメントを書きに行きます。


でも、特に僕はミーハーな人間じゃないので、

芸能人の友達を作りたいとか、

芸能人とコミュニケーションを取りたいとか、

そんな子供っぽい事は別に考えていません。

(それ以前にTVはバラエティかスポーツしか

観ないのでコメントを書きに行くブログの

芸能人について、ほとんど何も知りません)


そんな僕がコメントを書きに行く理由・・・

それは、いわば「言葉遊び」をする為です。


自分の言葉のセンス一つで

芸能人のブログの記事に対して

「気の利いた事」「笑える事」を書く。


この行為自体を楽しんでるんです


ですから、

「芸能人とそのブログの読者を楽しませる為」

というよりは、

「気の利いたコメント、笑えるコメントが書けた」

自己満足する為にコメントしてるんです。

そういう事(主に馬鹿な事)を考える行為

そのものが楽しいですし。


と言っても、勿論、そのブログ主の気分を良くさせるのが

大前提としてあるので、

「気の利いたコメントを書くのが上手いな、この人」

「1335のコメントを読むのが楽しみ」

と思ってもらいたい気持ちは、当然、持っています。

(そして、何度かコメントを書くうちに、そのブログや芸能人の

ファンにもなっていって、その芸能人が出てる番組を

わざわざ録画してまで見るようになってしまいますが・・・)


以上、僕が芸能人のブログにコメントを書きに行く理由でした。


追伸、万一、この記事を読んだ芸能人の方がいらっしゃったら

気を悪くしないで、今後もブログにコメント書かせてくださいね。


今更ながらですが、

僕自身について少しだけ書いてみたいと思います。


まず、プロフィールに書いてる事ですが

僕は1972年6月22日生まれの

蟹座のA型の会社員です。


72年生まれという事は、今、現在36歳なのですが

ブログ上での一人称は「僕」を使ってます。


「いい歳して恥ずかしくないの、ボク?」

なんて陰口を叩かれているかもしれませんが

僕にとって「俺」や「私」という一人称を

ブログで使う事が、どうしてもしっくりこないので

36歳のオッサンですが、とりあえず

今は「僕」という一人称を使っていこうと思っています。



さて、本題に入って、ブログにおける僕のスタンスについて。


このブログの記事を読んだ人の中には、僕の事を

「危ないヤツ」だとか「変人、奇人」の類として見ている人も

いるのかもしれませんが、僕は個性的ではあっても

そういうタイプの人間(奇人、変人)ではありません。


自分で言うのも何ですが、

若い頃、僕は男女問わずモテましたし

(バイセクシャルという意味じゃありませんよ、念の為)

後輩にも慕われるタイプでした。


今現在も決して人に嫌われるタイプじゃないですし、

物心ついてから「仲良くしたい」と感じた人に

嫌われた記憶はほとんどありません。


「若い頃はモテた」の部分に

「何それ?今は、どうなの?」と感じた人もいるでしょうが、

今はというと、若い頃に比べるとモテなくなりました。


その最大の理由は

「僕が人にあまり興味を持てなくなったから」です。


ようするに友達も恋人も、自分の人生において

それほど重要とは思えなくなったからです。


こういう事を書くと、

本当に「変人」扱いされてしまうかもしれませんが、

僕は20代後半ぐらいから「寂しい」という感情を

ほとんど持たなくなりました。

それにつれて一人でいる方が誰かといるより

自然で楽で快適に感じるようになり、

いつしか友達や恋人との時間をあまり作らなくなりました。



ここでハッキリとさせておきたいのは、

僕は一般的な人と比べて話をするのが、かなり上手く、

たえず機嫌が良いタイプで、

初対面の人間には、かなりの高確率で好かれる、

という事です。(ようするに、誰にも相手にされないから

一人でいる事が好きになったのではない、という事)


笑いのツボや考え方のが近い人間なら、

会話をそうとう盛り上げる自信もあります。


でも、正直、面倒くさくなったんですよね。

「寂しい」という感情を持たなくなってから

誰かを積極的に楽しませようとは思えなくなった。

(結局、人が誰かと一緒に時間を過ごすのは

「寂しい」からだと思う)


だから、今では会社の仲間などの

「どうしても付き合う必要がある人間」以外と

わざわざ仲良くなろうとは思わない。


で、こんな考えの人間が、何故ブログをやってるかというと・・・

(ここからが本当の意味での本題ですね)



僕にとって世の中は間違いだらけに見えるんです。


「人間の生き方に間違いも正しいも無い

本当はどんな生き方も否定する事は出来ない」

なんて考え方の人もいるのかもしれませんが

僕の考え方はそうじゃない。


「ヒト」という名の動物には「幸せに生きる法則」

なるモノがあって

最低限「ヒト」は、その法則を守って生きなければ

無駄に苦労をする。


と僕は思ってるんですよ。


つまり、現代人は、その法則から外れた

いわば、効率の悪い生き方をしているから

不幸せなのでは、と僕は感じていて

そんな現代人に

「こうやって生きた方が幸せになれる!」

って、僕はブログで提案してるワケです。


言うまでもない事ですが

このスタンスで何かを提案するという事は

その提案は一般的には「非常識」とされるモノです。


だから、僕のブログを読んだ人に

「コイツ、頭、おかしいんじゃないの!?」

「社会不適合者発見!」

なんて思われてしまう可能性がある事は分かってます。


でも、「本当に間違ってるのは、僕?」と

常識にあえて立ち向かいたいんですね。


だから、このブログを読んで

「非常識」と感じるのは、ある意味、当然です。

だって、「僕自身にとっては正しいけど

社会にとっては非常識にされてる事」と

僕が感じてる事を記事にしてるんですから。


あ、でも、勿論、

人生について真剣に考えた事がある人なら

僕の記事を「非常識」とまでは思わないでしょうし

それどころか、

記事によっては当たり前とさえ感じるかもしれません。

(一応、僕は一般的な人に向けて記事を

書いているので、その辺の感覚的なズレは

個人によってあるとは思います)



まぁ、とにかく、こういう考えで書いてるブログです。

大半の人にとっては「痛いブログ」でしかないでしょうが

僕は本気で「世の中を少しでも変えてやる!」と

思って記事を書いているので

共感できる人がいたら応援してくださいね!


終わり!!








「ガマンする事を美徳」とする価値観があります。


結論から言ってしまうと、

僕はこの価値観が嫌いです。


こう書いてしまうと、僕の事を

「コイツ、最低だ!」「ワガママな奴!」

と感じる人も少なくないでしょう。


でも、「ガマンを美徳」とする考え方には

間違いなく大きな落とし穴があります。


皆さん、ビックリするほど気付いてない様ですが。



多くの人が「ガマンを美徳」とする理由は簡単です。

ガマンする方がしないよりも、ずっと難しいからです。


特に若い人達は、自分のガマンが足りなくて

失敗した経験をしているので

「ガマン出来る人は大人」

「ガマン出来る人間になりたい」

と考えがちです。


勿論、この考え方は正しいのですが

大切なのは、その程度です。つまりバランス。



この勘違いは「やせてる方が美しい」という

馬鹿げた勘違いに、良く似ています。

「やせれば、やせるほど綺麗になる」

そんな勘違いをしている

若い女性もまた、ビックリするくらい多い。


実際、標準体型ぐらいの若い女の子が

それより少しやせると綺麗になります。

ここで「やせる=綺麗になる」という

馬鹿な勘違いをするのですが

言うまでもなく、痩せすぎた女性は

美しくもなんともなく、むしろ気の毒です。


ガマンする事も基本的には同じです。

「過ぎたるは及ばざるが如し」です。


やせすぎた女性に問題がある様に

ガマンしすぎる人間にも、本当は問題があります。



世の中には信じられないほどワガママな人間がいます。


「オマエ、今まで、どうやって生きてきたんだ?」

「何で、そんな自分に都合が良い勘違いができるの?」

と心の底から叫びたくなる人間がいます。


そういう人間が存在するには、

ある要素が絶対に必要です。

そのワガママな人間の友人、恋人、家族の中に

「その人が何をしようと否定しない人間」

がいるという要素です。



例えば、その人間が二十歳ぐらいの男だった場合、

その「何をしようと否定しない人」は母親である事が多い。

そういう馬鹿の母親は「歪んだ理想の母親像」を持っていて、

息子を溺愛するあまり、何も息子を批判しません。


しかし、結果として、そうやって育った息子は

社会性を欠いた存在となり、人生で大変苦労します。

言い換えれば母親がガマン強いからこそ

息子が人生で重大な損をするのです。


こういう母親は多くの場合

周りの人には高く評価されています。

「いつもニコニコしていて、人の悪口を一切言わない」

「どんな無理な事を頼んでも、決して断らない」


でも、本当はこんな人間、全然いい人ではありません。


間違いなく、その男をワガママにしたのは、その母親で

そういう意味では、その母親もまた

社会にとって問題のある存在です。



今回、例に挙げた母親と馬鹿息子のケースは

誰にでも分かる「バランスを欠いたガマン」ですが

全ての人間関係において

「どこをどれだけガマンするかは」は

自分自身でコントロールしなければいけない要素なので

誰であっても、気付かないうちに

恋人、友人、職場での人間関係において

ガマンしすぎたり、ガマンが足りなかったり

バランスを欠いてしまってる可能性があります。


この時、重要なのは「バランスを欠いた状態」というのは

誰にとっても実は損しか無い、という事です。

ガマンしすぎる事は相手をワガママにしてしまう

可能性がありますし、

それ以前に、自分にとって大きなストレスで

場合によっては自分の心を壊してしまう可能性すらあります。


こんな時、周りの人は「心が壊れた人」を同情しがちですが、

冷静に考えれば本人に、かなりの責任があるのは明確です。

(ガマンしすぎてしまってる事が原因の場合)



ちなみに、僕は一般的な人と比べて、

かなりガマン強い方です。

若い頃は僕も「ガマンを美徳」と勘違いしていたので

そうとうガマンをしてました。


でも、ガマン出来るだけガマンした事のある人間から

はっきり言わせてもらいます。


「行過ぎたガマンは美徳でも何でもない!」



この記事を最後まで読んでも

僕をただのワガママと感じる人もいるでしょうが、

そんな人には、これ以上の説明をしても無駄でしょう。

そう感じる人はガマンが足りなくて失敗を繰り返してきた人に

間違いないでしょうし、

そういう人は当然もっとガマンするべきです。



アナタはこの記事を読んで、どう感じましたか?