悟りについての記事を書いた後で

こんな感情ザバザバなるとは泣き笑い…


昔に比べると、かなり感情の揺れは減りましたが、

人間なので、もちろん感情の上下はあります。


今日はどうにもおさまらない怒りと悲しさ。

そのまま家に帰るとまた不必要な発言をしそうだったので、カフェにてクールダウン。


コーヒーがめちゃマズだった…

なんでだろ…前は美味しかったのにな…



とにかくこういう時は、感情を感じます。

怒り、悲しさ、寂しさ、罪悪感、分からなくて不安…いろんな感情があります。


少し落ち着いてきたら分析に移動します。




今朝は、息子の修学旅行の荷物の事前回収日でした。スーツケースを預けるんですね。



うちの息子は不登校です。

小学校の5年から行きしぶりが始まって、6年の秋口から不登校。中1でまた行くようになりましたが、中1秋からは不登校に。


中学校にお願いして、オンラインで授業配信してもらったり、テストだけ受けに行ったり、別室登校ししていた時もありますが、最近は全くです。


中3になり高校受験の声が聞こえてきて、勉強を頑張ろうとしていましたが、それ自体がプレッシャーとなっているのか拒否反応が出ているような現在。


私自身も揺れます。


周りの流れや声は入ってきますし、先生方とのつながりもあるので。先生の受験への期待や心配も感じるし、わかるからこそ揺れてしまう。


でも、毎回かえってくるところは、

彼の内側の光を信じようということ。


めちゃくちゃ真剣に進路を考えているからこそ重たくなっているのが分かるし、正直、1年2年遅れても死にはしない。あんなに悩んだ時期があったなーと、プラスに思える時が来ればいいなと思ってる。


日常では、好きなカードゲームのおかげで

社会人や大学生の方々など広い人間関係があり、

料理が好きだったり、子どもと遊んであげるのが得意だったりで、生きていくには困らなそうな子。




で、スーツケースに戻りますが、

昨夜の段階では自分が私と一緒に持って行くって言っていて。その後別室で時間を過ごして、給食食べて、5時間目に出ておきたい授業があるから(おそらく修学旅行関係)、そこまで行くと。

それが終わったらこの時間に学校に迎えに来て欲しいと言われていました。


で、そのつもりにしていました。


朝、他の子たちを送り出して

彼も起こして準備するように声かけたりしてたんですが、行けないと思ったんでしょうね…


「5時間目だけ行く」


と言って、また寝ようとする。

「荷物は?」の質問には

「持ってって。」の一言。



なんかね、イラッときてしまいまして。


冷静にいなきゃと思って、

なんとか黙ってたんだけど

そしてスーツケース持って行く準備してたんだけど。

入れなきゃいけないものがひとつ出たまんまだったんですね。で、スーツケースには鍵がかけてあった。なので、もう一度起こして、鍵あけて入れてもらって。


その時も、何というか、まともに返事もしないし、視線で語るみたいな?



我慢できなくて

淡々と伝えたんですよね。

「それが人にものを頼む態度?」と。


「昨夜相談した予定とは全く違うし、

変わったなら変わったでいいけども、

その説明はいるよね?

私にも予定があるんよ。

人にものを頼む態度がおかしくないか?


あなたが苦しいのはわかるけど、

あなたが苦しい時は、同じように私も苦しいんだよ」と。


その時、彼は何も言わなかった。



言った後で、

はぁぁー、言っちゃったなーーーと。


本音の本音だから、自己嫌悪とかではないけども、

何となく後味悪くて、で、カフェ時間。



不登校って、いろんな方が発信もしていらっしゃるけど、その状況になった本人にしか分からないと思うし、いろんな状況があるよなーと。一概に言えることは少ないなと思います。

私自身、友人知人には子どもが不登校って多かったし、積極的不登校の人もいるけど、私からしたら息子が学校に行ってた時は、やはり他人事だった。

プラスの声かけばかりしてたんだよなぁ。


自分の中でも、学校に行ってなくても大丈夫だと思う、プラスの部分の想いもありながらも、

でもやっぱり、いざ不登校になってみると、ザワッとすることが想像以上にあったの。


期間が長くなればなるほどに、何がどうなって休んでいるのか、本人も分からなくなってそうだし、

うちの場合は自主性がありすぎて、フリースクールや居場所、塾などいろいろ勧めてみるけど断固拒否されていて、全く行く場所がなく、基本家にいて、家からでかけてる感じ…


私が自営だけじゃなく

外で働く時間をとり始めたのも、

彼と物理的に離れたかったからというのもひとつの理由。私が精神を保つため。




息子は、単純に、わたしに素を出してるだけなんだよね。喜ぶところなんだよなぁ…。


朝も苦手。明日のことを考えれば訳わからなくなってる。何で行くことにしたんだろう…みたいな心境や、でも多少の楽しみもある。そして他の生徒がこういう時にだけ来る自分をどう思うんだろうていう怖さとかもあるだろう。

そういうごちゃごちゃした心境で、私に気を遣うなんてしないのが当たり前だし、気を遣われていなくて喜ぶところなのに。


結構、私はわたしで、いろいろ考えたり心配してたりするんだなぁ…てことを実感。

平気なふりというか、どうせ考えてもどうにもならないことだから、できることならとプラスに捉えてきてるんだけど。

深い所では泣いてる私がいるんだなぁ…。


もっと夫に甘えよう。

もっと聞いてもらおう。

もっと共有しよう。


夫は仕事で大変だからって、単身赴任もしてるしって、気を遣ってるのかもしれない。

ありがたいことに夫との関係性はどんどん良くなってきてるから、大丈夫そう。もっと、子ども関係、夫にも共有しよう。


わたしが息子に本心を伝えたことについては、後悔とかはない。事実だから。


一緒に悩んでる。

彼の苦悩も感じる。


そこも共にしながらも、

どうなりたい?そのためにはどうしたらいいだろうね?って、一緒に光を探していきたい。



夫が単身赴任をしだしてから、

私にとって夫との時間がとても大切なものになった。


お互い個人を優先するタイプの人間だけど、

夫婦の時間や家族の時間をもう少し優先順位あげて、増やして行こうって話になってきた。



当たり前はない。


うちに3人の子どもがきてくれてることも。

彼らがそれぞれに自分の楽しいことがあって、ユニークな個性を生きていることも。

喧嘩する相手が家の中に何人もいることも。


ありがたいことなんだよなーーーって。

しみじみ、落ち着いた。


よし、落ち着いたから

カフェ時間終わり!!笑

てな感じです。




こんな感じで、日々、書き出したり、人に喋ったりしながら、内側との対話をしています。


自分がどう感じたかっていうことを

言わない方がスマートな人間関係に思えるかもしれないけど、大切な相手とは、こういう内面のシェアをしていくと、とても深い繋がりになっていくと実感しています。


もちろん、自分自身ともです。


ちゃんと自分の感情に気づいてあげること。

それを受け取って認めて。

そうすることで自分との繋がりが強くなる。










みなさんには、

否定している人や

見下している人っていますか?



これ、たまたま見つけたYouTubeの中に例としてあったんですね。で、自分に起こっていた引っ掛かっていたことを考えるきっかけになりそうだなと見てみたんです。




これ、すぐ答えが出てくる人もいれば

なかなか出てこない人もいると思います。


否定してる、とか、見下しているっていくこと自体を認めることが難しかったりするかもしれません。




私自身、どうなんだろうと考えてみました。



きっと、探せば他にもいると思いますが、

瞬発的に拒否反応が出て

否定してしまう人物像は、


「感情に任せてものを言う人」です。


幼少期の母の姿や、

家族間の怒号の嵐…


それによって、人間の感情のもつ

重たいものや鋭いものをたくさん感じて

時にはそれを何とかしようと身体を張ってきたので


負の感情のもつ、痛々しいエネルギーの怖さを身をもって知っているんですね。


だからこそ、

それを安易に発する人が好きではありません。

聞いていると痛いです。


音や声にもエネルギーがあるのを

ありありと感じるタイプの人間なので、

怒りで物にあたる音なども肉体的にこたえます。わたしにとっては、物理的な痛手と同様なショック。


なので、そういう音を出す人が、本当に苦手です。



こういう、

自分が否定している人や

見下している人って


自分の中のそういう部分を

否定したり

見下したりしてるっていうことはないかな?

と考えるきっかけをくれるんです。



私の場合、

「感情に任せてものを言うこと」を否定してないかな?と問うてみると、


わたしは、感情に任せてものを言う人を

反面教師としてきたので、感情を律することは上手になりましたが、深い部分では、私の感情のままの表出はできていない可能性があって、まだ統合できていないようです。


反応の度合いはだんだんと下がってきていて、

感情でものを言っている人をみても

ざわつきますが、その人の問題だなーと

何となく背景を思って終われるようにはなっています。


が、自分自身の感情については

あまりアウトプットすることはないですし、

かなりきつい状況の時のみ、整理したのちに他人に聞いてもらうのですが、その瞬間に人に聞いてもらうことはストップをかけてるなーと思います。


誰も聞きたくはないだろうから、他人にとってはいいと思うけど…


中庸かどうかでみれば、

ストップかけてるってことは、

どっちでもいい中庸の状況ではないんですよね…


ここ、統合できたら楽になるだろうなぁ。


わが家の場合は、不登校の次男坊が

これを見せてくれてます。笑


彼にいろんなことを話しながら、わたしは私自身の深いところにこの声を届けてるんだなーと思うんです。

そして、分かりやすく見せてくれて気づかせてくれる次男に、感謝する日々です。



みなさんも、自分が否定してる人、見下してる人いないかなーって、ちょっと考えてみてください。

仲間外れにしてた自分自身を、統合していけたらいいですね!








悟りって、

かなりインパクトのある言葉で

私自身、15年くらい前によく聞くようになった頃は、悟りっていうものが何なのか全くわかっていませんでした。


そして、もしかしたら今でも勘違いをしているのかもしれません。笑


悟りって、

差を取ることだって昔聞いたことがあって、

みんな魂(霊)としての存在であり

全くもって上下がないことを知っていることだと

その当時は理解をしていました。


この部分については事実だと感じています。


外側に現れているいろいろと

内側の状況はイコールではない。


内側の状態が

外側を作っていくんだけどね。


だからといって外側の状態が

内側を現しているわけではない。笑

わかりづらいね。



当時はそう思ってたけど、

差がないとかって思っていても

感情の反応は実際に内側で起きるから。


それを知った上で、

自分の執着を手放して

静かにいられることかなと。




事例でいきます。


私が最近、連続で記事にあげた

事故があります。


私が起こした事故で、

たくさんの私にとっての試練が起こりました。

その度に感情はざぶんざぶん、大波になりました。


悲しさや、虚しさ、怖さなど

たくさんのネガティブな感情を

いくらでも味わうことができました。


そういう時に、感情がうごきながらも

自分がそういう場でどのように振る舞うのか

客観視できたり

ぐっと内側に入って

自分自身の感情に寄り添ったりしながらも


その感情の波を、凪の状態に戻せること。

そうできるということを知っていて

そうできることが悟りなのかなと思います。



事故の時は、事態が大事だったので、

多少いつもより引きずることもありましたが、


フラットなわたしに戻っているということを

瞬間瞬間で選択していました。

すごいチャレンジをさせてもらえたと思います。


起こった外側の事実と、

その事実に対して自分の内側で起こる反応。


ちゃんとその反応である感情に

寄り添ってあげられたら

穏やかになってくれるし、

必要であれば切り離せる。




あぁ…今ふと思い出しましたが、

振り返れば、10年ほど前までは

この「感情を感じる」という言葉の意味が

イマイチ理解できてなかったように記憶があります。ということは、本当の意味では分かってなかった、できてなかったということでしょう驚き


当時の私は、

感情に飲まれてればいいってことなのか?

感情を感じるって、もうすでにソコにあるんだから、何を言っているんだろう…わざわざ感じるだなんて…て思ってたなぁ…凝視驚き


そして、今は、ただただ、この感じている感情を、信頼できる友人に聞いてもらうとかいうことができますが、過去の私は、人に感情を伴う話をすることができませんでした魂が抜ける

これは幼少期に日常で見ていた、家族の感情を伴うやり取りへの嫌悪感から、同じことを絶対にしたくないと思っていたんですね。

感情を感じることは悪くないし、ただ聞いてもらうだけなら他人をどうこうしている訳でもないのにね。汚い人間に見えていたんです…。


ここに向き合えたのは、私にとっては大きかったですね。

自分のどんな感情も、上下なく平等に受け入れることができるようになりましたから。人としても、以前よりも柔軟に、そして強くなれたと感じています。




今、「感情を感じる」を言語化するとしたら、

起きている感情に浸ること、でしょうか。

身体のどこがどんな感じがするのか。

とにかく感じます。


そして、すこし浸れたなと思えたら、

次はもうひとりの自分が実況中継してるみたいなイメージを使います。

ただ中では、実況中継者はまだ駆けつけれてなくて、急いで来てくれてるのは分かるけど、とにかく感情だけが暴走してるのに浸るんですけど…ネガティブ


頃合いをみて現れた実況中継者が、荒ぶる私に対して、寄り添いながらも、淡々と感情を実況してくれるんです。


怖いんだね。

どこがどんな風なの?

何でこわいんだろうね。

何を怖いって思ってるんだろうね。

そっかー、なるほどね、未来がわからないから怖いんだね。それは仕方ないよね。妄想が出てきちゃって、いろんな想像をしたら怖いよね。そっかー、私はまだ見ぬ未来を恐れてるのかー。みたいな。


冷静に、自分の感情を感じながら言語化していけると、落ち着きます。言語化によって頭が理解するから。もし言語化しても落ち着かない強力な感情は、もう感じながら寄り添ってあげるしかない。身体の記憶もあるんだよね…事故とかだと特にね…。


順番大事です。

まずは感情に浸る。泣けばいいし、文句言えばいいし、怖いーって叫べばいい。

その後です、言語化は。

思考が最初から出てくると、いいことになりませんので、その辺りよろしくお願いします。




今の私は、全部が結構一度に。

全部の役割を同時並行で自分がやってる感覚です。

事態が大きければ、その期間が伸びるけど、日々のあれこれ程度では揺れても一瞬。

愛のもとに戻るのはすぐです。



愛を持って人ものコトに対峙できたり

とらわれなく対話できたりする状態。

自分が自分の真実で生きている状態。

が、悟りなのかなと。


凝視びっくりマークびっくりマークびっくりマーク

なるほどーーー、差がないって

自分の魂と、人間の体を持つ自分自身との

差がないっていうことですかニコニコオエー愛


帰ってきた笑




練習したらできるっていったけど、

私自身が何をどうしてきたかといえば


とにかく

自分が今何をどういう風に感じてるかに意識的になるっていうことからだったように思います。


本当に無意識に、

外側からの教育や、外側の環境の影響を受けて

無意識に私たちは生きていて、

そのため、多くの方は、

フォーカスの矢印が外側になってしまっているんです。



逆なんです。

矢印は、基本いつも内側に。



意識的に生活すること。

自分の内側に意識を向けること。

自分の真実に基づいて動くこと。


をしていくと、

悟れるんじゃないかと。



悟りとか、

そういう言葉にこだわらなくていいので


自分自身が

自分とつながっていて

自分の真実にもとづいて

愛をベースに生きることができたなら


本当に心地いいんです。


心配や恐れがない、

健やかな日々。




小さなことからコツコツと。

みんなが外側ではない、

自分の幸せの基準で生きていけますように。


わが家には3人の子どもがいます。


現在、

高校2年

中学3年

小学6年


なんと、今年は3人とも修学旅行にいくという…

おそろしい出費…

上のふたりで20万越え…そこにプラス小遣い。

どこからお金出てきてるんだろ笑


先日高校生は、北海道3泊4日に行ってきました。

かなり楽しかったようで、普段とのスケジュールの過密さが違いすぎて、2週間くらい北海道にいたような感覚になったそうです。


あとのふたりも

自分の旅行を楽しみにしています。


不登校児の中3男子も

修学旅行には行く気満々。

私は彼のそんなハートの強さに驚くばかりです。



少し前になりますが、

私がすごーーーく疲れていて

肉体的にも精神的にもノックアウト寸前の日があり、子どもたちに、「お願い、母さんの良いところ好きなところを10個ずつ書いて!!そしたら明日からも頑張れるから。お守りにする!」

とお願いしたら、みんなそれぞれに書いてくれました。


なんて良い子達ラブ



そして、個性が出ていて面白い爆笑


うさぎ

・やさしい

・自由

・ごはん作りがうまい

・かみのけをくくるのがうまい

・会話がうまい

・いろいろ教えてくれる

・しかるのが少ない

・はながいい

・おかしがすき

・びょうどう


「鼻がいい」っていうのはどういうことか聞いてみると、臭いに敏感だという意味もあるし、鼻が効く・感覚が鋭いという意味でも書いたそうです。笑


そして、「おかしがすき」は何?

そのまんまだそう。笑

お菓子が好きなおかげで、娘の作ったお菓子を、「美味しい美味しい!」と喜んで食べてくれるのが良いところらしいですおねがいラブラブ



次の方

ヘビ

・産んでくれた

・生かしてくれている

・過度な口出しをしない

・過干渉しない

・家事をしている

・働いている

・理不尽に怒らない

・話し相手になってくれる

・人間関係が広い

・性格


すごく、母に対して

何も求められていない感が満載で。笑

存在そのものといってくれてます??

素直に嬉しく受け取ります!




トラ

・料理がうまい

・家事が早い

・優しい

・面白い

・賛成してくれる

・受け入れてくれる

・心が寛大

・子どものために動ける

・家族のために働いている

・がんばれる



不登校の彼がこういうふうに表現してくれたのは

何とも嬉しいです。

母としては、大切な所はわかっていながらも

葛藤がある毎日だし、もっと背中押す必要もあるのかな…とか迷ったりもするんだけど。


多少の建前が含まれているとしても

受け入れてもらえてると、

賛成してもらえてると思えているのなら

それだけでいいかな。





三者三様、面白い答えになりました。

本当に、書いてもらった日からいつも持ち歩いています。お守り(魔除け?)になっています。


わたしの講座でもこういう似たようなワークをするんですが、人に対して感じる良いところって、自分の内側にあるものだったりするんです。


それと同様に、人に対してイラついたり嫌いだなーと思う所も、自分の内側に何かしらあるものだったりする。


鏡なんですよね。



実は夫にも、同じ質問をしてみました。

夫は10個答えなかった…

(ないんかいっっ!!?)

子どもたちとは全く違って、結構面白くて。


どちらかといえば、私が嫌だなと感じている私の部分や、どちらかというとビミョーかもと思っている所を彼は良いと答えてくれました。


たとえば、

・強い

・自分がある

・頭がきれる

・女らしい

(とことん受け入れる質だと言いたかったらしい)

・素直



夫は昔からわたしの価値観を変えてくれる存在です。

変えてくれるというか、表面的ではない所をみてくれている気がする。


違いすぎてぶつかっていた時代もありましたが、

今となれば違いも受け入れ合いながら

違っても、何かやらかしても、

この人だけは離れてはいかないだろうと思える安心できる人です。



一番近い家族という存在が

一番安心できる、安全基地だと言えるようになってきていることに心の底から安堵しています。


数年前までは、まだここまでの安心感は持ててなかったから。何かあったらダメになるかも…そんな不安もよぎっていました。

だから、試すような行動をしてしまったりしてましたね…ガーン問題は相手じゃないのにね。


とにかく自分の内側と仲良くして、夫や子どもたちと日々の対話を重なる中で、ここまで来られたかな。


ここさえしっかりしていれば

どれだけたくさんの人が敵になったとしても、立っていられる。





みなさんはパートナーと、心の内を素直に伝え合えてますか?

いやなこと、こうして欲しいという欲求、自分の素直な気持ちなど、どれだけ飾らずに口にできるかな?


子どもたちとは日々の何気ない話ができますか?

毎日忙しいとは思いますが、その日何があって、どんなことを思ったのか、ぜひ聞いてあげてください。


親がいろんなジャッジをしなければ、子どもは比較的素直になんでも話してくれます。

思春期になると、ちょっと距離を感じるけどね…でも何も話さないはないかな。




当たり前の日常こそが、私を支えてくれています。





警察署での調書作成が終了し、

3月末までに通知がこなければ全て終了したのだろうと思っていました。

そう言われたような記憶があったのですが、どうやら違っていました。笑

 

ある日、突然届いた封書。

 

検察からの封筒でした。

 



日程の指定がしてあり、

その日その時間に、その場所へ来てくださいという

本当に一方的な支持。

 

こういうものなんですね。

 

また感情が上がったり下がったり。

まだ終わらんのかいっっ!!!

私の中にはどれだけの感情が蓄えられているんだ…と呆れるほどに出てくる出てくる。

そして、仕切りなおしながら生活している自分に

結構パワーあるな…と呆れてみたり。

 

この、検察庁へ出向いた日も、

警察署へ行った日と同様に小雨が降っていました。

 

検察庁って、木村拓哉が主演した『HERO』のイメージしかなく…

でも、あのドラマのお陰か

緊張や怖さもありながらも、

ドキドキや好奇心がわいてしまうという不思議も体感。

 

 

この日も早い時間に到着。

事故以降、時間の感覚がかなり変わりました。

 

今までは基本遅刻気味な、

ADHDでよく言われる、時間が飛んでいって気づけばギリギリで焦るタイプだったのですが、

かなり段取りをしたり、時間を前倒して動くようになりました。

 

 

検察庁では、駐車場へ車を停める時も警備員の方と一言交わし、その後受付をしたのち、持ち物検査を受けました。

カバンの中の物を一度全て出し、ポケットの中も出し、受付の警備員の方の確認後、許可されれば、そこを通過しひとつ中にあるソファーで待ちます。

 

約束をしている担当の検察官が来てくれるのを5分程待ちました。

 

担当者の苗字は記載されていましたが、

勝手な思い込みで男性だと思っていたのですが、

迎えにきてくださった担当検察官は女性の方でした。

 

エレベーターで上へ。

その方のお部屋へ。

どうも、もうおひとり男性検察官のデスクもあるようで、仕切られただけの、声は丸聞こえの構造でした。

(私が部屋に滞在している間に、交通関係で来られた他の女性の方とその男性検察官が話す声などは筒抜けでした。ここに記録するのは遠慮しますが、こういう経験をする人もたくさんいるのかもしれないなと、知らなかった世界を垣間見た気がしました。)

 

そこで、警察から送られてきた調書をもとに、事情聴取が行われました。現在、被害者の方々との示談交渉がどのようになっているのか等も確認されました。

 

内容に間違いがないかどうかの確認がされ、

そこで私がしゃべった内容が、また文字にされていきます。

読み合わせを行い、起訴されるか、不起訴となるかが決まるようです。

 

起訴されれば、裁判所で簡易裁判が行われ、おそらくなにかしらの処罰がくるのだと思います。


結果的には不起訴となったのでしょう。

通知がくることはありませんでした。

(この、不起訴となりましたという通知が来ないこと、これが心地が悪かったです。

どこで終わりにしたらいいのか。終わりと勝手に思っていて、また連絡がくるのではないかとか、知らないからこその恐れが付きまといました。)

 

検察官の方との時間は、

本当に淡々とした時間でした。

が、警察署で感じた強さや強制感はなく

女性だからなのか、その方が持っている人間性か、

(私は後者だと感じていますが)

大きな器で、受け止めていただけたと感じる時間でした。

 

警察から来ている調書の中で、私と読み合わせをしたものではない調書に

1か所事実と違う箇所があったため

それについても伝えさせてもらい、訂正の申し入れを受け入れてもらいました。

 

また、調書にされていなかった、私自身の感覚の話がまた世間話のようにでてしまったのですが、

(こういう所なんでしょうね…私の世間とズレてる所…。真実なんで、何気なく、当たり前に口にしてしまう…。今回のことを通して、私はこういう自分が好きだし、これが私の真実だし、仕方ないと開き直るに至りました。)

 

なんとこの検察官の方は、その感覚の話を上手に言語化して残してしまいました。

 

喋ったことが全て残されるわけではなさそうですし、

私は残してほしくて喋ったのでもないんです。

ただ、私の真実を、伝えたかっただけで…。

 

カチカチな文章の中に、少しフワッとした見えない感覚の話が入っているのを

読み合わせで聞いたときに、正直少し違和感は感じましたが、

それが私の真実に近づいたことであったし、

その検察官の方の選択を嬉しく思ったので、

消してもらうことはせず、書いてくださったままに、それでいいですと返事をして判をつきました。

 

デスクには、彼女のこどもさんが書いたお手紙がはさんであって。

この方はどんな想いで、志で、このお仕事に就かれているんだろうと

そんなことを思ったりもしながら、

でも緊張は極度で、いつでも泣けるくらい緊張していたし、

手汗、わき汗がひどかったし、

でもどこかで木村拓哉を思っている自分もいて

本当に不思議な精神状態でした。

 

いろんな方の背景や、

そこに至るまでの人生を思うと

(本当に今回の事故を通してずっとなのですが)

わたしは生かされているということや

いろんな方の想い、努力、みている世界など

いろんなものを感じてはハッとすることの連続でした。

 

検察庁での時間で記憶に残っていることが数点あります。

それは、

・私の感覚の話を情報として残してくださったこと。これは、本当に大きなことだと感じ取りました。それを彼女が見せてくださった。時代は変わっていくんだなと、感じさせてもらいました。

 

・私のその感覚についても踏まえて、今後のことを丁寧に伝えてくださったこと。

「今回の事故で意識消失が疑われ、それを払拭できていない現状なので、この後同じような事故を意識消失して起こしてしまった場合は、今回のような流れで終わらず、おそらく実際の裁判になります。それがずっとこれから先ついてまわるので、今までよりも厳しい状況にいるとも言えます。

自分がそういう状態に置かれているということをよく理解してもらって、車にはなるべく乗らないですむなら乗らないとか、運転してもらえるなら人にしてもらうとか、よく考えてみてください。

また、身体の感覚で、何かおかしいなど感じることがあるのであれば、その時にどう対応したらいいのか、自分が実際にどんな対応をしたかをきちんと説明できるようにしていってください。事故につながらないための対応でもあり、何かあったときには証言できることになりますから。」

 

・最後にこれを伝えられた時には、涙があふれて止まりませんでした。

「おそらく不起訴になると思います。確定ではないのですが。

被害者のおふたりも、山本さんが事故当初から本当に真摯に対応をしてくださったとおっしゃっていて、不起訴にしてあげてくださいと言われています。」

 

 

とても人間味を感じて、不思議な気持ちになりました。

 

論理で合理的に処理していく世界だと感じて

本当に嫌な想いをしながらも

 

自分を整えながら、おおもとに還りながら過ごしてきました。

 

最後に、この女性の検察官の方に

どちらもがある対応をしていただいて

安心したというか、

律して、頑張って正しくあろうとしてきてよかったと本当にありがたく感じました。

 

 

保険会社の方とも何度も連絡を取らせていただいて

自分の不安も聞いていただき、

私がもっていない知識をたくさん教えていただいたり

 

被害者の方の心配や悩み、状況も出来る限り教えていただいたりして。

全てが終わったとLINEから連絡をいただいたときには嬉しくて感謝でいっぱいで、お礼の電話をかけさせていただきました。


最後、保険会社から送ってくださった書類には手書きで想いを書いてくださっていて、またありがたく感じました。

 

全部、もうありのままに全出ししてきて

そのせいで大変な流れになった部分もあったけど、

みなさんといろんなやりとりをさせていただきながら

いろんな気持ちを受けわたしし合って来られて、

おかげさまで終わらせていただきました。

 

もちろん事故はないに越したことがないので、

本当に、日々の健康管理にも今まで以上に気を遣うようになりました。

自分の体のちょっとした変化にも、

きちんと目をむけ、耳をすまし、意識してすごすようにしています。

(できないこともあるんですけど…)

 

そして、自分の不必要な想いは手放していっています。

意図は叶います。

自分が意図したようになっていく。

だからこそ、無意識にしている望ましくない意図や

自分にとっての不都合な意図は手放す必要がある。

それも実感できて軽くなりました。

 

今回で事故の細かな描写の記事はこれで終わりです。長々とお付き合いいただいたみなさま、ありがとうございました。


みなさまも、くれぐれも安全に。

暑くなり体調の不調も出やすい時期かと思いますので、ご自愛くださいませ。


内側を感じる生活をしていきましょうね。