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A Day In The Boy's Life

とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

PC管理はエンドユーザー自身で――「マイPC・セルフ管理」の時代 @ Computerworld.jp


という時代になるのでしょうか。

もちろん私は、利用者の立場であれば歓迎です。

2年以上前のPCをTCOの観点から使い続けることを強要されたくはありません。

が、私の場合情報システム部門に勤める以上、複雑な立場となります。


米国の某大手地方銀行でマネジメント・リポーティング担当バイスプレジデントを務めるリチャード・レズニック(Richard Resnick)氏も、次のように語っている。「IT部門はユーザーを制限するポリシーを何かと策定しようとするが、多くの場合それらは、『重要なデータの取り扱いをユーザーにゆだねることなどできない』というまちがった

信念に基づいて行われている。だが実際のところ、ユーザーを縛るようなポリシーは必ずしも必要ではない。
(プロフェッショナルである)従業員に、データ処理に必要なデバイスに対して責任を持たせれば、企業は時間と予算の両方を節約できるのだから」

賛成。

プロフェッショナルな従業員が、そのプロフェッショナルな考えの下、PCを管理・利用してさえくれれば。

企業から見れば、従業員はプロフェッショナルとしてもちろん扱っているでしょうが、ことPCの管理の点を見れば情報システム部員はその実態をよく知っています。

(参照: 情報システム部門ヘルプデスク担当者が地獄に叩き落したいユーザー

なので、「究極のIT環境をあなたに 」に書いたようになかなか「YES」とは言いがたいわけです。

Googleの従業員というのはよほど特殊である事を考えれば、おいそれとどの企業にも導入できる考えでは無いことも確かです。


ここで書かれていることは、以前に書いた「Googleの中、詳解 」という記事の中でも触れています。

従業員が起こすイノベーションの価値を考えれば、TCOの考えなど取るに足らないことと言うのが、このセルフ管理モデルの中にあります。

もちろんそれはそうでしょう。

如何に優秀な従業員であっても、PCの性能が悪ければ仕事の効率に影響が出ます。


昔、ある人から「PCを(会社標準ではない)IBMのシンクパッドにしてくれれば、今の業務効率が20%はあがるから変えてくれ」という依頼を受けたこともあります。

その人は、他のIT部門に所属していてPCの知識も優秀でしたので仮にそれを認めても、自身でどうにかPCを管理していけたと思います。

それでも、会社のポリシーとして断ったのですが、それで本当に自身のパフォーマンスとモチベーションが上がるのであれば、それは許可してもよかったことかもしれません。

ここに書いてある事のように。


多くの企業で採用されている、ほぼすべての従業員に同じPCを支給するというアプローチは、極端に言えば、高いPCスキルを備えたナレッジ・ワーカーの生産性をテクノロジー嫌いのユーザーと同レベルにまで低下させることにつながる

現在多くの企業で行われているであろう、PCの統一管理というのはコストの低減と、ヘルプデスク業務の効率化を目的として行われていますが、それぞれの従業員が自身でリカバーできるのであればそれは特に気にする事ではありません。

加えてパフォーマンスが上がるのであれば尚の事です。


従来型の情報システム部門によるPC管理モデルでは、統制するためにPCの標準化を行ったりしていますが、標準化している以上、その責任を情報システム部門が担う必要が出ている事も確かです。

これは、PCの台数が増えるだけ情報システム部門の負担が増える事を意味します。


PCをセルフ管理方式に持っていくとしても、企業が取り決めるべき事ももちろん出てくるでしょう。


「こうした動きは“Consumerization of IT”(消費者向け技術の企業利用)の事例の1つであり、IT部門は今後、どのようなPCを従業員が使うか心配するのではなく、彼らがPCを選ぶときに従うべき基準やポリシーを策定することが重要になってくる」(Carey氏)

PCの管理という点では、企業は何かしら介在する必要があります。

なんでも好き勝手やってよいわけではありませんから、従業員が最低限守るべき事項を明確化して、どの範囲なら自由にやってもよいのか、そして従業員自身がどの範囲で責任を持つべきかを分からせる必要があります。


これからは、自由さを選ぶか、窮屈でも手厚い情報システム部門のサポートを選ぶのか、従業員が選択できる環境が用意される、というのが一般化してくるのかもしれません。




これ、未来に向けた備忘録代わりに書こうと思った記事なので、実際のところどうなるのかは分かりません。


私はこのブログで2年近く記事を書いていますが、さらにその前も2年ぐらい別のブログを書いていました。

つまり4年ほど前からネットに向けてコツコツと記事を書いてきたわけです。

以前書いていたブログは、まさに日記といった感じで日々の中で感じた事を書いたりしていましたが、少し飽きてきた事と、ライフスタイルが変わって止めてしまいました。


そのブログが今何処にあるかは知っていますが、特にもう見ることはありません。

それでもそのブログはネットの海の中に今もさまよっていて、来るかも分からない読者を待っていたりしています。

で、表題の件なんですがこういう半ばゴミと化してしまったデータもいつかリサイクルされる時代がくるのではないかと。

データのリサイクルなんてGoogleとかが既にやってるだろうという意見もありますが、確かにGoogleなど検索エンジンはネットの海に放り出されたデータを日々取り込んでインデックスを作成していっています。

ただ、これはデータを整理しているという意味合いが強くて、データをリサイクルしているとまではいえません。


私が書いていたかつての記事で、今はゴミとなってしまった情報は、確かにGoogleに取り込まれており、適度な検索キーワードを与えてあげればそれを見つけることはできると思います。

でもそれは検索エンジンにとって最適化するために情報を整理(インデックス化)しているだけです。


データがリサイクルされるとは、そのデータの中に含まれる情報を解析して2次加工されるといった意味です。

ネット上にあるデータはほぼ、こちら側の人間が作り出した情報です。

そのデータは、その人の特性を表しているでしょうし、言語そのものをも表現されています。

つまり、そのデータを解析する事で人を知る事ができるでしょうし、文章から言葉の脈絡を調べて完璧に近い翻訳ができるかもしれません。


以前に書いた「考える力 」という記事の中で、ネット上にあるデータの情報量が2006年時点で161エクサバイトもあるという記事を紹介しました。

また、人間の脳の記憶量は10TBだそうで、2年経過した今、東京都に居を構える(約1200万人分)人の記憶量と同じデータがネット上にあるということになります。


そして日々ネット上に放り込まれるデータは月日の経過と共に、参照される事も編集される事も無い、ただただネット空間をさまようゴミような存在となっていきます。

でもそれって使いようによっては宝の山ではないかと。


考えようによっては非常に怖いとも思える考えなんですがね。

良い方向に向かえば、ネット上のデータを使ってA.Iを作るなんて事もできるかもしれません。

なんせ、膨大な人の感情を表現した文章がそこにはあるわけですからね。







今度、入社した当時の同期を集めて飲み会をやる事になりました。

で、幹事から


飲み会って定期的にやるんだから、同期がアクセスできる掲示板があって、何食いたいか投票できるアンケートシステムがあって、メーリングリストを作ったりしたらいいんじゃないかね


という内容のメールが届いたため、私がブログを立ち上げて、アンケートフォームを作れ結果を集計できるブログパーツのサービスに申し込んで、パスワードを付けて同期しかアクセスできないスモールソーシャルなコミュニティを作りました。

メーリングリストは、ブログという情報共有の場があるからあえて作りませんでした。


ところが、というよりかは予想していたのですが1週間経過してみてアクセスしたのは、私とその幹事の2名のみ。

理由を考えてみると色々上がるのですが・・・


1. 仕事が忙しい

2. 私生活が忙しい

3. そもそもこのコミュニティに関心が薄い

4. メールと違って情報を取りに行くスタイルが億劫

5. 飲み会が決まったら教えてくれるだけで良い(コミュニティ内で交わる必要性を感じていない)

6. アクセスできる環境が無い(会社から外部アクセス禁止など)

7. 飲み会に行きたくない


恐らくですが、メーリングリストという形を取っていればもう少しその場でコミュニケーションが取れていたと感じます。

メーリングリストは確かに、その瞬間の情報共有に最適ですが、時間の経過と共にその情報は廃れていきます。

情報が劣化していくといっても良いかもしれません。

ですので、あえてブログという形にこだわってみたのですが、結果は無残なものでした。

不特定多数無限大を相手にコミュニティを形成するのであれば、色々なやり方というのがあります。

例えば、


Yahoo!がまとめた「コミュニティにユーザーを参加させる方法」が興味深い件 @ IDEA*IDEA


とか。


しかし、知り合い同士で競争を促せるコミュニティでもありません。

単に情報を共有し、互いのつながりを大切にしようとする目的のコミュニティです。


Enterprise2.0を作る人たち、支える人たち 」で書いた母数というのもこういった場合、期待できません。

絶対数が少ない上に、先ほどの理由で上げたように何かしら参加に障害を抱えている人が多いからです。

また、こういったコミュニティの場合、コミュニティ形成に不可欠な数人の中心的な人物というのもあまり意味をなしません。

コミュニティを取り巻く人たちとのつながりを目的としているので、数人を中心に話題を盛り上げても情報が伝達しなければ意味が無いからです。


で、最終的には時間をかけてそのコミュニティを根付かせていくしかないのかと。

なるべくメールのやり取りを控え、そのコミュニティの存在を浸透させていく。

コミュニティってある種、それを取りまとめてくれる頼りになる友人のような存在です。

みんなの意見を吸い上げ、取りまとめ、そしてつないでくれる。

であれば、「あいつ」の存在を強く周りが意識しだす事が重要になってくるのではないかと感じます。