もう新年明けて5日が経ちますけど、年末年始はほとんどテレビを見ませんでした。
カウントダウンのイベントに参加したり、遊びに行ったりとリアルで忙しかったこともあるんですが、こういう時期のテレビがそもそも好きでなかったり。
理由を考えてみると、面白い番組が無いって事のほかに
・ 季節感を強要されるから
ってのがあったりします。
年末特番とか、お正月特番とかめでたい雰囲気を出すのはいいんですが、垂れ流されるだけでその雰囲気に参加できない立場としては、「こっちで盛り上げてやるから、そっちでも勝手に盛りあがれ」的な印象を受けたりします。
ネットに季節感はあるか?
サービスによってはそうい季節感を受けるものも多々あります。
Twitterなんかはお正月の「あけましておめでとう」が飛び交ってましたし、「2009年のまとめ」のブログ記事を見ると今年も終わりか、って雰囲気になったりします。
しかし、ネットでは軽くスルーできるもののテレビでは、チャンネル数が限られてそうもいきません。
テレビをつければどこもかしこも正月番組を見ることを強要されます。
テレビは全て季節に染まっても、ネットでは全てが季節に染まることはありません。
取捨選択ができることと、ネット全体のコンテンツから見てその季節感はかなり薄まります。
ネットもテレビも娯楽の一環で考えれば、気分によって選択できるネットと、気分を強要されるテレビとでは印象が全然違ってくるわけですよね。
盛り上げるなら季節感を強要ではなく共有してほしい
Twitterなんかでその季節ごとに盛り上がるイベントも、自分が参加しているという印象を受けるから楽しかったりもします。
今のテレビの形態ではそれができずに一方的に情報を発信しているだけです。
テレビ番組の裏でその話題がTwitterなんかでどれくらいやり取りされているかってことを、テレビの関係者は見てたりするのでしょうか。
ネットで盛り上がるには何かのネタが必要で、テレビは終ったみたいな言い方をしつつもそのネタは、ネットの世界でも広く流通していたりします。
その受け皿を今のようにネットだけで作るのか、テレビ側で作るのかの議論はあるかもしれませんが、ネットで作るにしてもテレビ側が歩み寄った作り方っていうものもあるのではないかと思います。
それが今はあまりにもできていない感じがしたり。
カウントダウンのイベントなんかも、そこにいる人たちと同じ雰囲気と時間を共有できるのが楽しかったりします。
大人数の中で自分の存在がちっぽけでも、それを構成する一つなんだという実感が沸いてきます。
テレビが如何に臨場感たっぷりに伝えても、自分はその中の一人なんだという気持ちにはなれません。
盛り上がったとしてもテレビに向けて騒いでいるだけなんですから。
Twitterではテレビ番組に合わせてアカウントが作られたりもしだしていますが、テレビで発信する情報をテレビの世界から強要するのではなく、共有していくやり方というものがあれば、私はもう少しテレビを見るようになるかもしれないと思ったりしました。