友達100人出来るかな? | A Day In The Boy's Life

A Day In The Boy's Life

とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

という歌詞がありますが、リアルな世界でも然ることながらネットの世界でもどうやらそれは難しいようです。


ネットで親友は作れない? 英研究者が意識調査 @ ITmedia News


内容は私も読んで納得のところ。

やはり、文字だけで取り交わすコミュニケーションと実際にあって話すとでは、相手に対する気の許し方が全然異なってきます。

「文字」と「会話」で例え取り交わせれる内容がまったく同じだったとしても、会う事自体には「会話」にプラスして伝達される情報が多い点も上げられるかと思います。

その人の表情、仕草、癖などから身に付けているもののセンスに至るまで。

その辺を総合して、自分とは合う、合わないという判断に至るのだと思います。


もう一つ思うのは、Blogをはじめ、SNS、メール、インスタントメッセンジャーサービスなど、文字を使ってコミュニケーションを取る手段は様々な方向で発達していますが、それらは厳密にリアルタイムにやり取りがされているわけではありません。

例えメッセンジャーであっても、相手が文字を入力する時間に待ちが発生したり、そもそもメッセージが投げられたからといって、即座に返す必要性もなかったりします。

相手に存在が見えないわけですから、「ちょっと席を外していた」なんて幾らでもいう事はできます。

このリアルタイムというのが心を通わせるための大きな要素になるのではと言う事。


時間って誰にでも平等に経過していくものですので、その時間自体の価値観って誰もが共通して大事なものと認識している事と思います。

親友とは、その大事な時間を相手のために惜しまずに割けるということではと。

会う事自体が既にそういうことになっていますよね。

もちろん、ネット上で文字をやり取りする事も相手にために時間を割いていることにはなりますが、会う時間に比べればそれほど長くはありません。

心を許していくのは、その繰り返しではないでしょうかね。


最後に、このBlogにも定期的に訪ねていただいている方もいらっしゃいます。

親友と言うのは、自分が相手のことを思いやる気持ちと相手が自分を思いやってくれる気持ちから生まれるもので、自分だけの一方的なベクトルだけで成り立つものではありません。

「あいつは、私の親友だ」と思うことは別に良いですが、「私はあいつの親友だ」というのは勝手な意見になってしまいます。


そう考えると、私はここを定期的に訪れていただいている方々に対しても親友だなんて口が裂けても言えない訳です。