自己肯定感の高い姉と自己否定の強い私 | 不登校の子どもが動き出す魔法

不登校の子どもが動き出す魔法

子どもの不登校は問題ではありません。
もし問題だと思うなら、それはお母さんに向き合うべき問題があるよとお知らせしてくれています。
お母さんが本当の自分の人生を生きるチャンスをくれているのです。
お母さんが変わると、子どもが魔法がかかったように動き始めます。

 

こんにちは照れ

 

 

 

ブログネームを変えてみました。(タイトルも)

 

思春期の息子が度々登場してくるので

 

本人が書かれて嫌なこともあるだろうし、と思って。

 

 

 

 

 

昔、沖縄に4年程住んでいたことがあるのですが

 

いとまん(糸満)は、その時住んでいたところの地名です。

 

 

沖縄本島の中でも、那覇市街のアパート、豊見城市という内陸の丘の上の一軒家

 

そして糸満市では海の近くのペット可のマンション

(那覇の路地裏で病気の野良の仔猫を保護したので。)

 

と、3ヵ所にすみました。

 

もう20年程前になります。

 

あー、懐かしい。

 

 

と、いうことで、しばらくはこの名前でやっていきますね。

 

 

 

 

 

 

昨日、息子と実家に行ってきました。

 

姉と甥っ子二人も来て、両親にとっては、久しぶりに娘二人と孫三人が揃った形です。

 

母は、高齢なことと、持病もあり、ほとんど横になって過ごしているのですが

 

リビングの大きなこたつ(夏もこたつ!)に横になって

 

みんなの話を聞きながら一緒に過ごしていました。

 

 

 

 

 

そして、昨日改めて感じたこと。

 

それは、姉の明るさ、そしておおらかさ。

 

7歳年上の姉は、昔からとても積極的で、負けん気が強く、そして明るかった。

 

いつも私の面倒を見てくれて、優しい人でした。

 

 

それにひきかえ、私は小さな頃から、引っ込み思案、人見知り、競争が嫌い。

 

 

同じ親に育てられても全然違います。

 

 

 

 

心理学を学び始めた頃、とても不思議でした。

 

姉は自己肯定感が高い、私は自己否定が強い。

 

同じ母親に育てられたのに、なぜだろう。

 

きょうだいで比較されたりした訳でもないのに。

 

私がHSPであることや、姉とは年が離れているので

 

その時々のいろいろな境遇の違いもあるとは思います。

 

 

 

 

HSPについてはこちら↓

HSPと共に生きていく

 

 

 

 

 

でも、今ならわかります。

 

それは‥‥‥

 

私は、この人生を選んできたから。

 

 

 

 

私はこういう性格に生まれて

 

「自分に価値がない」とか

 

「重要でない」

 

などのブロックを持つことを決めてきたから。

 

 

なぜなら、そこから学ぶために。

 

 

そして、成長して、私の使命を生きるために。

 

 

 

 

 

姉は一見、自己肯定感が高くて、明るくて、おおらかで。

 

悩みなんてなさそうに見えるけど、姉には姉のブロックがあると思います。

 

 

姉は姉の使命を生きるために。

 

 

 

 

 

私には私の性格がベストだった。

 

姉には姉の性格がベストだった。

 

 

 

 

 

昔は、多少、姉と自分を比較して、引け目を感じたこともあったけど

 

今は、自分のこの性格を愛しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は、みんなでバカ話をして大笑いしました。

 

「ディズニーシーの新しくできたアトラクション乗った?」

 

「ソラニン!」

 

と私が言うと

 

高校生の甥っ子が

 

「それじゃがいもの芽の毒だから!」って!

 

知ったかぶりして思いきり言い間違えた自分に爆笑!

 

(正しくはソアリンでした。)

 

 

 

 

一方、息子はイヤホンしてずーっとスマホしていて

 

話の輪に入らないどころか、実家でほとんど声発してないんじゃない?

 

って感じでしたが、それもまた良し!ですね。

 

あ、両親からお小遣いもらった時はすっごいニコニコしてました!

 

 

 

 

 

 

それはそうと、私、ディズニーランドなんてもうかれこれ30年近く行ってない。

 

息子も連れて行ったことない。

 

そういえば、最初にディズニーランドに連れて行ってくれたのも姉だったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は人生ずっと必死でした。

 

うまく言えないけど、いつも目の前のことで必死でした。

 

なんというか、自分がこのままではダメで

 

いつも何かやらなければ、何か得なければ、何者かにならなければと必死でした。

 

 

 

 

でもそれは、自分には「ない」という前提から始まっているので

 

どんなに頑張って何かを身につけても

 

また「ない」という現実があらわれます。

 

 

 

そしてまた、もっと何かしなきゃ

 

の無限ループ。

 

 

 

いつも何かに追われて、焦って、必死でした。

 

 

 

やがて息子が生まれると

 

今度は、その「ない」が息子にも向けられたのだと思います。

 

 

 

息子にこうなって欲しい。

 

こんな風に育てたい。

 

 

 

私は息子に

 

やりたいことをやって、自由に伸び伸びと育って欲しい

 

と思っていたけど

 

 

それも

 

「やりたいことをやって欲しい。」

 

「自由に伸び伸び育って欲しい。」

 

というコントロールだったんです。

 

 

 

きっと、私は自分にそれが「ない」と感じていたから

 

息子にそうなって欲しいと思っていた。

 

 

 

息子は、やりたいことをやらなくても

 

自由に伸び伸びとしなくてもよかったんです。

 

 

 

大きなお世話なんですよね。

 

だって息子の人生なんだから。

 

 

 

 

 

だから、私は息子へのコントロールを手放しました。

 

 

 

そして

 

 

「やりたいことをやって、自由に伸び伸びと生きるのは私。」

 

 

フォーカスを自分に向けることにしました。

 

 

 

私がそう生きることにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、実家から帰る時、玄関で別れ際に、姉が私に

 

 

「今度二人で遊びに行こうよ!」と言いました。

 

 

嬉しかったです。

 

姉に遊ぼうと言われて、嬉しいと感じられたことが嬉しかった。

 

 

 

 

ずっとそれどころじゃなかったから。

 

息子のことや、いろいろな悩みを抱えていて

 

一人で遊びに出かける気になんてなれなかった。

 

気が重かった。

 

もし、以前の私だったら、そんな風に声をかけられても喜べなかったと思います。

 

 

 

 

 

でも、自分のブロックを解消して、たくさんの思い込みを手放した今

 

私のエネルギーが軽くなったのを、姉も感じたんだと思います。

 

 

 

 

姉と遊びに行くなんて、いったい何十年ぶりのことだろう。

 

 

開園当初、初めて姉に連れて行ってもらったディズニーランドにでも

 

 

うん十年ぶりに、また二人で行きましょうか!?

 

 

 

 

 

 

今日はずいぶん長くなってしまいました。

 

読んで頂きありがとうございます!

 

 

 

 

それではまた照れ

 

 

 

 

 

 

ご質問などお気軽に!