京大農学部入学同期の者4人と、同窓会を行った。先月の東京の日比谷での会合とは、別のメンバーだ。場所は京都府植物園(左京区下鴨半木町)で、京都府立大学に接している。少し離れて東には京都工繊大とノートルダム女子大があり、更にその東には京大もあり、同志社大学も遠くない。つまりこのあたりは、京都の文京地区なのだ。
私は東京生まれの千葉育ちである。けれど京都にも(19歳の春から)約20年間居住した。現在の庵は滋賀県大津市だが、音羽山の麓ゆえ京都に近い。つまり晩年の鴨長明と同じです(笑)。而して府植物園に行くのは、此度が初めてだ。それでどんな所かを、事前にネットで調べてみた。
1924年…即ち関東大震災の翌年に開園した日本最古の公立総合植物園で、面積は24haだ。所有する植物の種類数は12000という。入園時間は9ー16時(17時閉園)で、休園日は12/28ー1/4。アクセスは、地下鉄烏丸線の北山駅が最寄りである。
24haという値が(日本の植物園において)広いか狭いかを、ネット検索に拠り比較する。
東京の東大理学部附属小石川植物園は16haで、同じく東京の国立科博附属目黒自然教育園は20haだ。ただ後者は、植物園というよりはビオトープだな。高知の牧野植物園は8haで、植物の種類数は3000。そして、北海道札幌の北大附属植物園は13haだという。
京都に戻って…左京区北白川西町の京大理学部附属植物園は1.65haで、東大附属の10分1しかない。そしてビオトープたる(梅小路公園内の)"いのちの森"は、僅か0.6haだ。梅小路公園全体は10ha程あるのだが、ビオトープ部分はその1割に満たないのである。
なおこの"狭過ぎるビオトープ"のことは、森本幸裕・夏原由博編【いのちの森:生物親和都市の理論と実践】(京都大学学術出版会、2005)が詳しい。本書では私も一つの章を担当している。その章のタイトルは「都市のイタチ、田舎のイタチ」。主要調査地は京都ではなくて、和歌山県の日置川町だ。
ま、それはさておき…京都府植物園の面積24haは、此処であげた他の植物園(もしくはビオトープ )と比べて最大だ。でも物事須く、量と質の2面がある。量は(相対的に)良好でも、質はどうなのか?。それを確認することが最大目的で、入園した。2024年1111月11日の、午前11時にだ。
70歳以上は無料とのことで、金は払わなかった。「ただほど高いものはない」というフレーズがと脳裏に浮かんだのは、罰当たりじゃないと思う。ちなみに私は教育一律無償化の政策に好意的でない。現在の公教育の授業料は、篦棒に高すぎると思いつつだ。
園内を歩き始めて違和感を覚えたのは、樹に付けられた名札が少ないことである。しかもそれが不親切だ。学名はおれか標準和名すら記してないのが大半で、多くは栽培品種名である。即ちbotany(植物学)を学ぶ場としては、殆ど役に立たないのではと思われた。
それと落葉層が薄く、土が堅い。つまり土竜等の土壌動物の棲息に適してない。目黒のビオトープでアズマモグラの穴(いわゆる塚)が多く見られたのとは、対照的にだ。目黒には古(1960年代まで)はアカネズミもいたが、現在は絶滅している。20haという値はアズマモグラが個体群を維持するには十分でも、アカネズミには厳しいのかもしれない。ちなみにニホンイタチにおけるその値については、本ブログの第133話「イタチにはどれだけの土地が必要か」で考察した。
而してこの日の京都府植物園は…土竜や鼠はおろか、Insecta(昆虫)もレアだった。直翅目や鞘翅目は目に入らず、膜翅目(の蟻)を僅かに見たのみである。Aves(鳥)はエナガ等を僅かに見たが、種数も個体数も少なかった。園内には池もあるが、バンもカイツブリもいなかった。そもそもこの園は水利が悪い(添付写真1)。鴨川の傍らなのに、その地の利を生かしていないのである。
【添付写真1】
Plantae(植物)とAnimalia(動物)はそんな状況だが、Fungi(菌)はどうか。これも豊かとは言えない。カラカサタケ(のようなもの)を1種と、サルノコシカケのようなものを2種を見たのみだ。この3種は、添付写真2ー3に示す。
【添付写真2】
【添付写真3】
園内を隈無くは歩いてない故、見落としているものもあるかもしれない。でもとりあえず、Fungiもリッチとは言い得ない。そもそもこの園は乾いている。Fungiを多く育むには、林が湿っていることが望ましい。
ところでカラカサタケは食用だ。けれどそれに良く似たオオシロカラカサタケは毒茸で、私の能力では判別出来ない。だからむろん、採取しなかった。そもそも私は古より、野生の茸を食べる趣味は無いのである。なめこ等の、栽培品種としての歴史が長いものは別として。
この日に改めて思ったのは、Fungiの生殖器官(即ち茸)は美しいといことだ。それは自然が織りなす芸術だろう。芸術はその美を鑑賞するために存在し、食べるのは邪道じゃないかと思う。実際、ヒト以外で茸を食べるアニマルは多くない筈である。
Plantaeの生殖器官(即ち花)も同様で、須く美しい。やはり芸術だ。そしてヒトは、花はあまり食べない。例外は食用菊ぐらいで、最近はその他もそこそこ食べるようになったようだけど。ともかく茸も花も、芸術の対象にするのが本筋と私は思うのである。
それと、府立植物園にはPteridophytes(シダ植物)とBryophyte(コケ植物)も少ない。FungiはPlantaeじゃないので致し方ないとして、これらの貧困はどうかと思う。日本の動物園はMammalia(哺乳類)偏重なのだが、そのことに似て"看板に偽りあり"だ。
昼食は、園内の食堂で鹿カレーを注文した。最近流行りのジビエというやつですね。そこそこの値段であるにも関わらず、これがとんでもなく不味かった。まあ"高価で不味い"のは京都の観光地が提供する食事の特色であり、その伝統に忠実とは言えるのだが。
鹿肉自体は結構美味である。私は刺身を食べたことがあり、そのことを知っている。要はカレーの味付けが悪いのだ。原材料の利点を生かしてなくて、単なる肉の塊になってしまっているのである。
而して私は、鹿肉のジビエ利用という発想それ自体には好意的だ。高柳敦(京都大学農学研究科)が言う「狭い国土で貴重なタンパク質資源として活用すべき」の案に、基本的に賛成だ。ただそれは、r戦略者で現実に数が増えているマンマル…具体的にはニホンジカとユーラシアイノシシに限定すべきだ。K戦略者でNT(準絶滅危惧種)相当のニホンアナグマMeles anakumaは、その肉がどれだけ美味であってもジビエの対象とすべきではない。
高柳は2014年に認定鳥獣捕獲等事業者制度なる案を提唱し、「新たな捕獲者の参入を促すべき」と論じている。私は思うのだが、この猟法から括り罠を排除すべきだ。彼は日本哺乳類学会に出て来ないので知らないだろうが、この学会では「括り罠に拠る錯誤捕獲」が大問題になっている。そしてこの猟法は禁止すべきの論が、高まりつつあるのだ。
猟法を銃殺に限定した場合には、「銃文化」がこの国では未熟であるのが問題だ。無原則に銃使用許可者を増やすのは危険極まりない…という論を語りたかったが、実現しなかった。園外の(最寄りの)店で皆でビールを飲み、さりげない会話をした後に解散した。
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