渡辺茂樹のいたちものがかり

渡辺茂樹のいたちものがかり

イタチ研究・動物学者渡辺茂樹

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 本稿で登場するイタチはニホンイタチMustela  itatsiとシベリアイタチMustela  sibiricaの2種だ。そしてテンは、ニホンテンMartes  melampusのみである。

 

 まずはニホンイタチの「食」について。最も古い調査報告は、岸田久吉(1927)が行った狩猟個体群の胃内容分析だろう。その結果は"ネズミが主である"というものだ。大津正英(1971)が行った調査結果も同様であり、昆虫や果実は出ていない。これらはいずれも東日本における調査だが、朝日稔(1975)は西日本で調査した。シベリアイタチもsympatheticに分布する地にてである。その結果"ニホンイタチは魚も食べる"ことと、"シベリアイタチは果実も食べる"ことが明らかになった。

 

 これらはいずれもサンプルが狩猟個体群である。よって調査対象は、冬季の雄個体に限られる(雌は禁猟)。その限界を克服すべく行われたのが、古屋義男(1979)の高知県西熊渓谷における糞内容分析だ。その結果はニホンイタチも"果実にかなり依存する"というものだったが、この考察はかなり怪しい。その糞がシベリアイタチないしはニホンテンのものである可能性が排除出来ないのだ。テンとイタチの糞はかなり紛らわしく、そしてテンは果実を多く食べることが知られている。

 

 その後も糞内容分析調査があちこちで行われた。そして、"ニホンイタチは昆虫と甲殻類に多くを依存し、ネズミは案外食べない"という知見が出始める。古屋の言い分とは異なって、果実への依存は僅かだ。

 

 そして金子弥生(2013)は、久しぶりに胃内容分析を行った。茨城県におけるロードキル個体群を用いてだ。狩猟法の制約が無い故、季節と性が限定されない。その結果…謎の動物であるニホンイタチ雌の食性が、"世界で初めて"明らかになったのである。

 

 その知見を要約すると、「オスは哺乳類と甲殻類に多くを依存するのに対して、メスはそれらの他に昆虫(鞘翅目と直翅目)とミミズ、そして果実も食べる」というものだ。つまり雄はスペシャリスト的で、雌はジェネラリスト的なのである。最適採食説の視点からすると、"雄の方が良い暮らしをしている"と言えるだろう。ニホンイタチの世界では、"女は辛いよ"である(と思う)。

 

 更に大河原陽子(2014)は、多摩川河川敷において糞内容分析調査を行った。従来手法とは異なり、DNA分析により性判定も行ってだ。その結果は「雄はより大型の餌、雌はより小型の餌を採餌する」というもので、金子(前出)の知見とも一致する。そして大河原(私信)は、「多摩川の場合はそもそも利用可能な餌メニューが限られる可能性があるが、茨城のように餌メニューやサイズのバリエーションが豊富な環境である場合、オスでは大型の餌に対して利用が集中し、メスでは幅広い餌メニューを利用するという傾向がより明瞭に見られるようになるかもしれない」という考察を行っている。

 

 斯様な"ニホンイタチにおける雌雄の食いわけ"は、この種の"性的二型性の大なること"(陸棲哺乳類としては世界最大)からして十分に想定されることだ。私の知る限りでは、それを初めて指摘したのは阿部永(北海道大学農学部元教授)だと思う。だがそれをデータで裏付けたのは、前出の2人の研究が初めてである。

 

而して私自身のこと。

 

 

● 鼬くん  胴長短足  我が友よ  付き合い長く  心未だ見ず

 

 

 この短歌で吐露したように、私のイタチとの"付き合い"の歴史は古い。ニホンイタチとの"交際"は1970年代の半ばからで、シベリアイタチとは同年代後半からである。

 

 前者は石川県小松市大杉町(山間地集落)で、後者は京都府京都市(市街地)にてが最初のフィールドだ。西日本は2種の混棲地域の筈だが、この2つの地では各々一方の種しか確認出来なかった。

 

 私はむろんイタチの「食」にも関心はあったが、どちらかといえば「住」の方により関心大だった。食のデータの方が取り易いことは分かっていたが、ひにくれていたのですね(笑)。それで小松市のフィールドでは(行動圏と個体群密度を知るための)罠再捕獲調査を行いながら、巣の探索も試みる。でも見つけられなかった。ラジオテレメトリも使わずに巣探しをしようなどというのは、今から思えば"無謀"としか言いようがない(苦笑)。でも"無謀に敢えてチャレンジする"のは、京大動物学の(現在は失われた)伝統だったと言いうる。

 

 シベリアイタチの巣はすぐ見つかった。人家天井裏がそれであり、断熱材グラスウールを巣材にしている。「食」のメインはクマネズミだ。現在駆除業者のあいだでは常識になっている(でもアカデミズム世界では案外知られていない?)この事実を、最初にpublishしたのは多分私だろう。"近畿工業化学界"というジャーナルで、「イタチ公害を考える」というタイトルにてである。動物学とは無縁な場にそれを出すことが出来たのは、深海浩氏(当時京大農薬研教授)の好意があってのことだ。

 

 それからまあいろいろ有りまして…私は実質上、京大を"破門"された形になる。それで某女子高校の専任教員になろうと願ったが、果たせなかった。その時のことを後に回顧して、以下の2首に詠んだ。

 

 

● 遠い日の  聖母の記憶  甦る  懐かしき哉  あの女学院

 

● 聖母の名  君たちにこそ  相応しい  心優しき  あの少女たち

 

 

 ま、それはさておき(余談が過ぎます)…この高校(の非常勤職)をお払い箱になった後、青井俊樹氏(当時北海道大学和歌山演習林助教授)の好意でラジオテレメトリ調査をやらせて貰った。場所は和歌山県の農村で、ニホンイタチとシベリアイタチの混棲地域だった。1990年代後半のことである。

 

 この時に得られた結果と考察は、森本幸裕・夏原由博編「生物親和都市の理論と実践」(京都大学学術出版会、2005)中の一つの章にまとめた。そしてそのあらましは、本ブログの第188話に紹介した。以下に少し補足する。

 

 和歌山県のこの2種混棲地域において、シベリアイタチの「住」は、大半が人家内であった。つまり京都市の住宅地でのライフスタイルを、そのまま踏襲している。対してニホンイタチは殆ど人家には入らない。見事な程のすみわけである。

 

 この地で2種の"食いわけ"があるかどうかは、不明である。捕殺をしなかったので胃内容は分からず、糞は(DNA分析技術が無かった故)いずれの種のものか不明だからだ。ただ野外に散らばる糞の内容物は昆虫が大半で、ネズミは殆ど含まれていなかった。それは"ニホンイタチのものである"可能性が大だと思う。都市のシベリアイタチは、人家天井裏以外では殆ど脱糞しない。和歌山県のこの農村でも同様であるならば、その糞はやはり人家内でしか見つからないと思う。そしてその糞は、やはりクマネズミが大半なのではないか?。「しまった、あのとき調べておくんだった!」と今にして悔やむ次第である。

 

 ちなみにこのとき和歌山県にて調査したニホンイタチは、全て雄だ。ニホンイタチの雌はそもそも捕獲が難しく、この時はそれを果たせなかったのである。私が確認したニホンイタチの雌の「住」の唯一例は、大阪府箕面市粟生間谷町の勝尾寺川流域のものだ。コンクリート護岸壁と土壁の隙間に営巣し、水抜穴から出入りしていた。体が細い雌しか入れない穴であり、そしてこの巣の中で"子育て"をしていたのである。

 

 この子育て雌(母親)が離乳した我が子に与える餌は、大半がアメリカザリガニだった。現在は様変わりしてしまったが、当時は川床にアメリカザリガニが湧くように居たのである。川床が改修されてアメリカザリガニが消えると、ニホンイタチもいなくなった。

 

 つまり通常はジェネラリストであるニホンイタチの雌も、育児期に限ってはスペシャリストになるのだ。そのことは、昨年にNHKが調査した多摩川の事例でも確認されている。ただそのときニホンイタチの雌が我が子に与えた餌は、小魚だった。そして巣は地下に在った。その地下巣から出るとすぐ近くに波止めブロックがあり、その止水の中に小魚が沢山居たのである。

 

 ニホンイタチの雄の行動圏は約10haだが、雌はそれよりずっと狭くて1ha程だ。その狭いエリア内に良好な(量を十分に確保出来る)餌場と、安全快適な住居の両方が備わっていなければならない。そうような繁殖サイトはなかなか見つからず、最近は減っているのじゃないかと思う。ちなみに地下穴は、育児期が梅雨に重なることを慮るとベターではないだろう。水はけが悪いからだ。

 

 然るにニホンイタチの餌動物が、最近は減っている。おそらく農薬過多使用のせいでカエルが激減し、昆虫(例えば秋に草むらを跳ねるバッタ類)も以前程は多くない。餌となりうる甲殻類は農村や里山ではアメリカザリガニで、奥山ではサワガニだ。どちらも減少傾向は明らかである。サワガニが減ったのは、落葉広葉樹が少なくなったからだろう。

 

 野ネズミ類(アカネズミやハタネズミ)が岡山県下でかなりヤバい状態であるという報告が、小林秀司(岡山理科大学教授)から為された。他県も大同小異であることが想定される。ハタネズミは一昔前は害獣視されていたことからすれば、隔世の感がある。

 

 餌動物の斯様な状況に加えて、ニホンイタチは(前述のように)雌の繁殖サイトが見つけ難い。ということは、この種の存続が危うくなっていることを意味すると思う。日本固有種で進化生物学的貴重種でもあるニホンイタチが、いま絶滅の危機にある。

 

 然るに日本国環境省は、この事象を一顧だしていない。その一方で…"対馬の地域個体群のみがヤバい"シベリアイタチを、絶滅危惧種に指定した。その論理のおかしさは、本ブログの第179話で指定した。

 

 次はニホンテンのこと。果実はあまり食べないイタチ類2種と違い、ニホンテンの主食は果実だ。動物(昆虫や鳥や哺乳類)も食べるが、量的には果実の方がはるかに多い。カキ、アケビ、ビワ、イチジク等、里山ないしは農村の樹木の果実をである。これらはさほど減ってない。だから「食」においては、ニホンテンは(とりあえず)絶滅危惧種相当ではないだろう。然るに私は本ブログの第182話として、「絶滅危惧種ニホンテン」をupした。その理由は「住」にある。

 

 ニホンテンは、巨木の樹洞で営巣すると言われている。実は明確なるそのデータな無いに等しいのだが、伝承ではそうなっている。然るに昨今、樹洞が出来るような巨木は(里山では)滅多に見られない。さりとてニホンテンは、地下穴は好まない。体型的にも、その利用は難しいだろう。やむなく人家天井裏で営巣し、時には子育てもする。その結果、害獣視されてしまう。依頼があればASWATはすぐに駆けつけて、侵入者を追い出して後に出入り口を塞ぐ。この業務が普及すれば、ニホンテンはやがてホームレスにならざるを得ない。それが故の絶滅危惧だ。

 

 実は同じことは、シベリアイタチについても言える。ASWATの事業拡大は、シベリアイタチを追い詰めることになりかねない。さりとて住民に(シベリアイタチやニホンテンと)「同居してあげて!」とも言えない。そもそもそれをしたら、我々は飯の食い上げだ。悩ましいところである。

 

 


 

ベルこのブログの筆者・渡辺茂樹が顧問として在籍するアスワットのHPベル

 

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