渡辺茂樹のいたちものがかり

渡辺茂樹のいたちものがかり

イタチ研究・動物学者渡辺茂樹

 琵琶湖大橋の西端にある堅田は、未だ大津市内である。そもそも大津市は南北に長いのだ。その南部に在る湖南アルプス(田上山等)は京都府の宇治田原町に接し、東部は甲賀市に隣り合う。県庁所在地あたりは東西に狭くなっていて、その東は草津市だ。そして西は逢坂山(比叡山系南端)を挟んで京都市の山科に接する。斯様な大津市の南部地域は、草津市ならびに甲賀市と共に湖南に含まれる。

 同じ大津市でも、坂本から北は湖西だ。坂本の西に聳える比叡山系(最高峰849m)は、更に北に伸びている。ただ梶山(681m)から先は、次第に標高が低くなる。この梶山の西方水平直線距離1.5kmあたりに、大原の三千院がある。逆に東方水平距離5km先は琵琶湖西岸で、其処は堅田だ。堅田は(前近代には)琵琶湖水運の要衝だった地で、現在は琵琶湖大橋の西端に位置する。坂本から堅田を経て、更にその北にまで(琵琶湖西岸沿いに)伸びているのがJR湖西線である。

 梶山の京都側(三千院方向)は傾斜がストンと下るのに対して、琵琶湖側(堅田方向)はなだらかな丘陵地が連なる。その丘陵の裾には、伊香立(いかだち)の名の付く農村集落が多数ある。伊香立南庄町、伊香立向在地町、伊香立生津町、伊香立下在地町、伊香立上在地町、ならびに伊香立北在地町だ。これらの集落は近接している。そしてこれらより2kmほど東に(標高200m余の丘陵を隔てて)伊香立下龍華町がある。この7つの集落は和邇川の南岸だ。

 和邇川は西から東へ流れて琵琶湖に注ぐ。その対岸は比良山系だ。延暦寺の大霊園は和邇川の北岸にあるので、つまり比叡山系ではない。大霊園の少し西には伊香立上龍華町があり、更にその上流には伊香立途中町がある。これが伊香立の名が付く集落の最北だ。

 和邇川はこの集落の近くの途中峠から発している。この峠は、その北にある花折峠と共に鯖街道の難所だった(現在はトンネルあり)。このあたりもまだまだ大津市である。比良山系の最高峰武奈ヶ嶽(1214m)も、やはり大津市に含まれる。ただ流石に此処は大津市の北端だ。

 JR湖西線沿いを解説する。堅田駅を北上して真野川を渡り、更に和邇川を越えると和邇駅だ。そして蓬莱、志賀の駅を通過する。志賀駅の西に聳えるのが蓬莱山(1174m)だ。更に比良、近江舞子の駅を過ぎ、北小松の駅に至る。この先は比良山系が湖岸に迫っているので、JRはトンネルを通らねば進めない。それを抜けると漸く大津市を脱し、高島市に至る。この市の中心部は安曇川の下流域に広がっている。

 高島市の北部はマキノ町で、この町が湖西の北端である。そしてその東の長浜市に接している。長浜市とその南の米原市は湖北だ。米原市の南は彦根市で、これより南は湖東になる。ちなみに米原市の東は(小丘陵を挟んで)岐阜県の関ヶ原である。

 2020年10月22日に私は湖西紀行をしたのだが、この日に歩き得たのはその極く一部だ。JR堅田駅の西側の、約4km程である(写真1)。ちなみに堅田という町名は主に駅東側にあり、西側は真野町という。真野町の大半は農村部であり、住宅街はJR沿いの僅かである。むろん此度は、住宅街に用は無い。

 


【写真①】

       
 JR堅田駅西口に発する広い道路を真西に進むと、南北に伸びた(やはり広い)道路にぶち当たる。そのT字路を右折して僅かに歩くと、なんと…のっけからイタチの糞があった(写真2)。ビニールシートの上にだ。その太さからしてニホンイタチの雌のものと思われる。内容物は、外側を見た段階ゆえ良く分からない。ただエタノール液浸させたら、赤い色素が溶け出した(写真3)。おそらくアメリカザリガニだろう。

 

【写真②】

 

【写真③】

 更にその少し先のやはりビニールシートの上に、やや太めのイタチ糞を発見した(写真4)。内容物は昆虫だ。こちらは「少なくともニホンイタチの雌のものではない」としか言えない。speciesと性を特定するには、DNA分析をする必要がある。

 

【写真④】

 加えてそれより更に少し先のやはりビニールシート上に、柿の種子が入った糞を発見した。これはニホンテンのものだろう。これら3つの糞を発見した地の景観は、写真5に示す。

 

【写真⑤】

 そのあと、この地のイタチの生活痕跡のラインセンサスを行った。そしてイタチの糞を合計4個得た。歩いたルートは(前述のように)約4kmだが、その半分は「とてもじゃないがイタチの生活痕跡は出そうもない」景観だった。故に実質的な糞密度は、2個/kmだ。

 それと一カ所で足跡を確認した(写真6)。これもビニールシートの上だ。大小2パターンがあり、小さい方の足跡はニホンイタチ雌のものである可能性がある。その地の景観は写真7に示す。

 

【写真⑥】

 

【写真⑦】

 

 ニホンテンの糞は計1個だった。つまりこのspeciesの糞密度は0.5個/kmである。このspeciesはイタチと違って足跡の発見が難しい。

 先走って結論を先に伸べてしまった。以下は紀行文の体裁で、時間軸に沿って記す。

 のっけからの「ニホンイタチの雌のものと思われる」糞の発見は、昼12時の少し前だった。その道を更に(北に)200m程歩くと、真野川に出る。この川に架かる橋の北岸側の桁下に、やや太めのイタチ糞を発見した(写真8)。内容者は昆虫だ。これも、「少なくともニホンイタチの雌のものではない」としか分からない。その橋桁下の景観は、写真9に示す。

 

【写真⑧】

 

【写真⑨】

 真野川沿いに上流方向に歩きたかったのだが、そのように道が無い。草を掻き分けつつ歩くのでは、生活痕跡を発見出来ない。やむなく「川岸(南側)からやや離れている」舗装道を歩いた。

 このあたりの農村は前近代…というのは大仰にしても、「昭和の匂い」がある。例えば写真10のような建造物は、平成の時代以降はめっきり減ったように思う。そしてその近くに、「これ、ニホンイタチの雌なら利用出きるなあ」と思える土穴があった(写真11)。実際に使っているかどうかは、カメラを仕掛ければ分かるだろう。

 

【写真⑩】

 


【写真⑪】

 ただ少し気になるのは、草地を跳ねるバッタ類が少ないことだ。カエルやアメリカザリガニも見られない。アカネズミの巣穴らしきものも認められぬ。つまり餌条件がよろしくない。写真12の水路の底には細長く小さな貝が多数散らばっていたが、それを食べに来ている形跡はなかった。

 

【写真⑫】

 やがて真野家田町の集落に着く。その南端が、前述の「イタチの足跡を発見した」ポイントだ。更に少し進んで真野川を越え、更に50m程歩いて湖西高速道の高架下を潜った。そして国道477号線に出る。このあたりは真野大野町だ。

 そのまま国道沿いに進んで伊香立の集落を訪れようと思ったが、気を変えた。日没までには未だ時間がある。けれども天気模様が怪しくなって来たからである。それで国道沿いに再び高速道高架下を潜り、その東側にそして真野川支流の世渡川沿いの道を遡る。その先にあるのは真野佐川町という小さな集落だ。その上流には集落は無い。

 其処に行くために、世渡川に架かる橋を渡る。其処にイタチの糞があった(写真13ー14)。内容物は昆虫だ。これもやはり、「少なくともニホンイタチの雌のものではない」としか分からない。

 

【写真⑬】

 

【写真⑭】


 そしてみたび高速道高架下を潜り、またその西側に出た。舗装道の南側はかなり低くなっていて、其処には水田がある。そしてその水田の縁に放水路があるのだが、この水路がなかなか魅力的だ(写真15)。水深が浅く、そして流れが緩やかだ。両岸は護岸されているが、水抜き穴が開いている。ニホンイタチの雌ならば、出入り出来る口径だ。つまり、ニホンイタチ雌の居住条件を備えているのである。

 

【写真⑮】

 問題は餌条件だ。とりあえず今の季節は、この放水路にニホンイタチの餌となりうるアニマルはいない。此処がニホンイタチの繁殖サイトになりうるか否かは、「暖かくなった時にどうなるか」に掛かっている。その季節に川床にミゾソバ(等)茂り、そしてアメリカザリガニが集まって来るようならば…と期待したい。だがあまり過大に期待しない方が良いかもしれない。日本ではいま、アメリカザリガニは減少傾向に在る。滋賀県も、その例に漏れないからである。

 雨が降って来たので真野佐川町に行くことを断念し、帰ることにした。その前に、少しだけ森に入る。その中の小道に、アケビの実がぶら下がっていた(写真16)。中身は空だが、食べたのは鳥かもしれない。ただこのあたりの森は、アケビが多そうだ。農村集落にはカキノキが多く、どれもたわわに実を付けている。アケビと柿はニホンテンの秋の主食だから、とりあえずこの季節の餌条件は良さそうだ。ただそれ以外の季節のことは、何とも言えない。

 

【写真⑯】

 

 


 

ベルこのブログの筆者・渡辺茂樹が顧問として在籍するアスワットのHPベル

 

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