トルストイの寓話「人間にはどれだけの土地が必要か」のパクリであるこのテーマは、本ブログの第30話で一度論じた。元になるデータを多少変更し、いま一度考察する。第30話と同様に、「個体群を維持するのに必要な最小限面積」についての考察だ。

 動物(とりわけ哺乳類)の個体群を維持するのに必要な最小限の個体数を、50(性比1:1)と見做す。このことには集団遺伝学的根拠がある。その上で雌・雄の平均行動圏サイズを算定し、その積を求める。そして各個体の行動圏が重複しないと仮定すれば、とりあえずの「最小限面積」が求められる。むろん某か重複することも有り得るが、イタチは(ニホンもシベリアも)基本的にsolitaryの動物だ。そして、つがいを形成しない。

 ニホンイタチの行動圏サイズはいかほどか?。東英生(1988)は東京の多摩川でラジオテレメトリを用いて雄1頭を調査し、1ヶ月あたり35ha(1日あたりでは2ー11ha)と算定している。だがこれの値は、発信機装着の影響による「異常行動」と思えなくもない。以下に示す渡辺茂樹(2005)の調査報告と比較してだ。私もやはりラジオテレメトリを用いた。

 この調査は青井俊樹(北海道大学:当時)等との共同研究だ。調査地は和歌山県日置川町で、期間は1996年1月から1999年9月までの約3年半である。6年間勤めた聖母女学院という楽園を追われ、JKに「せんせいは教師に向いてないわ。学問の世界に戻るべきよ」という餞のことばを貰ってだ。

 この調査は、最後の8ヶ月は岸本佳子(当時奈良教育大学学生)のみが担当した。けれど岸本は、その結果をpublishすることなく研究者たることを止めた。よって私は彼女の未発表データも引用し、青井の了承を得て報告を書いた次第である。森本幸裕・夏原由博編「いのちの森:生物親和都市の理論と実践」(京都大学学術出版会)に掲載の、第3章第4節「都市のイタチ、田舎のイタチ」がその報告だ。

 この調査のフィールドである集落の田野井(面積約90ha)は、中級河川:日置川添いにある。この地には、シベリアイタチも(微妙に棲み分けしつつ)同所的に分布している。3年間に捕獲されたイタチの数はシベリアイタチは雄が18で雌が3、ニホンイタチは雄が27で雌はゼロであった。ただ、これら全ての個体で電波を追えたわけではない。

 得られたニホンイタチの行動圏サイズの平均は、1~3ヶ月あたりで約10haだ。なお複数個体を同時追跡した結果では、行動圏の重複は(皆無ではないが)少なかった。

 対してシベリアイタチの行動圏サイズの平均は、約20haだ。複数個体の行動圏の重複は、やはり少なかった。ただ、ニホンイタチとの行動圏が大きく重複する事例が時たまあった。全体(個体群)としては棲み分けしているので、興味深い事象である。だがそのことの意味は此処では論じない。

 ニホンイタチの雌の行動圏サイズは把握出来なかった。そもそもニホンイタチの雌は罠捕獲が難しく、雄の1~2割程度しか得ることが出来ない(添付写真は滋賀県田上山で捕獲した貴重個体)。然るに日置川町の調査では、1頭も得ることが出来なかったのである。

 シベリアイタチの雌は3個体得られたが、電波を追えたのは1頭のみだ。その行動圏サイズは約15haであった。

 未知のニホンイタチ雌の行動圏サイズを推定するために、体重性比を考える。まずはシベリアイタチのことから。

 シベリアイタチの雄の平均体重(ばらつき大)は、約700gだ。雌の平均体重(ばらつき小)は、約350gである。つまり雄の値は雌の2倍だ。然るに行動圏サイズの比は、雄は雌の1.3倍だ。つまりシベリアにおいては、「体重性差は行動圏サイズ性差の約1.5倍」ということになる。

 一方ニホンイタチ雄の体重(やはりばらつき大)の平均値は約500gだ。雌の平均体重(やはりばらつき小)は約150gである。シベリアイタチにおける「体重性差は行動圏サイズ性差の約1.5倍」のruleがもし適用出来るならば、ニホンイタチの行動圏サイズは約4.5haとなる。だがこの計算は、ニホンイタチでは成り立たないと私は考える。

 ニホンイタチ程に雌雄で体重が異なると、行動圏サイズがそれにシンプルに相関するとは考えにくい。雌雄の採餌習性が、かなり異なることが想定されるからだ。その結果、雌の行動圏サイズは4.5haよりも更に小さくなると思う。雌が滅多に捕れないのは、その故であるまいか?。

 ニホンイタチ雌の行動圏サイズは、他の研究者も報告していない。ただunpublishのものとして、藤井猛(東京農工大学:当時)の修士研究がある。多摩川で、1個体のみを電波追跡した。その結果は約1haである。未発表だが、現在のところこれが世界で唯一のデータだ。

 データとは言い得ぬが…大阪府箕面市における(私の)育児雌の行動直接観察結果も、この値を裏付ける。餌資源の分布状況と、帰巣までの時間からの判断である。

 以上のことより、2種のイタチの行動圏サイズをまとめる。ニホンイタチは雌が1haで雄は10ha、シベリアイタチは雌が15haで雄は20haだ。この値と冒頭に記した設定条件に拠り、「どれだけの土地が必要か」を以下に計算する。

 まずはニホンイタチ。

1(ha)  ×  25(頭)  +  10(ha)  ×  25(頭)  = 275(ha)

 次はシベリアイタチ。

15(ha)  ×  25(頭)  + 20(ha)  ×  25(頭)  =  875(ha)

 しかして「空き地」は要らないだろうか?。要ると思う。1年間ずっと同じ場所に居れば、餌を食い尽くす筈だからだ。そして、空き地にも餌はある筈だ。行動圏内の餌を食い尽くした後には、其処に移動する。そして其処に形成した新たな行動圏の餌を食い尽くした頃には、元の行動圏の餌資源が回復している。つまり、ヒトの「遊牧」のようなものですね。

 ちなみに野外での寿命は不明だ。だが私はいくつかの傍証から、2種共に最大3年、平均は1.5~2年と考えている。もしこれより長命なら、「必要な土地」も更に広くならざるを得ない。

 餌の種類は(棲息環境にもよるが)、ネズミ、両生類、爬虫類、魚、昆虫、甲殻類等だ。ニホンイタチは小型のアカネズミを好み、シベリアイタチは大型のクマネズミを好む。

 ニホンイタチの雌はミミズやクモも食べる。育児中の雌の行動直接観察事例があり…大阪府箕面市ではアメリカザリガニ、東京の多摩川では小魚が主要な餌であった。前者は私の調査結果で、後者はNHKが得た知見である。ネズミが主食であるという報告は、今のところ無い。

 空き地と遊牧の仮説は、日置川町の調査結果でも確かめられた。ひとつのシーズンを通して見ると、空地はかなり少ない。けれども各個体は平均で1ヶ月、長くて3ヶ月程でいなくなる。寿命はそれより長いのだから、これは遊牧的生活を暗唆していると言いうる。

 空き地がどれほど必要であるかは、現時点では何とも言えない。だがとりあえず、2倍すれば良いだろうと仮定する。ならばニホンイタチは550ha、シベリアイタチは1750haが「個体群維持に必要な最小限面積」となる。

 この「とりあえず」の仮説は、小島嶼における実例と照合して検証しうるだろう。それを此処では、ニホンイタチについてのみ行う。

 沖縄県座間味島(670ha)にはニホンイタチの国内外来個体群が存在する。この値は、私が算定した550という値にかなり近くて都合が良い。ただ鹿児島県トカラ列島の平島(208ha)には、やはり国内外来のニホンイタチ個体群が存在する。宮城県出島(268ha)と広島県生野島(226ha)には在来の個体群が確認されている。だがこの2つの島のニホンイタチは、「移入したという記録が無いだけ」かもしれない。「実際は国内外来」の可能性も、かなりあるように思う。

 これら面積が200ha台の島では、各個体の行動圏はどうなっているだろうか?。当然前述の値よりも小さく、そして重複度合いも大だろう。そして、550haを「最小限面積」とする私の仮説は誤りとなる。

 けれどそのように断定するのは、早計のようにも思う。シベリアイタチでの話だが、面積約90haの長崎県青島の個体群は崩壊した。私の踏査と、アンケート調査結果によるものだ。この個体群は高密度で各個体の行動圏は著しく縮小していたが、それでは持たなかったのである。個体群の持続の可否は、ある程度長い時間をかけて見守らねば分からない。

 ちなみにネットで「ニホンイタチの行動圏」を検索したら、「雄5ha、雌2haといわれている」という文章がヒットした。広島の大田川河川事務所の書き込みで、データの出典は記されていない。

 この数字を元に(行動圏が重複せず空き地は無いと考えて)計算すると、総面積は195haになる。つまり平島の208haでお釣りが来る。餌資源豊富な土地(平島がそうとは思えぬ)では、雄の行動圏サイズが(私が得た値の)半分になることはあり得ぬではないだろう。でも、雌の値は過大のように思う。それと、「空き地が無いようでは餌資源はいずれ枯渇する」と考える。その結果、やがて個体群の崩壊が起こることを予知する。

 私には火田七瀬(テレパス)の霊が憑いていて、しかも岩淵恒夫(予知能力者)の生まれ変わりであると自称している。ただ後者の能力は、さほどのものではない。現在の与党政治家のとてつもない堕落を、前世紀末には予知出来なかった。情けない。それでもなお私は、命ある限り予知をし続ける。和製カサンドラでありたく思う。

 

害獣防除専門業者アスワットのサイトです!
イメージ 1