まあこんなもんでしょう、試験というものは
先日、下の娘の医師の国家試験がありました。幸運(?)にも、実家(要は私の家)の近くの会場ということで、送り迎えと弁当作りという責務が・・・ww
初日、帰ってきたときの娘の様子がいつもと違ったんです。まあ、気丈にふるまってはいるものの、落ち着きがなく・・・
聞いてみると、大きな失敗をしたところがあるとか。普段なら「明日挽回すればいいわ」で済ませる性格なだけに、よほど深刻だったんでしょう。周りに慰められ、心配され、大変だったようです。ところが・・・
その晩の解答速報が出たとたん、「95%超えてる・・・」(だいたい平均が80前後、合格レベルが70前後らしい)。
以前にもあったんです。某医学部受験専門の塾の校内模試。東大の医学部受験生のほとんどが受験するらしいその試験、下の娘はやはり「思ったようにできなかった」と落胆して帰ってきました。
結果は・・・・なんと一位!!ご存知の方ならわかるでしょうが、まぐれで取れるものではありません。まあ、この時も周りからいろいろ言われたそうでww
今回も同様なので、心配してくれた仲間に言うなよ、とくぎを刺そうとしたら、さすが上の娘、LINEで「他人に言うたらあかんで!」と。
試験って、だいたいできなかったところがわかっていると良くできているものです。なぜなら・・・
得点が稼げている状態だと、正解している問題の記憶はほとんどなく、できなかったところだけが記憶に残るからです。ですから、試験直後に、
「できた、できた」
「まあまあかな」
「やれることはやった」
などという感想の方は、間違いなく落ちています(笑)。できたところが記憶に残る=できなかったところが多い、ということです。周りに受験生がいたら、その日の感想で出来不出来がわかってしまうという怖い(?)お話でした。
じっくりと考えれば・・・ww
コロナのおかげか、今までもしかしたらまともなのかな、と思わされている団体であっても、その本性がとんでもないことが露見する機会が増えているように感じます。特に顕著なのは、悪名高い協会ビジネス。
多くは、著者や講師が理事をしているんですが、今回のコロナ禍、講演依頼がなくなっても理事連中だけはピンピンしています。なぜなら、会員と呼ばれる信者から会費というお布施をもらっているからw。
私も、協会を設立した多くの方を知っています。彼らの多くは、「安定収入の柱に」と言われていました。某自由業と同じで上納金は蜜の味なんです。いわゆる不労所得ですから。
どれだけいい格好しても、どれだけ高尚な理念を掲げようとも、根は上納金制度です。私がセミナーを聞いてあきれた以下の体験談でも容易に理解できるかと思います。
東京で某有名著者のセミナーに出ました。集客やマーケティングに関するプロとのこと。
そこで、「どうすれば百人集められるか」をグループ討議させられました。いろんな意見が出たのですが、主催者の結論は・・・
「要は、集められる人とコラボすればいい。例えば私と。」
つまりは、その方の舎弟になって貢げばいい、という結論。もう笑ってしまって。誰かに引き上げてもらわない限り、上のステージには行けないそうです。まあ、力のない者が良く言う言い訳。でも、悪魔の言葉なんです。すぐに同意したがる方が増えるので。
そして、高額の合宿セミナーとかに参加させられて、後任の指導者になったら、同じ手法で儲けてください、という手法。あれ?何か聞いたことがあるような・・・
そう、ねずみ講と全く同じ構造ですよね。親から子、子から孫、・・・。ただ、残念ながら、そんなちんけなコンテンツを必要とする母集団は小さいですから、ほとんどが自滅。儲かるのは設立した理事だけというのがほとんど。まあ、引っかかるのが不思議です。本当にすごいノウハウがあるなら、理事を超える人がどんどん出てきて当然でしょ?そういうのを聞いたことがありませんww
見分けるのも難しいですが、会員数次第で会費が月3千円以上ならまあ理事だけ儲かる仕掛けでしょうね。損益分岐点が月2千円あたりでしょうから。バックエンドに高額セミナーがあれば、残念ながら黒100%ですww
そこは彼らも考えていて、「あなたは特別会員です」なんて言われて月1万から払ってニコニコしている方もいましたっけ。頭痛がしましたがww 貢ぐことを、彼らは「自己投資」と言い換えることが多いようです。どうぞお気をつけください!ww
一日遅れですが・・・
1・17
やはり当日のことは何年経とうが思い出します。過去、あそこまで揺れたことはありませんでした。先日の北摂地震なんてかわいいもの。あの時は時間が止まったような感覚に襲われました。
とにかく退路を確保と、ドアを開けました。うちは、あっさりと開き、周りもそれほどあわてる雰囲気もありませんでした。
しかし、テレビを見れば、見慣れた町のあちこちから黒煙・・・。異常事態というのは、突然のことでなかなか受け入れられない者であることを知った瞬間です。
実家の芦屋の近くでは高速道路が落ちている・・・電話は当然のごとく通じない。翌日、救援物資をリュックに積めて現地を訪れた時の衝撃は・・・
家が片っ端から潰れている。マンションも傾いている。橋が通れない。昨日までの日常は一瞬で消し飛んでいる。
言いたいのは、平凡な日常って一瞬で消え去り、事実が突然突き付けられるということ。これを意識しているか否かで日々の過ごし方が変わります。
今回のコロナ禍。誰も想像していません。霊感だの、宇宙だの、言っているならコロナを予見でもしてみろ!誰もいないんだから、「あなたの未来が見えます」なんていうのがすべて嘘だと露見したことになります。
今まで、普通に騙されていたことが、はっきり嘘だとわかる瞬間、人は「いやそんなことはない」と自分が信じていた嘘にしがみつく傾向が強いそうです。事実を事実として受け止める準備ができていないからでしょうね。
今回は、胡散臭い連中の真相が、本当に明白になりました。きれいごとを並べていただけの薄っぺらい連中は、それが明らかになっちゃったんです。
だからこそ、そんなものにしがみつく前に、おかしいものはおかしいという小さな勇気を持ってほしい。それこそが、人として自立する第一歩だと私は思います。