豪雨災害の後遺症
10月始めに襲った熱帯性低気圧スタンから2週間が過ぎようとしているが、現在でも避難生活を余儀なくされている人が、火山湖アティトラン湖周辺を中心に5万9千人以上いる。504ケ所の学校や市のサロンを使って避難所にひしめき合うように生活をしている。
死者及び行方不明者1,513人、被災者数44,1431人と莫大な被害をもたらした。
また主要産物であるとうもろこしやじゃがいも、にんじんなどの野菜を栽培する農場、家畜などの牧場も大打撃を受け、野菜などの値段も高騰している。
土砂崩れも各地で起こっていて、復旧作業を進めているが、写真のような状況で、迂回道を通って、移動を余儀なくさせられている。一部片側通行のところも、1時間近くも待たされる。。
パキスタンの大地震のように交通網が遮断されたところは、救援物資などの食料も届かない地域もある。
グアテマラが復興し、立ち直るまでには時間がかかりそうだ。
グアテマラ豪雨災害後の道路状況
熱帯性低気圧「スタン」による豪雨災害は各所で大きな爪跡を残した。
1週間以上たった現在でも、まだ各地で土砂崩れ、橋の決壊、がけ崩れの被害で、通行止めのところがある。
現在、通行止めの主要道路は「首都グアテマラシティよりパナハッチェルやチチカステナンゴへ向かう手前の107KM地点」。昨日、土砂崩れがあり、通行止めになった。
今週の水曜日にようやくソロラから観光名所のパナハッチェルへの道が1週間ぶりに開通したかと思うと、その2日後にまたまた違う場所で土砂崩れ。現在、チチカステナンゴ、パナハッチェルへは月曜日までシャトルバスも運行を見合わせている。道路開通は、来週の月曜日と言われているが。。。?
また昨日、グアテマラ・シティよりケッツァルテナンゴへの幹線道路CA1がようやく開通。ナワラ付近で大きな崖崩れがあり、10日間近く封鎖されていた。大勢の軍隊が堆積した土砂や泥を退けて、なんとか開通。
来週から日本政府ODA広報番組「仲村トオルの地球サポーター」の取材・撮影隊が来るのだが、道路状況が大変心配だ。特に日本の草の根の援助は、地方の村のそのまたド田舎な集落に供与されている場合が多いので、そこまでの道路状況は悲惨なものと予想される。月曜日に道路状況の確認を含め、下見に行ってくる予定だ。
熱帯性低気圧スタン
先々週より降り続いた雨もようやく峠を越した。本当にこの世の天気は雨しかないのか、、という天候だった。
熱帯性低気圧「スタン」が居座って、中米に莫大な被害をもたらした。その中でもグアテマラは1,000人以上の死者を出し、未だに土砂の中に埋もれている人たちがたくさんいる。7年前のハリケーンミッチよりも被害が大きい。
幹線道路は遮断、観光地のパナハッチェルへも現在、土砂崩れのため通行不能。
幸い10月は観光客が一番少ない時期なので、旅行者への被害はないとされているが、火山麓に住む住民が被害にあっている。村ひとつが一瞬にして、早朝に土砂に埋まり、12mもの土砂が堆積しているという。
自然の猛威にはなすすべがなく、ただ自然災害が過ぎ去るのを待つしかない。
また今回被害の大きかった地域の太平洋側の街や山岳地帯は、野菜や穀物の宝庫である地域で、今回の豪雨被害で、完全に農作物にも被害が及び、今後、野菜や穀物の値段が高騰すること間違いなし。
また救援物資を運搬する車が強盗に会うという被害も何件も報告されている。そして極めつけは、この混乱に乗じて、被災地で大きなタンクの水を通常Q13のところ、Q40で売り出すという、非情な輩が続々とでてくる。また携帯電話のカードを通常の3倍、4倍の値段で売っている奴もいる。大統領が不当な値段をつけている輩を見つければ、通報し、逮捕する。。とのコメントを出している。
災害という後には、さまざまな人間模様が出てくる。
わが日本食レストランの従業員2人の家も、床上浸水で、泥が家にはびこり、使っていたものをほとんど捨てなければならないという悲惨さに見舞われた。一度泥を家から撤去した後、無常にも雨が降り続き、また泥が家に押し寄せてきて、従業員の一人は過労と心労で倒れ、病院に一日入院となった。取り急ぎ毛布と服を提供したが、まだまだ足りないものばかりだ。
自然は容赦ない。。
大雨のためレストランも閉鎖
今日も朝から風を伴った雨が夕方まで降り続く。もう5日間雨が降り続いていることになる。
あちこちで土砂崩れが起き、川が氾濫し、市の施設に避難する人もいる。この台風で、今日、人事ではないことが起こった。
我が経営する日本食レストランのコックと従業員がホコテナンゴ市(アンティグアの北の町)のサン・イシドロという同じ町に住んでいるのだが、近くの川が増水し、道は大きな川と化し、家から出れない状況だと連絡があった。家も浸水しかけているというので、なんとか裏山まで勝手口から避難したという。そんな状況で、店に出勤することもできず、3人の従業員のうち、2人が来れないというので、結局、今日は仕方なく店を閉めることにした。
アンティグア市内は別として、ちょっと郊外に行くと、インフラ整備がしっかりしておらず、雨が降り続いただけで川が氾濫し、未舗装の道も泥川となって、人々の生活を脅かす。
写真は太平洋側の町で住民を避難させるレスキュー隊の様子(プレンサ・リブレ紙より)。腰まで雨水というか泥水に浸かっている。
我が家は犬の散歩ができず、また洗濯物が乾かない!と隣で嘆いているだんなを見ていると、店を閉めたための損失も関係ない商売っ気のないだんなは、平和だと思ってしまう。
中米大雨・土砂崩れ警報
今、グアテマラやエルサルバドルはTROPICAL STAN(熱帯性低気圧スタン)の影響で、特に太平洋沿岸側の町では、大雨による土砂崩れや床上浸水などの被害が相次いでいる。
現在、この熱帯性低気圧は、メキシコ湾に停滞していて、先週の土曜日あたりからずっと風を伴った雨を降らせている。写真はグアテマラの太平洋側に近い町の様子(シグロ21紙の写真)。もう道路も腰以上の水が溜まっていて、歩くのも困難な状態だ。
エルサルバドルでは土砂崩れに巻き込まれて死者が30人以上でたそうだ。グアテマラでも現在、死者は3人だが、これからも被害は拡大しそうだ。
グアテマラでは雨季でも午前中は晴れていて、午後になるとスコール性の雨が降りだすケースが多いのだが、今回の熱帯性低気圧は朝から晩まで途切れることなく降っている。
首都近郊にはバランコと呼ばれる山の斜面を利用してバラック風の掘っ立て小屋がびっしりと建っているが、政府が避難勧告をだしても、住民は自分の住処であるバランコから離れようとしない。そのため、土砂崩れが起こると、ものすごい被害の数になってしまう。
日本で添乗員をしていた時にバングラデッシュを訪れたが、その際も国土の50%以上が雨季になると水浸しになると聞いて驚いたが、ここも似たような状況だと感じた。
被害が大きくなる前に、早く熱帯性低気圧がどこかに消えていってほしいと願う。
週末を利用してちょっとグアテマラへ。
メキシコの旅行会社からの紹介で、この週末、メキシコ在住の日本商社の方々6名様がグアテマラ小旅行に来られた。
「週末を利用して、ちょっとグアテマラへ」という感じで、2泊3日の旅。
金曜日、仕事が終わって、夜のメキシコ発グアテマラ行きのメヒカーナ航空を利用し、翌日の土曜日はティカル遺跡1日ツアーにご参加(早朝5時にホテル発!)、土曜日の夜は古都アンティグアの修道院を改装した雰囲気のあるカサ・サント・ドミンゴホテルにご宿泊され、日曜日にアンティグアを見学され、夕方の便でメキシコへ戻っていかれた。
メキシコからグアテマラまで飛行機で2時間。日本のちょっとした国内線の感覚だ。
日本からは週末を利用してちょっとグアテマラへ。。。。なんて、往復の飛行時間だけで時間がとられてしまうので不可能だが、こうしてアメリカやメキシコから週末を利用して、グアテマラのハイライトを旅行することは十分可能。
メキシコやアメリカ在住の皆様、是非、週末を利用して、マヤ文明の国、インディヘナの国グアテマラへ小旅行にお出かけになりませんか?
(写真はマヤ最大の遺跡ティカル遺跡の2号神殿前で説明するローカルガイドさん)
我が家のお手伝いさんジャネット
今日は我が家のお手伝いさんのジャネットを紹介したい。
ジャネットは現在16歳になったばかり。午前中、我が家の掃除をしてもらっている。
午後は今年から小学校2年に行き始め、今は飛び級で小学校3年生になった。家庭の事情で姉妹3人と姉の子供1人の計4人で暮らしている。小さい頃は小学校に行くお金もなく(公立は授業料は無料だが、教科書やノート代など結構出費は多い)、昨年6月から我が家で働き始めてからようやく収入を得、学校に行き始めた。
自分より8歳以上も歳の違う小さな子と机を並べて、日々勉学に励んでいる。グアテマラではこのように年齢の離れた子供達が一緒のクラスで勉強していることが多い。家庭の事情で勉強したくてもできなかった分を取り戻す為に、ジャネットは日々頑張っている。
働きぶりも、気立てもよく、正直もので、本当に助かっている。
読み書きができるようになったら、イツモトラベルの従業員として働いてもらいたいと思っている。
ジャネットはグアテマラ人からも目が細いので、「チニータか?(中国人か)」と聞かれることが良くあるそうだ。日本人からも日本人と間違えられることもある。
グアテマラでは、お手伝いさんに家の物を盗まれたり、サボったりして苦情をいう家庭が多い中、彼女は貴重な存在だ。
アンティグアは恋の街
アンティグアは「恋の街」といっても過言ではない。
様々な国籍の老若男女が集まり、スペイン語学校やサルサ教室でマンツーマンで先生より授業を受け、出会いも多い街だ。
よくあるパターンとしては、スペイン語学校の先生(グアテマラ人)と生徒(外国人)のカップル、そしてサルサ教室やサルサ・バーで知り合ったグアテマラ人の男性と外国人の女性のカップル。
日本人の一人旅の人もこのパターンで結婚したり、彼または彼女を日本に連れて行ったり、、と様々なドラマがある。
私の友達の女性も30歳以上年下の彼(20歳そこそこ)と付き合っている。日本へ連れて行くにはどうやったら経由国の査証を取れるかなど、頭を悩ませている。日本人の私たちは「日本」というパスポートのお陰で、どこに行くにも問題なく無査証で入国できたり、また査証を取得するのも簡単だ。「日本」という国のありがたみがひしひしと実感できる。
その点、グアテマラ人はどこの査証を申請するにも、やれ銀行の残高証明を持って来いだの、就業証明書を持って来いだの、往復の航空券を持って来いだの、、まるではじめから疑われている人物扱いだ。
話は飛んだが、グアテマラ人と日本人のカップルもアンティグアでは多く誕生しているが、どこまで上手くいっているかはわからない。よくグアテマラ人の男性はマッチョで、女性に暴力を振るうなどと話を聞く。グアテマラ人の女性と日本人の男性のカップルは比較的上手くいっているケースが多いようだ。
ともかく私は全くグアテマラ人の男性から声もかけられたことがないので(8年も住んでいて、よほどグアテマラ人にもてない!あ、日本人にも。。いつもガニ股で鼻息荒く歩いているからかも。。。)、グアテマラ人男性のことは幸か不幸か、深くは知らない。たまに他の日本人女性と一緒に歩いていると彼女の方には声がかかるが、私には全くもって関心なし!といった感じだ。おかげで旦那ひとすじ?。そういう私も旦那とはアンティグアで知り合って結婚したのだから、アンティグアは「恋の街」というのも頷ける。
グアテマラのタイル工芸
グアテマラといえば、お土産にコーヒーやグアテマラのカラフルな色彩の織物を買って帰る人も多い。
でも、まだ知られていないとっておきのお土産がある。グアテマラの職人が手作りで作ったタイルだ。グアテマラはスペイン植民地時代に、タラブコ焼きの技法が伝えられ、それからスペイン風の焼き物が作られるようになった。
写真のタイルは1枚4ケッツァル(日本円で60円ほど)で買える。1枚のタイルをコースター代わりに使うことも出来るし、日本の家を改築中、または家を購入する方は、台所や洗面台にグアテマラの手作りタイルをはめ込むと、コロニアル様式の雰囲気のある内装になる。
問題は割れやすいので、日本まで持ち帰るのが大変なこと。
先日、このタイルをたくさん買われたお客様がおられ、他にも購入されたアイアン家具と一緒に、貨物便で日本へ発送した。そのお客様は、近々引越しされるそうで、新居にご自身でデザインを注文したタイル(デザインの注文も可能)を飾って、内装を楽しむのだそうだ。
グアテマラの素朴であたたかみのあるタイルを輸出販売できないものかと思案中だ。
マリンバを日本へ輸送
8月にツアーで来られたお客様が、名古屋で民族楽器博物館を開いていて、その方がチチカステナンゴで見かけたテコマテ(ひょうたん)マリンバをどうしても忘れられず、日本へ輸送して欲しいということになった。
そこで、早速チチカステナンゴのお店へ連絡。チチカステナンゴでマリンバを作っている家族一同が、マリンバを車の上に紐で結んで遠路遥々アンティグアまで持ってきてくれた。早速、彼らの跡取り息子がマリンバを弾いてみせてくれた。ひょうたんから響く素朴な音色は、グアテマラの音色そのもの。グアテマラの国の楽器として親しまれているマリンバはどこの村にも必ずあって、お祭りやお祝い事の際、必ず登場する。
このマリンバを海外へ輸送するのは、なかなか大変な手続きが必要だ。まず、フミガシオンといって、木の部分を全て消毒をしてその証明書を発行する。そして、森林伐採などをやたらとしていませんよ。。という環境庁への申請をして、その許可をもらい、そして通関へ。通関では、このマリンバは骨董品ではなく、また販売用でなはく、日本の博物館に展示するものですよ。。という書簡を作成し、そこでようやく輸送完了となる。なんだか面倒な手続きだらけのグアテマラだが、無事マリンバが名古屋の博物館に届くことを祈る。








