日々つれづれ -28ページ目

日々つれづれ

はづきのアタマの中。


昨日のコンサルから一夜明けて。


なんて清々しい朝なんだ!!!


と感じたのは言うまでもなく。



「すべては、飾り付けだったのね」
これに気づかせていただいたことで、
今までのことがすべて腑に落ちたので、
なんだか、手と足についていた重すぎる錘が一気に外れた気分。


大好きで楽しくて無くてはならない石けんづくり、
気楽な気持ちで使ってるアロマ、
私自身が大好きで、たくさんのママに教えたいハグモミ、
作りたいから作った子育てフリーペーパー、


それらは、やりたいからやってるだけだったのに、
そこに「稼ぐ」を絡めるから辛かった。

「稼ぐ」を取っ払ってみたら、
気持ちが軽くなって、
心から楽しんで取り組める気がしてきた。

もっと自由に、やりたいようにやる。



そりゃね、
アロマにしてもハグモミにしても、
資格取るのにはお金がかかってる。

でも、私はそれをやりたいからやっただけ。

それで稼ごうとかまったく考えてなくて、
ただ、知識を得たくて、
その手段がたまたま資格取得だった。それだけ。


だから、
「その資格取得費用を回収せねば!」
とか、

いやいやいや、わたし的には違うし。

もちろん、そういう考え方の人もたくさんいる。
「私の知識はタダじゃない!」ってね。
それはそれで至極まっとうな考えだとは思う。


でも私はそうじゃない。

自分が知りたいから学んだだけ。

もちろん、教えてと言われたら教える。
必要な金額はいただく。
経費はかかるからね。
さすがに赤字は困るしね。

でも、そこで「稼ごう」としちゃうと、
途端にすべてが苦しくなる。


だからそこは完全に切り離す。

切り離すことでラクになるのなら、
そりゃその方がいい。


周りがどう思おうと、
私は私のやり方でやればいいんだし、
あえて苦しい思いしなくても、
楽しいやり方があるならそうすればいいんだ。


切り離してみたら、
楽しくなってきた。


素直に「やりたい」気持ちが湧いてきた。


それでよかったんだね。

ブログも自由に書いて、
好きなようにアロマや石けん作ってた、
あの楽しいだけだった数年前に戻った気分。




つけようとしてた「飾り付け」、
ほんと重かったー!

飾り付けを通り越して、完全武装の大きな鎧になりかけてたよ…


ああ、
身体の横を吹き抜ける風がこんなに気持ちいいなんて(笑)


これからは、もっとシンプルで可愛い飾り付けをしよう♡



コンサルでも言われたけど、

「これからそのやり方でやっていって、
また状況が変わればその時考えればいいからね。
状況は常に変化するものなんだから」


柔軟に、柔軟に。

自分に正直に。

欲望に正直に。

私は私。

どこにいても、私は私。

ありのままの自分を認めるって、こういうことなんだ。

今まで、周りからどれだけ言われてもピンとこなかったこと。
やっとわかったよ。



というわけで、まとめ。


私が今やることは、


遊ぶお金を稼ぐためにパートを探す、


です。


とりあえずやってみて、
大変になってきたらやめればいい。
なのでまずはやってみればいい。

そして、遊びたいことで遊ぶ。
自分の稼いだお金をのびのび遣う。

そうするときっと、次の展開が見えてくる。

そのときに、やっぱり特技で何かやりたいなあってココロから思ったら、
そしたらまた考えればいい。


それまでは、特技や趣味は、
これまで通り楽しむ程度で。



すんごいシンプルな答えに落ち着いた!!!



起業したかったのはただの飾り付け、とか、
かっこつけたいだけ、とか、

それに気づいたことで、
今まで動けなかった理由が一気にわかりました。
そりゃ本気で動けるはずがない!
そりゃすぐに凹むはずだ!




というわけで、長くなりましたが、
終わりです。


今後も、思い出したことやあらためて気づいたことがあったら、
ここに追記編集していきます。


とりあえず、
忘れないうちにだだーっと記しました。

私の備忘録なので、
雑多な文章ですみません。



続きです。


【3】敏感な上に、情報処理能力が高すぎる

これは自分では全然気づいてなかった。


私は大学卒業後、新卒でIT企業に入って、
システムエンジニアとして10年ほど働いていた。

その「SE脳」が染み付いて、
何事もそういう視点で見てしまっているらしい。


情報処理能力が高いから、
どんどん情報を得ては、ひたすら処理してしまう。
高性能のCPU積んでるようなもの。

でも、ずーっとそれやってるから、
そこにばかりエネルギーを取られてしまって、
どんどん本質が見えなくなってしまっている。

加えて、普通より敏感なところがあるので、
それらの情報に振り回される。

そりゃ疲れるに決まってる。


私に必要なのは、ズバリ、鈍感力。


あと、SE的視点で見ると、
田舎というのは正直、

「無駄とバグばかり」

ぜんぜんスタイリッシュでもスマートでもない。

だから、それらがとにかく目についてしまって、
なんとかしなきゃー!とイライラする。

これ、SEの職業病。


だけど、田舎とはそういうもの。
それがいいとか悪いとかではなくて、
それで成り立っている。

そこに、都会のやり方を持ってきたって、
決して根付かない。
所詮「輸入物」だから。


無駄もバグも、必要なもの。

むしろ、「暮らし」というのは、
無駄があったほうが落ち着く。



上記のSE脳は、強みでもあるし弱みでもある。
それがいけないわけじゃない。
ただ、そういう見方をする傾向がある、
と知ってるだけでも、
物事の捉え方が変わってくるはず。



まだまだ続く…



続きです。


問題の二つ目。

【2】自分の本質を見失っている

について。



「天野さん、
『今の自分は本当の自分じゃない、仮の姿だ』って思ってますね」
と言われました。

「本当は都会が大好きで、都会でかっこよく生きていたかったのに、
なんでこの私が岡崎の田舎に引っ込んでなきゃいけないの?
ここは私のいるところじゃない!」

…って思ってるでしょ?と。



うわー!うわー!うわー!Σ(゚Д゚)


ず、図星!



でもそれは違う。

人の本質というのは、
どこにいても変わらないもの。
東京にいようが岡崎にいようが、
その人の本質は変わらない。


「東京にいる自分が好き」というのは、

東京に「光らせてもらっている」自分がいい、ということ。
それは本来自分が持つ本質ではない。
「光らせてもらっている」だけなのだから。

本来の街の豊かさは、そこに住む「人」にある。

私の好きな「都会」というのは、すべて作られた豊かさ。
もしそれらがなくなってしまったら、どう思うか?


もちろん、東京は楽しい。
名古屋にないものがたくさんある。

でも、それだけ。
どっちがよくてどっちが劣ってるとか、そういう話ではない。


渋谷ヒカリエを見て、
「すごーい!さすが都会!そんなところにいる私って素敵♡」
とか言ってるようでは、まだまだ自分の本質がわかってない。

「まあヒカリエなんてこんなもんだよね」
と冷静に見られるようになれば、
私もなかなかのもんになったな、ということ。


今のままでは、
どこに住んでも、
自分が自分じゃないような感じは変わらない。


都会という飾り付けをつけた自分を、

「それが本質」

と思うのは、それは違う。


どこにいても、私は私、のはず。


都会が好きでも構わない。
岡崎に染まる必要もない。
無理に好きになる必要もない。


だって、私は私、なのだから。


自分の欲望に素直になること。

本当の気持ちにフタをして、
あれやこれや言い訳を正当化しないこと。


家族だって、100%好きなわけじゃないよね?
でも、家族だし、ってことで丸ごと受け止めて暮らしてるよね。
住む場所だって同じこと。
それが「ホーム」ということ。



長くなったのでまたまた次に続く…

続きです。

じゃあ、なぜそんなにお金がほしいのか?


私は、都会でお金を使うことで、

「私は都会の女よ」

という飾り付けを得ている!


東京に行くのもそう、
名駅や栄で買い物をするのもそう、


都会と接点を持つことで、

「私は田舎者には染まらないわ」

と思っている!!!

(これ、【2】の問題にも通ずるんだけどね)



かっこつけてるの!!!




でも、別にかっこつけることは悪いことじゃない。

いくらでもかっこつければよい。
それも大きなパワーになるから。

でもそれは、

自分を彩るための「飾り付け」に過ぎない、

ということを理解することが大切。

自分の本質ではない。


飾りつけた自分=自分の本質

と思ってると、それはよろしくない方向にいってしまう。



まだまだ続く…