日々つれづれ -25ページ目

日々つれづれ

はづきのアタマの中。


タイトルのとおりです。

育児苦手です。
子供との接し方がよくわかりません。

子供と一緒に遊ぶ、というのがうまくできません。

一緒にお絵かきするとか、積み木やるとか、公園で遊ぶとか、
ほんとできません。


例えば、
子供のやる気を出させるテクニックとか、
トイトレテクニックとか、

そういう「親の工夫の力」が必要なものも本当に苦手で、

なんでそこまでして知恵を絞らないといかんのだ、めんどくさい、

とか思っちゃう人です。


そして、そんな自分に常に罪悪感を抱いていました。

こんな私、母親としてどうなの?と。


なので、
息子の発達がグレーゾーンと言われた時、
自分のことをものすごく責めました。

ああ、やっぱり私がちゃんと接しなかったからダメなんだ、と。

かなり長い間、自責し続けてました。



でも、最近ふと思いました。

私は確かに育児が苦手。
でも、目の前にいる息子はどう育ってる?


あまり病気もせず、いつも元気。
体格も普通。
よく食べよく寝てちゃんと出す。

とても優しい。
笑顔が素敵でいつもニコニコ。

グレーゾーンと言われてたけど、
幼稚園の生活は何にも問題なく送れてる。

「おかあさん、おかあさん」
といつも甘えてくれる。

私が抱っこすると、安心して寝る。


とにかく、
普通に育ってる。


目の前のこの息子の姿が、答え。


私は、ちゃんと母親してる。
育児苦手だけど、息子は育ってる。
私のこと、心から信頼してくれてる。


それでいいじゃん、って思いました。


私、できてるよ。大丈夫だよ。


私が一緒に遊べなくても、
代わりに旦那が遊んでくれるし、
幼稚園に行けば先生や友達が遊んでくれる。


知恵を絞ったり技やテクニックを駆使したりしなくても、
子供のやる気が出たタイミングさえ掴めば、すんなりできたりする。


あれこれ悩んで本やネットで調べてた頃は、
目の前の息子をちゃんと見てなかったんだなとも思う。



育児苦手なくせに子供産んで母親になっちゃったけど、

子供を愛する気持ちさえあれば、大丈夫なんだね、きっと。



そんなふうに思えるようになってきました。





最近、「時短勤務」にてFacebookに顔出すようになったら、
やっぱり心の平穏が脅かされてしまった、はづきですこんにちはガクリ

そして、昨夜、
大好きな人(女性だよ)に、


「中二病になってしまいましたーーー(/TДT)/」


とメールで泣きついたら、


「がんばってみんなに好かれようとしなくても大丈夫ですよ!
天野さんを大切に思ってくれる人や、天野さんが大切にしたい人と一緒にいてくださいね!」

「どんどん新しい人と出会わなくても、
天野さんには旦那さまと息子くんがいるじゃないですかドキドキ



ああもう、やっぱりこの人大好き≧(´▽`)≦ラブラブ

息子を通じて知り合った人だけど、
本当に一緒にいて心地いいし、楽しいし、大好きラブラブ(公開告白(笑))




そう、本当に欲しいもの。


私、ずっとお金が欲しいと思ってて、
お金があればたいていのことは叶うと思ってて、

それはきっと、
子供のころ、家がビンボーだったがゆえに、
自分の望みをことごとく却下されてきたからだと思ってる。

高校生になって、働けるようになってからは、
自分で働いて、お金を得て、
そのお金で自分の欲しいもの買ったり、行きたいところ行ったりするようになり、

ああ、お金があるって素晴らしい!
お金があるとこんなに自由に動けるんだ!


と思うようになった。


だから、とにかくお金が欲しくて、
お金が足りない生活はほんと嫌で、

会社辞めて自分の収入がなくなってからは、ずっと悶々としていた。

かれこれもう何年になるだろう?

うん、つい最近までそう思ってた。

だから起業系に走ろうとしたり、
できない自分にイライラしたり、

「月に○十万稼いだ☆」なんて記事を見ると、
イライラ悶々うらやましい・・・なんて思ったり。



・・・でも最近、ふと気づいた。

あれ?
私、本当にお金が欲しいんだろか?

そりゃ、お金はないよりはあった方がいい。

でも例えば、
いま私が20万稼げてたとして、
それで私は満たされるんだろうか?

・・・きっと満たされないと思う。

今度は30万欲しくなると思う。

そして、30万稼げても、今度は50万欲しくなると思う。
100万になっても、1000万になっても、同じことの繰り返し。


そういえば、8月に受けた柴田朋子さんのコンサルでも同じことを言われた。




そんなことを考えてたら、

「月○十万稼いだ☆」とか書いているキラキラ女子たちのことを、
別になんとも思わなくなってきた。


だって、お金があっても満たされないことは、
実は私はわかってるから。


いや、誤解のないように書いておくと、
やはり、お金はないよりはあった方がいい。
生活のゆとりは心のゆとりだから。

ギリギリの生活になるくらいなら、
とにかく働いてお金を得た方がいい。

でも、ある程度の生活のゆとりがあった上で、
「月○十万稼いだ☆」というのは、
実は何の意味もないのであろう、と思う。


お金は、手段であって、目的ではない。




いろんなことに気づき始めて、
最近の私は、とても生きやすくなってきた。

いや、最初に書いたように、
昨日はココロ乱されていたけど、
それはFB見ちゃったからいけないのであって、見なければいい話。


私は、

いいお天気の中、がっつり洗濯できて、おうちをキレイに掃除して、
ああよく動いた、と、ネスプレッソ淹れてひと息ついてる、
という時間が本当に幸せなのだと、
最近ようやく気付いた。

「ああ、お金欲しいーーーーー!!!」
と言っていた頃は、日々の幸せを全然見てなかったなあ~。







息子と接していて、
私がどうしても感情を抑えられなくなるパターンが、2つあります。

「やりたい(やりたくない)」でギャン泣きする時

夜中、湿疹が痒くて起きる時



について、

お菓子食べたいとか、歯を磨きたくないとか、
着替えたくないとか、テレビ観たいとか、

3歳児の欲求なのでその程度のことなのですが、
私の希望と真逆の欲求を出されると、
最初は穏やかに接するものの、
やはり最終的にはイライラして、
必要以上に怒ってしまいます。

そして、ギャーギャー泣きわめくので、
「うるさい!」と声を荒げてしまう私…
んでさらに泣くという悪循環…


については、
夜泣きの「痒い」版みたいな感じで、
夜中に何度も起きては、痒いと泣きます。
アトピーなのですが、
いろいろ調べた結果、薬をなるべく塗らない選択をしているので、
そこは親子とも辛抱の時だとはわかっているのですが、
やはり毎日夜中に起こされると、正直かなりキツいです。
寝不足が続くと、
イライラして「またかよ、勘弁してくれよ…」と、痒がる息子に当たってしまうことも。



そして、どちらの場合も、
思い出すのです、昔の私を。


高校の時、嫌なことがあって、
2階にある自分の部屋で大泣きして、
どうにも感情が収まらなくて、
本棚の本を投げたり、物を投げたりしたことがありました。

すると、1階から、

「うるさい!何やってるんだ!」

という父の叫び声。


私の気持ちを聞いて欲しかったのに。
「何があったの?」と、一言声をかけてくれるだけでよかったのに。

父も母も、聞いてくれない。
それどころか怒られるだけ。



小学生の時、風邪かインフルエンザかで高熱を出し、
あまりにも身体がしんどくて寝られなくて、
夜中にしくしく泣いていたら、

「うるさい!寝られんだろ!」

と父から怒鳴られました。

その時は、母は介抱してくれたけど、
父の言葉がショックで、
それこそ、30年も前のことなのにいまだにはっきり覚えています。



私の気持ちを聞いてほしかったのに。

「身体しんどいね、辛いね」ってヨシヨシしてほしかったのに。


息子が泣くたびに、
その時の感情が溢れかえってくるのです。

そして、あの時の父親と同じ対応をしている自分に気づいて、
言いようのない嫌悪感と罪悪感に襲われるのです。


そのたびに絶望して、
息子が私みたいな人になってしまったらどうしよう、
自己肯定感も低く、顔色をうかがって、
大人になった今でも苦しむような、
そんな人になってしまったらどうしよう…と。



でも、ふとさっき、気付きました。
長い間、頭でのみわかってたことが、
腑に落ちました。

子どもは、私に気づかせてくれているのだと。


心屋マスターのとも花さんのブログとメルマガをいつも読んでいるのですが、
とも花さんが書いていることが、
ようやく腑に落ちました。


辛い気持ち、悲しい気持ちを、
親にわかってほしかった、あの時の自分。
ただただ受け入れて欲しかった。



さっき、寝る前に息子との件でバトルしました。
ギャン泣きの息子と、イライラして突き放した私。

今日も見せてくれたんだね、息子は。

でもまた受け入れられなかった。
私の中に嫌悪感と罪悪感だけが残った。

息子ではなく、
昔の私が泣いているんだ。

次、同じことがあったら、
今度はただ受け入れてみよう。

昔の私をヨシヨシするように。


そしたら、何かが変わるかもしれない。



はづき in ナゴヤ、です、こんばんは。


昨日から名古屋の実家に帰ってきてます。

家事しなくていい、
ひとりで子どもの面倒みなくてもいい、

いやー、精神的にものすごいラク!


息子も、じじにいっぱい遊んでもらえてご満悦。

さらには、

栄の不二家レストランでお子様ランチ食べたり~ナイフとフォーク




家でひらがなのお勉強したり~本





その横で私はだらだら~

ありがたい限りです。


実家に来ると、息子もとても機嫌が良くて、落ち着いてるのですが、
やはりこれは、

私がリラックスしてる

ことも大きいんだろうなあって感じます。


時間や家事に追われなくてよいので、
私はひたすらだらだらリラックス。

息子が何をしてても、
余裕を持って見ていられる。


やっぱり、余裕だよ、余裕なんだよ!

時間的、精神的余裕、ね!!!



ママは、ピリピリきちきちしちゃいかんってことだね。

とは言ってもなかなか難しいけど、

でも、最近の息子見てると、
親があーだこーだうるさく言わないほうが逆に成長する
ような気がする。

そういう意見は今までもあちこちで目にしたり耳にしたりしてきたけど、

実感として感じるようになった。


子供の成長を邪魔せず、

ママはだらだらしてればそれでヨシ(笑)


*********


今まで、すんごい頑張ってたんだよ私。
頑張らなくてもいいのに、
ちゃんと育てなきゃってガチガチになってた。

息子がグレーゾーンかもって言われた時は、
自分をものすごく責めた。
私がちゃんと育てなかったからなんだ、って。
あれもさせてないしこれもさせてない、
ああしちゃったからこうしちゃったから、
と、ひたすら後悔の念にかられて押しつぶされそうになってた。


でも、1年くらいずっと押しつぶされそうになってて、
ようやく抜け出してきた。


大丈夫だよ、
この子はこんなに素敵に育ってる。
私が毎日ちゃんと育児してるから、
この子はこうして元気に生きてる。
それが何よりの証拠。それで十分。


*********


だから、だらだらしよう。

息子がいないお昼間は、
好きなことやって、
のんびりご飯食べて、
ちゃちゃっと家事して、
昼寝して、

息子が帰ってきたら、
いちゃいちゃ遊ぶ。

旦那が帰ってきたら、
だらだらしながら甘える。


これ、すごい幸せな一日の過ごし方。


本当に、だらだらしたいんだね、私(笑)





最近になって、
本当に息子が可愛くて仕方ない。

いや、イラッとすることも、勘弁してくれー!と思うこともあるけど、

「ああもうダメ、育児ムリ、母親やめたい」

と思うことがなくなった。

少し前までは、そんなことばかり思ってたのに。


うちの息子は、成長が少しゆっくりな子。
そして、少し変わってる子。

だから、
「なんでうちの子はこうなの?」
と思うことばかりだったし、

会話もなかなか成り立たなくてコミュケーションが取りづらく、
なんか常に一方通行というか、打っても響かないというか、

今思えば、育てにくい子だったんだなと思う。

実際、去年、とあるところで、
「発達がグレーゾーン」と言われたし。


すごいやんちゃだとか、
すぐにどこか行っちゃうとか、
癇癪がひどいとか、
そういうことはまったくなかったので、
むしろ育てやすいと「思い込んでた」のだけど、
(だから、グレーゾーンと言われてもなかなか受け入れられなかった)

違った意味で育てにくい子だったんだと、最近気づいた。

そりゃ育児疲れるよな。


でも、幼稚園に入って、
周りの子どもたちの刺激を受けるようになったおかげで、
息子はものすごく「子どもらしく」なった。

一般的な子どもたちのする、遊び方や言動をするようになった。

やんちゃにもなった。
我も強くなった。

相手するのは疲れるけど、
でも、以前みたいな疲れはない。

会話も普通にできるようになって、
コミュケーションをスムーズに取れるようになったので、
これまたものすごいラクチンになった。


今まではずっと、
「よくわからない生き物」を相手にしているような感覚で過ごしてきたけど、

ようやく「人間」と接してる感じになった。

だから楽しいしおもしろい。

そっか、子どもと過ごすのっておもしろいんだな。
と、ようやく思えるようになった。


3歳男子の言動は、
まだまだファンタジーに溢れていて、
現実と空想が入り混じっているのがまたおもしろい。



息子を産んで4年弱、
育児地獄から、やっと抜け出し始めた気がする。


子どもを可愛いと思えない、
育児が楽しいなんてありえない、
産んだことすら後悔したことも何度もある、
ただただ疲れる、
旦那とも険悪になる、
二人目なんてまったく考えられない、
そんな風に感じる私はおかしいんじゃないか、

…ずーっとしんどかった。

けど、それらから抜け出しつつある。



それを、友人に話したら、

「それは、息子ちゃんが成長しただけではなく、あなたも成長したんだよ」

と言われた。

そうなのかな、と、
涙が出そうになった。




息子を産んでからの日々は、
決してラクなものではなかったけど、
それらは私にとって必要な時間だったのかな。