「女に学はいらん。早く働け」
と言われ続けてきた私。
なので、商業高校へ行って就職するものだと、まったく疑わなかった自分の進路。
でも、中3のある日、
担任の先生から、
「こんなに成績いいのに大学行かないの?」
と言われ、
(一応成績はよかった(笑))
………だ、大学?
それまで、私の人生の辞書に存在しなかったその単語が、
一気に目の前に大きな姿を現した。
それからと言うもの、
父親と大バトル。
「大学にやる金など一円もない!
行きたきゃ全部自分で金用意して行け!」
(本当にお金なかったのね。
子供のために貯金するとかしない父親だったから)
と言われたので、
希望進路を変更して普通科志望にした時も、まったく理解してもらえず、
滑り止めの私立校も一校も受けさせてもらえず、
ゆえに公立高校一本(愛知県は2校受験できるから厳密には2校受けた)で頑張って、
私以外の生徒は2月中にどこかに行き先が決まっていたのに、
私は公立高校の合格発表までどこも進路が決まっていなかったので、
先生たちにものすごい心配され(苦笑)、
まあ、頑張った甲斐あって、第一希望の高校に受かったので、とりあえず一安心。
でもそこからがさらに大変。
相変わらず親の応援も理解もないので、
学費以外のお金はまったく払ってもらえず、
模試とか、学校の夏期講習、特別な参考書代、果ては部活のお金まで、
ほぼ全て、自分でバイトして賄った。
バイトNGの学校だったけど(笑)
そんなんだから、県外の大学なんて行けるわけもなく、
私立大も絶対無理で、
選択肢は、地元国立大のみ。
しかも、落ちるわけにいかないから、
自分の実力的に、超安全圏のレベルのところを選ぶしかなかった。
絶対落ちたくないので、
受験勉強はものすごく頑張った。
奨学金もらわないと大学に通えないので、
当時の日本育英会の第一種奨学金をもらうために、
高校での内申点を常に高く保つよう頑張った。
まわりはどんどん私立大に決まっていく中、
センター試験を頑張り、
二次試験を頑張り、
中3の時と同様に、
3月になっても進路が決まらない私を、
担任の先生がものすごく応援してくれて、
無事受かった時は我が事のように喜んでくれた。
なんとか、大学生になれた。
うちの親戚で、当時大学に進んだのが私が初めてだったので、
父は鼻高々になり、
(しかも受かったのが国立大だったから)
なぜか、どこから用意したのか、
初年度納付金だけは払ってくれた。
でも、それ以降は一円も出してくれず。
交通費も教科書代も、もちろん学費も、
全部自分で賄った。
国立大かつ自宅生だったから、
学費は、育英会の奨学金で足りたのでよかった。
交通費などはバイト代で賄った。
バイトが楽しすぎて、大学サボりすぎて単位落としそうになったこともあったな(笑)
就活の時も、親にはまったく相談しなかった。
勝手にいろいろ調べて、
勝手に説明会行って、
ありがたいことに、それなりの大企業から内定もらえた。
就職して、自分でしっかり稼げる立場になって、
ようやく、親から自由になれた気がした。
お金がないからダメ、と言われ続けて、
中3よりももっと前から、自分のやりたいことは全部否定されてきた私。
でも、自分で生活出来るだけの力がなかったから、
親元にいるしかなかった。
お金がないとは言っても、とりあえず衣食住に困ってるわけではなかったから、
親元を飛び出す勇気はなかった。
でもでも、
やっと自由になれる、
自分の力で、自分の稼いだお金で、
好きなように生きていいんだ、
そう思った。
なので、働いたお金を貯めて、
入社3年目の時、
これまた勝手に物件探して、家を出た。
もともと実家が名古屋駅近くで超便利な場所だったので、
その便利さは捨てがたく、
ゆえに、物件は自ずと実家近くで決めてしまった(笑)
だから親も、家を出るのを許してくれた(笑)
でも、ものすごく自由を感じた!
門限もないし、好きな時間に好きなように過ごせるし、
友達呼べるし、彼氏も呼べるし(笑)、
勝ち取ったーーーーー!!!って思った。
頑張れば、自分のやりたいことを手に入れることができるんだ、って思った。
なんであんなに頑張れたんだろう?
とにかく、親元から自由になりたい一心だったんだろうな。
ちなみに、なんでそんなに大学に行きたかったかというと、
選択の幅をひろげたかったから。
高卒と大卒では、やはり選択肢の数が違う。
それに、18歳で将来を決めてしまうのが怖かった。
4年の猶予を得て、
いろいろな世界を見てみたかった。
結果的にそれは正解だったと思ってる。
*********
ここ一年くらい、
私はものすごく悶々としていて、
自分の人生自分で決めてないような気がして、
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、としてたのだけど、
いやいや、これも勝ち取った人生なんだって、今日気づいた。
あの会社に入ったおかげで、夫と知り合って結婚できた。
付き合ってる時に私が東京転勤を願い出て、
(遠恋になる寂しさよりも、東京行きを選んだ私(笑))
でもやっぱり寂しかったから、
上司にうまく話して、彼も東京に呼んじゃって、
おかげで、彼も東京生活を経験することができて、見識が広がって、
付き合ってるときを含めると、足掛け6年くらいの関東生活を経て、
2013年に愛知県に帰還。
そして今、
ありがたいことに、
お金の心配は将来的にもまったくない環境で、
私は好きなことを好きなようにできる自由がある。
ずっと私が望んでた環境ではないか!!!
そりゃね、育児もあるし、
長男の嫁としての務めもたくさんある。
完全なる自由ではないけど、
誰も私のやりたいことを否定する人はいないし、
とりあえず、母として嫁としての務めを果たしてれば、何も文句は言われない。
やっぱり、自分で選んで勝ち取った人生なんじゃん!!!
そりゃ、今でも、
都会に住みたいなあ、とか思うよ。
でも、トータルで考えると、
今の環境はベストに近いベターだと思う。
今はまだ子どもが小さいから不自由だけど、
もう少し大きくなったら、いくらでも自由に動けるもんね。
それに気づいたら、
あー、私、もう隠居生活でもいいかも(笑)と思った。
若い時にがむしゃらに頑張ったもん、
環境は整えたもん、
あとは、好きなことだけして楽しく生きるよ。












しても安心