誕生花、花言葉について

植物の花や実などに与えられた、象徴的な意味をもつ言葉です。(誰が決めたかは不明)
日本には、明治初期に、西洋文明とともに主にイギリスの花ことばが紹介されまれた366日の毎日に、その日の花とその花言葉があります。
誕生花の由来はギリシア神話の中にあり、花や木々が出すメッセージを神が人に伝えると言われて地上に存在する花は366種類どころではなく、もっと沢山あり、品種改良されているものや、色によって違うイメージを伝える花言葉を含めると1の花に数種あります。


1種類だけに絞って紹介しているところが多いのですが、もしも自分の誕生日の花が、あまり好きではなかったり良い意味てはなくて寂しい思いをされると困るのででしたら、同日で数種ありますので好きな言葉や花がありますので自分や彼女(彼)に合う花を選びましょう。(誕生花や花言葉は何時の間にか数種類になっている) また誕生花の日はさまざまです、これと云った決まりは無いので信じた日の誕生花と花言葉を自分なりに活用致しましょう。


誕生日花、花言花の検索は

「例」① 「5月13日花言葉で想いを伝えよう」と検索してね。

左側「月別カテゴリー」より検索は下記番号を「次へ」

をクリック すれば日付順に進みます。


《〇月〇日の誕生日の花、花言葉》花名が青色表示アンダーラインが付いての花名をクリックするとその花のページへ変わります。

今年になり暫く休んでおりました。


それは別途に「誕生日の花と花言葉」のブログを立ち上げ事に寄り時間が


取れなくなってしまった事によることでした。


ようやくですが1年分の「誕生日の花と花言葉」366日分が終えましたが


まだ一部未完成があります。


宜しかったら検索してみてください。


検索方法は、「〇月〇〇日の花言葉で想いを伝えよう」です。


〇の箇所へ誕生日の月日を入れて検索です。(花名でもOKです)


リンゴの花言葉は ☜のように表示されます。クリックして見て下さい。


月別にも検索可能です。


例⇒5月11日の花言葉で想いを伝えよう  ☜クリックして見て。

人口減少で市町村が様変わりしているという、限界集落という言葉が生まれた四国山地の高知県大豊町の現況を新聞報道で読んだ。

大豊町には集落が85あるが1989(平成元年)に限界集落と言われたが現在も消滅することなく健在だが殆んどの人が80歳を超えている、11集落では10

戸以下になって居るようだ、遠からず内に生活者は居なくなるかのように思うが、その地へ田舎暮らしの好む若者も最近入居するという。

その集落で一人の85歳の女性が3年前に「柚子」の苗を100本植えたという、柚子の木が大きくなり誰かが取って呉れる事を望み集落が継続される事を託しての事との事。

 それで思い出した事がある、私の生地も66戸の集落だが道は県道で隣の町への通過集落で上地と下地を合わせると150戸になるから集落とは言わないかも知れないが、上地と下地は別箇になって居る、分校もあったが私が5年生の時に本校に統合された、現在は中学校も町村合併で1中学になって居る様だ、我が家からは2里(8Km)有るから遠いが私は合併以前に卒業で通うことは無かった。

母が健在の折にもう畑を耕すことは出来ないからと、柚子の木を植えた、当地は柚子の北限の地で我が家には2本の柚子の木が有り、柚子の実が黄色くなると親戚や知人に届けるのは私の役として父が亡く成るまで続けた。

また柚子の実を町の有名な菓子舗が買いに来るので、それも母の楽しみだったようだ、そんな事からだろうが母が柚子の木を植え育てて居たが、植えて間もなく私は東京に就職して生地を離れた。

母は柚子の実のなる事を見ずにしてして亡く成った。

それから数十年過ぎた現在は甥の時代になり、柚子は1年置きに大量に実を付けると聞いて居るがその実をどのようにしているかは知らないが6年前に野菜とと一緒に柚子を10数個送って来た、その柚子から種を鉢に埋めて置いたら4本程芽をだしたので1本に仕立てて育てて居る。

柚子は実を付けるまでには15年以上は掛かる「桃栗3年柿8年柚子の馬鹿者20年」と言われているから当分は無理だろう。



※このブログはこれでお終いと致します。

 我が偏屈なブログを読んで頂いて居た方有り難うございました。

 思う所がありアメブロを終わりと致しました。

 また別の所でお会いする機会があるかも知れません。

日本の食糧自給率はカロリーベースで39パーセントと、「食料・農業・農村基本計画」を算定して4年連続で改善の兆しは無い。補助金農政を正当化する為に目標を50%にしているという人もいるがこの度45%としたようだがそれでも現実には程遠いと思う。

自給率では米はカロリーが高いから米の生産を上げれば良いのだが、食べる国民は少なくなっていく傾向だ。

今までは米は兼業農家でも「農家保護政策」により米を作付出来たが、これからは兼業農家は無理が来るだろう、米が売れなくなってきているからだ。

米の作付は「農機具が有れば楽になった、だから兼業農家が成り立っている。

他の作物は土日の仕事では成り立たないから兼業は出来ない。

では農業政策をどうするかだが、米作りは兼業で出来るとなれば飼料米を作付すれば良い事になる、「秋田牛」の呼び名は飼料米を何%食べさせたか基本になっているが飼料米は価格が安いから農家には無理がある、それでは補填しようかという事になると農業改革は進まない。

補填無しで飼料米を生産できる農業改革が必要だ、兼業農家は休耕田や休耕畑にせずに大農経営を目指す人に田畑を貸し付けをすればよい、また高齢者も同じ事だ、土地改良区が現存して居る今土地の区切りを無くして広い農地にすれば効率も良いのではと思うが、地主はそう易々と他人に耕作させるのを嫌がる、それは先祖伝来の土地を他人に任せられるかという考えが根強い。

そこで国は国の責任で預かり耕作希望者に貸す仕組みを作ったがそれでも休耕地にして置くのは持っての他だ。

その内に農業法を変えて作付可能な休耕地は課税を高くするとして、何れは国が買い取る仕組みとすれば休耕地は無く成るのではなかろうか。

また高齢者で会社を退職した人で農業を行いたい人を仕事に応じた雇用をすれば農業生産も向上するのでは、現在は外国の食べ物で我らは日々生きて居る事になって居る、人それぞれに好みは有るだろうから、我々の食べ物は

50%は自国で生産されたものを食べて暮らして行きたいものだ。

農業改革が進めば外国に売る農作物や果樹は改良されて利益の出る農業か発展もするだろう。

二階に布団を広げて布団乾しをして有ったので、その中程で気持ちよくウトウトして居たら「チャコ、チャコ」と健太郎が呼ぶので何事かと思って居たら、「チャコ早く来い」と二階まで健太郎が来て私を探してるので、何か用事が有るような事は判ったので「ここに居るよ」と返事した。

健太郎が「チャコにお願いがある」という。

「庭の松の木のてっぺんにカラスの黒吉が来ている、チャコは木に登れるから登って追い払って」

「なぜ追い払うの」

「いいから早く追い払ってよ」と健太郎は急かす

庭にはおばあちゃんも居た、おばあちゃんが説明して呉れた。

「ほら柿の木で雀達が騒いでいるだろう」

お父さん雀とお母さん雀が「助けてー助けてー」と言って居る。

おばあちゃんが続けて言った

「ほら二階の横の軒下に巣箱が有るだろう、雀の子供が生まれたのよ」

雀の巣箱の方を見たら子供雀の声がする

「あの子雀を黒吉が狙ってるのよ」

ようやくいきさつが判った

「チャコ頼むよ、お願い」とおばあちゃんにも頼まれてしまった。

黒吉の方を見たら、黒吉が睨み返して来たように感じた、怖そうだ。

「チャコ早く登ってよ」と健太郎がが急かせる。

また黒吉の方を見たら、また睨み返された。

健太郎やおばあちゃんが松の木の下からいくら怒鳴ってもてっぺんに居るカラスには何の気にもならない、近くに行って

「雀の親子が黒吉を怖がっているのだから何処かへ行ってよ」と話す事が良いのだが私も睨まれて怖く成って来た。

「早くしてよ雀が泣いているよ」と健太郎がまた急かせる。

私は木には登れるが黒吉の近く迄行くのは怖く成って来た

「早く早く」とおばあちゃんも急かせてきた。

「私出来ないよ」と泣いてしまった。

「チャコ怖いのかい」おばちゃんが優しく言った。

「チャコ怖くないよ黒吉なんか」健太郎は強気である。

「私登れない黒吉怖い」とまた言ったが健太郎は私を急かした。

黒吉はまた私達の方を見て睨んで居る。


これは「カラスのお礼」という童話の一コマである。

この家の主人が創作童話を書いているのを覗いたのだ、私は全くの役立たず

にされて居る、私より健太郎の方が若い、私はこの家に来てから間もなく20年だ、何か役にたとうと思って居るが役立たずにされて居る。


高齢になってから始めたスポーツ、テニスで楽しんでいるのですが、競技だから対戦して勝者にならなくてはならない。

通常は仲間と健康と交流を旨として無理なく歳を得ても長く続けようとと思って楽しくとゲームをしているが、サークル仲間には自己のレベルをアップして競技に勝つ事を旨としている人もいる、だからその人は常に負けると悔しさを表面に出す、私は楽しくと思って居るので目的が異なる。

 私のテニスを始めた思いは高齢になったら如何様に日々を過ごすかとの思いから高齢でも楽しく仲間と交流が出来れば良いとの思いからの事だったが、確かに競技だから勝ち負けで進行する、負ければ悔しい思いがあり、次は勝つぞという気になり日々練習することになるのだが、私は絶対に勝たなければならないと云う気にはならなかった、多分に高齢で技術アップしようと思わなく技術指導も受けて居ない、何事も習うという事にはお金も掛かる事である。

ある上手な人から「これから種々の大会に出て勝とう思うならお金を掛けるのも良いがその気が無ければ上手い人の見よう見まねで努力すれば良い」と言われた、シニアの大会は全国大会迄進もうとすればかなりの大会が有る。

それらの大会では若い時からテニスをしていて高齢になった人が多数であるから途中参入で勝てる筈もない。

だがそれなりに楽しんで居る仲間もかなりいるので、その人達の大会もあるので参加して負けると悔しいから日々練習して、納得できるゲームをしようと思っている。

高齢者テニスはシングルは無くダブルスゲームであるからバーナーが必要だ

、それでパートナーに失礼のないゲームのやり方に気を使うのだ、大会に参加

する時のペアパートナーは互いに気心を知った仲間だが、日々の練習ゲームでは仲間内でパートナーを順番に変えて練習ゲームを楽しむ事になって居るので、その時により、上位を目指す仲間とペアになると、その都度指導を受けたり、罵られたり、舌打ちさけたり、もうだめだ、と言われたりで「やる気」を無くしてしまうからますますミスをすることになるから、ペアもそれに高じて言うから

全くに嫌になってしまう事がある。

テニスは紳士淑女のスポーツというが下手な者には当てはまらない、だからペアには迷惑の掛からないように努力が必要だ、勝ち負けでは無くペアに失礼の無い返球で、幾ら自分がミスなく返球しても対戦相手が「良き所へ来た」と思うようなレシーブではダメだ、それで我がペアパートナーへ厳しいボールが来てしまうとペアパートナーは気分を損ねてしまうから、その様にならない返球レシーブが必要だから、楽しいスポーツと言いどもメンタルなスポーツだ。

上手な人とペアになったら「怒らず」に「我慢」して「悔しがる」事が肝要だ。





政府は「小子化社会対策大綱」で少子化の流れを食い止めるのには若い世が希望どうりの結婚や子育てが出来る環境を整えることが必要だとの事だ。

一人の女性が生涯に産む子供が少ない事だ、何故少ないのか、それは各々の若い人達が何故子供を産まないかという事だ、その若い人各々が思いがあり子供を産まない事だろう、その若い人達は現在の生活を思うと、とっても子供を産める状態では無いという事のようだ、なぜそのようになったかという事は政府にも責任が有るから「少子化社会対策」を考えなければならないのだが、現在の若者意識の欠如も有るのではなかろうか、若者が一人一人努力すれば社会環境は変わると考える、それは社会に参加したらどうなるかという事だ、仕事が直ぐ嫌になる傾向がある、誰かが名付けたか「五月病」などで職に就いても長続きしない、若い年齢の時には「修業」がある事を判って居ない、「修業」とは楽では無い事を理解して居ないから続かないのだ、全部とは言わないが本当に自分に適して居ないかは、3日三月3年という数月日を努力してダメなら変えようと我らの先輩は教えてくれた。

そのように各々が努力して呉れれば会社も社会環境も自分も活発になる事ではないだろうか、それが無いから、行きつく先は非正規社員となり低賃金で結婚出来ない人生を選んでしまうことで子供が少なくなる。

「少子化社会対策大綱」では正規社員には育児休暇を推進することで子供を育てる環境を変えようという、現在の日本では外国の男性よりも子供に接する時間が少ないという、だから男性の育児参加の推進をという。

その以前の日本社会は男性と女性の働きがはっきりして居た、女性は家庭で子育て、男性は外で働いて家庭を守ると、それがはっきりしているのは厚生年金には反映して居るが、その後に男女均等法の後押しで女性も外で働いて家庭を守る、その結果子供は後回しとなり少子化に繋がっている、またこの度の政府は「女性の輝ける社会」の推進というからますます子供を産む環境が悪化して行くことになるように進むだろう。

どうも現在の日本では「少子化の進行」が加速する状況だ、現在の若者が、皆意識して環境を変えることは無理だから雇用する会社での教育と学校での教育で「修業」という環境作りを指導すればどうだろうか。

現政府は麻生大臣を据えて地方創生に努力して居ることは大変に良い事だ、

当県は2040年には労働人口が26万人代に減少して当県人口は70万人と予測されている、という事は石を投げれは皆老人に当たるという事だ。

それは25年先の事だが今から対策をねれば子供は成人を過ぎて居るから間に合うか、でも早急には行かないからダメか、だが努力しなければ老人ホームになってしまう、我が日本は老人が増えて成熟された国になった、英国もそれに似ているが民族、種族が複合しているから日本程に統一されて居ない。

だが我が国は一人一人の人権や個性の自由が浸透している、だがフランス国のように個人が他の人に迷惑かけなければ何をしても良いという事にならない事を望む。フランスでその顕著なものは結婚は人間以外の動物にも似ている所が覗われる、だから大統領でも結婚していない人を友達として同棲しても普通という、我が国ではそこ迄は行って居ないが、ちょっと話はずれたが、その地に住む皆が住んで居る地域の活性化に知恵を出して住みよい社会にしたい。

 我が県は大都市に遠く資源も枯れ果てあるのは米の耕作地と空気の良い事だそして空家も多い、そして冬季は多少寒く雪も多い。

それくらいで有れば医療設備を充実して医師も充実して「老後の事は任せろ」という県にしたら他県からの裕福な孤独老人を受け入れる、また秋田に行けば

困っている病気は何とかなるという県に出来ないものだろうがと思う。

当県には脳研センターが有り長嶋茂雄氏がリハビリ―に来ていた程に知名度は高いまた大腸検診では世界にも有名な医師もいる、それらの手蔓を利用して「医療立県」にすればそれに付き添う家族や、空家を利用して空気の良い当県での保養に役立てればどうだろう、医療施設だから若い女性や若い医師もいるから活気が出て来るように思う。


先日地域版テレビ特報で「滅亡する都市」と云う事柄ほ議題に19歳~21歳の

大学生をゲストにして討論をした。

当県は現在人口減小が始まった時から30%が減少して2040年には70万人

になり老人社会になり働く人口は37万人必要だが、26万人になるからどうするかという事だ。

37万人が働かなければ老人を支える事は出来ないが一人が一人の老人を肩車的に支える事になるが子供もいる事だから働く人は2人を支える事になるがもし26万人の働く人になったら滅びる事に成る。

政府は地域活性化を実現するために4200億円の予算を組んで居る、その配分は「地方創生先行型」、「観光・産業振興・人材育成」、「地域消費喚起型」に

それぞれ検討されるという。

それぞれの県で地方創生事業を行う事になるが当県は働く場所は少なく「女性が輝く場所」などは限られているから大都市へと行って輝く場所で輝く事になる

また男性は働く企業は少ないからこれも大都市へと行く事になる。

討論に参加した女性は此の地で果して結婚出来るのだろうかと言って居た、若者が少ない場所では考えてしまうだろう、負の連鎖での減少はどうしようも無いように思う、当県は米が一番の働き者だったがその者が力を無くしたから次の働き者がいない、観光・地域産業、共に弱いから人材育成と言っても基本が無いから何か心元ない、有るのは都市には無い自然の環境だが大都市から遠く

若者には不向きだ、老人が多いから休耕地は増える一方だが有効活用も見つからない、集約して大農経営を政府では推進しているが各々の農家では先祖伝来の土地を他人に耕作されるのは気に合わないようだが、そんな事言って居るからますます若者が此の地から離れて行くのだ、県民皆で知恵の出しどころと思う。

明日は自分の提案を書く予定にしている。

ある人の春の足音というイッセイを読んだ。

山の植物公園に行った時の事を書いて居た、それは以下のような事だ。

「まんさくの花は山の姿を背景に黄色の花を咲かせて居ました、足元に目を落とすと飛び込んで来たのは山肌にホツポツと印を付けるように顔を出した「ふきのとう」、そのふきのとう、いくつか摘んで来ておひたしにしてもらいました、これほどわかりやすく春を実感させてくれるのはありません、口の中だけでなく、ふきのとうひとつで春の話題もふくらみます」(抜粋です)という。

ふきのとうは陽当たりの良い所で有れば雪溶と同じく春一番の植物だ、特に葉茎を食べれない蕗は早い、また昨今葉茎を食べれる蕗は栽培か山奥の陽当たりの良い湿地に行かなければ無い、人里近くにある蕗は食用にかなりの無理がある蕗だ、その蕗の「ふきのとう」はかなり苦味がある、また先の花部は最初は丸く成って居て坊主頭で可愛い、その坊主頭はかなりの苦味がある、すり鉢ですり味噌と合わせて田楽味噌で食べればそれなりの香りと適当な苦味で美味しい、また天ぷらにして食べる人も多いと思うが一寸食べるには春の香りで良いが2個以上は要らないだろう、ましてや「おひたし」などは食べれたものでは無いと思うのだが初めての事なのだろうと思う。

天ぷらにするのは少し大きくなり坊主頭が開いた頃に茎の下部から取り坊主頭を取り除いて天ぷらにすれば美味しい香りも程よく苦味も余りなく美味しい春の香りだがそれをおひたしにして食べる事は私はしない。