ポール・マッカートニーが、音楽評論家 湯川れい子さんとの対談で、
1980年の来日で、大麻・不法所持で逮捕された時の、
日本の留置場で過ごした9日間の思い出を語ったそうです。

週刊朝日 2013年10月25日号より抜粋記事は、こちら → 


この時のチケットを入手出来て、来日公演を非常に楽しみにしていました
成田空港での逮捕はショックでしたね
そのチケットは払い戻しはしないで、そのままとっておいたのですが、見つかりません

1980~90年代に行ったライブのチケットがまったく見つからないので、
多分まとめて何処かに保管してあると思うので、また探してみます

で、当時の思い出の品として、幻となってしまったパンフレットがあります
招聘元のウドー音楽事務所も大量に作ったパンフレットの処分に困ったのでしょうね
あまり記憶は定かではないのですが、たしか秋葉原にあった石丸電気のレコード店で、
レコードの購入特典で貰ったような気がします。。。


 

 



 

 

 

 

 


今となっては、良き思い出の一品となりました








ポール・マッカートニーの大阪追加公演が決定しましたね


OUT THERE JAPAN TOUR 開催日程

<大阪公演>
11月11日(月) 京セラドーム 大阪  開場17:00 開演19:00 (追加公演)
11月12日(火) 京セラドーム 大阪  開場17:00 開演19:00

<福岡公演>
11月15日(金)福岡ヤフオク!ドーム 開場17:00 開演19:00

<東京公演>
11月18日(月)東京ドーム 開場17:00 開演19:00
11月19日(火)東京ドーム 開場17:00 開演19:00
11月21日(木)東京ドーム 開場17:00 開演19:00


こうしてあらためて見ますと、ハードな日程ですね

追加公演は大変嬉しいのですが、

御歳71歳。ポールの体調が心配になってきます・・・



 

10月11日(金)。
カミさんと渋谷のオーチャードホールで19時から開演される、
薬師丸ひろ子さんの35周年記念コンサートに行ったのですが、
自分は一足早く六本木に赴きました

ブロガーの やん さんの紹介記事で、六本木のシネマートという映画館で
ビートルズと私 」という映画が上映されていることを知ったのです

いやぁ~、実に久しぶりの六本木です 
相変わらず活気のある街ですね~

大通りからチョッと路地に入った一角に映画館はありました 

 


ロビー入り口にこんな看板が。。。



 



開演までまだ少々時間があったので、売店で生ビールとポップコーンを買い軽い昼食 
あっ・・・なんたってビールが目の前に現れると、盲目になってしまうドンマック
写真を撮るのを忘れました

この映画は、セス・スワースキーというシンガーソングライターが製作・監督した
ビートルの4人と接点を持った人達のインタビュー集です。
全編がインタビューで埋めつくされていますが、
それぞれ興味深い話を、懐かしい眼差しで語ってくれています
皆一様に、「私はビートルズと、その時の空間を一緒に過ごしたんだ」と、
嫌味のない自慢げな口調で話しているのを見て、微笑ましかったですね 

なかでも、初期のビートルズのエンジニアを担当したノーマン・スミス氏のインタビューでは、
7枚目のシングル「A Hard Day’s Night」のボンゴは、
「実はあのボンゴは、私が叩いているんだよ」という話は初めて聞きましたのでビックリ 
確かにこの曲のボンゴを聴くと、非常に軽快なリズムで叩いていますよね 





ノーマンは、パーカッション楽器には長けていたそうで、リンゴにボンゴの叩き方を教えたらしいのですが、
リンゴはがむしゃらにボンゴを叩くだけなので、レコーディングではノーマンが演奏したとのことです





(ノーマン・スミス氏は、2008年にこの世を去りました。。。慎んでご冥福をお祈り申しあげます)



あとこの映画で会いたかった人物に、元ウイングスのデニー・レインがいました
かなり年季も入り、貫禄もついてしまいましたが、デニーの生の声を聴けたのは嬉しかったです 

 こうして85分という上映時間は、アッという間に過ぎました

この映画を情報提供してくださった やん さん、ありがとうございました。



映画館を出て駅に戻る途中、以前ライブハウス「キャバーンクラブ」があった場所に立ち寄ってみました。
数年前にお店は閉鎖されてしまいましたが、ここには マブジョン こと馬渕英将さんなどの
ステージが見たくて、よく通いましたね~
現在は、看板や掲示物などすっかり取り払われ、密かに佇んでいるといった感じです。

 


在りし日のキャバーンクラブ。。。

 


さぁ~、では渋谷に向かうことにします

薬師丸ひろ子さんのコンサートについては、また改めて記事を書きたいと思います


10月10日付の読売新聞朝刊の文化面に、
「希望の光へ さあ私たちも!」というタイトルで、
小泉今日子さんが記事を寄せていました。

キョンキョンが、この記事の中で、
宮藤官九郎さんの脚本には、愛と尊敬の念があると思う」と仰っています。
まったく同感の思いで、この物語に登場する人物は、
チョッと皆、個性が強すぎ?ですが、みんな愛すべきキャラクターで、
主人公の天野アキを温かく見守っていきます。
そして、それぞれの役を演じた俳優さんたちは、自分に与えられたセリフに誇りを持ち、
自分が演じたキャラクターを愛しく思うさまが、画面から伝わってきたような気がします。

キョンキョンは、記事の中で語っています。
ヒロインのアキが夢をころころ変えては大人たちを振り回す。
そんな時に、誰の胸にもまだ痛みが残っている、あの震災が起きる。
この件の台本を読んだ時、彼女は泣いてしまったそうです。

誰も死なせない」というのが宮藤さんの選択だったと。。。

この文章を読んだ時、自分も思わず目頭が熱くなりました。
このドラマでは、あの震災を表現するにあたり、当時の津波などの実映像は、まったく使用されず、
観光協会の事務所に置かれたジオラマで、これらの全てを表現してしまいました。
こういう描き方があったんだ!と、この脚本と演出に感動しましたね。


最終回ラスト。
アキとユイちゃんがトンネルの向こうに見える光に向かって走り出すシーンは感動的でした!

・・・と、言いたいところなのですが、実は本音を暴露してしまいますと、
その前のシーンの「潮騒のメモリー」を、潮騒のメモリーズ~天野春子~鈴鹿ひろ美と
リレー形式で歌い継がれた場面で大感激してしまい、ここで感動の糧をほとんど使ってしまったため、
ラストではほとんど感動の糧が残っていませんでした


キョンキョンは、
「老いも若きも二人に負けないように明るい光を目指してまた走り出しましょう!」
と、文章を締めくくっています。

キョンキョンが天野春子役を演じてくれて、つくづく良かったなぁ~と思った次第です



1940年10月9日、第二次世界大戦の真っ只中。
ドイツ軍の激しい空襲のさなかに、
イギリスはリバプールのオックスフォード・ストリート産院で、

ジョン・ウィンストン・レノン は生まれました

ミドルネームのウィンストンは、
当時のイギリス首相ウィンストン・チャーチルの名前から貰ったそうです。
 

 


1980年12月8日、ジョンは40歳という短い生涯で幕を下ろしましたが、
もうあれから33年という月日が経ってしまったんですね。。。
つい先日の出来事のような気もします。。。


ジョンは自分の誕生日である「」という数字がお気に入りで、
自身のラッキーナンバーとしていたそうです

「9」という数字が、曲のタイトルに付いているのは、
ビートルズ時代には、「Revolution 9」という前衛作品や、
LET IT BE」に収録された「ONE AFTER 909」など。

またソロアルバム「心の壁、愛の橋 (Walls And Bridges) 」に、
#9 DREAM 」 ( ナンバーナインドリーム 邦題:夢の夢 ) という曲があります

 
 


ビートルズ時代では、「THIS BOY」、「GOOD NIGHT」、
ソロでは、この「#9 DREAM」や「WOMAN」などなど、
ポールに負けず劣らずのメロディアスな曲を作っていますが、
いずれも大好きな曲でお気に入りです

そして、これらのジョンが作った曲には、美しい旋律の中に、
内に秘められた鋭さのようなものが、垣間見れる気がします
 

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#9 DREAM (夢の夢)

ずっと昔
夢で見たのだろうか? あれはただの夢
でも、あれは
まるで現実のようだった
僕には現実のように思えた

僕は通りを歩いていた
熱っぽく囁きかける樹々を抜けて
僕には聞こえるような気がした
雨が静かに降りかけたとき
誰かが僕の名を呼ぶような・・・・・・そんな気が・・・・・・
そのとき、2つの霊が不思議な踊りをしていた

Ah !  böwakawa poussé, poussé
Ah !  böwakawa poussé, poussé
Ah !  böwakawa poussé, poussé


夢・・・夢うつつな僕
空気のなかに魔法が潜んでいたのかな
そう、きっとそうにちがいない
それ以上にいったい何が・・・・・・?
音の流れに乗って 鏡のなかをぐるぐる回る
僕には感じられるような気がした
音楽が僕の魂に触れ
あたたかい何かが、  
 急に冷たくなるような・・・・・・そんな気が
霊の踊りはさらに続く

Ah !  böwakawa poussé, poussé ...
 
                          
                            対訳:山本 安見
 

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歌詞に出てくる 「Ah !  böwakawa poussé, poussé」とは、
実際にジョンの夢の中に出てきた、特に意味のない言葉だそうです


そして今、この詩をあらためて詠んでみて、なぜか1980年12月8日の、
未だ訪れたことのないダコタ・ハウスの玄関前の映像が脳裏に浮かび上がりました。。。






ジョン・・・73歳のお誕生日、おめでとう


本日(10/7)、 「エリック・クラプトン ジャパン・ツアー 2014」
のツアースケジュールが発表されましたね





クラプトンは、70歳になる2015年に、ワールド・ツアーから引退すると表明してますから、
もしかして、これが最後の来日公演になる ・・・


ツアーの日程を表記してみますね

●2014年2月18日(火) 日本武道館 18:00 open/19:00 start
●2014年2月20日(木) 日本武道館 18:00 open/19:00 start
●2014年2月21日(金) 日本武道館 18:00 open/19:00 start
●2014年2月23日(日) 横浜アリーナ 16:00 open/17:00 start
●2014年2月25日(火) 愛知県体育館 18:00 open/19:00 start
●2014年2月26日(水) 大阪城ホール 18:00 open/19:00 start
●2014年2月28日(金) 日本武道館 18:00 open/19:00 start

追加公演はなし

計7daysの公演になるようですが、上記の日程で気になったことがひとつ。。。

最初に日本武道館で3days公演し、そのあと各地を廻って、
最終日に再び武道館公演という日程になっています 

最終日にわざわざ武道館に戻ってくるんですよね~ 

この最終日の日本武道館が、非常に気になりますね

しかも現時点で、追加公演はありません!と発表しています

かなりのプラチナチケットになりそうですね

でも、行きた~い  

でも、ポールでお金を使い果たしてしまったぁ~ 

でも、やっぱり行きた~~い  





 
本当は、この記事は昨日投稿したかったのですが、日付が変わってしまいました



1962年10月5日、ビートルズはデビューシングル「  Love Me Do 」 を発売レコード

ビートルズは、この曲を3回レコーディングしています


最初は、EMIレコードのオーディションを受けるために、1962年6月6日、
ロンドンはアビーロードにあるEMIスタジオで、レコーディングしています。
当時は、まだリンゴが加入する前で、ドラムはピート・ベストでした。





当時、ビートルズはいくつかのレコード会社のオーディションを受けるも、
何れも採用されることはありませんでした。
そして、パーロフォンレコードにいたジョージ・マーティンと出会います。
そして、彼はマネージャーのブライアン・エプスタインが持ち込んだレコードを聴くことになります。
これが、ジョージが聴いたビートルズの第一声になるわけですよね!
「そこには何か通常ではない性質のサウンドがあり、今まで聴いた事も考えた事もなかったような、
ある種の荒っぽさが妙に感覚をくすぐられた」とジョージは後に語っています。

そして、6月6日のオーディションになるわけですが、最初に会った時の印象は、
彼らの人柄に非常に強く惹かれ、魅力を感じたそうです。
最初の打ち合わせでは、以外にもジョージ・ハリスンが一番よく喋っていたそうです。
ジェームス・ディーンに似た、どこか哀愁を帯びた顔つきのピート・ベストは、
寡黙なハンサムボーイでした。
ただ彼のドラミングは、決して良いものとは言えず、ジョージはピートに、
レコーディングをする時は自分のとこのドラマーを使うよ!と言ったそうです。

ビートルズの他の3人も、この時すでにピートを辞めさせ、新しいドラマーに、
リンゴを入れたがっていたそうです。

この時のテイクは、1995年に発表された「アンソロジー」で日の目を見ます




このテイクは、後に録音したものよりテンポが遅く、ポールとジョンのボーカルもラフですね

8月に正式ドラマーとして、ピートの変わりにリンゴ・スターが加入しました。
ただ、ジョージ・マーティンもまだ危険を冒す心構えがなく、
セッション・ドラマーのアンディ・ホワイトにドラムを叩かせたいと考えていました。
こうして、ビートルズとジョージの間での話し合いの末、
2ヴァージョン録音しようという事で、お互いが歩み寄ったそうです。

9月4日にレコーディングしたテイクは、リンゴがドラムを叩いています。
9月11日は、ドラムがアンディ・ホワイトで、リンゴはタンバリンをやってます。
この時のリンゴは非常に焦り、落胆していたそうですね。
当然、9月4日バージョンにはタンバリンがなく、また間奏ではハンド・クラップが入ってます。
またジョージ・ハリスンは、借り物のアコースティック・ギターを弾いていたらしく、
弦が自分のギターより硬く、弾きづらくて困ったそうです。


1982年、結成20周年記念盤として、
この「ラブ・ミー・ドゥ」の12インチ(LPサイズ)45回転というレコードが発売されました。
1982年といえば、CDプレーヤーが初めて発売された年で、
CDソフトもまだ全然出回っていませんでした。
で、このようなレコードは、少しでも音のクオリティが高いのでは?と思い、自分も購入しました~


 


 



9月4日リンゴ・ドラムバージョンです





こちらが、9月11日リンゴ・タンバリンバージョンです





デビュー・シングルは、4日に録音したリンゴ・ドラムバージョンが使われていますが、
それ以降、アルバムに収録されたものやEP盤は、
11日に録音されたアンディ・バージョンが使用されています。

何れにせよ、セカンド・シングルの「Please Please Me」以降の曲と比べると、
インパクトが弱く感じられるのは否めないですね。
とくにセカンドの「Please Please Me」のアレンジやハーモニー、
生き生きとした躍動感は素晴らしいので、余計そう感じられるのかも知れませんね!

デビュー・シングル「Love Me Do」は、イギリスでヒットチャート17位までしか上昇しませんでした


 




ビートルズのデビュー・シングルになった曲は、

皆さんご存知の通り、 Love Me Do  ですよね


しかしビートルマニアの方であれば、皆さんすでにご存知だと思いますが、

プロデューサーの ジョージ・マーティン が、

シングル曲がヒットチャートで1位になるようにビートルズに用意した曲が、

ミッチ・マレーというミュージシャンが歌っていた

 How Do You Do It です


しかし、ビートルズのメンバーたちは、自分たちのオリジナル曲でどうしてもデビューがしたく、

ジョージやマネージャーのブライアン・エプスタインに交渉した結果、

ビートルズの意思が尊重され、オリジナルのラブ・ミー・ドゥ でのデビューとなったわけです
 

これらの経緯は、後に発表された「アンソロジー」の中でも、

ジョージ・マーティンがインタビューで話していますね

ポールもインタビューで、

「この曲はステージでやりたくないし、好きになれない」ときっぱり言ってます



 ハウ・ドゥ・ユー・ドゥ・イットは、
 ジョン・ポール・ジョージ
の3人と、

1962年8月にピート・ベストの変わりにビートルズに加入したリンゴの4人で、

同年の9月4日にロンドンのEMIスタジオにて録音されました


納得のいかない状況でのレコーディングだったみたいですが、

それなりにビートルズっぽいアレンジには成っており、

その後の躍進を考えれば、さすがビートルズと言ったところでしょうか 



この後にレコーディングしたセカンドシングル プリーズ・プリーズ・ミーなどの歌声に比べると、

リードボーカルのジョンの歌いっぷりは、やはりテンションが低いかなぁ
 






で、そのおこぼれ(失礼 )を貰ったのが、ジェリー&ザ・ペースメイカーズです





ビートルズと同じくキャバーン・クラブにも出演したこともあり、

何より、ブライアン・エプスタインがビートルズの次にマネージャーとして契約したグループです。

ブライアンは、ジョージ・マーティンに相談を持ちかけ、

ジョージは、お蔵入りにされたこの曲を、彼らのデビュー曲にしようと考えました

ジョージとしても、この曲をヒットさせ、ビートルズの面々を見返してやろう

というプライドもあったのでしょうかね



彼らはこの曲を、ビートルズのアレンジを忠実に守りながら、

より明るくマージー・ビートの雰囲気に仕上げました

そして、この曲は、ジョージの思惑通り、全英で1位を獲得したのです。


 








リードボーカルのジェリー・マースデンは、ギターの構え方が、当時のジョンの弾き方に似てますね~
 
あっ、でもこのようなギターの構え方は、彼らより以前に日本でもバタヤンの愛称で親しまれた

田端義夫さんがいましたねぇ~  (古いなぁ~



ビートルズとジェリー&ザ・ペースメイカーズは、デビュー前の1961年10月19日に、

グループを合体させ、「ビートメイカーズ」というユニットを結成したそうです。

ジョージがリードギター、ポールがリズムギター、ジョンがピアノ。

そして、ジェリーがリード・ボーカルを担当したみたいなのですが、

どんな曲を演奏したのか詳細はわかりません(スミマセン・・・


 



シングルカットする曲は、自分たちのオリジナルにしたいというジョンとポールの願望を、

ジョージ・マーティンが素直に受け入れたことにより、お互いの信頼関係がよりいっそう強いものとなり、

その後の数多くの名曲が誕生していったと言っても過言ではないですよね




*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆ ゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆  付録 *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆ ゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
 

この曲をYouTubeで探していた時、偶然見つけました


以前たのきんトリオの一人でもあり、現在では日本を代表するギタリストでもある

野村義男氏が率いていたジャニーズ事務所のバンド、「ザ・グッバイ」が、

この曲をほぼ完コピ!と言っても良いほどの出来で、演奏を披露してま~す






また「あまちゃん」関連の記事になってしまいますが、

ドラマの挿入歌 「 暦の上ではディセンバー」 を実際歌っていたのは、

昨年デビューしたアイドルグループ「ベイビーレイズ」と声優の「水瀬いのり」さんでした。


で、昨日(9/29)ダイナシティ小田原で行われた

乗り込み乗っ取りアイドル ベイビーレイズ 』 の

ミニライブイベントに行ってきました


 

ベイビーレイズ は5人組のアイドルです

 
写真左から    大矢梨華子 (おおやりかこ 愛称 リコピン )
        傳谷英里香 (でんやえりか  でんちゃん)
        林愛夏    (はやしまなつ  まなつ)
        高見奈央   (たかみなお   なおすけ)
        渡邊璃生   (わたなべりお  りおトン)


会場で9月11日に発売された5thシングル  暦の上ではディセンバー」を購入すると、

ライブ終了後の握手会に参加出来るのと、このCDは ベイビーレイズ歌唱バージョンなので、

思わず購入してしまいました~ 


 

 

CDには、5人の内、誰か一人のトレーディングカードが封入されているのですが、

自分が買ったCDには、 なおすけ が入ってました

 

 



今回は、12時と16時の2ステージでしたが、12時のライブ参戦です

本ステージ開始15分ほど前から、本人たちによる公開リハがありました

リハでは、1コーラスの長さで2曲歌い、

立ち位置やフォーメーションなどの確認を行ってました

こういうのって、ファンからすれば嬉しいですよね
 


12時 予定通りライブがスタートです

以下、12時のライブのセットリストです

 1) 暦の上ではディセンバー
 2) ゲート・オブ・ザ・タイガー
 3) ベイビーアンビシャス!
 4) SMILE
 5) 暦の上ではディセンバー


暦の上ではディセンバー」以外は、初めて聴く楽曲でしたが、

どの曲も予想以上に良い曲でしたね

また、基本的には口パクでなかったのも、好感がもてましたぁー


特に気に入った曲は、4番目に歌った「SMILE」でしょうか





1曲目「の上ではディセンバー」を歌い終わったあと観客たちのために、

メンバーによるこの曲のサビの部分の振り付けレッスンがあったので、

ラストで再度「暦の上ではディセンバー」を歌った時には、

このサビの部分では、会場が一体となりましたね~


『暦の上ではディセンバー』 のフルPV視聴はこちら → 



こうして、約25分のステージは、楽しく大盛り上がりで終了しました


ライブ終了後は、すぐに握手会となったのですが、すぐに長蛇の列となったので、

一旦会場から離れ、30分ほど過ぎてから会場に戻ったのですが、

まだ30人ほど並んでいました・・・


握手会は、ステージに横一列に手前から、

りおトン やじるし なおすけ やじるし  まなつ やじるし  でんちゃん やじるし  リコピン 

の順に並んでいました


自分は猫のシルエットが描かれたTシャツを着て行ったのですが、

最初のリコピンと握手したとたん、

「あぁ!猫だぁ~~~」と思わずリコピンが言葉を発し、

「私、猫が大好きで、家では3匹も飼っているんですよ~

と、話が盛り上がりかけたところで、背後にいたスタッフのお兄さんに流されてしまいました

まぁ~、5人のメンバーと握手出来るので、致し方ないことなのですが。。。

約1分弱の時を、メンバー5人と話すことが出来たので  でしょう


これからも全国をツアーで廻り、

12月には初のLIVE DVDの発売と、ワンマンライブも行うそうです

デビューから2年間の間に、武道館公演を実現しないと 解散  ということらしいのですが、

これからも元気いっぱい頑張ってもらいたいですね


ベイビーレイズ オフィシャルファンクラブ はココで~す 



あまちゃん 」 最終回

録画で今やっと見終わりました~


ストーリーは、ごく一般的な大団円的な内容でしたが、

ラストでクドカンはやってくれましたね~


潮騒のメモリー 」・・・

ひとつのバッキングで、潮騒のメモリーズ~天野春子~鈴鹿ひろ美 と、

リレー形式で歌ってくれました


特に、鈴鹿さんの歌うこのテンポのバージョンは初めて聴いたので、新鮮でした


もう絶対紅白で、この3組の「潮騒のメモリー」を実現してもらいたいです


「♪ 潮騒のメモリー」が、このドラマのすべてを波の如く浚っていってしまいましたね。。。