夏からスタートした新人戦の活動が終わりました。今回のブログはその活動の事を振り返って書こうと思います。まずは自分にこの大会で指揮を取ることを勧めてくださった監督、それを理解してくれて活動させてくださったチームスタッフ。そして最初から最後まで全力でチームの為に活動してくれた選手をはじめとし、新人戦に向けてケア、トレーニングをしてくれたトレーナーさんフィジカルコーチ、マネージャーさん、分析をしてくれた学生コーチのみなさん本当にありがとうございました。自分1人ではこの活動は絶対に成り立っていませんでしたし、力不足の自分が指揮をとっていた為、他方面の方にご迷惑をおかけいたしましたが無事全日程が終えることができ感謝しています。ありがとうございました。
このブログでは新人戦の大会を通しての振り返りを残させていただきます。少し長いですが最後まで読んでいただけると幸いです。
まず7月の末のリーグが折り返した時期にトップチームの桂監督から練習後に「新人戦の監督として指揮をとってみないか?」と言われました。これを聞いた時自分は、是非やらせてもらいたいと思いました。監督経験など皆無の自分にできるのかが不安でした。しかし、常日頃トップチームで活動させてもらっている中で「自分の意見」というのは大事にしていて、監督の意見に賛成する時は強く賛成し、自分の意見を聞かれた時には「わからない」や「どうなんですかね」ではなくいつでも自分の意見を答えられる状態を作っていました。
その中で来た指揮を取る話だったので個人的にはやっていけると思っていました。しかし実際はそんな甘いわけもなく何度も挫折しました。しかし今振り返ると新人戦チームの監督の話を貰ったのは自分の活動において大きな分岐点でした。そして監督を受けたのは自分のサッカー人生において非常に大きな選択だったと言えるはずです。
新人戦チームは8月の頭の練習後に行ったミーティングが初めての活動でした。テレビをグラウンドで使って大会の目標、チームコンセプトなどを共有しました。そこで初めて言ったのがこれから大会を通じて言い続ける全国大会に対する自分の気持ちです。去年の新人戦は中国大会決勝で福山大学に自分が担当させてもらっていたセットプレーから0-1で敗戦し、全国の切符を掴み取れませんでした。その悔しさから千葉に新人戦全国大会を1人で見に行きました。フェンスの外から自分たちが負けた福山大学が中国代表として法政大学や新潟医療福祉大学などと試合をして経験を積んでいる姿。そしてフェンスの外にいる自分の隣には何人ものJスカウト。
そして何よりグループリーグなので最低でも3試合できるという魅力のある大会を見ました。決勝での敗戦をさらに悔やみましたがそれと同時に来年は絶対に行くんだという強い気持ちに変わりました。この事はこの大会を通じて大事なポイントで何度も話してきました。選手もそれをモチベーションに戦ってくれました。
試合の始まりは8月6日に愛媛FCとの練習試合があってそこで後半45分をいただいて新人戦チームで挑んだ活動が新人戦チームとして最初の試合でした。45分で0-2。苦いスタートを切ったのを覚えています。そこから2週間後にグループリーグの初戦があって新人戦大会が始まっていきました。リーグで試合に絡めず出場時間を十分にシーズンを通して積んできていない選手が多く初戦はまさかの足を攣る選手が続出し、ラスト15分は交代枠を使い切り、足を攣っている選手3人を相手ペナルティエリアの近くに居させて「そこ居たらいいから」とベンチからコーチングをした覚えがあります。そんなスタートでした。リーグも中断していて練習も持たせてもらっていたので新人戦メンバーの体力強化を計りました。その中でもデータを使いながらハイインテンシティを定義し数字も見せながら90分間で高強度の運動ができるベースを作りました。最初、選手がHIのトレーニングを受け入れてくれるか不安でしたが、天皇杯、総理大臣杯と主要大会の本大会出場を逃していただけあって全力で向き合ってくれました。みんなの頑張りもありグループリーグを突破し、準決勝へと進みました。準決勝はカウンターを強みとする相手を防ぎこむために中国地方でIPUらしからぬ方法での勝利。様々な意見をもらいました。個人としてはそこで色々気付けた部分であったり、自分たちをもう一度見直すことができました。
そして決勝は広島文化と。先制点を許す形で始まった試合でしたがセットプレーからの2得点で逆転勝利で去年のリベンジを果たしました。嬉しかった。正直半端なく嬉しかった。肩に付いていた重りが試合終了のホイッスルを聞いた瞬間に落ちたような感覚でした。
しかし、IPUとして全国に出るのはマスト。自分もここから。と言い聞かせていましたがどこかうまく行っていると勘違いしていた部分があったのかもしれません。中国地方を優勝して全国までの移動を除く2週間で全国大会を想定し、土,日,月の3日連続の試合を計画しました。そこで体力面での目安を作る事、全国大会での戦い方を落とし込むことを目的としましたがうまくいきませんでした。出発2週連続で高校生相手に90分ゲームをに勝てない。1週前に関しては敗戦。準備していたミドルプレス、ビルドアップも全くうまく落とし込めず最終日の紅白戦では大会に悪影響だと思い途中で切りやめ。たまらなく辛かったしどうすれば良いのか正直わかりませんでした。自分が考えたベースも信じれなくなっていました。ただその中でキャプテンを中心に割り切って耳を傾け、実践をしようとしてくれたのが救いでした。ラスト1週間というか3日でなんとか立て直すことができ、全国大会に行けました。
全国大会では今年初戦の関西第一代表の桃山学院大学とは1-3、関東第二代表の早稲田に1-2。そして東海代表の東海学園大学に2-2で大会を終えました。振り返るとある程度予想はしていましたが初戦の想像以上の難しさを思い知りました。ベンチからもコントロールしてあげられず攻守共に準備して来たことがベースにはあるけどなかなか試合の展開に慣れない時間がありました。本当にもったいにない初戦の敗戦。そして2戦目の早稲田は初戦の修正もかけれたし、選手も場に良い意味でなれた試合を展開できました。しかし関東の硬いゴールをこじ開けられず、逆に決定力の高い攻撃陣に試合を決められ1-2の敗戦。選手も相当悔しかったと思います。そしてグループ最終戦は2点差以上の勝利でグループ突破の可能性もあった中で先制をすることができ試合を進めていきましたが、前半のうちに追いつかれ折り返し、後半突き放し一時は2-1でしたが再び追いつかれ2-2で終了。最後までチームを全国で勝たせてあげられませんでした。1分2敗。これが自分が率いったチームの全国での結果です。とにかく悔しいです。
何が悪く、今後のチーム、自分に繋げていくかは岡山に帰って少し時間をかけて出します。今はとにかく悔しい。そしてこの大会に関わってくれた方に感謝の気持ちでいっぱいです。
本当に成長したチームを見て何度も影響されました。キャプテン雄平、副キャプテンをしてくれた蓮、修也。修也は怪我で全国に一緒に来れなかったけど常に出来ることをやってくれた。ミーティングの動画を流した時もみんなから修也への愛を感じた。守備コンセプト通りのCBで最後尾でハードワークし続けた蓮。間違えなく新人戦チームの立ち上げの時だったら90分ゲームをこの緊張感の中3日間ブラさずできなかったと思う。雄平は一回だいぶ突き放すような事を言ってしまったんだけど彼は何度も何度もトライとエラーを繰り返して本当に絶対的な存在になってくれた。彼の力なしには間違えなくこの大会ここまで来れなかった。10番田口は、、、。
読んでもらってわかるように書き出したり話し出したら止まんないんでここら辺にしておきます。最後まで読んでいただきありがとうございました。今後とも環太平洋大学体育会サッカー部をよろしくお願い致します。