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IPU・環太平洋大学サッカー部公式ブログ

環太平洋大学サッカー部の公式Blogです。
試合戦評はもちろん、地域貢献、ボランティア、普及活動、イベント企画など様々な活動の報告を選手自身が行います。

こんにちは。Aチーム2年の後藤雄平です。
今回は、新人戦全国大会についての感想を書きたいと思います。



12月18日から行われた新人戦全国大会。チームの目標は、予選を突破することでした。全国の強豪相手にどれくらい通用するのか。勝つことを目標にこの大会に挑みました。先に結果を言うと、一分けニ敗で予選敗退という結果で終わりました。勝つことすらできなかった現状。とても悔しかったし自分達の実力の無さを痛いほど痛感しました。しかし、何もできなかったわけでは無かったと思います。



桃山学院大学、早稲田大学、東海学園大学という全国で名の知れる強豪相手に最後まで追いつけそうな試合もあったし先制できた試合もありました。勝つことはできませんでしたが遠い存在ではないことを感じることができました。
その中で、これから先全国で勝って行くために必要だと思うことは全員の意識レベルを高くすることです。練習の基準やリーグの試合内容の基準をもっともっと高くしないと全国に出た時に勝てないことが分かりました。自分達では100%でやっているつもりでも全国に出ればその基準は低いものになるし相手からすればそれほど怖くないと思います。



だからこそ、当たり前の基準を上げることが必要です。全員で高いレベルで要求し合うこと、それが継続できれば全国で勝てるチームになると思います。この経験ができて良かった。で終わるのではなくて、この経験を今後に繋げてチームとして強くなります。そして次全国に出た時には勝てるように毎日練習していきます。



個人としては、センターバックとしての力の無さを感じました。毎試合複数失点。ほとんどが自分のところからの失点でした。今までやったことのない上手いフォワードばかりで、一瞬の駆け引きや抜け出しでマークを外され何度もピンチをつくられました。少しでも隙をつくると失点まで持っていかれるし、一つ先や二つ先のことを考えてプレーしているなと思いました。中国地方ではできない経験を全国大会でできたので、何もできなかった悔しさを忘れずに毎日練習していきたいです。そしてチームを勝たせるセンターバックになります。

IPUサッカー部の歴史を変える。これは僕がずっと持ち続けている思いです。歴史を変えるということは、全国大会でベスト4に入ることや優勝することを意味します。決して簡単な道ではありませんが必ず達成してみせます。その為にも、今回の悔しさを持ち続け謙虚に誠実に努力して成長します。

最後になりましたが、今大会を通して支えてくださった、マネージャーやトレーナーのスタッフの方々、本当にありがとうございました。そしてサッカー部の仲間の応援も本当に力になりました。ありがとう。たくさんの人に支えられていることを忘れずにこれからも頑張っていきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
こんにちは、Aチーム2年生の北奥蓮です
今回新人戦全国大会を終えて感じた事をここで書かせて頂きたいと思いますので良かったら見てください。

約半年間の新人戦の活動を終えて今感じてる事は、いつだってチャレンジャーだと言うことです。




この活動が始まった時は90分をまともに走りきる体力などが無い状態で始まりもがき続ける日々をみんな過ごしていました。それでも予選リーグを突破して準決勝、決勝とみんなの力で突破することが出来ました。
全国大会までにもっと成長しようとトレーニングに励んで来たけど上手くいかない時の方が多かったです。その度にトレーニングの後みんなで集まって話し合ったりを毎日のようにしていました。そして自分達は中国の代表だという責任を持って全国大会に挑み強豪の大学と3日連続試合というハードスケジュールをスタッフ合わせて全員で闘いました。



結果は1分2敗という結果で終わってしまいましたが試合の中で得るものは沢山ありました。自分達は失敗してもいいからどんどん
チャレンジしようをモットーに強豪相手に挑みました。そして今までで1番いい内容で試合が出来ていたと自分は思いました。充分闘えていた、ハードワークでも負けていない、
けど技術の差やフィジカルの差などは相手の方が1つ2つ上回っていました。



この大会を通して最高の仲間と喜怒哀楽を過ごしてきてとても成長した大会になったかなと思いました。
そして、沢山のサポートをしてくれたスタッフの方や、保護者の方達には本当に感謝の気持ちしかないです。



また来年天皇杯、インカレ、総理大臣杯と必ず全国の舞台に戻ってくるのでそこでまた成長した姿を見せれればいいなと思いますので応援宜しくお願いします。
僕のサッカー人生
大学サッカー4年間があっという間に終わり、サッカーのない、非日常を過ごしいてるのですがこれまでのサッカー人生を少しでも振り返りたく今回、僕のサッカー人生というテーマで書かせていただいきます。少し自己満なブログになっているかもしれませんが最後まで読んでいただけると嬉しいです。



近所の陸上部からサッカーの街クラブに入部した小学3年生。あの頃はただ単に、仲良い友達とボールを蹴れていたこと、学校も部活も一緒に過ごせたこと、土日遠征先で共に宿泊できたことそんな、日々がとにかく楽しく、これから先サッカーを通じて様々な経験、大切な友人と出会うと振り返った時に、自分にサッカーチームを紹介してくれた友人には本当に感謝しかないです。とにかくサッカーのもつ魅力というものに惹かれたのが小学生でした。



そのまま、小学生の友人と中学のクラブチームへと上がるわけですが、今まで楽しくボールを蹴っていた環境から一変し、頭を使わないとメンバーに入れない、技術もプレーの特徴もないと厳しい環境下になりました。足も早くなければ、体も大きくない、技術があるわけでもなければ得点も決めれない。そんな選手がどうしたら試合に出られるのか日々練習を通して努力し考えていました。少しサッカーは、もういいかなと正直挫折していた頃でもあり、高校は何かテニスか何かしようかななんて思ってもいました。でも今振り返るとクラブユース3年連続出場の結果を出せ、今までのサッカー人生で1番結果を残せた期間でもあり、小学生の友人にプラスして最高のメンバーと出会い、凄いスポーツに対して本気で向き合うことの素晴らしさを教わった中学生でした。そんな中学生の自分が長崎県選手権決勝でスタジアムで見た赤と白のユニフォーム海星に憧れを持ち、入学を決めるわけですが、とてもかっこいい姿の裏にきつい努力があることに思い知らされ早く3年間終わってくれ、そう思っていました。学校に来る時も練習に来る時も、3合弁当を持参しろ。海星の伝統です。とてもじゃないですけど食べきれません。地獄の水辺ラン。学校から練習場までの三和ラン。そんなきつい練習を乗り越えてのスタジアムでの景色だと思うと頑張ることはできましたが、ベスト8これが高校3年生の時に残った結果でした。



少しサッカーに対して後悔ともっと、結果を残したいと思いがあり大学でもサッカーを続けることを決めました。入学し始めてFCの練習に参加したのですが、4体2の鳥籠をすることになり一生ボールを取れず入部を後悔したのを覚えてます。FCのサッカーを2年間経験し、サッカーを戦術的に考えるようになり、サッカーは、チームスポーツであり、距離の近いパス交換、ポジショニングで相手の立ってる位置は変わり、今まで考えていなかった角度でのサッカー理解ができよりサッカーに対して思いが強くなりもう、サッカーを本気でできないのかと思うと少し後悔が残っているような気がします。



今まで長かったようで短く、苦しく楽しかったサッカーですが、何と言っても大好きなメンバーと出会えたことこれが1番の財産です。大学3年生の時に出会った西山くん、藤澤くん、来年は絶対i2に負けないよう頑張ってください。岡山まで応援しに行きたいんで、良い報告待ってます。大好きな後輩とサッカーを通してメンバーと出会えたと思うと最高のサッカー人生でした。最後まで読んでいただきありがとうございました。





全国の夢

環太平洋大学
新本麟です。
14年間のサッカー人生に幕を閉じました。
プレーオフ準決勝
目の前で点を入れられた記憶が今も頭から離れません。
あれを守ればなにか変わっていたのかなと今でも思います。
去年自分はi2で全国出場を果たしました。
結果は全国3位。
あとすこしのところで全国優勝を逃した。
そして決定機を2本外した。
その大会の決勝、自分たちと同じ状況で大阪学院大学が2点差から同点に追いつきPK戦をものにし優勝した。
その瞬間本当に悔しい気持ちだった。
あの一点を決めたら、そんなことを考えながら岡山に帰った。
引退した四年生に、怪我の影響でサッカーをやめたキムの分も
ここで流した涙、悔しさを絶対に忘れないでおこう、成長してこの舞台に帰ってこようと思った。
この一年いままでにないくらい努力した。
毎日シュート練習なんてしたことなかった。
このチームで勝ちたい、このチームを勝たせれる選手になりたい、まだまだ長くこのチームでサッカーしていたい。
その気持ちが自分を成長させてくれた。
正直言葉では表さないけど
このチームで誰よりもこのチームを愛している自信がある。大好きだ
迎えたプレーオフ準決勝i2戦、正直今のi1に勝てるチームなんておらへんって思うくらい強いチームになってたとおもう。
先制点はi1がとり今回は何か違うと絶対に勝てると思い、どこかホッとしたところがありました。
しかし前半終了間際、リスク管理が甘く、カウンターをくらい失点。
僕の脇腹にあたりコースが変わり入りました。
今思えば顔面でもなんでもいいから死守しなければなかったと思います。
あの瞬間がいまだに脳裏から離れません。
90分、延長でも決着がつかずPK戦に。
サッカーにPKなんてなければいいのにと思いました。
3年生2人が枠外に外し、準決勝敗退。
負けを認めたくなかった。涙を流したくなかった。
あの日の試合はまだ見れません。
見たら気持ちが落ちてしまいそうで怖いから。
整理がついたらみようと思います。
本当に楽しい1年間でした。
しんどいこと、辛いこと、楽しいこといろんなことをこのチームと乗り越えた。
頼りあるキャプテンが今日もりん頼むでっていつも頼ってくれてた。
そんなことサッカー人生の中で言われたことがなかった。
すごく幸せだった。
最後助けれなくて本当に申し訳ない。
ほんまにこのチームのキャプテンをしてくれてありがとう。そーまのおかげでこのチームはめちゃくちゃ強かった。
サッカー人生でいちばんのキャプテンやったよ。
ありがとう。



ここまで支えてくれた家族には本当に感謝しかない。小学校、中学校、高校、大学とサッカーさしてくれてサッカーに出会わせてくれてありがとう。ほんまにたくさんの最高の仲間に出会えた。
2年間支えてくれた彼女にも感謝しかない。
あなたのおかげでここまでやってこれた。
しんどい時も辛い時もそばにいてくれてありがとう。これから迷惑ばかりかけるかもしれないけどよろしくね。大好きです。
照英
照英と出会えてよかった。
最初FCで一緒なった時
同じくらいの身長やのに試合出ててこいつほんますげぇなってめっちゃうまいなって思ってた。
大学生活一生ずっと一緒におったし
サッカーの試合の時も横見たら照英おるし
どんだけおれのこと好きやねんって思ったけど
おれもほんまに大好きやし愛してるよ
いっつも照英にこんなこと言わへんから恥ずかしいね。
ほんまに4年間ありがとう。
まさ
FCの時から遊びに行くのも3人で、
試合出る時も3人で
i2で全国出たのも3人で
最後3人で一緒にサッカーできた。
ほんまに楽しかったね。
最近サッカーの調子がいいみたいやから
このままもっともっと調子上げて
いつかプロになってね
めっちゃ自慢しまくるわ。
一緒にサッカーできて楽しかった。
4年間ほんまにありがとう。
あべちゃん最後の練習になった時
まだまだサッカーやるでって言ってくれて正直泣きそうやった。
まだまだ一緒にサッカーしたかったね。
もっと一緒におりたかったね。
一緒に試合出たかったね。
ほんまに楽しかった。
ありがとう。
みんなのこと書きたいけど長くなるからやめる。
このチームでもっともっとサッカーしたかった。
このチームで上に行きたかった。
おれのチームすごいやろってめっちゃ強いやろって言いたかった。
最後一年このチームでサッカーできてよかった。
みんなと出会えてよかった。
ありがとう。
こんな素敵な仲間に出会わせてくれた
サッカーありがとう。



こんにちは。環太平洋大学iリーグA所属4年の洲之内亮太です。今回、ブログを書く最後の機会ということで僕の大学サッカーについてを書かせていただきます。とても長い文になるので覚悟して読んでください。



 まず僕のサッカー人生の中で1番大学サッカーが充実してました。中学からちゃんとサッカーを始めて中学の時は市大会で負けて引退。高校では県大会にすら出たことありません。県大会の枠をかけたトーナメントで毎回負けてました。そんな僕からしたら環太平洋大学のサッカー部のレベルが高すぎて最初本当にビックリしました。今まで自分がやっていたのはサッカーなのかどうか疑うほどでした。僕は1番下のカテゴリーi5からのスタートでした。当然だと思いながらしかし少し悔しい気持ちもありました。1週間で1番嫌な日はi2との合同練習、i2の先輩たちがうますぎて一緒に練習することが恥ずかしくなるほどでした。i2の先輩たちに「お前ら動く赤コーン」と言われたことを今でも覚えています。



2年ではi4、3年ではi3と1つずつですがカテゴリーが上がっていくことに喜びと嬉しさを感じるとともに、同級生は上のカテゴリーで活躍している、同じカテゴリーに同級生はいなく後輩ばかりということに悔しさと情けなさを感じていました。僕は怪我が多く、教員志望ということもあり3年の時に休部しようか本当に悩んだ時期がありました。健さんからキーパーコーチの補助もしてほしいとも言われ、トップチームには仲のいい友達がたくさんいることをありたくさん悩みました。僕がプレイヤーとしてサッカーを続けるのは大学までだと思っていたので最後までやりきりたい、自分自身によく頑張ったと言えるように教員の勉強を自分のペースですがやりながら休部せずに続けようと決めました。4年になって憧れだったi1に上がることができました。周りを見れば、ユース出身のやつ、国体経験のあるやつ、強豪校出身のやつばかりで自分なんてどこ!!みたいなところ出身だったのでよくいじられていました。i1に上がれたことも嬉しかったですが、それよりも同級生と最後の年に一緒にプレーできることが本当に幸せでした。i1の目標は『全国制覇』僕からしたら県大会出場を目標にしかしてこなかったので戸惑いの方が大きかったです。1回も県大会にすら出たことないのに自分は何を言っているのだと。しかし、そんな大きな夢を見ることのできるメンバーが揃っていたと思っています。降屋さんからよく「お前たちの試合を観てファンになるようなサッカーをするように」と言われ続けてました。僕自身がi1の1番のファンになっていました。本当にみんなうまくて取られないし、決められても取り返してくれるしこんな頼りになるチームメイト他にいないと思います。夏の和倉遠征、優勝することができてそのピッチに立たせてもらうこともできて本当に嬉しかったです。優勝というものを経験したのが初めてだったのでこんなに勝つって気持ちよくて嬉しいものなんだ、スポーツって最高だと思った瞬間です。全国制覇も夢じゃない、おれらならやれるって思っていました。リーグ戦1位で通過し勝負のプレーオフ。絶対に勝つ、負けるなんて考えてもいませんでした。i1というチームは順調に進んでいましたが、僕自身は順調とはいえませんでした。試合に絡むことができず今だから言えますが家に帰って1人で泣くことありました。チームのために何もできていない自分が情けなかったです。自分に何ができるのかチームのために何ができるか必死に考えた結果、みんながやりたがらない雑務、掃除、道具の準備、紅白戦や練習試合の時の審判をすることです。正直、やりたくなかったです。4年生にもなって雑用ばかり本当に自分が情けなくなり準備しながら涙が溢れてきたこともあります。このチームで少しでも長くサッカーがしたくてチームのためになるのならという想いでやっていました。リーグ戦の時もみんなより少し早く来て道具の準備をして、ミーティング終わったらすぐ降りて、また準備。リーグ戦の時が特に悔しかったです。泣きながらでもみんなにはきづかれないようにと必死にバレないようにしていました。少しでも綺麗なボールを使って欲しかったから綺麗なボールを30球選んだりベンチを綺麗にしたりと自分なりに努力したつもりです。マネージャーのあんなちゃん一緒に準備してくれてありがとう!!僕の中で支えになってました。この頃の僕のサッカーを続けていた理由は、両親を全国大会に連れて行きたかったからです。今までずっと応援してくれたから最後に全国大会に連れていって少しでも恩返しがしたいと言う思いでした。プレーオフの結果は、準決勝でi2にPK戦で負けて引退。本当に悔しかった。あんなに泣いたことはありません。みんなの顔を見ると自然と涙が溢れてきました。負けはしましたが1番楽しかった試合です。本当に楽しい大学サッカーでした。ありがとう。

 次の週のi2の決勝戦。僕のメンタル的に応援する気が湧いてきませんでした。そのことを父に言うと「しんどい時にしんどいことをして男の懐の深さを見せればいい。」と言われました。始めて父がカッコよく思ったし大きく感じました。父の言葉を胸に決勝戦の応援は1番声出して応援したって言えるくらいやりきりました。優勝を決め試合終わった後、みんなで喜んでいる中、呆然と立ち尽くしていた僕に1人のi2の選手が他の人を振り払って抱きついてきてくれました。その時のことは絶対に忘れません。1番可愛がった後輩だっただけに本当に嬉しかった。ありがとう。
 この大学サッカーいろんな人たちの支えのおかげでやり遂げることができました。しんどいこともたくさんあったけど、それよりも本当に楽しかったし続けてきてよかったです。特に、ひろ、やまと、たか、こうへい、たくと、のぶ、そうまこの7人の存在は僕の中でとても大きかったです。たくさんありがとう!1、2、3年生のみんな、これから入ってくる後輩たち真面目にやり続ければ必ず見ててくれる人たちがいるので腐らずにやり続けてください。



 今までサッカーを通して出会ったチームメイト、監督、コーチありがとうございました。その出会い、経験が僕にとって大事な財産です。そして何よりも両親。ここまでサッカーをさせてくれてありがとう。支えてくれてありがとう。全国大会連れて行ってあげれなくてごめんなさい。けど一生懸命頑張ったから許してね。

これからも僕のことよろしくお願いします‼️
 とても長くなりまとまりのない文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。これからも環太平洋大学サッカー部をよろしくお願いします。