近所の陸上部からサッカーの街クラブに入部した小学3年生。あの頃はただ単に、仲良い友達とボールを蹴れていたこと、学校も部活も一緒に過ごせたこと、土日遠征先で共に宿泊できたことそんな、日々がとにかく楽しく、これから先サッカーを通じて様々な経験、大切な友人と出会うと振り返った時に、自分にサッカーチームを紹介してくれた友人には本当に感謝しかないです。とにかくサッカーのもつ魅力というものに惹かれたのが小学生でした。
そのまま、小学生の友人と中学のクラブチームへと上がるわけですが、今まで楽しくボールを蹴っていた環境から一変し、頭を使わないとメンバーに入れない、技術もプレーの特徴もないと厳しい環境下になりました。足も早くなければ、体も大きくない、技術があるわけでもなければ得点も決めれない。そんな選手がどうしたら試合に出られるのか日々練習を通して努力し考えていました。少しサッカーは、もういいかなと正直挫折していた頃でもあり、高校は何かテニスか何かしようかななんて思ってもいました。でも今振り返るとクラブユース3年連続出場の結果を出せ、今までのサッカー人生で1番結果を残せた期間でもあり、小学生の友人にプラスして最高のメンバーと出会い、凄いスポーツに対して本気で向き合うことの素晴らしさを教わった中学生でした。そんな中学生の自分が長崎県選手権決勝でスタジアムで見た赤と白のユニフォーム海星に憧れを持ち、入学を決めるわけですが、とてもかっこいい姿の裏にきつい努力があることに思い知らされ早く3年間終わってくれ、そう思っていました。学校に来る時も練習に来る時も、3合弁当を持参しろ。海星の伝統です。とてもじゃないですけど食べきれません。地獄の水辺ラン。学校から練習場までの三和ラン。そんなきつい練習を乗り越えてのスタジアムでの景色だと思うと頑張ることはできましたが、ベスト8これが高校3年生の時に残った結果でした。
少しサッカーに対して後悔ともっと、結果を残したいと思いがあり大学でもサッカーを続けることを決めました。入学し始めてFCの練習に参加したのですが、4体2の鳥籠をすることになり一生ボールを取れず入部を後悔したのを覚えてます。FCのサッカーを2年間経験し、サッカーを戦術的に考えるようになり、サッカーは、チームスポーツであり、距離の近いパス交換、ポジショニングで相手の立ってる位置は変わり、今まで考えていなかった角度でのサッカー理解ができよりサッカーに対して思いが強くなりもう、サッカーを本気でできないのかと思うと少し後悔が残っているような気がします。
今まで長かったようで短く、苦しく楽しかったサッカーですが、何と言っても大好きなメンバーと出会えたことこれが1番の財産です。大学3年生の時に出会った西山くん、藤澤くん、来年は絶対i2に負けないよう頑張ってください。岡山まで応援しに行きたいんで、良い報告待ってます。大好きな後輩とサッカーを通してメンバーと出会えたと思うと最高のサッカー人生でした。最後まで読んでいただきありがとうございました。
2年ではi4、3年ではi3と1つずつですがカテゴリーが上がっていくことに喜びと嬉しさを感じるとともに、同級生は上のカテゴリーで活躍している、同じカテゴリーに同級生はいなく後輩ばかりということに悔しさと情けなさを感じていました。僕は怪我が多く、教員志望ということもあり3年の時に休部しようか本当に悩んだ時期がありました。健さんからキーパーコーチの補助もしてほしいとも言われ、トップチームには仲のいい友達がたくさんいることをありたくさん悩みました。僕がプレイヤーとしてサッカーを続けるのは大学までだと思っていたので最後までやりきりたい、自分自身によく頑張ったと言えるように教員の勉強を自分のペースですがやりながら休部せずに続けようと決めました。4年になって憧れだったi1に上がることができました。周りを見れば、ユース出身のやつ、国体経験のあるやつ、強豪校出身のやつばかりで自分なんてどこ!!みたいなところ出身だったのでよくいじられていました。i1に上がれたことも嬉しかったですが、それよりも同級生と最後の年に一緒にプレーできることが本当に幸せでした。i1の目標は『全国制覇』僕からしたら県大会出場を目標にしかしてこなかったので戸惑いの方が大きかったです。1回も県大会にすら出たことないのに自分は何を言っているのだと。しかし、そんな大きな夢を見ることのできるメンバーが揃っていたと思っています。降屋さんからよく「お前たちの試合を観てファンになるようなサッカーをするように」と言われ続けてました。僕自身がi1の1番のファンになっていました。本当にみんなうまくて取られないし、決められても取り返してくれるしこんな頼りになるチームメイト他にいないと思います。夏の和倉遠征、優勝することができてそのピッチに立たせてもらうこともできて本当に嬉しかったです。優勝というものを経験したのが初めてだったのでこんなに勝つって気持ちよくて嬉しいものなんだ、スポーツって最高だと思った瞬間です。全国制覇も夢じゃない、おれらならやれるって思っていました。リーグ戦1位で通過し勝負のプレーオフ。絶対に勝つ、負けるなんて考えてもいませんでした。i1というチームは順調に進んでいましたが、僕自身は順調とはいえませんでした。試合に絡むことができず今だから言えますが家に帰って1人で泣くことありました。チームのために何もできていない自分が情けなかったです。自分に何ができるのかチームのために何ができるか必死に考えた結果、みんながやりたがらない雑務、掃除、道具の準備、紅白戦や練習試合の時の審判をすることです。正直、やりたくなかったです。4年生にもなって雑用ばかり本当に自分が情けなくなり準備しながら涙が溢れてきたこともあります。このチームで少しでも長くサッカーがしたくてチームのためになるのならという想いでやっていました。リーグ戦の時もみんなより少し早く来て道具の準備をして、ミーティング終わったらすぐ降りて、また準備。リーグ戦の時が特に悔しかったです。泣きながらでもみんなにはきづかれないようにと必死にバレないようにしていました。少しでも綺麗なボールを使って欲しかったから綺麗なボールを30球選んだりベンチを綺麗にしたりと自分なりに努力したつもりです。マネージャーのあんなちゃん一緒に準備してくれてありがとう!!僕の中で支えになってました。この頃の僕のサッカーを続けていた理由は、両親を全国大会に連れて行きたかったからです。今までずっと応援してくれたから最後に全国大会に連れていって少しでも恩返しがしたいと言う思いでした。プレーオフの結果は、準決勝でi2にPK戦で負けて引退。本当に悔しかった。あんなに泣いたことはありません。みんなの顔を見ると自然と涙が溢れてきました。負けはしましたが1番楽しかった試合です。本当に楽しい大学サッカーでした。ありがとう。
今までサッカーを通して出会ったチームメイト、監督、コーチありがとうございました。その出会い、経験が僕にとって大事な財産です。そして何よりも両親。ここまでサッカーをさせてくれてありがとう。支えてくれてありがとう。全国大会連れて行ってあげれなくてごめんなさい。けど一生懸命頑張ったから許してね。


















