I Pray For... -8ページ目

I Pray For...

ショートショートやナチュラルストーンのハンドメイドアクセサリーなど、
何かを書いたり作ったり。羽生結弦選手について勝手に語ったり。
好きな音楽や芝居のことなども時折熱く語ります?

いわれてみればなるほど、本当にひどい顔だ。


「おまえ、笑っちゃう位ひどい顔だぞ、とりあえず顔洗ってこいよ」

の声に慌てて覗き込んだ鏡の向こうには、マスカラは涙で落ちて目の下は
真っ黒で、ファンデーションも流れ、崩れきっている。


エキサイトしていたケンカの続きも忘れ、慌てて洗面所に飛び込み、
あぁ、ウオータープルーフは水には強くても女の涙には弱いらしいわね、
なんて訳のわからないことを一人ブツブツとつぶやきながら
何度も何度も顔をゴシゴシ洗った。


初めての大喧嘩だった。そもそもの原因は何だったっけ?確か、すごく
ささいなことだったはず。なのにこんなに泣いて叫んで罵り合ったのは、
今まで押さえてきたお互いの感情が爆発してしまったんだろう。


スッピンの顔が鏡に映る。頬も目も人の顔はこんなに赤くなるのかと
ほれぼれしそうな鮮やかな赤。そして、パンパンに腫れた顔。

まるであんぱんマンみたいな自分の顔を見ていると、なさけないかな、
自分で自分を笑ってしまう。あぁ、もう、なんだか力ぬけちゃった。


「ふぅ、泣いて叫んで怒ったら喉渇いたよぉ。」

同じく妙に力のぬけた感じのアイツの背中に向かって話し掛ける。


「おいおい、そうくるかぁ?」

振り向いたアイツは、のろのろと立ち上がり冷蔵庫へと手を伸ばした。


「まったく、おまえらしいことで。それっ」

ポーンと投げられた缶はすっぽりと私の手に納まる。
缶を頬にあててみた。キーンと冷たくて、すごく気持ち良い。


「シュプッ!」

缶を開けるとビールの泡が勢いよく溢れ出した。
慌てて缶からこぼれそうな泡をすすり、ぐいっとビールを喉に流し込んだ。


「あぁ、おいしい~」

からからに乾いた喉にビールの炭酸の刺激がたまらない。
ひんやりとしたビールが体の中の熱を冷ましてくれる。

もうさっきのケンカなんてどうでもいいからとりあえず、ビールだ。


「ほんと、うまそうに飲むやつだね、俺も飲むかなぁ」

アイツはもう一度立ち上がって、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。


「パシュッ!」

なぜか腰に手を当てて「牛乳一気スタイル」で飲む癖があるようだ。
その姿がなんともおかしくて思わず吹き出してしまった。


「なんだよ、こうやって飲むとなぁ、うまいんだぞぉ」

あぁ、だめだめ、笑いは止まらない。今度はアイツも顔が真っ赤に
なっている。そして、あきらめたように笑いはじめた。


「さっきまであんなに泣いてたくせにまったく変な女だなぁ」
「さっきまであんなに怒ってたくせにまったく変な男だねぇ」


お互い同時にくすくすと笑い出す。どうやら私たちは「雨降って地固まる」
ではなく「ビール飲んで地固める」仲らしい。


「大成功~」


生徒会長の満足げな声。真っ二つにきれいに割れたくす玉から紙ふぶきとともに
キラキラ光る細かい粉、その名も「キラキラパウダー」なるものが舞っている。

フロアの生徒達の紺色の地味な制服の上に赤や青、金や銀といった華やかなパウ
ダーが振り掛かっていく様は想像以上に、それはそれはあでやかだった。


思いのほかきれいなその世界にぼんやりと見とれているその時、誰かが叫んだ。


「な、なんなんだ?」

「ちょっとぉ!なに??これ!!」

「おい!生徒会!何入れたんだよ!くす玉のなか!」


あちらこちらから卒業生の叫び声が聞こえる。
いくらぱたぱたと制服をはたいても、キラキラ光るそれはそう簡単には落ちるも
のではない。ただでさえ、空気が乾いているこの季節にふさわしいハードな静電
気。家路をたどるその時もきっとどこかが光ってるはずだ。


隣を見ると生徒会長も副会長もにやにやしている。そして御満悦な笑顔は書記
の先輩。経理のわたしと監査の先輩は思わず握手をする。

「最後のいたずらは大成功だな」

会長がにやりと笑ってVサインをした。


なんのことはない。我々生徒会の最後の仕事がこの「卒業生を送る会」だった
だけだ。その最後の仕事にちょっとしたいたずらをしないか?といったのは
茶目っ気たっぷりの生徒会長。そういうのもいいんじゃないか?といったのは生
徒に間違えられるくらい童顔の顧問先生。どうせなら、全生徒に悪戯したいなぁ
ということで、くす玉に何か仕掛けようといったのはわたし。そんなときに、
タイミングよく例の「キラキラパウダー」を文房具店で見つけてきたのは副会長
だった。


あっという間に紙切れをただ切る退屈なくす玉作りは、こよ上なく楽しい作業
になった。3cm角の小さな透明の箱に入った「キラキラパウダー」を4箱を万遍
なく紙切れにまぶしてくす玉を閉じた時はわくわくした。

そしてその史上初のキラキラ光るくす玉の誕生は、我々生徒会の最後の仕事に
ふさわしいものとなり、全生徒の制服をキラキラ光る制服にしてしまったのだ。

むろんその後は恒例の打ち上げがまっていた。楽しい打ち上げも今日で最後だ。

「ささ!今日は俺のおごりだ!」

顧問先生は大きな袋を両手に提げて生徒会室にやってきた。袋に群がるたくさん
の手がテーブルの上に広げたのは、たくさんのおかしと缶ジュース、,

そしてなぜか一本だけある缶ビール。


「おい!そのビールは俺のだ!」

顧問先生はさっとビールを取り上げて、シュパッっと缶を開けた。

「よーし!準備はいいか?さ!われわれ生徒会!最後のいたずらに乾杯!」

生徒会長の乾杯の音頭、この音頭を聴くのも今日で最後だ。


「かんぱーい!」


ひときわ大きい声が誰もいない廊下に響いて消えていった。どんなに時間が過ぎ
ても今日のことはきっと忘れないと思うよ、って小さくつぶやいた声とともに。






そんなの嘘だ。どうして?あたしは認めない。


確かにそこにあの人は横たわっていて、そして今まで見たことのない
青ざめた顔色をして目を閉じているけれど、そんなことあたしは認めない。


こんな地下の薄暗い部屋はあの人には似合わないから、あの人の手を引いて
この部屋から出たいんだけど、いくら引っ張っても起きてはくれない。
どうして起きてくれないんだろう?ねぇ?どうして?どうしてなの?
どんなに問い掛けてもあの人は答えてくれない。


いろいろな人たちが入れ替わり立ち代わり、あの人の周りに白い花を飾る。
あたしは白い花のように、頭の中は真っ白で何かを感じることも
考えることも放棄している。わかっているのは今、隣にあの人がいないことだけ。

誰かがあたしに何かを言った。それはとても悲しい言葉だったような気がするけど
言葉たちはあっという間に白い世界にとけてしまったきり。


夜中の長電話も、週末の約束なんてなくても、あの人がいないことの理由になんてならない。
そう、あたしの側にいないことさえ理由になんてならないんだ、ならないんだ。

時間だけがあたしの前を通り過ぎる。あたしは今もあの場所にいて、あの時間から
抜け出せないでいる。


凍てついた唇は、あの人のくちづけを待っているのに。あの人の唇がみつからない。

凍てついた体は、あの人の抱擁を待っているのに。あの人の姿がみつからない。


まだ、あたし、さよならさえ言っていないのに。まだ、なにひとつ言っていないのに。

あたしのなかで、言えなかった言葉たちが今日もまた一つ息絶えていく。

凍てついたあたしの心とともに。