魚津へ、そして糸魚川へ | みののかみのブログ アメブロ版

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美濃国出身・在住のみののかみが日々気付いたこと・感じたことを書き出すもの也

史跡および日帰り天然温泉の訪問記が殆どと成り候

電鉄富山駅を発車した

宇奈月温泉行き特急「うなづき1号」で、

電鉄魚津駅を目指す。🚆

特急のため停車駅が限られ、
通過していく駅が多いが、
運転席の斜め後ろの座席から前方を見ると、 
富山地方鉄道本線は、線路も設備全体も
昭和時代から何も変わっていない鉄道と思えた。🛤️
2年前に、今回とは逆のルートで
糸魚川から富山駅へ、えちごトキめき鉄道+
あいの風とやま鉄道に乗車したことがあり、
ブログ👇
魚津付近から並走する富山地方鉄道本線を眺めて、
駅間の短い簡素な駅にこまめに停車していく
地域密着の鉄道という印象を受けていた。🛤️🚉
今回、富山地方鉄道本線の電車に乗って、
地元密着の印象以上に、
昭和時代からピタリと時間が止まっているような、
平成時代をまたぎ令和時代まで半世紀も
古い設備を新しく造り替えずに使い続ける
レトロ感いっぱいの鉄道だなと思ってしまった。
 
線路が脆弱ならば
電車の揺れも激しいかなと思ったが、
富山駅で買った天然水のボトルを
窓の前に置いてみたら、
縦揺れも横揺れも大きくなく、
まったくひっくり返らなかった。 
電車は富山市街を抜けて田園地帯に入ると
立山連峰から流れてくる大河・
常願寺川の鉄橋にさしかかるため、
立山連峰と常願寺川を背景に
富山の天然水の写真を撮った。
以前、静岡県の大井川鐵道のSL牽引客車で、🚂🚃
大井川を背景に川根茶のボトルの写真を撮ったが、
IMG_20171109_222417084.jpg
やはり地元の車窓風景をバックに
地元産の飲料水の写真を撮るのは、
鉄道旅の醍醐味だなと思った。
 
富山地方鉄道本線は、上市駅のホームに入ると、
電鉄富山駅から来た方向へ戻り、
逆・ひらがなの「て」の字形に進んでいく。
いわゆるスイッチバックの構造で、
上市駅に停車時に座席の向きを
すべて変えなければならなかったが、
本線の途中駅にスイッチバックがあって、
大部分の列車が直通していく私鉄路線は、
日本全国の他の路線では
島根県の一畑電車の一畑口駅と
山梨県の富士急行の富士山駅にある程度で、
非常に珍しい。
近鉄の伊勢中川駅の北西の短絡線のように、
上市駅に進入せずに本線を短絡する線路は
いろいろ事情があって
敷設は無理なのだろうかと思った。
 
富山地方鉄道本線の特急電車は、
滑川市内で車窓に日本海を見ると、
あいの風とやま鉄道線に寄り添い、
魚津市に入って電鉄魚津駅に到着した。
すぐ横をあいの風とやま鉄道線が並行するが、
隣の新魚津駅が
あいの風とやま鉄道の魚津駅に隣接している。
 
炎天下だが、🌞
魚津城跡が電鉄魚津駅から1kmもない場所のため、
駅から出て、駅前のアーケード街を歩いていく。🚶
日本海側もこの夏は
灼熱の季節になったのだなと思えたが、🌞
通りまでアーケードの商店街が続いていて
(いわゆる典型的なシャッター通りで、
 通行人はほとんど無かった)、
まともに太陽光を浴びる区間が少なくなって
助かったと思った。
 
そして通りを5分も歩かずに、 
「魚津城跡」の説明板を見つけた。🏯 
小学校の出入口のようだが、
ここの「大町小学校」は、
2年前に廃校になっていたとネットで知った。
魚津城跡は、この大町小学校の跡が城跡だが、
遺構はまったく無い。 
しかし魚津城跡は歴史的な意味の大きい城跡、
すなわち、ファンは是非訪れたいと思う
越後上杉氏と深く関係する城跡で、
私も、11年前のNHK大河ドラマ『天地人』で
魚津城の激戦に触れられてから、
一度訪れたいとずっと思っていた。
 
この魚津城は、もともとは、
魚津の山間部にあった椎名氏の松倉城の支城で、
上杉謙信が越中国(富山県)を制圧してから
上杉氏の越中支配の拠点となり、
加賀国(石川県)方面から勢力を拡げた
織田信長の軍勢(柴田勝家率いる北陸方面隊)と
激しい攻防戦が繰り広げられた。 
天正10年(1582年)の本能寺の変により
一度織田軍が撤退して上杉軍が奪回するも、
織田氏の越中領主として攻略の態勢を整えた
富山城主の佐々成政が魚津城を包囲して、
上杉勢の城将の須田満親は開城した。
その後、佐々成政の肥後国(熊本県)転封により
一帯は上杉領に戻るが、
文禄4年(1595年)から
加賀金沢の前田氏が越中一国も領することになり、
越中国東部の新川郡は前田領となって、
魚津城は前田氏の新川郡支配の拠点になった。
 
魚津市街の中心にある魚津城跡は、
近代以降に官公庁や学校が建ち並ぶと、
遺構はすべて潰され、跡形もなくなった。
魚津城の歴史は、魚津歴史民俗博物館へ行けば
松倉城とともに詳しく知識を得られるが、
魚津歴史民俗博物館は鉄道から遠く離れていて、
今回は行かなかった。
真夏の炎天下でもあり、🌞
また富山地方鉄道本線の
乗車予定の宇奈月温泉行き電車の時刻が
魚津城跡到着の20分ほど後だったため、🚉
大町小学校の跡を観察したのみで
電鉄魚津駅へ引き返した。
上杉謙信と織田信長の勢力争いに
関心を強く持っている歴史ファンは多く、
魚津市には、大町小学校の廃校を機会に、
魚津城跡の歴史説明や城跡遺構の再現を
充実させてほしいと思った。
 
電鉄魚津駅で13:31発の電車に乗って、
さらに北を目指す。
宇奈月温泉方面の谷に入った新黒部駅で下車して、
直上で交差する北陸新幹線の黒部宇奈月温泉駅へ
道路一本渡って向かう。
駅前に宇奈月温泉駅から延びる黒部峡谷鉄道の
トロッコ列車が展示してあるのを見て、 

黒部宇奈月温泉駅へ。🚉
駅に停車する新幹線の時刻まで30分あり、
写真左端の観光センターに入って、
2階の「立山黒部ジオパーク」を見学し、
1階の土産物売り場で再び天然水を購入してから
東京行きの「はくたか566号」に乗車した。🚄
お盆休みの最終日なのに、 
今夏は新型コロナ流行の影響で、
自由席車両も空席がかなりあった。💺
 
この北陸新幹線の黒部宇奈月温泉~糸魚川間は、
北陸新幹線に未乗車だった頃に、
特急料金が特定料金となる1駅間の乗車で
利用してみようと考えていた区間だが、
2年前にこの区間を移動した際には、
並走するえちごトキめき鉄道+
あいの風とやま鉄道に乗車してしまい、
利用していなかった。
その後に北陸新幹線の乗車は、
新高岡➡️金沢間で利用していたが、
今回富山県東部へ来て、
富山地方鉄道本線を利用するならと
糸魚川駅まで新幹線の利用を思い立った。
 
北陸新幹線は、黒部川の扇状地を横断すると、
県境と親不知の山脈が海に迫る地帯を
ほとんど長いトンネルで抜けていて、🚇
車窓風景は望めないが、
さすがに新幹線で、Wi-Fiが使えて、
スマホの使用はまったく問題なかった。
 
糸魚川駅に到着する。🚄
ホームの窓から、
えちごトキめき鉄道の糸魚川駅と市街地越しに
日本海も望める。👀
海が見える新幹線の駅は、
山陽新幹線の各駅など多くあるが、
外洋が眺められる駅は少ない。
ちなみに北陸新幹線の駅では、
海が見える駅自体が、この糸魚川駅だけとなる。
 
糸魚川駅の新幹線改札口からアルプス口へ出て、
(写真左下のレンガ造りのモニュメントは、
 北陸新幹線の建設までこの地にあった
 大糸線車両区の車庫の遺構。🧱🧱)

お目当ての「ジオパル」へ行く。🚶
子供向けの鉄道おもちゃや
ファン向けの鉄道展示を並べている施設だが、
ここに、この8月9日から、
かつて糸魚川駅を含む“日本海縦貫線”を走っていた
豪華寝台特急「トワイライトエクスプレス」の
最後尾車両の再現が展示されている。🚃
今年3月まで東京の六本木ヒルズで開催していた
「天空ノ鉄道物語」展にて展示されていたものが
糸魚川駅の「ジオパル」に移されたもので、
新型コロナ感染症の第一次流行のために
春の時期には上京せず、
「天空ノ鉄道物語」展を観に行かなかったため、
糸魚川駅にトワイライトエクスプレスの再現が
移されたと知って、ぜひ観に行きたくなった。
 
「ジオパル」の待合室兼用スペースから
西側へ入っていくと、すぐに
トワイライトエクスプレスの再現が置かれていた。
実は、わが家は糸魚川に縁があり、
祖父が第二次大戦時に糸魚川の方と戦友になり、
一家で台湾にいたわが家はその方と親しくなって、
戦後本土に戻ってからも、
家族ぐるみで、互いの自宅を訪問したり、
年賀状やお中元の交流も頻繁に行っていた。
その縁で、叔母が、
糸魚川市内でその一家が経営する民宿の運営を
住み込みで任されて、
10年近く、
糸魚川市内のその民宿に叔母は住んでいた。
祖父の戦友と息子さんは
糸魚川市内で測量会社を営み、
北陸自動車道などの現地測量を担っていたという。
叔母は民宿の閉鎖にともない名古屋へ移ったが、
民宿で叔母が働いていた頃に
まず私一人で、その後に一家で
糸魚川の民宿に泊まりに行った。
私一人で泊まりに行った際には、
叔母のクルマで糸魚川市内をドライブして、🚙
JR北陸本線(当時)を越える際に
今回再現展示された
トワイライトエクスプレス客車も見ている。
またその頃は、レンガ造りの大糸線の車庫も
現役で稼働していて、
トワイライトエクスプレス展示の横に並ぶ
キハ52形が車庫に出入りしていた様子も見た。
 
「ジオパル」のトワイライトエクスプレスは、
当然ながら内部も見学出来る。
このような豪華列車には、
一生乗車する機会は無いかも知れないと思った。
その車内を間近に見られたのは
とてもうれしかった。😂
 
「ジオパル」には、
巨大な鉄道模型ジオラマがいくつもあり、
大糸線の走る姫川渓谷の再現や
現在の糸魚川駅と糸魚川市街のジオラマもある。
非常に精巧なジオラマで、
駅の背後(アルプス口)にある糸魚川市役所や
市街地の先にある海岸まで再現してある。
糸魚川駅を北陸新幹線が通過して行くが、
眺めていた親子連れが、
「北陸新幹線でも、『かがやき』は
 糸魚川駅には停まらないのだな。」
とつぶやいていて、👨‍👧
糸魚川駅は新幹線駅でも、
各駅停車の『はくたか』しか
停まらないのだなと納得した。🚄
 
「ジオパル」は、日曜日ということもあり、
親子連れで非常に賑わっていて、
その間を掻き分けるように
いろいろな展示物を観ていくが、
何故か岐阜の旧名鉄谷汲線のものもあった。
この「ジオパル」には、
展示にかかわる係員が個人的に収集したものを
持ち寄ることも多いのだろう。
 
「ジオパル」を観終えて、
えちごトキめき鉄道で富山方面へ戻る列車が
15:40の発車と確認したが、
その発車時刻の20分も前に
富山方面の泊行きが糸魚川駅ホームに入ったと
駅構内全体にアナウンスがあった。
驚いてえちごトキめき鉄道の改札口へ急ぎ、
改札の職員に発車時刻をたずねると、
15:40の発車で間違いなく、
魚津駅までのきっぷを購入して、
北口(日本海口)の駅舎に
「ヒスイ王国」とあるのが気になったので
自由通路のエレベーターから行ってみた。🚶
「ヒスイ王国」の入口へ入ってみると、
市役所の給付金受付窓口と研修室があるのみで、
博物館的なものは何もなかった。
名前だけとはと呆然となり、😩
階段を下りて土産物販売センターをのぞき、
土産物や飲料をいくつか購入して、
えちごトキめき鉄道の改札口へ戻った。
ホームへ下りると、
泊行きと直江津行きが両方停車していた。
架線は延びているのに
車両はどちらも気動車なのが面白い。
後で調べたら、糸魚川駅の東方に
架線の電気が交流⇔直流で切り替わる
デッドセクションがあって、
糸魚川駅の東西を直通する電車は
交流直流両用の電車でなければならず、
車両の調達も運用もコストが高くなるため
えちごトキめき鉄道では、
糸魚川駅に入る車両はすべて
架線の電気を利用しない
気動車を使用している。
貨物列車は、交流直流両用の電気機関車で
糸魚川駅を通過しているとのこと。
 
15:40定刻に発車した
えちごトキめき鉄道の泊行き普通気動車は、
県境を超えて富山県に入った泊駅で
あいの風とやま鉄道の
富山行き普通電車に接続する。
泊駅にて、10分ほどの待ち時間の後、
あいの風とやま鉄道の富山行きに乗車する。🚃
富山地方鉄道の1日フリーきっぷがあるため、
糸魚川駅のきっぷ券売機で
あいの風とやま鉄道(北陸本線)から
富山地方鉄道本線へ乗り換え出来る
魚津駅までのきっぷを購入したのだが、
電車内で富山駅到着時刻を調べたところ、📱
魚津駅で下車して富山地方鉄道に乗り換え
電鉄富山駅まで富山地方鉄道に乗車する場合、
18:30に到着すると分かった。🚉
それに対し、あいの風とやま鉄道1本で
富山駅まで乗り通すと、
17:05に富山駅に到着出来ると分かった。
魚津駅⇒新魚津駅の乗り換えが
富山地方鉄道本線のダイヤの関係で
40分ほど待ち時間が発生し、
さらに富山地方鉄道本線自体も
たくさんある駅に各駅停車のうえに
線形も曲がりくねっていて非常に速度が遅く、
1時間半も差が出てしまう。
富山駅から岐阜まで、
どれだけ急いでも移動に3時間はかかるので、
この1時間半の差は大きいと思った。
富山から岐阜まで移動だけでも3時間だが、
汗だくになっていて一風呂浴びていきたくて、♨️
さらに夕食にも立ち寄りたい。🥢
富山地方鉄道の1日フリーきっぷを使って
18:30に電鉄富山駅に到着すると、
岐阜の自宅に帰宅出来るのは
23時前後になってしまう。
帰り道で運転する高速自動車道も
お盆休みの最終日でもあり
どれだけ混雑するか分からない。
そこで、
魚津駅で富山地方鉄道には乗り換えず、
富山駅までの差額運賃を支払って、
あいの風とやま鉄道に乗り通すことにした。
電車は、魚津駅や滑川駅で乗降が多かったが、
立ち客でいっぱいになることもなく
定刻通りに富山駅に到着した。🚉
魚津駅からの差額運賃は
電車内で車掌に支払った。👛

富山駅の西の駐車場へすぐに戻るが、🚶
市内軌道線の停留場の近くにマクドナルドがあり、
立ち寄ってマックシェイクを買って行ったら、
夕陽を浴びながら富山市内を走り抜ける際に
とても重宝した。🚘🥤
 
帰り道は、
朝に小杉駅南口から富山市街地へ走った道を
逆にたどって、
呉羽山のトンネルを抜けバイパス道路を走り、
小杉インターで北陸自動車道に入った。🛣️
そして東海北陸道に入って、
行きと同じ城端サービスエリアに寄って、
城端サービスエリアの先の
ハイウェイオアシスにある
「桜ヶ池クアガーデン」へ入浴に行った。♨️ 
高速自動車道から直接立ち寄れるので便利だが、
自力でハイハイも出来ない乳児が
父親や兄の横でずっと泣き叫んでいたり、👶😭
すねやふくらはぎに刺青いっぱいの行楽客が
浴室に入ってきたりと続いたので、
いくらコロナ禍で客が少ないとは言え、
イメージダウンを避けるためにも、
もっと客に厳しい対応もしてほしかった。

帰り道の東海北陸道は、
お盆休みの最終日ながら順調に走行出来た。🛣️
ひるがの高原サービスエリアに
夕食に寄ろうと思ったけれど、🍚🥢
時間帯的に混雑していたので、
その先の白鳥インターで下り、
国道156号線を走って開いている店を探し、
郡上八幡市街の入り口に並ぶ
吉野家とローソンへ入った。🍚🥢
そして郡上八幡インターから
再び東海北陸道に入って、
自宅最寄りのインターまで走った。🚘🛣️