丹波路 明智と織田の城下町へ その1、福知山へ | みののかみのブログ アメブロ版

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美濃国出身・在住のみののかみが日々気付いたこと・感じたことを書き出すもの也

史跡および日帰り天然温泉の訪問記が殆どと成り候

NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の
大河ドラマ館が各地に出来て、
私も岐阜・可児・恵那・京都亀岡と

4箇所訪れたが、
京都府福知山市の福知山城にも
『麒麟がくる』の紹介施設が出来たと知って、
来年初頭までの開館期間中に
是非訪れたいと思っていた。 
ただし、福知山のお城と城下町だけでは
滞在時間は半日かからないので、
近くで訪れたい場所があれば
セットで行きたいと思っていた。
 
福知山の南方に、同じ旧丹波国でも
兵庫県内に篠山と柏原(かいばら)という
旧城下町がある。🏯
9年前に、福知山城と篠山城を
クルマで訪れていたが、🚘
JRの福知山線の駅に近い柏原は、
いつかJRの「青春18きっぷ」で行こうと、
三田(さんだ)など周辺のJR沿線の城下町と
セットで訪れるプランをいろいろ模索したまま、🚃
結局訪れていなかった。
しかし、福知山へ行く目的が
『麒麟がくる』の紹介施設のみであり、
セットで近辺のもう1箇所を訪れたいと思った中で、
柏原へ行ってみようと考えた😃💡
福知山城も柏原の陣屋跡も
どちらもJRの駅から近く、🚉
鉄道利用の旅をまず考えついたのだが、
福知山とセットの訪問先で、
福知山駅から日本海沿岸の宮津へ延びる
京都丹後鉄道の宮福線に乗車するプランも考えて、
但し宮福線乗車の旅の場合は、
宮津市からそのまま海岸沿いに福井県敦賀市まで
鉄道に乗車し通すだけになるため、
福知山城と柏原陣屋へ城下町訪問を
鉄道利用で楽しむ旅を今回は選んだ。🏯🚃
なお、今日この旅に出たのは、
これから中部・近畿地方の各地の博物館で
『麒麟がくる』関連の特別展が目白押しとなって、
福知山や柏原以外の場所へ出かけることが多くなり、
またその間に新型コロナウィルスの
第3波・第4波が次々にやって来て、
県境を越える遠出が危険視される可能性もあり、
福知山へ行く機会が限られると考えたためだった。
 
 
朝、滋賀県の米原駅で
6:11に発車する電車までに乗車しようと、
4:20頃に自宅をクルマで出て、
途中のコンビニでおにぎりを買って朝食に食べ、🍙
米原駅を目指した。
福知山に『麒麟がくる』紹介施設の
開館時刻までに到達する交通手段を調べて、
JR京都駅を7:32に発車する
特急「きのさき1号」に乗車出来れば、
9時前に福知山駅に到着出来ると分かり、🚆
この時間に米原駅を目指したのだが、
交通量の少ない早朝は順調に移動出来て、
無事に5:45頃に米原駅近くの
1日駐車料金300円の駐車場に駐車出来た。🅿️🚗
 
米原駅を6:11発の電車で京都駅へ行き、
そして京都駅で山陰線ホームへ移り、
特急「きのさき1号」に乗車する。🚆
自由席車両には、
部活の練習試合へ行くのだろうか、
中学生か高校生の集団が乗ってきて、
ほぼ満席になってしまった。
しかもこの集団は、
ほとんどの面々が特急券を持っておらず、
京都駅発車後しばらく車掌を煩わせていた。
部活で特急電車で行かなければならない場所へ
事前に特急券も用意せず鉄道で出かけるとは、
貸切バスをチャーターして行った方が
費用面も行程の煩わしさも抑えられると
出かける計画の段階で判断出来なかったのかな❗❓
と思った。👛💴🚍
そして、
こういう未成年者の遠距離利用の大集団に
貸切バスの利用を選んでもらえれば、
他の電車旅の人たちに迷惑は掛からないと思った。
 
特急「きのさき1号」は、山陰線を順調に走り、
定刻通り8:47に福知山駅に到着した。🚉
特急電車を降りたホームから
京都丹後鉄道宮福線のホームを眺めると
特急「たんごリレー1号」と普通列車が
ホームに並んでいた。
しかも、特急は特別車両で、普通も最新車両だった。
 
福知山駅1階の改札口へ下りる。
『麒麟がくる』主人公の
明智光秀の城下町らしい飾り付けもあった。
福知山城まで駅から1km強あり、
バスで移動出来るなら乗車したかったが、🚌
ギリギリのタイミングで乗りそびれたため、
駅前から東へ延びる「お城通り」を歩いた。🚶💦
しかし、市役所の前を過ぎてお城に近づくと、
沿道の「福知山市丹波生活衣館」という建物で
企画展の「紋 あれこれ」展を開催中と知り、
気になって立ち寄ってみた。
バスだと、市役所前の先は
福知山城の一般駐車場の方に入ってしまうため、
歩いてきて見つけることが出来た施設だった。🚶
「紋 あれこれ」展は、
和装における家紋の表示についての企画展で、
様々な家紋が入った和服が並べられていた。👘
我が家の家紋が入ったものも展示されていた。
また、明智光秀ゆかりの福知山ならではの
明智家の桔梗紋についての展示もあった。
 
この「紋 あれこれ」展から退出して
向かいの部屋で何やら作業中なのを覗きに行くと、
係員から健康状態告知と個人情報記入の
用紙を渡され記入するよう言われ、
そのまま、
「ドラマに出てきた岐阜の稲葉山城の御殿の
 バーチャル3D映像を見ていただきます。」
と言われて、3D映像を観る機械を渡された。
まさか、
旅した福知山で地元の岐阜の稲葉山城の
斎藤道三の御殿のバーチャル映像を観るとは。😮
 
頭部に装着すると目の前に広がるのは、
大河ドラマ『麒麟がくる』に登場した
2階建ての稲葉山城の城主御殿。🏯📺
受付を担当した係員に誘導されて、
3D映像では、まず1階の武器庫に入り、
刀や槍が整理されて並んだ中を進む。⚔️
そして「2階へ」と書かれたスポットに入ると
閃光とともに2階へワープする。⏫
「ターンすると斎藤道三の居室です。」
と係員に言われて振り向くと、
大河ドラマ『麒麟がくる』で
本木雅弘さん演じる斎藤道三が居た
波の模様が描かれた壁が背後にある、🌊
斎藤道三の兜が置かれた上座があった。
下の写真は岐阜の大河ドラマ館にある
斎藤道三居室の再現だが、
この再現と全く同じの、
確実に見覚えある斎藤道三の居室で、
同様にバーチャルの斎藤道三も立っていたが、
CG映像なので声も出さず動かず、 
触れようとしても感触は無かった。
斎藤道三の居室を一回り見回すと、
今度は「欄干へ出てみてください。」と言われ、
出てみると、濃尾平野と長良川のCG映像が
目の前一面に広がっていた。🏞️
広い濃尾平野と長良川ならば間違いなく岐阜だが、
長良川の河流が近くに無いことに違和感を感じた。
係員氏は「稲葉山城からの眺望」と言われるが、
長良川の大きな流れは真下と言って良いほどなのに
斎藤道三の御殿を遠巻きに弧を描いて流れている。
バーチャル3D映像コーナー退出後に気付いたが、
稲葉山城の尾根の最南端の瑞龍寺山で、
このCG映像の眺望に近い景色が見られると思った。
このバーチャル3D映像は、
CG映像を専用の機械で見せているだけで、
実際に動き回っているのは
何の変哲もない「丹波生活衣館」の一室。
バーチャル映像では空間が続いていた場所が
実際は見ていない壁があって接触してしまったり、
逆に、バーチャル映像では欄干の端で
係員からもっと前へ進んでくださいと言われても
バーチャル映像では屋根の上に出てしまうため
足がすくんで進めなかったという経験も出来た。
しかし、『麒麟がくる』の関連を観に来て
こんなバーチャル3D映像を見られたのは
非常にラッキーで、嬉しかった🥰
 
「丹波生活衣館」からさらに東へ行くと、
櫓風の「福知山市佐藤太清記念美術館」があり、
この美術館の建物で
「福知山明智光秀ミュージアム」を開催している。
出入口で検温と健康告知記入などを済ませ、
福知山城天守閣との共通入場券を購入し、入館する。
出入口のエリアには、
明智光秀の壁画や顔ハメパネルがあった。
福知山市役所の前を通ったときに
庁舎の正面に掲げられた市章を見ていて、
福知山城にある明智光秀像はみんな
陣羽織に市章を着けていると分かった。
 
福知山光秀ミュージアムに入館する。🏛️
撮影可能なのは、この入口のパネルまでだった。
福知山光秀ミュージアムの内部では、
最初に大河ドラマ『麒麟がくる』の
ドラマの流れと登場人物・配役の紹介があり、
そして福知山を含む丹波国での明智光秀の活躍を
大型スクリーン映像や実物発給文書の展示で
詳細に説明していた。
明智光秀についてひととおり展示説明を観終えると
階段を下りて、施設のもともとの展示である
福知山出身の画家・佐藤太清氏の作品を
一同に並べた展示室を通って出口に出た。🎨🖼️
 
天守閣との共通入場券を購入したため、
城山を上って天守閣へ。🏯 
登城路を上ったところの飲料自販機が、
さすが福知山❗という感じだった。
そして、本丸にそびえ建つ福知山城天守閣。🏯
天守閣建物は戦後の復元だが、
石垣は明智光秀時代から変わらない部分もあるのか、
代用石が多数積まれている。
天守閣内部へ。🚶
福知山城は、この城山にあった横山城を
明智光秀が近世城郭として築き直し、
「福知山城」と命名した城郭で、🏯
丹波国北西部の拠点城郭として
明治維新まで大小の大名が代わる代わる居城した。
代々の城主の中には、
領民たちを斬り殺したうえ自身も自殺して
改易されてしまった人物もいたが、
寛文9年(1669年)以降は
朽木氏が3万2千石で入封して、
明治の廃藩置県まで朽木氏が続いた。
朽木氏は、
近江国高島郡朽木谷(滋賀県高島市朽木)を
代々領してきた近江源氏佐々木氏の一族。
朽木谷が京都に近いことから、
京都を追われた室町幕府の将軍を
かくまうことが何度もあって、
『麒麟がくる』でも、
第13代将軍足利義輝が
細川氏や三好氏から逃れ朽木谷にやって来て、
我が身の不運を嘆くシーンがあった。
織田・豊臣・徳川と難しい時代を生き延びた
朽木氏の本家は、朽木谷を領し続けたものの、
江戸時代の領知は1万石に届かず旗本に止まり、
戦国~江戸時代初期の元綱の3男の朽木稙綱が
14歳で徳川3代将軍家光に仕えて、
幕府の要職を歴任して大名に取り立てられた。
そしてその長男の稙昌が、
常陸土浦藩から丹波福知山藩に移された。
復元天守閣の内部には、
お殿様と家臣が話している様子の人形もあるが
(天守閣内でこの人形のみ撮影OKだった)、
丹波国だけに、出来れば
故・丹波哲郎さんと息子の義隆さんに
顔を似せて欲しかった。
 
天守閣内部は、各階で歴史説明などがあり、
最上階は展望スペースで、
各方向に眺望は楽しめた。
西方向の福知山市役所と福知山駅。🏢🚉
北方向には明智光秀が治水対策で築いたと言われる
「明智藪」が由良川沿いに見える。🌳🌳
そして東方向には由良川と土師川の合流点。
由良川の谷を東へ進むと、
綾部市を経て丹波国東部の園部(現・南丹市)や
亀岡市、そして京都市へと至り、
由良川に合流する土師川の谷をさかのぼって行くと、
氷上郡や多紀郡(いずれも現・兵庫県)に入り、
交通路は阪神地方へつながっている。
 
福知山城天守閣を出て、駅の方向へ歩く。🚶
明智光秀を祀る御霊神社のある
城下町の市街地も行きたかったが、
炎天下を1km2km歩くより
駅の構内で休憩したくて、
またバスのりばが一般駐車場の横にあっても
少ない本数の時刻を確かめに行くのも面倒で、
行きに通ってきた道を歩いて戻った。🚶💦
そして行きに立ち寄った
「丹波生活衣館」の西で城山を眺めた。👀
また市役所の前にはこんな表示板も。
福知山の次に行く柏原へのJR福知山線の時刻を
スマホのアプリで確認すると、📱
20分ほど後に篠山口行きがあると分かり、
急ぐこともなく順調に旅が出来ると嬉しくなった。
 
福知山駅に近づくと、
街灯から一斉にカーペンターズの
「Yesterday Once More」が流れた。🎶
街灯には、桔梗紋と 
「明智光秀が築いた城下町 福知山」の
旗が付いて風にはためいていた。
 
福知山駅に到着し、🚉
柏原駅までのきっぷを買い、
駅のコンビニで飲料を買ってからホームへ上がる。
福知山線の普通電車用のホームは南端の5番線で、
普通電車はきっちり1時間ごとのダイヤ。
新大阪駅へ向かう特急「こうのとり」と
日中は交互に走るダイヤだが、
特急「こうのとり」は山陰線から来るため、
この普通電車のホームには入線しない様子。
 
篠山口行きの普通電車に乗車する。🚉 
柏原駅まで、
途中の黒井駅の付近で有名な山城跡の
黒井城跡を眺めながら、 
所要時間は30分ほど。
福知山から柏原は結構近かった。