近江八幡市安土町から
守山市の琵琶湖大橋へ走る。🚗
安土町の市街からは琵琶湖大橋へ直結する
県道も国道も皆無なので、
Google mapをナビに接続し、🚗🔌📱🗺️
遠回りにならない道路を確認しながら
野洲川の河口あたりで琵琶湖畔に出て、
琵琶湖大橋を渡り対岸の大津市堅田へ、
さらに湖西道路の真野インターへ走った。🚗
真野インターで湖西道路に入ったは良いが、
ゴールデンウィークの数少ない晴れた日に
みんな考えていることは同じで、
行楽客のクルマで湖西道路は大渋滞。🚐🚗🏍️
もともと琵琶湖西岸は地形的に道路が少なく、
湖西道路が京都山科から延伸する以前から
土日祝日は国道161号線の渋滞が終日酷くて、
とくに山塊が琵琶湖に突き出る
白鬚神社周辺では道路が国道1本になり
琵琶湖西岸最大のボトルネックだった。⛰️🚗
今日も白鬚神社前を先頭に10km近い大渋滞で、
ここの大渋滞は何時までも変わらないのだな、
渋滞解消の手の打ちようがないのだと思った。
私が以前ここを通ったのは6年前の秋で、
夕方近かったが渋滞が酷かった記憶がある。
今日も真野インターから高島市安曇川まで
1時間はかかると思ったら、ほぼ1時間で
国道沿いの道の駅「藤樹の里あどがわ」に
たどり着いて遅めの昼食に入った。🍛🥗
、
道の駅「藤樹の里あどがわ」で昼食中に
「高島の戦国時代」展示を開催している
中江藤樹・たかしまミュージアムの
場所をGoogle mapで確認し、📱📍
昼食後土産品と飲料を購入すると
中江藤樹・たかしまミュージアムへ走って
テーマ展示「高島の戦国時代」を観た。👀
館内に入ると、何故かここにも❓️
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟❗️』のキャストの
パネルが置かれていた。
『豊臣兄弟❗️』とこの高島市域との関わりは、
織田勢が越前金ヶ崎城攻めの往復で、
「金ヶ崎の退き口」と呼ばれる退却時にも
市域西部の朽木谷を通過したことと、
織田信長の甥の信澄が近江高島郡すなわち
高島市域を与えられていたことのみで、
秀吉秀長兄弟は高島市域の政治には
領有がなく関わったことは無かった
(秀長家臣となった藤堂高虎が短期間
高島郡を領した磯野員昌と織田信澄に
仕えていたことはあった)。
この中江藤樹・たかしまミュージアムは、
江戸時代初期の儒学者でこの地出身の
中江藤樹を記念し業績を顕彰した
安曇川町立の歴史資料館がもともとあり、
「平成の大合併」で安曇川町が
高島郡内の他の町村と合併すると
高島市立の歴史資料館になって、
高島市の他の地域の歴史展示も
一緒に行う歴史資料館になった。
琵琶湖北西岸の高島市、旧高島郡は、
京都と日本海沿岸を結ぶ「鯖街道」が通る
交通の要衝で、京都の影響を政治も経済も
歴史的に色々受けていた地域で、
展示で紹介された戦国の歴史も、
大きな戦国大名に一郡まとめて支配されず
郡内の小さな所領と城ごとに小領主が
割拠していたように思えた。
展示は江戸時代の分部氏まで触れられていて、
中江藤樹・たかしまミュージアムは
この安曇川地域が生んだ江戸時代初期の
大儒学者の中江藤樹についての展示が多く、
付近に中江藤樹ゆかりの史跡もあるが、🏚️
思想史にあまり興味がない私は、
展示を全部観終えると安曇川地区を出て
国道161号線で高島勝野地区へ戻り、
陣屋総門や大溝城跡は無料駐車場から
いずれも400mほどの距離なので、
市街地を散策して見て歩く。🏘️🚶
旧大溝城下町地区のメインストリートは
旧国道161号線の道筋で、車の交通量は多い。
沿道には銘酒「萩乃露」の醸造元など
古くからの商店も多く、旧大溝城下町の
案内チラシを見ると、「大溝祭」で繰り出す
山車の蔵も周辺にいくつもある様子。
そして旧国道の1本西側に、
道の真ん中に「町割り水路」の
用水路がある昔からの街路があって、
「萩乃露」の蔵元の近くから入って行った。
大溝陣屋総門はここの少し南にあり、
門建物の内部には、大溝城の瓦や
大溝城主だった織田信澄(信長の弟信勝の子)の
パネルなど置かれた資料室と
観光案内+土産販売の部屋があり、💁♀️
旧大溝城下町について色々情報を得て
記念品・土産品も買えたのは良かった。🎁🤗
明日の5月3日の夜から大溝祭とのことで、
大雨の予報が出ているのが心配です、と
職員は話していた。☔😟
大溝陣屋総門から300mほど南へ進むと
近江高島駅口の交差点に出て、🚥
その脇に初代大溝藩主の分部光信を祀る
「分部神社」がある。⛩️
その隣の介護老人保健施設の脇から
大溝城跡への見学ルートが延びていて、
「大溝城三の丸跡」の石碑を回り込み
高島市民病院の敷地外縁に出ると、🏥
大溝城跡の石垣が眺められた。🏯
近づくと説明板もあり、
説明板の解説のとおりだと
本丸内の天守台の石垣のみが
かろうじて遺されている様子。
この大溝城跡は、本丸の石垣遺構だけは
これまでに何度も見に来たが、廃城にされた
分部氏時代からの陣屋総門と城下町は
訪れ観察したことが無かったので、
今回チラシを入手した機会に見に訪れた。
大溝城の石垣遺構は徳川時代以前のもので、
分部氏は藩主として入封してからは
城の縄張りをほとんど利用せず
大手門付近に陣屋を築いたので、
大溝城と大溝陣屋は別物で、
城下町も分部氏の陣屋が出来てからは
形が変化していったのかなと思った。🤔
大溝城の石垣遺構を見た後は
近くのJR近江高島駅前に建っている
ガリバー像が気になって見に寄った。🧔
ガリバー像と一緒に小人の城もあるが、🏰
その壁面に大溝城跡の説明板が付けられている。
西洋の城に日本の城の説明板❗️❓️と思い、🏰🏯
同時に📺️『探偵!ナイトスクープ』で
桂小枝さんや越前屋俵太さんなどが
この組み合わせをツッコみに来なかったかな❓️
とも思ってしまった。😅
その後駅前から駐車場に戻り、
帰り道は国道161号線を北へ走り、
琵琶湖北岸付近で長浜市塩津浜へ出て
国道8号線に入り、木之本で買い物し
(滋賀県へ来たら平和堂に寄って
弾む心のお買い物をして帰ろうと
この旅の計画時から考えていた。🛒)
国道365号線と関ヶ原バイパスを経由して
岐阜の自宅へ帰った。🏡🚗



























