朝、
お腹がすきます。
当たり前のことです。
起きたら、
お腹が空いている。
これは、
人間の身体が、
正常に動いている証拠です。
朝起きて、
すぐに何かを食べたくなる。
私の場合、
それが最近、
少し変わってきました。
今までは、
朝ごはんを食べない日も、
けっこうありました。
時間がない。
面倒くさい。
なんとなく、
食べる気がしない。
そんな理由で、
朝のコーヒーだけで済ませてしまう。
そんな日も、
珍しくありませんでした。
でも、
最近は違います。
ちゃんと、
朝ごはんを食べるようになりました。
それも、
ただ食べるだけではありません。
ちょっとした、
こだわりを持って、
食べるようになったのです。
たとえば、
今朝のことです。
私は、
一枚の食パンを、
トースターに入れました。
ジリジリと、
音がします。
タイマーが鳴るのを、
じっと待ちます。
数分後。
チン、
と音がして、
パンが焼き上がりました。
こんがりと、
きつね色に焼けた、
美味しそうなパンです。
そこまでは、
よくある朝の光景です。
誰の家でも、
毎朝起きていることかもしれません。
問題は、
ここからです。
私は、
その焼き立てのパンに、
バターを乗せました。
じゅわっと、
バターが溶けていきます。
パンの熱で、
バターが透明になって、
染み込んでいく。
それだけではありません。
さらに、
冷蔵庫から、
いちごジャムを出してきました。
スプーンですくって、
その上に、
ぽとん、と落としました。
赤いいちごジャムが、
黄色いバターの上に、
ぽつんと乗る。
見た目にも、
なんだか可愛い。
そんな気がしました。
そして、
一口、
食べてみました。
サクッ。
パンが音を立てます。
口の中に、
香ばしい香りが広がる。
バターの塩気と、
いちごジャムの甘さが、
絶妙に混ざり合う。
これは、
スゴイことです!!
本当に、
美味しい。
朝から、
こんな美味しいものを食べてしまって、
いいのだろうか。
そう思ってしまうくらい、
感動的な味でした。
では、
いったい、
なぜそんなに感動したのでしょうか。
それは、
ただお腹が空いていたから、
だけではありません。
実は、
ここに、
大きな意味があるのです。
そう考えると、
朝ごはんを食べるという行為は、
単に栄養を補給するだけの作業ではない。
そう言えるのではないでしょうか。
たとえば、
私たちは毎日、
忙しく生きています。
仕事に行ったり、
家事をしたり、
人間関係で悩んだり。
やるべきことが、
山のようにあります。
朝起きた瞬間から、
今日のスケジュールが頭を駆け巡る。
「あれをやらなきゃ」
「時間に間に合うかな」
そんなふうに、
心が休まる暇がない。
現代人は、
いつも時間に追われています。
少し、
話しは変わりますが、
スマホをずっと見ていると、
脳が疲れてきますよね。
次から次へと流れてくる情報に、
心が引っ張られてしまう。
自分のペースで、
物事を考える時間が、
どんどん奪われていく。
そんな気がしませんか。
では、いったい、
どうしたらいいのでしょうか。
ここで、
重要になってくるのが、
『目の前のことだけに集中する』
ということです。
少し難しい言葉を使うと、
それは「マインドフルネス」的な状態なのかもしれません。
でも、
そんな小難しいことは、
どうでもいいんです。
ようするに、
目の前のパンに集中する。
それだけのことなのです。
トースターの音を聞く。
バターが溶ける様子を見る。
香ばしい匂いを感じる。
サクサクした食感を味わう。
今、
この瞬間、
自分は何をしているのか。
それを、
ただ感じる。
朝ごはんをちゃんと食べるというのは、
つまり、
そういうことなのだと思います。
忙しい日常の中で、
失われがちな、
自分の感覚を取り戻す作業。
それが、
朝ごはんなのです。
少し前までの私は、
朝からスマホを見ながら、
冷めたコーヒーを流し込んでいました。
頭の中は、
今日の仕事のことでいっぱい。
味なんて、
ほとんど分かっていなかった。
食べているのに、
食べていないような状態でした。
それでは、
なんだか、
もったいないですよね。せっかくの美味しい朝ごはんが、泣いています。
大げさではなく、
本当にそう思います。
だからこそ、
私は決めたのです。
朝は、
スマホを見ない。
ただひたすら、
目の前のパンと向き合う。
バターの塗り方を研究する。
焼き加減を調整する。
それだけで、
朝の時間が、
まったく違うものに変わりました。
殺風景だった朝が、
なんだか、
豊かな時間に変わっていく。
自分の足元が、
しっかりしてきたような気がする。
そう考えると、
朝のトースト一枚には、
世界を変えるくらいの力があるのかもしれません。
ちょっと言い過ぎでしょうか。
でも、
本当にそう思うんです。
小さなことから、
世界は変わる。
自分の朝が変わる。
朝が変われば、
その日一日が変わる。
その日一日が変われば、
人生そのものが変わっていく。
大げさな話に聞こえるかもしれませんが、
案外、
真理をついているのではないでしょうか。
人間は、
大きなことにはなかなか気づけません。
世界平和とか、
地球環境とか、
そんな壮大なテーマをいきなり言われても、
ピンとこない。
でも、
目の前にある、
香ばしく焼けたトーストなら、
誰でもすぐに実感できます。
あたたかい。
美味しい。
幸せだな。
そう感じることができる。
その小さな感覚の積み重ねが、
やがて、
大きな幸福感につながっていく。
自分だけではありません。
朝から機嫌よくしている人が近くにいたら、
周りの人も、
なんだかホッとするはずです。
家庭の空気が、
少しだけ優しくなる。
職場に行っても、
ギスギスした雰囲気を和らげることができるかもしれません。
そして、
その環境までもが、
少しずつ、
良い方向へ変わっていく。
トースト一枚から始まる、
ささやかな連鎖反応。
これは、
スゴイことです!!
考えてみてください。
私たちは毎日、
何気なく朝を迎えています。
太陽が昇り、
目が覚め、
布団から出る。
それだけでもう、
奇跡のようなものです。
その奇跡の直後に、
美味しい朝ごはんを食べる。
自分の手で、
丁寧にパンを焼き、
バターを塗り、
一口食べる。
それだけで、
人生の幸福度は、
一気に跳ね上がります。
お金をかけなくてもいい。
特別な技術もいらない。
ただ、
トースターの前に立ち、
パンの焼き上がりを待つ。
それだけのことなのに、
こんなにも心が満たされる。
人間の心とは、
本当にデリケートで、
そして面白いものですね。
少しの工夫で、
ガラッと世界の見え方が変わってしまう。
だからこそ、
毎日のルーティンを、
大切にしたい。
雑に扱いがちな朝の時間を、
もっと丁寧に味わいたい。
そう強く思うのです。
明日もまた、
私はパンを焼くでしょう。
今朝とは違うジャムを試してみるのも、
いいかもしれません。
ブルーレイジャムにしようか、
それともピーナッツバターにしようか。
考えるだけで、
少しワクワクしてきます。
朝が来るのが、
楽しみになる。
これって、
すごく素敵なことだと思いませんか。
人生を楽しくする方法は、
案外、
こんな身近なところにある。
今日のトーストを食べながら、
そんなことをぼんやりと考えていました。
皆様も、
明日の朝は少しだけ、
自分の朝ごはんに意識を向けてみてください。
きっと、
いつもとは違う景色が、
見えてくるはずです。
それでは、
また。
それでは、
また、と言ったものの。
もう少しだけ、
お付き合いください。
実は、
朝ごはんの話をしていたら、
なんだか別のことも、
考えてみたくなったのです。
たとえば、
靴を履くときのこと。
毎朝、
玄関で靴に足を通します。
スニーカーだったり、
革靴だったり。
これは、
出かけるための、
ただの動作です。
でも、
ここで少しだけ、
意識を変えてみる。
お気に入りの靴紐を、
丁寧に結び直す。
かかとをすっと合わせて、
姿勢を正す。
それだけのことで、
不思議と、
気持ちが引き締まります。
「今日も、
いってきます。」
そう心の中でつぶやいて、
ドアを開ける。
足元から、
小さなスイッチが入るような感覚です。
これは、
靴を履くという日常の動作が、
『儀式(ぎしき)』に変わった瞬間と言えるかもしれません。
では、いったい、
なぜそんな小さなことで、
気持ちが変わるのでしょうか。
それは、
人間が、
『意味』を感じる生き物だからです。
ただの作業を、
自分の意志で、
大切な時間に変える。
この力を、
私たちは誰もが、
持っているのです。
そう考えると、
日常というのは、
キャンバスのようなものなのかもしれません。
何色を塗るのかは、
すべて自分次第。
真っ白なキャンバスに、
今日の絵の具を置いていく。
朝のトーストも、
靴の紐結びも、
その最初の一筆です。
ここで、
少し、
話しは変わりますが。
先日、
古い本棚の整理をしました。
何年も開けていなかった、
文庫本の棚です。
埃をかぶった本を、
一冊ずつ取り出して、
乾いた布で拭いていく。
パラパラとページをめくると、
昔の記憶が、
ふわりと蘇ってきます。
あのとき悩んでいたこと。
嬉しかったこと。
文字を追いながら、
過去の自分と、
対話しているような気持ちになりました。
ただの掃除のはずが、
いつの間にか、
自分自身の歴史を振り返る時間になっていたのです。
これは、
スゴイことだと思いませんか。
ただの紙の束が、
『タイムカプセル』に変わったのです。
どんな場所にも、
どんな時間にも、
こういう瞬間が隠されている。
見過ごそうと思えば、
いくらでも見過ごせる。
でも、
ほんの少し立ち止まってみるだけで、
世界はまったく違う顔を見せてくれる。
問題は、
私たちがどれだけ、
目の前のことに心を向けられるか、
ということなのです。
忙しい毎日の中では、
どうしても、
効率ばかりを求めてしまいます。
早く起きる。
手早く食べる。
急いで駅に向かう。
そうやって、
時間をいかに節約するかばかりを考えてしまう。
もちろん、
それも大切なことです。
現代社会を生き抜くためには、
スピードも必要でしょう。
でも、
すべてをスピードだけで塗りつぶしてしまったら、
いったい、
何が残るのでしょうか。
効率の先にあるのは、
ただの空虚感、
なのかもしれません。
だからこそ、
あえてゆっくりと時間を使う。
あえて手間をかける。
その『無駄』の中にこそ、
人生の本当の豊かさが、
眠っているのではないでしょうか。
効率よく生きることよりも、
丁寧に生きること。
数をこなすことよりも、
味わい尽くすこと。
そちらのほうが、
圧倒的に、
心を満たしてくれる。
私は、
そう信じています。
トーストを焼く数分間。
靴の紐を結ぶ数秒間。
古い本を拭くひととき。
どれも、
人生のメインステージではありません。
誰も注目しないし、
誰に褒められるわけでもない。
でも、
そういう名もない時間の積み重ねこそが、
私たちの『今』を形作っている。
自分の足元にある小さな日常を、
愛おしく思えるかどうか。
それが、
人生全体の幸福感を決めていく。
そう考えると、
世界はとても優しく、
そして奥深いものに見えてきます。
明日もまた、
同じような朝が来るでしょう。
特別ドラマチックなことも、
起きないかもしれません。
でも、
それでいいのです。
むしろ、
何気ない平穏な日常の中にこそ、
最高の宝物が詰まっているのだから。
目を凝らせば、
耳を澄ませば、
いつでも、
どこでも、
小さな奇跡は見つかる。
トターのチンという音も、
コーヒーの香りも、
窓から差し込む朝の光も。
すべては、
世界からの贈り物です。
その贈り物を受け取るための感度を、
いつも磨いておきたい。
錆びつかせないように、
大切に使っていきたい。
そう思いながら、
今日という一日を、
また丁寧に過ごしていこうと思います。
皆様の今日という日が、
温かく、
豊かな時間で満たされますように。
それでは、
本当に、
また。