こんにちわ。
いつもブログを読んでくれて、
ありがとうございます。
今日は、
少し、
私たちの毎日の食事について、
お話ししてみたいと思います。
少し、
話しは変わりますが、
みなさんは、
最近、
どんなものを食べていますか?
たとえば、
仕事が忙しくて、
ついついコンビニでお弁当を買ってしまったり。
あるいは、
有名なお店に行って、
行列に並んで、
オシャレなパスタを食べたり。
そんなことは、
ないでしょうか。
もちろん、
それはそれで、
とても美味しいものです。
私も、
きれいなカフェで、
アボカドが乗ったサラダを食べると、
なんだか自分が、
洗練された都会の人になったような、
そんな気分になります。
これは、
スゴイことです!!
でも、
ふと気づくのです。
なんだか、
お腹はいっぱいなのに、
心のどこかが、
まだ満たされていないような。
そんな感覚を、
覚えたことは、
ないでしょうか。
では、
いったい、
どういうことなのでしょうか。
実は、
ここに、
私たちの生き方のヒントが隠されているのです。
少し、
私の昨日の話をさせてください。
昨日は、
朝からずっと、
パソコンの画面とにらめっこでした。
資料を作って、
メールを返して、
頭から湯気が出そうでした。
夕方になって、
ヘトヘトになって帰宅しました。
お腹はペコペコです。
本当なら、
どこかのお店で、
パーッと美味しいものを食べたい気分でした。
けれど、
外に出る元気すらなかったのです。
しかたなく、
冷蔵庫を開けました。
そこにあったのは、
昨日の残りのご飯と、
ちょっとしおれかけたネギと、
お母さんが送ってくれた梅干しだけでした。
「あぁ、これだけか……」
私は、
思わず、
小さくつぶやきました。
でも、
お腹の虫は、
そんなことお構いなしに鳴り響きます。
しかたなく、
私は、
そのありあわせの食材で、
雑炊を作りました。
特別な調味料は使っていません。
ただ、
お出汁をとって、
ご飯を入れて、
卵を落としただけです。
本当に、
ただそれだけの、
どこにでもある雑炊です。
食卓について、
フーフーしながら、
一口、
食べてみました。
その瞬間でした。
私の身体の中から、
じわーっと、
温かいものが広がっていったのです。
それは、
舌の上で感じる味というよりも、
もっと深いところにしみ込んでいくような、
『安心感』
というものでした。
ただの雑炊です。
高級なトリュフも入っていなければ、
職人さんが握ったお寿司でもありません。
でも、
なぜか、
涙が出そうになるくらい、
ホッとしたのです。
ここで、
問題になるのが、
『食べる』
ということの本当の意味です。
私たちは、
普段、
何を食べているのでしょうか。
栄養でしょうか。
カロリーでしょうか。
もちろん、
それも大切です。
人間が生きるためには、
エネルギーが必要です。
でも、
それだけではないのです。
では、
いったい、
何を食べると私たちは本当に満たされるのでしょうか。
それは、
自分の身体が、
本当に求めているもの、
なのだと思います。
もっと言えば、
自分が、
一番リラックスできる場所で、
一番肩の力を抜いて食べること。
それが、
私たちにとっての、
本当の栄養なのかもしれません。
そう考えると、
面白いことが見えてきます。
外で食べる豪華なご飯は、
例えるなら、
『晴れ着』
のようなものです。
結婚式やパーティーに着ていく、
ピカピカのドレスのようなものです。
それは、
その場を華やかにしてくれます。
気分も高揚します。
自分を大きく見せてくれるような、
そんな魔法の力を持っています。
でも、
そのドレスを着たまま、
自分の部屋のベッドでぐっすり眠ることができますか?
きっと、
窮屈で、
落ち着かないはずです。
肩が凝ってしまうかもしれません。
それと同じように、
外食の美味しさと、
家で食べるご飯の美味しさは、
全く別のものである、
ということです。
ここで、
さらに話を広げてみたいと思います。
私たちの人生には、
たくさんの選択肢があります。
仕事もそうかもしれません。
人間関係もそうかもしれません。
より大きな会社に行くこと。
より多くの給料をもらうこと。
よりSNSで注目されること。
そういうものは、
すべて、
華やかなドレスのようなものではないでしょうか。
みんなが、
それを目指して、
一生懸命に走っています。
「もっと上へ!」
「もっとすごく!」
そうやって、
自分を奮い立たせて、
生きているのです。
それは、
決して悪いことではありません。
むしろ、
素晴らしいエネルギーです。
でも、
ふと立ち止まったとき、
私たちは、
どこに向かっているのだろうかと、
不安になることはないでしょうか。
本当に、
私たちが求めているものは、
その華やかな場所にあるのでしょうか。
ここで、
私の昨日の雑炊の思い出に戻ります。
あのとき、
私が感じたのは、
圧倒的な、
『安心感』
でした。
飾らない自分に戻れる場所。
背伸びをしなくてもいい空間。
ありのままの自分でいられる時間。
それこそが、
あの地味な雑炊の中に、
すべて詰まっていたのです。
そう考えると、
人生も同じなのかもしれません。
どれだけ遠くまで行っても、
どれだけ高いところに登っても、
最後に私たちが戻ってくる場所は、
どこなのでしょうか。
それは、
自分自身の原点、
なのだと思います。
自分の足で立ち、
自分の手で温かいスープをよそい、
「美味しいね」と言い合える、
そんなささやかな日常です。
大きな夢を持つことも大切です。
高い目標に向かって努力することも、
素晴らしいことです。
でも、
その基盤にあるのは、
毎日の、
何気ない、
あたりまえの日常ではないでしょうか。
朝起きて、
カーテンを開けて、
お日様の光を浴びて、
「今日もいい天気だな」と思うこと。
夜になって、
家に帰ってきて、
「ふぅ」と大きく息を吐き出すこと。
そういう、
一見すると、
誰でもやっているような小さなことが、
実は、
私たちの人生を支えている、
一番太い幹なのだと思います。
だからこそ、
家で食べるご飯が、
一番落ち着くのです。
どれだけ時代が変わっても、
どれだけ世の中が便利になっても、
人間が本当に必要としているものは、
意外と変わらないのかもしれません。
スマホをいじりながら、
最新のトレンドを追いかけるのも楽しいけれどたまには画面をパタンと閉じて、
自分のために、
あたたかいスープを作ってみる。
そんな時間が、
今の私たちには、
一番必要なことなのかもしれません。
私たちは、
もっと自分の足元を、
大切にしてもいいのではないでしょうか。
もっと、
自分の日常を、
愛してあげてもいいのではないでしょうか。
今日の夕飯は、
何にしようかな。
そんなことを考えるだけで、
なんだか少し、
心が軽くなるような気がします。
みなさんも、
今夜はぜひ、
自分のためだけに、
あたたかいご飯を作ってみてください。
そこには、
きっと、
言葉では言い表せないほどの、
素晴らしい豊かさが、
待っているはずですから・・。
たとえば、
そんなふうにして、
丁寧に自分を扱うこと。
それは、
自分を大切にするということです。
でも、
ここで少し、
視点を変えてみたいと思います。
少し、
話は変わりますが、
みなさんは、
街を歩いていて、
ふと見上げた空が、
とても綺麗だったことはありませんか。
あるいは、
道端にひっそりと咲いている、
小さな花に気づいたことはないでしょうか。
忙しい毎日に追われていると、
そんな景色は、
すっかり見えなくなってしまいます。
目の前の仕事や、
スマートフォンの画面だけに、
心が奪われてしまうのです。
では、いったい、
なぜ私たちは、
そんな身近な美しさを見失ってしまうのでしょうか。
問題は、
私たちの「心(こころ)の余裕」にあるのだと思います。
心が疲れていたり、
いつも何かに焦っていたりすると、
世界は、
とたんに狭くなってしまうのです。
見えているはずのものが、
見えなくなってしまう。
聞こえているはずの音が、
聞こえなくなってしまう。
そう考えると、
本当にもったいないことだと思いませんか。
私たちは、
もっと広い世界に生きているはずです。
もっと、
たくさんの豊かさに囲まれているはずなのに、
自分からそれを、
見えなくしてしまっているのかもしれません。
では、いったい、
どうしたらいいのでしょうか。
どうすれば、
私たちは再び、
その豊かな世界を取り戻すことができるのでしょうか。
実は、
その答えは、
とてもシンプルです。
それは、
「立ち止まる」ということです。
そう、
ただそれだけのことなのです。
立ち止まって、
大きく息を吸ってみる。
冷たい風の感触を、
肌で感じてみる。
遠くの電車の音に、
耳を澄ませてみる。
そういう、
ほんの数秒の「余白(よはく)」を、
自分の日常の中に、
作ってあげること。
それこそが、
私たちが今、
一番必要としていることなのではないでしょうか。
これは、
単にリラックスするという意味ではありません。
自分の感覚を、
もう一度、
自分に取り戻すということです。
自分の足で立ち、
自分の目で見て、
自分の心で感じる。
そういう、
当たり前の感覚を、
取り戻していくことなのです。
そう考えると、
あたたかいスープを作ることも、
空を見上げることも、
すべては同じ一つのことに繋がっていると言えます。
それは、
自分自身の「生命力(せいめいりょく)」を、
呼び覚ますということです。
誰かに言われたからやるのではなく、
自分がそうしたいからやる。
その小さな選択の積み重ねが、
私たちの人生を、
確かなものにしていくのです。
考えてみれば、
私たちは、
すごい奇跡の中に生きています。
地球が回っていて、
太陽が昇って、
今日もこうして呼吸をしている。
それは、
当たり前のことのようでいて、
実は、
ものすごい奇跡なのだと思います。
宇宙の膨大な歴史の中で、
今、
この瞬間に、
私たちがここに存在している。
そう思うと、
なんだか胸が熱くなりませんか。
本当に、
スゴイことだと思います。
だからこそ、
そんな奇跡の毎日を、
もっと大切に味わいたいのです。
難しく考える必要はありません。
遠くのどこかへ行かなくてもいい。
特別な何かを成し遂げなくてもいい。
ただ、
目の前にある一杯のスープを味わう。
ただ、
目の前の人の笑顔を大切にする。
そういう、
足元にある小さな幸せを、
一つひとつ、
丁寧に拾い上げていくこと。
それができる人は、
きっと、
どんな時代が来ても強いはずです。
外側の環境がどうであれ、
自分の内側に、
確かな「豊かさ」を持っているから。
まわりに流されることなく、
自分のペースで、
しっかりと歩いていけるから。
そういう人を見ると、
本当に素敵だなと思います。
そして、
私たち一人ひとりが、
そういう生き方をすることは、
決して不可能なことではありません。
むしろ、
いつでも、
今この瞬間から始めることができるのです。
今日という日が終わろうとしているとき、
ふと振り返って、
「今日もいい日だったな」と思える。
そんな瞬間を、
一日の中に、
どれだけたくさん作れるか。
それが、
人生の豊かさを決める、
一番大切なことなのだと思います。
明日もきっと、
忙しい一日が待っているでしょう。
思い通りにいかないことも、
あるかもしれません。
でも、
そんなときこそ、
思い出してみてください。
あたたかいスープのことや、
ふと見上げた空のことや、
自分の足で立っているという感覚を。
思い出すだけで、
きっと、
ふっと肩の力が抜けるはずです。
そうやって、
自分の機嫌を取りながら、
自分のペースで歩いていく。
それが、
私たちがこの世界で生きていくための、
一番優しくて、
一番強い方法なのだと思います。
さて、
そろそろ、
長いお話もおしまいにしましょう。
窓の外を見ると、
すっかり夜が深まっています。
夜空には、
静かに星が瞬いているかもしれません。
見上げてみるのも、
いいかもしれませんね。
今日も一日、
本当によく頑張りました。
どうか今夜は、
ゆっくりと心を休めて、
あたたかい夢を見てください。
あなたの明日が、
優しさと豊かさに満ちた、
素晴らしい一日になりますように・・。