第259回 「父と私」
父・吉井剣之介が昨年の10月13日、他界致しました。享年94歳でした。
父は、新潟市寺山のお寺と大農家の旧家の生まれで、地元の中等学校を終えると北越製紙に入社しました。しかし、それも束の間、第二次世界大戦が勃発し召集され、陸軍の兵隊で終戦を迎えました。この頃のことは多く語りませんでしたが、飛行機を迎え撃つ任に着いた時、死を覚悟したそうです。
戦後に帰還し、その後、北越製紙に戻り、実家の農家とお寺を手伝いながら懸命に働いていました。近所の吉井家の長男が戦死し、吉井家の祖父に見込まれ、父は小学校の同級生だった母と結婚し、吉井家に入りました。その後、会社を辞めたくはなかったようですが、家業の農業に専念することになりました。
間もなく長女が生まれましたが、一歳で亡くなり、その後長男と次男と私が3男として生まれました。昭和27年、祖父が他界し、父は吉井家の17代目となり、祖母や母の兄弟や子供たちを含め9人の大家族を支えました。
一生懸命に仕事をし、大農家ではあったものの、それだけでは家族を養えないと、借家やマンション、車工場や店舗などの賃貸事業によって大家族を支えました。母は、父が作る野菜やイチゴを訪問販売して、日々の生活費を稼ぎ、祖母が子供たちを育ててくれました。
父は、3男の私を、甘やかすことなく常に自立と責任を求めました。小中学生の頃、私は生徒会のリーダーを務め、成績も運動もトップクラスだったので、母はよく褒めてくれましたが、父に褒められた記憶は一度もありません。
父との思い出は語りつくせませんが、25年前、独立することを伝えた時、「社員にはどんなことがあっても、給与は延滞しないで払え」と、真剣な眼差しで言ってくれた言葉が忘れられません。
父は、多くの中小企業や親族の窮地に関わってきただけに、会社は人なりであり、社員の生活を守る責任を痛感していたのだと思います。心中心配だったと思います。
本年インターウォーズは、25周年を迎えました。私がインキュベーション会社をここまでやってこられたのは、人に尽くす父の生き様を見て育ったお陰だと思っています。私の選択した生き方に一切口を出さず、上京した折に新聞紙に一万円札を束にして包んで、「何かあった時に使え」と、上野駅で父から貰ったお金は今も使えません。
亡くなる前の1年半程、介護施設で過ごしました。時々顔を出すと、満面の笑顔で迎えてくれ、愛おしい父との時間になりました。幸い実家の兄夫婦や母が、最後まで毎日のように施設に通い、元気に過ごしていました。亡くなる数時間前、夕食を完食して10月13日眠るように息を引き取りました。大往生の老衰でした。戦争や婿養子に入り艱難を乗り越え、大家族と親族や中小企業を支え、質実剛健で人に尽くした人生でした。
何があっても、正面から向き合う父の背中は、大きくかっこよく、敬愛する師でもありました。
通夜・葬儀には、本当に多くの方々にお越し頂き、また斎場に入りきらない程の供花をお送り頂きありがとうございました。父の生き様・精神・背中を想いながら、今後も、人や社会の役に立てるように在りたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
功徳無量
「今の自分の幸福は決して自分一人の力ではなく、先祖が積んだ徳によってもたらされている、ご先祖に感謝を」
第258回 「成長続ける企業に共通点」
今月は、4月19日の日経産業新聞BusinessDailyへの寄稿文の反響が大きかったので、紹介させていただきます。
『成長続ける企業に共通点』
「異業種交流会501」が、今年19年目を迎えた。この会は近代経済の父と呼ばれた渋沢栄一の精神と実績にあやかり「501社の企業を創生し、地域を活性化していきたい」というNSGグループの池田さんの呼びかけでスタートした。東京と新潟で開催しており、私は東京の会長を務めている。東京と新潟合わせて262人の会員組織となり、創業時のディー・エヌ・エー(DeNA)の南場さんを始め、250人を超えるベンチャー起業家を迎えて交流を深めてきた。
立ち行かなくなったベンチャー企業もあるが、DeNAやメンバーズのように力強く成長し続けている企業には共通点がある。試行錯誤を繰り返し、事業の基軸を変えて強力な基盤を持つ企業へ変貌している。
DeNA はパソコン向けのオークションサイト「ビッダーズ」を立ち上げた。その後、成長の主軸を携帯電話向けの「モバオク」や「モバゲー」にシフトしてモバイル事業が拡大し、数千万人の顧客基盤を持つ企業となった。現在は、モバイルゲーム事業の世界展開や任天堂と提携した新作スマートフォンゲームアプリ、自動車関連事業を展開し、傘下に横浜DeNAベイスターズを持つ2千人を超える企業へ変貌している。
デジタル技術は産業の構造を根本的に変え、勢いよくスタートしたベンチャー企業の多くが、これまでの事業の延長では先が見えなくなる。起業は、様々なピンチに出合う。その後、変貌していくことができる企業は、「こんな世界を創りたい」と、経営者が徹底して「パーパス」を社員に語っている。パーパスとは、企業や組織や社員一人ひとりが社会において、なぜ何のために存在するのかという「存在意義」のことだ。
人口知能(AI)を中心とした技術革新でビジネス環境が急激に変化する中で、パーパスはミレニアル世代組織の求心力だ。組織と社員のパーパスを融合させるマネジメントが、環境変化に柔軟に対応する戦略の実現を加速させている。
さらに、革新を求める起業家経営者は人的資産を最大限に活かすことを経営の要点としている。そのため誰よりも社員を深く理解し、誰に新たな事業起こす仕事を任せ、どのレベルまで要求するかを判断する。社員の力を精一杯引き出すことに時間とエネルギーと資金を費やしている。経営者の直下で事業を立ち上げる機会を得た社員は、事業の実現に熱狂する。人は生き方が定まった時、圧倒的な力を発揮する。
私は、インキュベーション会社の経営者として多くの起業家に関わってきた。ベンチャーから変貌して成長を続けている起業家経営者が率いる企業には社員のアイデアを生かし「次世代を担うビジネス」に磨き上げる構えがある。企業の成長の源は、いつの時代も人的資産を最大源に生かす企業に宿る。」
平成が終わり、令和という新しい時代が始まった。令和に居合わせた経営者は、内部留保資金を有効活用し、社内起業家にもっと機会を与え、未来の扉を開くイノベーションをする決断が必要だ。

第257回 「藤田田さんの法則」
2000年代に入る頃から、日本はデフレに見舞われ「失われた平成の時代」と呼ばれている。個性の強い異能経営者たちが続いた70年・80年の時代が日本の繁栄期であり、この時代を牽引した起業家達が、今、注目されている。日経ビジネス特集記事「激動の50年」で、70年代を代表する異能経営者で日本にハンバーガーを普及させた日本マクドナルドの創業者の藤田田さんが取り上げられており、「物事の中に潜む法則性を見抜く力が独特」との、私の藤田さんに対する人物評が取り上げられていた。
1971年7月、銀座の第一号店からスタートした米国のファストフードは、ライフスタイルを変え、半世紀経った今も、日本を代表するファストフードのポジションにいる。
未来を見抜いた慧眼を持つ藤田さんとの会話は、刺激的で多くのことを学んだ。
当社の応接室を始めとする各ルームには、スペースの坪数と平米数が記されている。「ビジネスは、計数マネジメント無くして成り立たない。時間や空間を、数値で体感することが大切だ。スペースにかかるコストを肌感覚で知らなければ、数値の羅列でしかない」と、藤田さんがよく語られていた。
藤田さんは、「78対22に分割された宇宙の法則を外れたら金儲けはできない。社会はこの法則で成り立っている」「人の行かないところに花が咲く」「戦略は、シンブルに一言で伝えられるものでなければならない」「お金を借りたい人より、貸したい人の総量が多い。世の中金持ちが、お金でお金を稼いでいる」「ビジネスは、女と口を狙え」「限りなく短時間で商品を提供することを考えろ」等、時間と数値を巧みに組み合わせた独自な経営観を持ち、私が「いつまでに必要ですか?」と尋ねた際、「昨日」といって、その切迫した状況をユニークに表現していた。
未来を見据え、「勝てば官軍」とする経営姿勢はゆるぎなく、勝つ事に執着し、即断即決をする。あてがわれた仕組みではなく、オリジナルの仕組みや風土を創り、社員や取引先に対する敬意を忘れない。なによりも、徹底したリサーチと現場視察を怠らないので、物事に潜む本質を誰よりも見抜く慧眼を持っておられた。
よく、藤田さんから突然の連絡があり、様々な相談や依頼をいただいたが、私の要望も快く受けてくれた。紹介した方に親身なアドバイスを頂き、感謝している。早口の関西弁で楽し気に語られる藤田さんの声を思い出す。
最後にお会いしてから18年。藤田さんのような異能な起業家にはお会いすることが無くなった。
平成の時代、日本はインターネットで敗戦した。戦争を体験し敗戦国である事をバネに、戦後の復興を生き抜いた藤田さんのような経営者が求められている。
未来を見据えた型破りな藤田さんから学んだことを、一人でも多くの起業家に伝えていきたい。
第256回 「シンガポール」
国民一人当たりのGDPが、世界トップクラスのシンガポールに行ってきました。
税を低くして優能な人材を海外から受け入れ、金融センター都市に変貌したシンガポールの街は、高層インテリジェントビルが林立し、世界から起業家が集うアジアのハブとなっています。
シンガポールでの車移動は、何処にでもスムーズに行け、日本にはない感覚でした。政府は、車の購入を制限するために高税率を課しています。
そして、新車購入権を発行し公開入札しないと車が購入出来ない規制を導入しています。現在、プリウス1台1200万円と驚く値段でした。
現在の車の所有率は、15%です。スマホで何時でも呼べるタクシーの初乗り料金はS$3(約231円)で、1キロ S$0.55(約42円)と使い易い料金で提供し、モビリティ社会への流れを国がリードしています。
かつて、イギリスの植民地だったシンガポールは、イギリス人のトーマス・ラッフルズが、東南アジアの最適な交易ルートとして着目し港を開き、大発展を遂げました。その後、戦争に翻弄され、都市国家として独立した国です。
初代首相のリー・クアンユーは、通商都市をコンセプトに、チャンギ空港建設、関税廃止、教育水準の向上、マナー管理(チューインガム禁止、落書きにはムチ打ち刑、公道上での泥酔禁止、拳銃の発射は死刑、乞食厳禁)などを始め、ルールを徹底し、街にゴミ一つ落ちていない国を創り上げました。こういった政府主導の歴史が、車の購入制限力にも繋がっていると思いました。
資源を持たない小国のシンガポールは、ITや金融の知識国家を追求し、法人税10%、個人所得税20%と低税率にして、海外からの企業進出を促し、企業や人材が集うプラットホーム立国を目指し、国民は豊かになりました。
これまで、ベトナムや中国などに投資し、資金運用を行ってきましたが、更なる発展に向け、AIへの巨額投資、起業家支援などの次なる経済成長の機会を探っています。岐路に立つシンガポールが、どんな姿に変貌していくのか見据えていきたいものです。
第255回 「変わらぬもうけ生む要素」
今月は、1月23日の日経産業新聞BusinessDailyへの寄稿文の反響が大きかったので、紹介させていただきます。
『変わらぬもうけ生む要素』
「頑張っているが、もうからない」と、起業家から相談を受けることがある。現状を聞くと、「マーケットシェアを拡大してから、利益を確保する」と、顧客を見ずに、シェアの獲得に奔走している。そのうちキャッシュフローが枯渇し、現実離れした予測数値を入れた計画での増資や大手企業との資本提携を求め、迷路に入り込んでいる。
デジタル社会では、人工知能(AI)やあらゆるモノがネットにつながる「IoT」の進化により、提供者と利用者がダイレクトに結びつき、業界の垣根を越えた経済圏が誕生した。フェイスブックやアマゾンなど「GAFA」と呼ばれる米国企業は、先行投資によって規模を拡大し、プラットフォームに富を集めて利益を得ている。
こういった成功モデルが、スタートアップの起業家たちに影響を与えている。しかし、例えばアマゾンなら、クラウドサービスの「アマゾン・ウェブ・サービス」(AWS)が利益の大半を稼いでいる。それぞれ独自の収益構造があり、顧客に新たな価値を提供し利益を生んでいる。
収益を生む前提は「自社が提供する価値ある商品やサービスを顧客に選択してもらう」こと、そして「顧客が払う価格より、コストが小さいこと」だ。このメカニズムから外れ、提供価格とコストに差があれば、当然利益は出ない。
多様なウェブサービスやデバイスの性能や技術はどんどん発達し、生産性が極限まで最適化され、コストは限りなく下がった。最新技術によって独自の収益構造化が可能になり、「黒字になる型」ができる。そして、自社の市場ポジションを築くことができる。
「健全な企業活動」ができているかにも、収益は左右される。近年、多様なワークスタイルで仕事をする人や組織が増えている。起業家たちは、よく「本社から離れたサテライトオフィスなど、自由に働ける環境を用意している。気の合う仲間が集まり、個人を尊重する社風や仕組みを大切にしている」という。しかし実態として、リーダー不在で、ゴールとルールが不明確な組織が散見される。
軌道に乗っているスタートアップには、一世代前のリクルートやヤフーなど、かつてのスタートアップの成長発展に貢献した人材が、取締役や監査役として参加していることが多い。経験豊かな人材は、リーダーが向かう方向を定め、チームメンバーと夢中になってケイパビリティー(全体的な組織的推進能力)を高めていけば、健全な組織になることを知っている。
また、彼らはスタートアップと大手企業が連携する際、大手企業の経営層と話す言葉を持ち、関係者の利害を調整し、連携によるスタートアップの成長をけん引している。
どんな環境変化が起きても、もうけを生む基本要素は変わらない。









