インキュベーター社長日記 | インターウォーズ株式会社 吉井信隆のブログ -2ページ目

第290回 「100年企業の経営マインド」

7月27日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

 

「100年企業の経営マインド」

 

「3万3076社」。

この数字は創業100年を超える日本企業の数だ。

世界の創業100年以上の企業の41.3%を占めており、日本企業は世界一の長寿国だ。

 

 

「お茶づけ海苔」などでおなじみの食品メーカー「永谷園」も長寿企業の一社だ。永谷園の起源は1738年、江戸時代に煎茶の製法を開発した永谷宗七郎にさかのぼる。宗七郎の10代目にあたる永谷嘉男は父武蔵が開発した「海苔茶」に改良を加えて1952年に「お茶づけ海苔」を発明し、永谷園本舗として創業した。

「味ひとすじ」の企業理念のもと、創意と工夫でお客様においしさを提供し続ける姿勢で、永く食卓でも愛される「永谷園ブランド」を築いた。現社長も変わらぬ本質を守りながらも新しいものを取り入れ変化する「不易流行」の経営者だ。

 

 

海外事業ではシュークリーム専門店「ビアードパパ」を運営する麦の穂ホールディングスのM&A(合併・買収)や、英フリーズドライ会社のブルームコを傘下に収め、欧米市場での取引を拡大している。

 

また、永谷園は大相撲に懸賞金を出していることでも知られている。

新型コロナウイルス拡大の影響で、2020年4の大相撲7月場所は無観客開催となり、多くの企業が懸賞を取りやめるなか、永谷園は変わらず懸賞金を出した。日本の伝統文化である相撲と永谷園の関わりは古く、変わらぬ姿勢に大相撲ファンからは称賛の声が上がった。

 

永谷さんは「創業以来、科学技術の進歩や価値観の多様化、食の安全地球環境に対する意識など、永谷園を取り巻く状況も大きく変化したが、『味ひとすじ』の精神は何ひとつ変わっていない」という。永谷さんは、何を守って残し、何を挑戦し変えていくか、「不易流行」のバランスを持った決断思考で「世界になくてはならない会社」を目指している。

 

100年企業には創業者のDNAや理念を受け継ぐオーナーシップを持つ経営者が多い。「会社を持続させる」ミッションに対して、「与えられた」ものではなく、会社を「所有」しているマインドで意思決定をする。オーナーシップを持つ経営者は、誰よりも危機感を持ち、「不確実な明日に向かって、今なにをなすべきか」を考え、自らの全存在を賭けた戦略的な決断思考を武器にしている。短期的アプローチではなく、長期的視点からの自らの主体的な意志で、イノベーションに挑むことに100年続く経営の本質がある。

 

日本は今、円安、物価高騰、新型コロナウイルス、ウクライナ侵攻と予期せぬできごとが勃発し、企業はかつてない危機にひんしている。激変する経営環境のなかで、「不易流行」での決断思考の連続が100年企業の新たな歴史を刻んでいる。

第289回 「主観と客観の両面で語る」

6月17日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

 

「主観と客観の両面で語る」

 

過日、Jリーグ5代目チェアマンを務めた村井満さんとお会いした。

村井さんとはリクルートの求人広告事業で共に営業の仕事をしていた間柄だ。

 

村井さんはJリーグクラブ代表やクラブ運営の経験はなかったが、リクルートグループの様々な要職を務めた後、2014年に第5代Jリーグチェアマンに就任した。その矢先、浦和レッズ対サガン鳥栖戦で浦和レッズのサポーターによる人種差別的な横断幕が掲出された。浦和に対する無観客試合処分というJリーグ初の決定が村井さんにとっての大きな初仕事となった。

その後、Jリーグの財務面においては明治安田生命保険との4シーズンタイトルパートナー契約や、スカパーJSATとの5シーズンにわたる長期海外放送権販売契約など、事業収益を大きく改善し経営基盤を安定させた。

 

 

また、フットボールの普及、スタジアム整備、デジタル技術活用、国際戦略の実行、経営人材の育成にも取り組んだ。

他にも社員総会の実施やチェアマン室の廃止、第三者委員会による後任チェアマンの選出などの内部改革を行い、新型コロナウイルスへの迅速な対応を含め、大きな功績を残した。

 

私がリクルートにいた頃、村井さんから影響を受けた言葉がある。リクルート事件の余波を引きずってところにバブルが崩壊し、景気の悪化によってリクルートの経営破綻が語られたことがる。村井さんはリクルートの人事の要職にあり、キャリア支援や研修制度強化に取り組んでいた。動揺する社員たちに「リクルートは雇用を保証する会社ではなく、雇用される能力を保証する会社でありたい」と所感を送ったメッセージが、社員に勇気と力を与えたことを鮮明に覚えている。

 

また、人にヒアリングする時、うわべで話しを聞いても「本音」を知ることはできない。個々人に寄り添いながら心のひだに触れ、「実は」という言葉が出てくるまで聴くことが、マネジメントや事業変革の起点になると学んだ。

村井さんにお会いした後は、いつも交わした言葉が消えない。深い洞察力と哲学を持ち、主観と客観の両面からソフトに語ることで、立体的に言葉が伝わり心に残る。

 

 

 

過日、村井さんが「夢を追い続けた人が報われる社会を作る」ことを目的にした「ONGAESHI(恩返し)ホールディングス」を設立した。投資ハンズオン事業を、投資ファンドのプロと共に立ち上げた会社だ。

これまでリクルートとJリーグでの経験培った「人と組織を深く洞察し、情報をオープンにすることで組織を活性化させる経営」で、地方企業の夢やビジネスをバックアップしていくという。

村井さんがこれからどんな世界を創るのか楽しみだ。

 

 

 

 

第288回 「フードテックの産業革命」

5月18日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

 

「フードテックの産業革命」

 

2021年1月、「NEXT MEATS HOLDINGS」がSPAC(特別買収目的会社)スキームを活用しアメリカの証券市場に上場した。同社は20年6月に法人化し、圧倒的なスピードで国内外に事業を展開する、代替肉のフードテックスタートアップだ。創業7か月で上場し、初日の時価総額が約4憶5200ドル(約468億円)となり、市場の注目を集めた。

 

同社の株式を保有するネクストミーツは「地球を終わらせない」との理念を掲げ、植物性焼肉・牛丼・チキン・ポーク・ツナ等の商品を開発し、イオンを始めとする大手スーパーやネット販売のOisixのほか、パレスホテルでもメニューに採用されている。また有名シェフとのコラボによって代替肉ならではのレシピを開発することで、新たな食の選択肢を広げ、市場を拡大している。

 

 

 

 

新潟県長岡市にある研究室「NEXT Lab」には世界から各分野の研究者が集まり、バイオテクノロジー分野では微生物や遺伝子の研究を、メカトロニクス分野では植物性タンパク質の物性変化やファクトリーオートメーションの研究を進めている。米仏やシンガポール、香港など海外10か国にスタッフが常駐し世界に挑戦している。

 

創業者の白井良さんと佐々木英之さんは食品の研究・開発経験のない2人だ。12年前に中国の深圳で出会った2人は「環境問題に対峙するビジネスを目指す」ことで意気投合。ハイスピードでチャレンジが可能な「環境問題や食糧危機に対する代替肉」に着目した。しかし、バックグラウンドのない2人の商品開発は困難を極めた。代替肉として本物の肉にはない商品価値を創るため、食感やおいしさを追求し、素材、熱、圧力など様々な点を改良しつつ、数えきれない試食を重ねた。

障壁にぶち当たるたびに、「何をどうしたらいいのか教えてほしい」と協力を求めて大学や食品メーカーの研究室に通い続けた。最大の難問は、食べたときの食感「口当たり、舌触り、歯ごたえ」だった。

試行錯誤を繰り返し、3年の歳月をかけて納得のいく代替肉を実現した。ネクストミーツの成功要因は業界の分析戦略アプローチではない。思想を共有した異色の起業家が出会い、「ピュアな志に共感した人々の共創」が成功の要因となった。

 

 

09年5月、シリコンバレー生まれの「ビヨンド・ミート」がナスダックに上場し代替肉市場が拡大した。市場規模は30年には20兆円を超えると言われる。牛肉と比較すると「水75%減、温暖ガス87%減、土地95%減」とはるかに少ない資源で生産でき、環境にやさしい代替肉が世界の食流通を変えようとしている。

 

ネクストミーツが世界にハイスピード経営で挑戦する姿は見ていてハラハラするが、彼らの創り出す未来の食風景を見てみたい。

 

 

 

 

第287回 「死の谷を乗り越える組織」

4月13日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

 

「死の谷を乗り越える組織」

 

「デスバレー(死の谷)」という言葉をご存じだろうか。起業から事業化する黒字転換ステージへ進めるかどうかの障壁のことで、落ちれば死ぬほど深い谷に例えられる。

 

企業は構想を実現する事業化プロセスで売り上げを確保するため、資金や人材などの経営資源を調達・配置することが必要になるが、そのための資金は開発フェーズよりも大きくなることが多い。売り上げと利益が上がらなければ市場での認知も上がらず、有能な人材も集まらない。時間だけが経過し、資金ショートを起こしデスバレーで事業撤退や倒産に陥る。

 

当社の創業間もない頃、投資先がデスバレーを克服できずに倒産し、窮地に追い込まれたことがある。この経験から「デスバレーを越え成功する起業家と倒産する起業家の違いはどこにあるのか」と考え抜いた。

 

 

デスバレーを克服するには3つのキーワードがある。

ダイバーシティ組織、アライアンス、マーケターだ。ダイバーシティ組織とは、実績を持つミドル人材の経験知やノウハウを取り入れている組織のことだ。

デスバレーを越えIPOした会社組織には経験豊かな人材が社外役員やアドバイザーとして参加していることが多く、ダイバーシティ組織が変化に対応する役割を果たしている。ダイバーシティ組織を作ることで、現状把握から集中すべきこと、やらないことを見極め、ケイパビリティー(組織の推進能力)を高めることができる。

 

 

次に、デスバレーを越える戦略として、アライアンスによる手法がある。顧客基盤を持つ事業会社との提携や連合によって売り上げと利益をあげていく方法だ。限られた資金とリスクを抑え、不足しているリソースを補うことで成長を加速させ、事業化していくことができる。

 

そして最後に一番重要なのがマーケターの存在だ。多くの起業家とかかわる中で「起業家はアートな人が多く、マーケターは少ない」ことに気づき、投資先にマーケター人材を紹介するようになった。事業の主戦場(エリア、ターゲット、ビジネスモデル)に応じて、目標を達成する道筋を決められる経験知を持つマーケターの存在で、事業化の成否が変わる。

デスバレーを越えるマーケターには3つの要素がそろっている。

 

事業収益への影響が大きい施策をKPIに分解し投資する意思決定力で柔軟に対応できる」「事業化する数値を素早く計算する概算力が優れている」「ゼロから事業を立ち上げる起業家と相性が合うこと」だ。

特に起業家との相性は極めて重要な要素となる。

資金調達だけに頼ることなく、売り上げと利益を伸ばすことにフォーカスし、俯瞰(ふかん)的に捉えされるマーケターがいる組織が、デスバレーを乗り越えていく。

 

 

第286回 「変化続ける企業の共通項」

3月18日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

 

「変化続ける企業の共通項」

 

この2年で環境が激変し、各国で異なった企業のあり方が映し出された。新型コロナウイルスのパンデミックによりデジタル大陸が拡大し、ディスラプション(破壊)が進行したことで様々なビジネス機会が生まれた。

 

米国ではフェイスブックがメタに社名を変え、数百人単位でエンジニア採用に注力し、メタバース領域に進出している。グリーンエネルギー・ヘルスケア・フードテック・バイオテクノロジー・DXといった、成長が加速する未来産業に果敢に取り組んでいる。事業環境が変化した時、「会社を潰さない」ために資金を確保し、「死なない」受け身対応に奔走しながら市場の回復を待つ企業が多い。

一方、新たなビジネス領域やイノベーションに挑戦する企業がある。価値観の変化をビジネス機会と捉え「そこに行こう」と決断するリーダーがいる。未來像を示すビジョンと働き方が明確な企業は「これをやりたい」という人材に起業機会を与え、トップダウンに頼ることなくボトムアップでイノベーションを起こしている。

 

 

その企業の一例がリクルートだ。

 

リクルートの旧社訓で「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という半世紀にわたり語り継がれている言葉がある。創業者の江副浩正さんの組織論がこの社訓に凝縮されている。

一人ひとりの社員に「君はどうしたいの」という問いかけが日々繰り返され、「圧倒的当事者意識」が醸成されている。

 

 

 

イントレプレナー(社内起業家)が「不の発見」から提案したアイデアを事業にするカルチャーがあり、多くの新規事業が立ち上がり、持続的成長の原動力となっている。国内外のスタートアップの買収では既存事業とカニバリゼーションしても「他の誰かにやられるくらいなら、自らが自分たちのディスラプターになろう」と、2012年のインディードのM&Aをしたことから、グローバル企業に躍進を遂げている。現場の責任者は自分の担当するサービスを成長させることに注力しているので、その事業を脅かすような取り組みは難しい。

しかしリクルートは現場との摩擦を恐れずディスラプティブな決断をする体系的組織やカルチャーが備わっている。リクルートが成功しているのは天才的な起業家がいるからでもなく、整備された魔法のような環境があるからでもない。

垣根のないデジタル世界では、競争ルールそのものの変化により、競合との競争の方向性が大きく変わる。

 

人の思考は日常の仕事に向き合っていると短期的になりがちだが、先を見据えた長期的思考が持続的成長には必要だ。世界では、企業が国境を越えた競争を加速させている。日本の企業は受け身の短期的対応をやめ、長期的目線を持つ革新的人材を生み出す機会に変えるときだ。