インキュベーター社長日記 | インターウォーズ株式会社 吉井信隆のブログ -3ページ目

第285回 「創造的破壊からの起業」

2月7日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

 

「創造的破壊からの起業」

 

 

エストニアは人口わずか130万人の小国でありながら、多くのスタートアップが集まるハブとなっている。なぜ起業率が高く、スタートアップの集積地になっているのか、エストニアの投資家に聞いた。

第一に、国全体取り組みでデジタル化政策を推し進めたことだ。

所得税申告や運転免許証の更新など、行政手続きの99%がオンラインで完結する基盤を作った。第二に、非居住者でも仮想国民になれる電子国民制度を導入したことだ。

世界のどこからでもエストニアの電子行政サービスの一部を利用することができ、海外からの銀行振込や納税を可能にした。

 

これにより実際にエストニアに行かずともオンラインで法人登記ができる。また法人税(20%)が利益ではなく配当金に課税される仕組みで、配当しない限り課税されないため、資金繰りが苦しいスタートアップに寄り添った税制となっている。

法人の年次決算報告書がオンラインで申告できることも起業を後押ししている。こうした魅力的な政策に加え、2017年からは「スタートアップビザプログラム(スタートアップ設立のための短期滞在許可)」が開始され、外国人の起業家や人材を引きつけている。スカイプが03年にエストニアで誕生した後も、新たなユニコーンが7社誕生しているのは、成功した起業家が次世代のスタートアップに資金とノウハウを支援する、スタートアップエコシステムが形成されているからだ。

 

一方、現在の日本の起業率は世界最低水準となっている。それは技術や資本だけでなく、最も重要なリソースの起業家人材が圧倒的に不足しているからだ。日本は人材の流動性が低く、企業家を生むエコシステムが脆弱なため、スタートアップが誕生しない。かつての日本はハングリーで起業家精神の旺盛な多くのスタートアップが勃興し、経済を繁栄させたのだ。しかし1990年以降、先人の起業家たちが築いた企業の成功要因に固執し、情報革命の波に乗れないまま停滞している。

 

このような中でも、日本にイノベーションを起こした起業家は存在する。ファナック創業者の稲葉清石衛門さんや、ヤフー創業者の井上雅博さんなどだ。彼らのような起業家の共通点は、業界の外部からスタートした「企業内起業家」であることだ。業界の中心にいなかったからこそ、固定概念を持たずに業界の常識を覆した。

 

「新」という字は「立つ木に斧を入れる」と書く。それはまさに古い企業モデルのかたちを壊しモデルを創る「創造的破壊」が既存企業の経営者に求められていることを表す。創造的破壊から企業内起業家を育成し、スタートアップを生み出すエコシステムを創ることが、日本の成長の要となる。

第284回 「イノベーション・プレイス」

12月27日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

 

「イノベーション・プレイス」

 

新型コロナパンデミックに直面し、多くの企業は受け身の経営を強いられた。

当社も「イントレプレナー塾」の運営方法や、キャリア相談の面談方法の見直しを余儀なくされ、オンラインへと切り替えた。

社員の働き方もテレワークへと移行した。

リモートで仕事をするようになり、通勤時間も通勤のストレスも無くなり、ワークスタイルが激変した。

オンラインでの会議や面談はどこにいても対応でき、移動時間もかからない。

情報共有が容易になり、様々なメリットが生まれた。

 

一方、雑談など他社とのコミュニケーションが起きにくいといった課題も浮き彫りになった。

人はリアルなコミュニケーションでないとウエット感が出ず、脳が回らないのかもしれない。

同じ空間で時間を共有し、熱量の高い話し合いから気づきを発見することが多いのではないだろうか。

イノベーションの「元祖」シュンペーターは「イノベーションとは会社に価値をもたらす革新であり、

異分野の人と人との新結合が起点だ」と言っている。

 

当社のインキュベーションオフィスを「イノベーションが起こる場」とするため、

緊急事態宣言中に全面リニューアルし、新たに「出島インキュベーション・プレイス」としてオープンした。

コンセプトは「異業種の人たちが集い、価値が生まれる共創の場」とした。

企業間の枠を超えて開放的なオフィス空間を共有し、偶発的なコミュニケーションや雑談など、オンライン上では生まれにくい交流を創るため、円形テーブル、ソファシート、カウンター席、スタンディングデスクなどの多様な席を設置した。

また、企画に集中できる一人用の個室やミーティングルームも導入し、事業案を創出するための環境を整えた。

 

   

 

イノベーションは異分野の人と人が共鳴することかた生まれる。

それには互いの会社から離れたところで、率直な対話ができる「場」が必要だ。

区切りのない曖昧な空間で、たわいもない会話から新鮮な生きた情報が飛び交うことが多い。

新規事業を立ち上げるテクニックはスクールで学べるが、肝心なのは熱量を持った様々な人との語らいだ。

それが事業発案の源泉となる。

 

フェイス・トゥ・フェイスで心を開放して話し合い、互いの理解が深まり共感が生まれる。

共感する人の輪が広がってくると、目的を実現するにはどの企業の誰がキーマンとなるのかが見えてくる。

企業の枠を超えたダイバーシティが、新たな価値を生むことにつながる。

出島インキュベーション・プレイスが、イノベーションが起こるプラットフォームになることを期待している。

 

 

第283回 「日本の起業エコシステム」

11月29日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

 

「日本の起業エコシステム」

 

昨年、米国のスタートアップの資金調達額が17兆円を超えた。

一方、日本のスタートアップの調達額は4500憶円、起業率は5%と世界最低水準だ。

ユニコーンを呼ばれる企業数は日本は6社、米国は378社と、他の先進国と比べて極めて少ない。

GAFAと日本株全体の時価総額が逆転したという報道があった。

 

世界経済における日本の国内総生産(GDP)のシェアは、1995年の17.6%をピークに昨年は5.8%となり、日本のプレゼンスが低下している。

日本経済の活力を取り戻すには次世代を担う起業家が次々と生まれる土壌や仕組みが必要だ。フランスでは、VCの大型資金提供を始め、インキュベーションセンターや制度の整備など、官民一体で起業立国を目指した成果が出ている。

日本は企業の資金余剰が続き、保有現預金が43兆円を超え、

1980年以降で最大の伸びを示している。

 

 

 

 

財務省の発表によると、日本企業の内部留保は2020年に480兆円を超え、9年連続過去最高となった。

日本の経営者が保守的な経営スタンスをやめ、ノンリスク病から脱却しなければ成長は望めない。日本が生産性を高め、持続的な成長を遂げるには、豊富な資金を新しい成長分野に振り分け、その収益力を高めていくことだ。

 

 

日本の取るべき道筋は2つある。

一つ目は、大企業の経営者が内部留保をイントレプレナー(社内起業家)に大胆に投資することだ。

スタートアップと同様の起業機会と環境を与え分離独立させれば、社員が起業家に変貌する。起動に乗せる秘訣はイントレプレナーが求める最高執行責任者(COO)やテクノロジー関連のビジネスモデルならエース級のCIO人材を送り込むことだ。

イントレプレナーが育つ土壌を創り、長期的な投資家の構えを取ることが経営者のあるべき姿だ。

 

 

二つ目は、VCとの座組で有望なスタートアップへの大型投資と、有能な経営推進人材を投入するハンズオン型のインキュベーションで取り組むことだ。その後、ケースによってはスタートアップをM&Aで取り込み、経営チームを強固な体制にしてスケールさせていく。

 

リクルート社indeedのM&Aでトップを送り込んで海外進出し、グローバルカンパニーに変貌することで時価総額10兆円超の企業に成長した。日本の多くの企業は欧米企業と異なり豊富な内部留保がある。海外の有望な企業を買収することで、海外市場を開拓するチャンスのときだ。

 

日本の起業立国実現の道は、他国から学んでも、真似る必要はない。豊富な内部留保を持つ日本企業が、多様な形で大胆に投資を拡大し、グローバルカンパニーを目指していくことが、日本の起業エコシステムを確立させることにつながる。

 

 

第282回 「新テクノスポーツの誕生」

10月22日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

 

「新テクノスポーツの誕生」

 

「HADO(ハドー)」というテクノスポーツをご存じだろうか。

国内スタートアップのmeleapが2016年に開発したAR(拡張現実)スポーツだ。

ヘッドマウントディスプレーとアームセンサーを装着し、エナジーボールやシールドを発動させ、仲間と連携しながら対戦する競技で、ビデオゲームやアニメのような世界でプレイできる。

現在、世界36か国に80箇所の常設フランチャイズ施設があり、日本でも専門施設のオープンが相次ぎ、プレーヤーは累計250万人へと成長している。

 

2020年からはアイドルをプレーヤーとして取り組み、視聴者参加型のシステムを使った観戦事業を開始、世界の若者たちの間で人気が高まっている。

国内外で定期的に公式大会が開催され、年末のCLIMAXシーズンの最後には、世界各国から予選を勝ち抜いたチームが世界一の座を争う「HADO WORLD CUP」が開催される。

 

meleap創業者の福田さんとはスタートして間もない頃、異業種交流会東京501会の講演会で出会った。

「ドラゴンボールの孫悟空のように、かめはめ波を撃ちたい」という夢が原点で、「テクノスポーツで世界に夢と希望を与える」というビジョンに共感し出資させていただいた。

 

福田さんは東京大学大学院卒業後、リクルートに就職。

「自分が心の底から人生をささげたいのは何か、人生で何を実現したいのか」を求め、「かめはめ波を撃つARスポーツの世界を創る」ことに賭けた、アートな起業家だ。

「そんな夢みたいなこと実現できるわけがない」と多くの人に言われたが、ネットである映像を見て「かめはめ波を撃つ未来」は実現できると確信。

世界中の人たちが共感するARスポーツは必ず実現できると信じ、25歳でリクルートを退職してmeleapを創業した。

 

 

実績も人もお金もなく、HADOの開発は困難を極めたが、16年に「Oculus Rift」や「PlayStation VR」などがリリースされ、

VR・AR・MRが注目されたことがHADOの後押しになり、人や資金を集めることができた。

スマホを利用した独自の画像トラッキング技術に成功し、HADOのリリースにこぎ着けた。

福田さんは幼少期に描いた夢をテクノロジーによって実現させた。

HADOはスポーツ界を再定義し、これまで誰も考えなかった世界を創った。

 

イノベーションの試みは、いつの時代もたった1人の「熱狂」から始まる。

サッカーを超えるスポーツ市場を目指すHADOの頂点は、まだ一合目にも達していないという。

グローバルARスポーツ・HADOが、新たなオリンピックの競技種目になる日が来るかもしれない。

 

 

第281回 「クリティカルシンキング」

9月10日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

 

「クリティカルシンキング」

 

「君はどうしてその事業をやりたいの」起業家から相談を受ける時、私が必ず聞く言葉だ。「どんな事実に出会い、どんな動機で、誰のために何をしたいのか」。どんな社会に変革していきたいのかを確認したいからだ。

多くの起業家からドキッとしたと言われる。現場を徹底的に見て顧客を分析することをせず、うわべの情報や現象面だけで「これをやればもうかる」と考えた事業プランには「世界観や、人や社会にどう寄り添うか」といった思想がない。

 

起業は「すでに起こっている事実から元に戻ることのない変化」や「これからの時代に大きな影響を持つにもかかわらず、まだ一般には認識されていない変化を知覚し分析すること」から始まる。

社会を変革していく起業家は虫の目で「現場」で起こっている事実から、川の流れを見極めるような魚の目でビジネス機会を見つける。そして「クリティカルシンキング(本当にこれでいいのか)」の思考で、自問自答を繰り返しながらビジネスモデルを徹底して磨き上げていく。その過程でベンチャーキャピタルなどから資金調達を得て成長していく事業は、広い視座で世界の潮流を見渡した起業家の思想が宿っている。

 

 

新型コロナによって世界は一変した。当社や支援先のスタートアップも影響を受け、ワークスタイルも変わった。この感染症に対抗する有効な最適解はまだ誰にもわからない。企業の存在意義を突き付けた新型コロナは「自分たちは何者なのか」を立ち止まって考える機会になった。コロナ禍の1年半で多くの気づきを得た。自分たちのビジネスを見直すことで、価値の再発見の好機となった。環境も人々の意識も変化し、昭和的価値観から平成令和時代の価値観に移り変わり、新たなビジネス機会が生まれている。

 

 

私はインキュベーターとして、30年近く起業家と共に新規事業の立ち上げに取り組み、ビジネスの本質は「人や社会の問題解決」にあるとの考えに至った。温暖化を始めとする地球レベルの問題が増大し、企業の役割である社会課題の解決がビジネスの主軸になってきている。

ここ数年、日本のIPOが小粒で調達額が少なく、海外投資家の日本株離れが続いているのは、国内をフィールドにしているスタートアップが多いからだ。

 

 

 

2022年4月、東京証券取引所の市場区分が変わる。コロナ後の米国や欧州のスタートアップは、脱炭素やデジタル分野で世界を見据えたユニコーン企業の創出が加速している。新経済を創っていくスタートアップには、日本だけを見るのではなく、社会課題を解決するグローバルな視座で世界に果敢に挑戦するユニコーン企業を目指して欲しい。