ジムでの気づき
20代の頃、初めてジムに行った時のことです。
トレーニングマシンの前に立ち、壁に貼ってある説明の絵と文章をじっくり読みました。
「なるほど、こうやって使うのか」と理解したつもりで、見よう見まねでトレーニングを始めました。
すると、トレーナーの方が近づいてきて、優しく声をかけてくださいました。
「ちょっと待ってください。こうやるんですよ」
足の角度、背筋の伸ばし方、重心のかけ方...細かく丁寧に教えていただきました。
「では、これで試してみてください」
言われた通りにやってみると—ズシッと、さっきとは比べ物にならないくらいの負荷が、狙った筋肉にしっかりとかかりました。
「さっきとは全然違います!」
思わず声が出ました。
「そうなんですよ。やり方一つでトレーニングの効率が全然違うんです。また何かございましたらお声がけくださいね」
そう言って、トレーナーの方は去っていきました。
その時、私はハッとしました。
「わかっているつもり」と「実際にできている」は、全然違うんだ。
説明を読んで「理解した」と思っていたのは、ただの思い込みでした。
本当に理解するということは、もっと深いものなのだと気づいたのです。
理解には3つの段階がある
さて、理解には3つの段階があります。
1. 知っている
2. わかっている
3. やっている
この3つは、似ているようでまったく違います。
1. 知っている(知的理解)
「知っている」というのは情報として知っているということ。
頭で理解している段階です。本で読んだ、誰かから聞いた、そういった知識のレベルですね。
<スピリチュアルの例:ワンネス>
例えば、スピリチュアルの世界には**ワンネス(非二元性)**という概念があります。
「すべては一つである」「すべては分離していない」という意識状態・宇宙観のことです。
表面的には個別に見える存在—あなた、私、木、石、星—これらは、根源においては一つの意識・エネルギーから生まれており、本質的には分離していない、という考え方です。
知っているレベルでは:
- 「量子物理学的に、すべては素粒子でできている」
- 「人類は共通の祖先から生まれた」
- 「すべての生きとし生けるものは同じ源でかつては一つであった」
こういった知識として「ああ、そういうものなんだな」と理解している状態です。
でも、これはまだ頭の中だけの話。
本当に腑に落ちているわけではありません。ジムでの私のように「説明は読んだけど、実際はできていない」という段階です。
2. わかっている(瞬間的な体験)
「わかっている」というのは、瞬間的にでも体験したことがある状態。
「グリンプス体験」であり、一瞬だけ、その真実を垣間見る瞬間です。
ちょうど私がジムでトレーナーに教えていただいて「あ、こういうことか!」と気づいた瞬間が、これに当たります。
<私のワンネス体験>
私も、初めてワンネスを体験した時のことは今でも忘れられません。
ある日、道を歩いている時に、突然それは訪れました。
人も、虫も、車も、アスファルトの地面さえも—すべてが一つになっていて、至上の愛の中で息づいているのを感じたのです。
- 時間が止まったように感じる
- 「私」という感覚が消える
- 深い平和、至福、愛に包まれる
- 言葉では表現できない感覚
ハートに愛が流れ込んでくる量があまりにも多くて、少し苦しい感じさえありました。
以前、誰かが言っていた言葉を思い出しました。
「自分の器以上の愛の中に身を置くと、人は耐えきれずに死ぬ」
その時、この言葉の意味を、体験を通して少しだけ理解しました。
でも、この「わかっている」段階は、一瞬だけです。
素晴らしい体験をしても、日常に戻れば、また元の意識に戻ってしまいます。
ジムでトレーナーに教わった時も、その時は「わかった!」と思いましたが、翌日にはまた忘れて、間違ったフォームでやってしまったりするものです。
一度の体験だけでは、本当の意味で「できている」とは言えません。
3. やっている(安定した意識状態)
「やっている」というのは、常にその状態を生きているということ。
ワンネスで言えば、「常にワンネスを生きている」という状態です。
この段階の特徴:
- 日常生活の中でも分離感がない
- 「私」という感覚が根本的に変容している
- すべての出来事を愛と受容で見ることができる
- 恐怖や執着が根本から消えている
この状態にいる人は、ごく稀です。
でも、私たちはみな、無意識にこの意識状態を目指しているのかもしれません。
「やっている」段階の人の雰囲気
この段階まで到達した方には、不思議な特徴があります。
親近感があると同時に、とても遠くに感じるような、近くに寄れない畏怖のような、そんな独特の雰囲気をお持ちなのです。
そして興味深いことに、この段階までくると「ワンネスであらねばならない」というような意識さえもなくなるようです。
<呼吸するかのように自然に>
例えば、私たちが呼吸をする時。
「ちゃんと呼吸をしなければ」「呼吸をしなければ死んでしまう」なんて、いちいち意識しませんよね。
ただ、自然に呼吸しています。
「やっている」段階になると、それと同じなのです。それが日常で当たり前になるので、呼吸をするかのように自然な感覚になります。
努力も、意識も、必要ありません。
ただ、そうである。ということです。
すべてのことに当てはまる3段階
この3段階は、ワンネスだけでなく、どんなことにも当てはめられると感じています。
<ヨガの例>
知っている段階: 「ヨガのポーズの形をとる」という感じ。見た目だけ真似している状態。
わかっている段階: 「あ、呼吸とポーズが連動するってこういうことか」と体感する瞬間。
やっている段階: 呼吸、ポーズ、力の入れ方...すべてがごく自然で、意識すらしない状態。日常生活でも立ち振る舞いが美しく、「あ、この人ヨガやっているんだな」と周りから見ても分かるレベル。
<仕事の例>
知っている: マニュアルを読んで手順を覚えた。
わかっている: 実際にやってみて「ああ、こうすればうまくいくのか」と体感した。
やっている: 考えなくても自然に体が動く。応用もきく。後輩に的確に教えられる。
「やっている」段階への道のり
「わかっている」から「やっている」への道のりは、簡単ではありません。
非常に時間がかかるものだと感じています。
一時期「やっている」という段階に入ったと思っても、再び「わかっている」に戻ったりすることもあります。
それぞれの段階を行きつ戻りつしながら、根気よく続けた人だけが、少しずつ上昇していきます。
終わりに
「やっている」という言葉の意味は、その通り**「やっているかどうか」**ということです。
「自分で設定したゴールに到達したから、そこで終わり」ではありません。
そう聞くと、クラッとめまいがしそうですよね。
「ずっと続けるの?終わりがないの?」
でも、不思議なことに
真に「やっている」という段階の人を見ていると、それが辛そうには見えません。
むしろ、それが自分の人生の一部として自然に組み込まれているので、苦労という感覚さえないように見えます。
それはきっと、自分自身の本質が喜ぶことだから。
義務ではなく、喜び。
努力ではなく、自然。
そういう境地なのではないかと、私は思います。
「知っている」と思っていても、実はまだ本当には理解していないことは色々とあります。
でも、それでいいのだと思います。
大切なのは、そこで立ち止まらないこと。
「わかった」と思っても、謙虚に学び続けること。
そして、何より—
実際に「やってみる」こと。
あなたの人生の中で、「知っている」段階から「やっている」段階へと進みたいことは何ですか?
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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