こんにちは。渡邉利咲です。
私は、この仕事をしていて思うことがあります。
ヒーリングや目に見えない世界の学びを深めていくと、人は知識を得て、感覚が開き、少しずつ力を身につけていきます。
けれど、その途中で、ひとつ大きな分かれ道があるように感じます。
それは、
「私は先生を超えられるのではないか」
「私はあの人より上に行けるのではないか」
と思い始める瞬間です。
けれど、本来、そこで比べてはいけないのだと思います。
先生と自分を比べる。
誰かと自分を比べる。
上か下かで見る。
超えた、超えないで考える。
多くの人は、力を持ち始めたときに、「自分が大きくなった」と感じてしまいます。
でも本当は、そこで見るべきなのは、「自分が大きくなったか」ではなく、「この力を扱えるだけの器に、自分はなっているのか」なのですよね。
なぜなら、霊的な道やヒーリングの道は、誰かを超えるためのものではないからです。
それぞれに与えられた器があり、役割があり、歩む道があります。
先生には先生の道があり、私には私の道がある。
比べるものではなく、それぞれが自分の内側を清め、自分に与えられた道をまっすぐ歩いていくものなのだと思います。
けれど、力を持ち始めると、人はそこで試されます。
知識が増えたとき。
感覚が開いたとき。
人から認められたとき。
誰かを癒せるようになったと感じたとき。
その力を、自分のものだと勘違いしてしまうことがあります。
「私は特別だ」
「私のほうが上だ」
そう思い始めた瞬間、光の道から少しずつ外れていくのだと思います。
それが、私には堕天使の物語と重なって見えるのです。
堕天使も、もともとは光の存在だったはずです。
けれど、光を与えられた存在が、その光を「自分だけのもの」だと思い始めたとき、少しずつ源から離れていった。
その物語が、私にはとても象徴的に感じられるのです。
どのような分野でも、同じようなことが起こるのではないかと思います。
知識が増えると、賢くなった気がする。
感覚が開くと、特別になった気がする。
人から頼られると、上に立った気がする。
先生の弱さが見えると「もう自分のほうが上だ」と錯覚する。
でも、それは上がったのではなく、比較の場に落ちたということなのだと思います。
本当に大切なのは、誰かを超えることではなく、
自分を律すること。
力を持つほど、謙虚であること。
知識が増えるほど、敬意を失わないこと。
感覚が開くほど、畏れを持つこと。
そこでハッと気づき、自分を律することができる人だけが、さらに深いところへ進んでいけるのだと思います。
霊的な道は、上へ昇る道であると同時に、堕ちる危うさも含んでいます。
だからこそ、
比べないこと。
驕らないこと。
先生や先人への敬意を忘れないこと。
そして、自分に与えられた道を、静かに、誠実に歩くこと。
これらは、これまで色々な先生と生徒の関係を見てきて、感じたことです。
特に、光を扱うヒーリングの仕事では、与えられた力を、いつの間にか自分の力だと思いやすいところがあります。
ですから、その力を扱えるだけの器を育てることが、とても大切なのだと思います。
私自身もまた、このことを忘れずにいたいと思っています。
力を清らかに扱える器でいられるように。
そして、比べることなく、自分に与えられた道を静かに歩いていけるように。
★ Coming Home 第5号「果物たちがささやく物語」「蓮は花の君子なり」
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