黄昏の横浜汽車道 | ロドさんの繪ブログ「一期一繪」

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団塊の世代のラストランナー。想い出深い海外駐在当時も振り返りながら「日本再発見」ということで国内あちこちのスケッチを織り交ぜて気ままに、「人生はFESTINA LENTE(ゆっくり急ごう)」

 

 

二週間前の復習を兼ねて、火曜日は久しぶりに横浜市立中央図書館で学習の日。

 

地下鉄

 

地下鉄桜木町駅から図書館までの動物園通りと野毛坂の角の「野毛三丁目公園」にある日本初の近代化水道の横浜水道の父と言われる英国人技師(H. S. パーマー)の記念碑へ。

 

 

パーマーによって設計されたこのソケット嵌め込み式の鋳鉄製導水管(英国グラスゴー製)を測ってみたところ、外径で48.5cm=約19インチなので、内径が18インチとすればパーマーの記録と合致する。

 

そして、パーマーの銅像も立っている野毛山配水池の手前の野毛坂にある市立中央図書館へ。

 

幕末から明治にかけて日本の近代化に大きく貢献した特に英国人外交官、技術者についての資料をアップデートしておいた。

 

今日の屋外学習はR. H. ブラントンの横浜でのベースであった「旧灯台寮」(灯台局)

R. H. ブラントン 

日本の灯台と横浜のまちづくりの父

(横浜開港資料館)

 

 

そして、現場確認の屋外学習へ。

 

走る人

 

150年前の英国技術者たちの想いを胸に「辨天橋」を渡る。

 

パーマーの設計した横浜水道の第2回拡張工事が完成したのは、パーマーが麻布で46歳で亡くなってから22年後だ。

 

 

走る人

 

市役所のアトリウムを抜けて北仲通りを越えて「旧灯台寮護岸」へ向かう。

 

 

 

結局、二つの大再開発工事現場があるため古い石積みのある護岸には辿り着けなかった。

 

2021年4月に撮影した写真では護岸が確認できるので、次回の宿題だ。

 

走る人

 

 

APAホテル横の新しく整備された「水際線プロムナード」からは、秋の黄昏のみなとみらいや大観覧車と屋形船の上を進むロープウェイ「YOKOHAMA CABIN」が見える。

 

万国橋を渡って、汽車道へ進む。

 

先ほど行手を阻まれた護岸がよく見える。

 

ナビオス横浜ホテルの下を通って赤レンガ倉庫に向かう汽車道と、万国橋の向こうの大桟橋、県警本部、横浜税関、グランドホテル、マリンタワー方向を見ながら少し休憩。

 

そろそろ街灯にも灯りがついてきたので、ここで一枚。

 

以前もここから描いたことがある。

 

スケッチが終わるともう陽はだいぶ傾いてきた。

秋の夕べはつるべ落とし

 

なかなかいい雰囲気で、海風も心地良い。

 

汽車道に残る三つの鉄橋も年代ものだ。

(港二号橋梁)

 

ランドマークタワーと旧横浜船渠(現三菱重工業)第一号ドックに浮かぶ日本丸のコントラストは黄昏時もまた違った美しさがある。

 

なお、このドックもパーマーの計画に基づいて1898年に建造されたものだ。

 

ドックも帆船日本丸も共に国指定の重要文化財だ。

 

次回の総帆展帆・満船色は10月9日(月祝)だそうだ。

 

その後の予定はこちら。

 

 

 

おまけに、市役所のアトリウムで貰った今開催中の「上海ウイーク」のチラシ。(明日28日まですが)