本気で投資用の物件探し。シリコンバレーは高すぎて無理なので、目を向けたのはテキサス。テキサスも大きな都市がいくつかある。Houston、Dallas、Austin等など。折しも、赴任したころですが、Toyotaがアメリカ本社をカリフォルニアのTorranceから、テキサスのPlanoへ引っ越しするとのニュース。理由の一つもズバリ、不動産価格が安く、従業員の満足度を高めるためとのこと。Planoってどこだ?

 

PlanoはDallasの北、人口20万人くらいの地域らしい。Toyotaが移転するくらいだからいい所なんだろう。一軒家の値段は検索当時2019年位は$300k~$400k。MortgageのRateはその時4%くらい。ベイエリアの1/3くらいの価格。それでいて、建物の広さは2倍以上。家賃はどうかというと、ベイエリアの貸出家賃は2Bd2Bathで$3,500くらい(当時)、テキサスだと$2,000くらいか?

 

計算をしてみる。$400kの家だとして、頭金20%で$80k。まあそれくらいは払える。$320kのローンに対して年率4%で、毎月の支払いが約$1,500。加えてProperty Tax、Insuranceを考えたら毎月$2,200くらいのコスト。テキサスの唯一の落とし穴、それはProperty Taxの税率が2%近いようで、それが結構高い。物件に対する貸出家賃が$2,000程度だったら、毎月マイナス。金利が高いので、やはり頭金はもっと出さなければいけないか。

 

住んでいるのはカリフォルニア。投資検討がテキサス。気軽に内覧に行ける距離ではないので、不動産屋を検索して、夏休みの旅行ついでに不動産内覧ツアーを計画。やはりカリフォルニアとの違いを実感する為にも、百聞は一見に如かず。

 

そうして、旅行ついでの不動産内覧ツアー。重点的に見たのはPlanoと更にその北Frisco。Planoの発展に伴って、拡大してきているとの不動産屋からの情報でどんなもんか見に行ってみた。

 

とにかくテキサスは広い。東京出身の自分には、カリフォルニア、ベイエリアだって十分広い。(San Franciscoの市内だけは別で、狭いですが)。ところが、テキサスの家はテレビ・映画で見るアメリカの家そのもの。高い天井、広々としたリビング、美しいフロント・バックヤード、オープンキッチン、各部屋についてるバスルーム。なのに、家の価格がベイエリアの1/3。

 

もう少し頭金を追加して購入すべきか?帰任は目前かも知れない。投資するか?購入後、無事に借り手はつくのか?貸し出し中の管理はどうするのか?帰任後の体制をどうするのか?色々と不確定要素があり、投資判断がつかない。でもどの物件も気に入っている。まだ迷い中。。。

さて、ヤセなければ 02を読んでくれる人特別に、私の身長、体重を公開。

 

身長は170cmに少し足りないくらい。ヤセなければと思った時のピーク体重は74kgくらい。BMIでいうと、25.9。71kgを超えたくらいから、BMIは25超えでしたが、いや、まだ肥満手前、上限ギリギリ、とか自分を正当化していたように思います。私は決して太っていない。昔から肩幅広くて、マッチョとか言われていたので、体重が多かったとしても、骨格のせいだ、なーんて言い聞かせていました。

 

これまでだって、ささやかな抵抗はしていました。子供と遊ぶのにもカロリーを使うので、子供の相手にした時間が運動の時間と言い聞かせて、別途運動はしていなかった。でもそれではいけないと、ジョギングを決意しようにも、走るのは嫌い。結局ウォーキングになる。せいぜい30分程度で飽きるし汗はさほどかかない。でも、でも、それではいけないとジムに加入する。

 

ジムには器具があるので、真新しくて最初のうちは結構飽きずに30~40分は運動が続く。各種器具があり、更にスイミングプールもあって、サウナもある。ついに減量が期待できるか?ジムに加入して数か月。最初の数か月はそれこそ週に最低2回は通いました。なのに、何故だか、色々な理由をつけて段々と足が遠ざかる。そうこうしているうちに、コロナというものがきてジムは入場制限+マスク、バスタオルサービスも取りやめ、なのに会費は値上げ。何にもプラスにならないので退会した。

 

さあ、そんなこんなで72kg~74kgという、自称ヤセでもなければデブでもないゾーンをさまよっていました。多分、日本と違って、会社終わりに飲みに行ったりしないので、無駄なおつまみ、無駄な二次会、三次会がないのがブクブク太る要素にならなくていいのでしょうね。日本はアフターファイブで濃密な関係性を築きますが、そんなのなくてもアメリカでは大丈夫。

 

その代わりに自宅では結構飲む。外で飲めない分を家で飲む。安上がりだからもっと飲んでいたかも。でも、外で飲み食いするのと違うので、おつまみとかしないし、体重増加はなかった。自宅飲みを繰り返していた結果なのか、血圧高めで、血液検査の数値もよくなかったのでしょう。

 

ヤセるには運動するしかない。運動、何が自分に向いているのか。散歩はそこまで運動効率が良くない。ランニングは自分向きではない。ジム行っても同じ。色々とチョイスがあっても自分に合う運動があまりない。唯一気に入ってたのはサウナ、水泳、ジャグジー、Elliptical。

 

結局はElliptical一本になるわけですが、つづく。

アメリカでの不動産投資を検討し始めた。海外赴任してから約1年半後。残された赴任期間は1年半くらいでしょうか?購入してもいいのか?購入できるのか?購入したとしても帰任後はどうしたらいいのか?購入したとして管理はどうするか、賃貸どうしたらいいのか。疑問は山積み。

 

ひとまず、買えるのか?という所。資金があれば当然買えます。ビザ滞在の日本人であろうとも、購入は可能。住宅ローン、自分で住まない場合は不動産投資ローンになりますが、クレジットスコアが十分あればローンは可能。日本よりもはるかに高い利率になりますが、賃貸金額も高いので、頭金をいくら突っ込むか、ローン金額がいくらか、固定資産税、管理費、修繕費その他もろもろ考えて検討すべき。

 

帰任する前提で買ってもいいのか?それだって勿論問題ない。帰任後の税務申告がどうなるかとか、専門的なところは説明できませんが、アメリカでの不動産投資の魅力はなんといっても、貸出家賃が高いという所もさることながら、物件価値が下落しないどころか上昇が期待できる。日本だと基本的に不動産は上物の価値は下がるという前提ですが、アメリカの場合は人口が増加する地域はグングンと不動産価値が上がります。

 

シリコンバレーの不動産はとてつもない。私の赴任時でもUS$1Mは下らない。それから6~7年経過した今、普通の一軒家で基本的に$1.5-2.0Mします。20%の頭金 = $300,000~$600,00を払ったって、固定資産税やその他費用合わせても、毎月の支払いが$10,000以上。金利だって7-8%程度。

 

なので、シリコンバレーの不動産投資はかなり手元資金に余裕がある人しか無理。そこで目を付けたのはテキサス、フロリダ。人口の流入率も高く、優良企業が集まっている都市が多い。なのに、シリコンバレーよりも不動産価格は安いのに、レンタル需要も高いので賃貸はおいしい。

 

と、まあ他のブログでもこんな一般的なことは書かれていると思いますので、具体的な数字を交えた検証を次回以降に記載していきましょう。私も知り合いの具体的な数字を教えてもらって、投資に踏み切りました。つづく。

アメリカ赴任。期間は大体3年程度。赴任期間中は日本の証券口座は非居住者ということで、売買取引ができない状態。保有銘柄を売ることはできるようでしたが、通常の取引ができない。海外赴任期間中は赴任手当、内地給与、様々な手当で、結構な収入に。自然と手元にお金が残るし、毎月の生活費も心配がない。(会社によるので、あくまでも私がいた会社の場合です)

 

赴任前はマンションでしたが持ち家でしたが、赴任目前で売却しました(別記事参照)。タイミングもよく、6百万円くらいはプラスで売れました。次を買おうか考えている時の赴任命令でしたので、現金として残していました。マンション売却代金が入ってすぐ、銀行の方から連絡があり、会社の近くの支店長が会いたいとのこと。売却代金のその後の運用についてどう考えているか色々と聞かれました。何か提案してきましたが、銀行が勧めてくるものなんて銀行が儲かるものだけなので、丁重にお断りしました。ひとまず現金で保有するのみ。。。

 

赴任して感じたのは、シリコンバレーの賃貸の高い事。。。当時、2Bed Roomのアパートが$3,200。その頃、私が保有していた日本のマンション、3 Bed Roomが賃貸に出すとしたら18万円くらいでした。床面積でいったら、2Bed Roomの部屋の方が広かったですが。大体にしてキッチンとバスルーム、各部屋の作りが日本より大きいので、広々はしています。それにしても、やはり家賃は高い。一年契約になりますが、契約更新の際の提示額が10%増額、金額的に約$300/月の上昇。

 

個人のオーナーなら多少の交渉余地はありますが、リースオフィスが絡んでいると強気一点張り。とにかく、値上げをのめなければ、他にテナント入るから出ていけ的な流れです。

 

そういう体験をしながら、不動産を眺める日々。家賃が高いと言うことは、オーナーだったら儲かるのではないか?とは言えベイエリアはそもそも家が高いので買えない。っていうか赴任期間中に家なんて買えるのか?ローン組めるのか?帰国後はどう管理したらいいのか?

 

とにかくマーケットリサーチだ。日本での不動産売買経験はある。アメリカだってさほど変わらないだろう。こんなに家賃が高いのであれば儲かるだろう。そうしてアメリカ不動産投資を検討するのであった。 つづく。。。

ブログ記事にも書いていますが、無呼吸症候群の私。CPAPを日常的に使っています。とは言え、見た目は特に太っていない(自称)。スラムダンクの安西先生みたいにアゴはタプタプしていないし、お腹も突き出ていません。しかし、10うん年前の結婚式の写真を見ると確実に老けた、増えた。顔周りは違いますね。腹回りだって、やはり引き締まってはいない、でもデブではない。

 

日本では毎年会社で必ず健康診断がありました。私のいた会社では、大体4月に会議室が診断部屋に様変わりし、身長、体重、視覚、聴覚、問診、心電図、血液検査などを経て、社外に待機しているバスに乗り込んでX線と年齢によってはバリウム検査。これ、アメリカでは考えられないシステム。もちろん、健康は奨励しますが、会社が指揮した健康診断はなく、個別にクリニックに診断を受けに行くのが一般的です。

 

結婚したら幸せ太りとか言いますが、確かに結婚してから太りました。でも、幸せ太りなのか、年齢重ねたことによる貫禄なのか、不摂生なのか分かりはしません。まあ、ある意味普通というか、現実を見ないようにしていたのかもしれません。大体、毎年の健康診断も特に問題なかったし、体重増加も顕著ではなかったので気にしてませんでした。血液検査とか血圧とかも範囲内だったし。

 

アメリカ赴任してからなんて尚更、現地会社では日本みたいなフルサービスな健康診断がなかったので、出張のついでに日本で受けられるレベルの健康診断を受けたりしてました。

 

で、アメリカ赴任後、しばらくして発覚した無呼吸症候群(別記事参照)。もしかしたら日本でも無呼吸だったかもしれませんがね。それでもまだ、肥満という訳ではなかったので、あまり体重やダイエットに気にかけたことはない。まあ、少しやせれば改善するのかもなぁ、と薄っすら思ってはいましたが、中々習慣は変えられないので、現状維持。

 

そんなこんなで、最近父親が重病に。太ってるとか、無呼吸だからとかが原因ではありません。別の要因による病気ですが、やはり人間は健康が前提で人生いろいろと楽しめるんだなと感じたからこそ、自分の現在位置が気になった。今まで健康診断の数値は判定が問題なければ気にしていませんでした。ところが、やっぱり気になってくるものですね、&気にすべきなんだな、と思いました。

 

折しも同じころ受けた健康診断で、血液検査の肝臓の数値の一部が基準外に。血圧も高く出て、135とかだった。

血圧を下げるには運動が大事だとGoogle先生が教えてくれました。日常的に多少の運動はしていますが、もっとやらねば。無呼吸だってヤセたら治るかもしれない、と思いつつ、体重については現状維持程度(10うん年かけてジワジワ増えてましたがね)でしたが、BMIは肥満手前のギリギリ25だし、甘えていましたが、減量を決意。これまでも減量を意識して活動はしていましたが、今度こそ。活動前の体重74~75kg。10うん年前、結婚当時の健康診断記録がたまたま手元にあって、それによると68kgくらいでした。 つづく。。。

USCMA、米国公認管理会計士取得の流れ等については既に他の記事で記載しました。私は大学はアメリカの大学で専攻はAccounting Majorでした。大学入学後、Freshman(1年生)の時は特に深い考えもなかったので、とりあえずInternational Businessという専攻にしてました。最初の2年間はどっちみち必修科目があるので、専攻が定まってなくてもそこまで大差ないと誰かしらに言われ、深く考えずに専攻を選んだような気がします。

ビジネス科目の中で気に入ってたのがAccounting、Statistics、Micro Economicsあたり。専攻にしていたInternational BusinessはProfessorが気に入らなかったのもあり、あまり身が入らなかった。

頑張って英語もキャッチアップしていましたが、やはり語学の壁が低い数字に纏わる学問の方が現地の学生に引けをとらない。その中でもAccountingは自分の中でも性に合ってたみたい。Balance SheetはDebit/Credit(貸借)合わないといけない、バランスしなければ間違いと分かりやすくて、大学2年の途中でAccounting Majorに変更しました。

Accounting Majorへの変更後、卒業間近になって取ったAuditとIT関係のクラスは苦手だった気がします。

当時にCPAの試験を受けても受かったか分かりませんが、CMAなら恐らく簡単に受かってた。

社会人1社目、残業時間は月に100時間程度、週20~25時間。1日4~5時間。一日8時間労働として、休憩1時間入れて9時間、それにプラスして4~5時間。会社に13~14時間いる計算です。1日は24時間。8時間睡眠するとしたら、使える時間は16時間。そのほとんどが会社に使われる。本社に異動したらさらに通勤時間も加算されて、8時間睡眠なんて無理。それを削らないと通勤、勤務、残業、帰宅時間を捻出できない。いや、これがサラリーマンの宿命なんだ。

黄色と黒は勇気のしるし、24時間働けますか、ビジネスマーン、ビジネスマーン、ジャパニーズビジネスマーン♪ そんな歌が記憶にあります。異常ですね。

 

入社してから1年半、まわりの友達はというと、みんな残業は当たり前、特に金融系の人達は同じように夜中まで、しかし彼等はそもそもが年収ベースが違う。メーカー系やサービス系の友人はそこまで残業はなかった。慣れてしまっていたので、そこまで違和感はなかったですが、やっぱり平日に友人たちと時間を過ごせないというのが若い時分に大きな理由だったのだと思います。転職を決意。

 

転職といっても、社会人経験まだ未熟。経験を武器にできるわけではないので、やはり留学経験、語学を強みにしたのだと思います。その頃は、残業生活から抜け出せればいいという投げやりな気持ちだったこともあり、あまり転職活動についての記憶がない。とりあえず、面接に行く時間もあまり取れない(有給取るには病気になるしかなかった)ので、仮病使うのも頻繁にできず、第一面接の時に、ここで決めなければ、もう一度面接来られません、なんて言った気がします。

 

そうして入社した会社もメーカー。肝心のお給料は、額面もボーナスも特に変わらずといった所で、残業が減る分だけ手取りは減ったと思いますが、それから抜け出す為だったので、それは問題なし。

 

金額にして言えば、初任給20万円だったところから、22万円くらいになっていて、ボーナスは3〜4ヶ月?

 

しかし、1社目は寮に入っていて家賃がかなり浮いていたところ、2社目は寮がなく、家賃手当が数万円あったかな?実質は数万円自腹が増えた。残業代減で、家賃負担増なので、生活は苦しくなりましたが、会社は遅くても夜7時位までには出られる生活に。生活の質は上がっているはず。それをうまく使えたかどうかは自分次第ではありますが。。。

さて、社会人デビュー1年目。初任給は20万円くらいでした。手取りにして15~16万円。独身寮があったので家賃は1万円程度。配属先は経営企画部でしたが、東京の本社ではなく工場だったので社食もあったりして、食費も限られていました。さあ、明るい社会人生活の始まり!工場の朝は早い。7時には出社。工場の作業員は3交代制で24時間操業。アドミの私はというと、出社7時。自宅に帰るの22時以降。。。最初は色々と習得するために会社の人たちも新入社員に寄り添ってくれているのかな、ああ、これが残業というやつなんだ、という前向きな感じでした。朝食、昼食、夜食、全て工場の食堂で食べる日々。お金と栄養バランス的には申し分ない。人間、慣れというのは恐ろしいですね。起床6時、会社に7時~22時、家事して寝て起きて会社、そんなリズムができるとそれが普通と感じてしまう。

 

数か月経過して、部署丸ごと東京の本社に異動。そうなるともう少し過酷になる。工場が勤務先の時は寮から工場までは自転車で10分程度。東京本社の社員にあてがわれる寮は埼玉県の片田舎。通勤時間、いや、痛勤時間が約45分。埼玉、東京の満員電車の過酷さは半端ではない。学生時代には経験したことない、アメリカ留学時代にも勿論経験したことない。ドア付近に立っていて、降りる人優先するために降りてあげたら、再度乗り込めないということも多々あり。過酷です。それも慣れてくるとどの時間のどの車両、ドアが狙い目、なんて身についたりして。

 

本社異動後、通勤時間が加算されても勤務時間には変動なし、というかさらに生活時間に踏み込む。本社の開始時間は8時過ぎのはず、しかし、上司が7時半までには出社するため、その前には出社しないといけない。7時出社とはいっても、工場時代よりも早めに起きて早めに出社です。更に、上司が帰るまでは帰れないという暗黙の決まり。私の上司は22時過ぎまで会社にいる。結果、寮の最寄り駅に着くのは24時近く。

 

工場時代も、本社時代も毎日5時間くらいが言ってみれば残業時間。実際に何かを生み出したかどうかは別にして、会社にはいました。本社の時はもっと会社にいました。今でいうブラック企業か?といわれれば、ブラックではないかもしれません。残業時間代は割り増しで払ってくれました。月80~100時間で、10万~15万円だったでしょうか?残業代をちゃんと支給してくれたので、ブラック企業ではないといえると思います。東京のオフィスに異動して、自分の知り合いなどと話したら少し異常という見解だったので、転職を検討することに。つづく。。。

さあ、みんな大好きお金の話し。仕事によって色々と違いはあると思いますが、一般的な日本の上場企業のサラリーマンから始まった社会人人生の給与事情を振り返る。

 

私は高校から親の仕事の関係で海外留学して、大学もアメリカで卒業しました。就職活動は留学生向けのキャリアフォーラムというのがあり、大学4年生の夏休みに一時帰国した際に参加しました。当時は将来のことについて特に考えておらず、狙っている会社も特になく、大学卒業後は働かないといけないから、とりあえずどこかに就職しないとという感じで、企業側からしたら、どうしても欲しいと思える人材ではなかったことでしょう。

 
今でこそ大手のSoftBankのブースに行った時なんか、「SoftBankがどのような事業をしてるかをご存知ですか?」なんて聞かれて、いや、知りません、なんて答えたくらいです。
 
それでも、基本的には製造業が希望でした。モノづくりというのはやはり分かりやすいし、様々な知恵や努力の結晶がモノづくりには詰まっていると私は考えます。近年では当然IT、ソフトウェアもインフラを支えていますが、結局はそれだって製造業が生み出す様々なハードがないと成り立たない。
 
食を支える第一次産業(農業、林業、水産業など)、生活を支える第二次産業(製造、建設、工業、化学など)は必須。情報通信、金融などの第三次産業、更に発展したITテクノロジー、AIなども必要な産業ではありますが、なくてもいきていけませんか?メーカーは社会に必要な存在なんです。
 
脱線しましたが、事前準備もせずに臨んだキャリアフォーラム。内定をいただいたメーカーに決めました。
 
初任給は確か20万円くらい。手取りにしたら15〜16万円といったところです。しかし、この会社、残業が半端なかった。それが理由で転職するわけですが、この話は別の投稿につづく。。。

自分のプロフィールにも書いていますが、アメリカ海外赴任をきっかけにこのブログを始めました。会社は違う文化、環境における社員の成長を期待し、子会社でのマネジメント経験が帰任後に本社で発揮されることを信じて派遣したのかと思います。

 

高校生の時にアメリカ留学し、大学もアメリカの大学を出ました。卒業して日本で就職をして、何社か経験したあとに入社した会社で10年間。結構早い段階からどこでもいいから海外赴任したいとは伝えていました。海外展開を結構している会社だったので、経理の身ながら海外出張は結構させてもらいました。しかし海外赴任となると何故か語学ができない人を送って、語学を含めて成長させるという考えがあったようで、なかなか赴任希望が受け入れられませんでした。

 

海外赴任がないのなら、と、子供の小学校受験に合わせて所有していた住宅を売却して、その地域の物件を買おうかと検討していた矢先、アメリカ赴任の話が。その辺りは別の記事で書いてます。

 

待望の海外赴任も、結局任期があるわけで。。。明確には言われていませんでしたが、暗黙で大体3年。自分的にはもう少し長くいたいと希望をしていましたが、無情にもきっかり帰任命令。とはいえ、帰任の数か月前に内示を受けたため、悪あがきで帰任前に転職活動を試みました。

 

ぶち当たるビザの壁。当初赴任していた会社のビザは転職したら当然無効になる。ビザをサポートしてくれる会社を探さないといけない。遠距離の引っ越しを伴う場合は引っ越し費用の問題もあるし、子供も友達を離れないといけない。今住んでいるエリアで、ビザサポートも得られて、ベイエリアの給与水準を払ってくれる会社を探さないといけない。至難の業です。

 

帰任の内示を受けたときは、内心覚悟をしていたものの、結構ショックでした。本社での仕事よりも数段階上の権限を与えられ、現地社員に頼られ、認められ、色々と改革した数年間。日本に戻ったらまた平社員に後戻り。下手したら数年間本社にいなかったので、権限が下になる。赴任中に本社が損失を出してダウンサイジングしていたこともあり、戻り先が不安定でした。

 

帰任まで数か月とはいえ、本当に帰任を覚悟する場合は手配があるため、現地で転職をするかしないか、できるかできないか、1.5か月以内に決めないといけない状況。

 

Indeed、Glassdoor、LinkedIn、地元の日本語新聞、日系のヘッドハンティング業者、色々と試しました。当然ながらビザサポートを期待できる求人情報は全くない。それでも挑戦してみるものです。応募した会社の一つは、求人情報的にはビザサポート云々は記載されていませんでしたが、ひとまず履歴書を送付。送付時に、ビザサポート必須と連絡しており、そういう前提で面接まで進み、結果的には内定、ビザの手配もしていただきました。

 

会社によっては海外赴任によって社員を失わないためにも、現地でグリーンカードのサポートをするところもあるようです。そうしたら転職されるリスクも当然ありますが、その企業が魅力あればそんな心配も不要。


現地転職はビザの問題がありますが、家族の総意で残りたいのであれば悪あがきをするのもありかと思います。日本に戻ってから機会を狙って再度海外赴任、若しくは移住という人も周りにはいます。いずれにしても、知識、経験、実力などが備わってないと難しいので、常に自分を高めていきましょう。