マーク・アーム(Mark Arm/出生名:Mark Thomas McLaughlin/1962年2月21日~)は、アメリカ合衆国のミュージシャン。グランジ・バンド「マッドハニー」のヴォーカルとして、また音楽のジャンルとしてのグランジを自身のバンドと他のバンドのスタイルを説明するために定義したことで知られる。

 

 

 

1962年2月21日、マーク・アームことマーク・トーマス・マクラーリンは、アメリカ合衆国カリフォルニア州ヴァンデンバーグ空軍基地で生まれ、ワシントン州カークランドで育った。

 

子どもの頃、彼はアメリカン・ボーイスカウトのメンバーであった。
 

1978年頃、ベルビュー郊外にあるキリスト教系のベルビュー・クリスチャン高校に在学中、マーク・アームとマークの数人の友人で、彼らの数学教師の名に因んだ「ミスター・エップ・アンド・ザ・カリキュレーションズ」(Mr. Epp and the Calculations)というバンドを結成。だが当時はメンバーの誰も楽器を弾くことができず、彼らが人前に出た最初のショーでは、巻いた地図をギターに見立て、おちゃらけながらマーヴィン・ゲイの“ガット・トゥ・ギヴ・イット・アップ”を歌ったのみだった。

 

 

1980年、バンドは"The Pigeon in the Fountain bed"を書いてレコーディングした。

 


1981年、バンドはようやく真剣なショーを行った。

この時期、マーク・アームと彼の友人であったスティーヴ・ターナーは、この冗談めいたミスター・エップ・アンド・ザ・カリキュレーションズよりも真剣に音楽活動に取り組み始め、新たなバンド「リンプ・リチャーズ」を結成する。

 

 

1982年、ミスター・エップ・アンド・ザ・カリキュレーションズはEPを発売した。

 

 

1983年、ミスター・エップ・アンド・ザ・カリキュレーションズはスティーヴ・ターナーをギタリストとして迎え、カセットを発表した。

 

 

1984年2月3日、ミスター・エップ・アンド・ザ・カリキュレーションズは地元のラジオで「世界最悪のバンド」として出演し、シアトルでマルファンクシャンとともに最後のショウを行い、解散した。

バンド解散後、マークとスティーヴは、リンプ・リチャーズに数週間だけだが一緒に加入する等、密接な関係を築いた。

その後、後にパール・ジャムのメンバーとなるストーン・ゴッサード、ジェフ・アメン、アレックス・ヴィンセントと「グリーン・リヴァー」(Green River)を結成。

それから数年の音楽活動を経て、いくつかEPと一枚のアルバムを発表するが、音楽性の違いなどからメンバー達の間に溝が生まれ、さらにスティーヴ・ターナーが大学を卒業するために脱退。

バンドは解散し、マークは新たな所属先を探すことを余儀なくされた。

 

後にスティーヴが大学から戻ってくると、マークはグリーン・リヴァーのサイド・プロジェクトとして「ザ・スロウン・アップス」を始めた。

グリーン・リヴァー結成後はしばらくシアトル周辺でライヴを中心に活動していた。

12月、最初の作品となるレコード制作を開始。

 

 

1985年初め、レコーディングを完了。

11月、後に真のグランジな最初のアルバムとして扱われるグリーン・リヴァーのデビューEP『カム・オン・ダウン』(Come On Down)をリリース。しかしこの頃にギターのターナーがバンドのヘヴィメタル的な音楽性、趣味を嫌い脱退。代わりにブルース・フェアウェザーが加入した。

 

 

同年、アームはワシントン大学でクリエイティブ・ライティングに重点を置いて英語の学位を取得した。

 

 

1986年3月、後にシアトル・サウンドなどと呼ばれ、後年グランジ・シーンで大きな影響力を持つようになる「サウンドガーデン」 (Soundgarden)や「メルヴィンズ」(Melvins)等とともに参加したコンピレーションアルバム『ディープ・シックス』がC/Z Recordsよりリリース。

この頃から太平洋岸北西部を中心にライヴ活動を再開、着実に人気を得ていった。

6月、2枚目のEPの制作を開始。プロデューサーにジャック・エンディーノを迎え、レーベルもホームステッドから、ブルース・パビットの新しいレーベルで、当時のシアトル周辺のインディーズ・バンドが多く所属していた「サブ・ポップ」(Sub Pop)に移籍。新体制の下制作されることとなったこのEPだが、パビットに年内にこのEPを発売する余裕がなく、発売は延期。

7月、2枚目のEP『ドライ・アズ・ア・ボーン - Dry As A Bone - 』を、最終的に録音から丁度一年経て、サブ・ポップから発売した。このEPはサブ・ポップに「世代の文化的な差を駆逐し、グランジというジャンルを越えた」と宣伝され、オールミュージックのスティーヴ・ヒューイは「グリーン・リヴァーの最高且つ個性的なリリースで、彼らの淫らさを完成させ、1970年代のハードロックとポスト・ハードコア・パンクの騒々しい結晶」と評された。

 

9月10日、7インチ・シングル"Together We'll Never"/"Ain't Nothing to Do"をリリース。

 

 

 

1987年10月、バンドの内部抗争は発展し、ロサンゼルスでのショウでアメンが他のメンバーへ知らせることなくメジャーレーベルの関係者達を大量に客として招いたらしく、代わりにバンドの友人達が犠牲にされたにもかかわらず関係者は二人しか姿を現さなかった。

10月31日、アメン、ゴッサード、フェアウェザーらは『リーハブ・ドール」をこれから3ヶ月の間に発売することに合意したが、バンドを去りたいと言明し、グリーン・リヴァーはここに解散した。

 

 

1988年6月、『リーハブ・ドール』(REHAB DOLL)がグリーン・リヴァー解散後に発売された。『オールミュージック』のネッド・ラゲットは同アルバムを「グランジファン層とメタル層の間のファン層を掴んだアルバム」と評した。

 

同年、マーク・アーム (Mark Arm/Vo,G)とススティーヴ・ターナー (Steve Turner/ G,Vo)は、ダン・ピータース(Dan Peters/Ds)、かつてメルヴィンズに所属していたマット・ルキン(Matt Lukin/B)を迎え、バンド「マッドハニー」(Mudhoney) をシアトルで結成。バンド名の由来は、ラス・メイヤー監督の映画『マッド・ハニー』から。

同年、マッドハニーはシングル“タッチ・ミー・アイム・シック”(Touch Me I'm Sick)をサブ・ポップから発売し、大規模なツアーを催行、シーンに登場した。

 

同年、ソニック・ユース(Sonic Youth)のカヴァー"Halloween"をシングル発売。

 

10月、EP『Superfuzz Bigmuff』をリリース。

 

 

1989年、シングル"You Got It (Keep It Outta My Face)"をリリース。

 

11月1日、マッドハニーは、セルフ・タイトルの1stフル・アルバム『マッドハニー』(Mudhoney)をリリース。リード・トラック"This Gift"をシングル・リリースした。

 

 

1990年、マーク・アームはソロ名義でシングル"The Freewheelin' Mark Arm"をリリース。

 

同年、シングル"You're Gone"をリリース。

 

10月25日、コンピレーション・アルバム『Superfuzz Bigmuff Plus Early Singles』をリリース。ここから、The Dicksのカヴァー"Hate the Police"をシングルとしてリカット。

 

11月30日に行われたパール・ジャムのコンサートの最中に、グリーン・リヴァーが一時的に再結成した。

 

 

1991年7月26日、2ndアルバム『エヴリ・グッド・ボーイ・ディザーヴ・ファッジ』(Every Good Boy Deserves Fudge/旧邦題『良い子にファッジ』)をリリース、全英34位・スコットランド60位をマークした。ここからは、全英60位になった"Let It Slide"や、"Into the Drink"をシングル・カットした。

 

 

 

同年、Billy Childishのカヴァー"She's Just Fifteen"をシングル・リリース。

 

 

1992年、Angry Samoansのカヴァー"You Stupid Asshole"をシングル・リリース。

同年、サブ・ポップを離脱し、リプリーズ・レコードに移籍した。

 

10月13日、移籍第一弾となる3rdアルバム『ピース・オブ・ケーク』(Piece of Cake)をリリース、米音楽誌『ビルボード』(Billboard)の総合アルバム・チャート「Billboard 200」(以下「全米」)189位・同誌「ヒートシーカーズ・アルバム・チャート」(以下「ヒート」)9位・全英39位。ここからは、"Suck You Dry"が『ビルボード』誌の「Modern Rock Tracks」23位・全英65位を記録した他、"Blinding Sun"をリカットした。

 

 

 

同年、アームは「アリス・イン・チェインズ」(Alice in Chains)のEP『サップ』(Sap)にゲスト出演している。

 

 

1994年、シングル"Tonight I Think I'm Gonna Go Downtown"をリリース。

 

同年、エルヴィス・コステロ(Elvis Costello)のカヴァー"Pump It Up"をシングル・リリース。

 

 

1995年、シングル"Goat Cheese"をリリース。

3月28日、4thアルバム『マイ・ブラザー・ザ・カウ』(My Brother the Cow)をリリース、ヒート19位・豪州68位・スコットランド100位・全英70位。ここからは、 "Into Yer Shtik"と"Generation Spokesmodel"がシングル・リリースされ、後者が全英100位に入った。

 

 

 

 

1998年、アームはロン・アシュトン、マイク・ワット、サーストン・ムーア、スティーブ・シェリーとともに映画『ベルベット・ゴールドマイン』(Velvet Goldmine)のサウンドトラックに「ワイルド・ラッツ」(Wylde Ratttz)という名前で参加した。

 

9月22日、5thアルバム『トゥモロウ・ヒット・トゥデイ』(Tomorrow Hit Today)をリリース。ここからは、"Night of the Hunted"と、Cheater Slicksのカヴァー "Ghost"をシングルとしてリリースした。

 

 

 

1999年、アームは「ネビュラ」(Nebula)の1stアルバム『トゥ・ザ・センター』(To the Center)のレコーディングに参加、「ザ・ストゥージズ」(The Stooges)のカヴァー“アイ・ニード・サムバディ”(I Need Somebody)にヴォーカルを提供した。

 

同年、バッドハニーがサブ・ポップに復帰、復帰第一弾として、シングル"Butterfly Stroke"をリリースした。

 

 

2000年1月18日、コンピレーション・アルバム『March to Fuzz』をリリース。

同年、アームとターナー、ピーターズ、スコット・マッコーヒー、トム・プライス、ビル・ヘンダーソンは、「ザ・ニュー・ストリキナインズ」(The New Strychnines)のバンド名でアルバム『ザ・ニュー・オリジナル・ソニック・サウンド』(The New Original Sonic Sound)をレコーディングした。 彼らは、1960 年代半ばの伝説的なシアトルのガレージ・バンド「ザ・ソニックス」(The Sonics)の16曲のコンピレーションを録音、アルバムはブックレコードからリリースされた。

 

 

 

2001年、バンド結成時からのベーシストであるマット・ルキンが脱退。後任としてガイ・マディソン (Guy Maddison) が加入した。

 

 

2002年8月20日、6thアルバム『シンス・ウィーヴ・ビカム・トランスルーセント』(Since We've Become Translucent)をリリース。ここから、"Sonic Infusion"をシングル・カットした。

 

 

2004年、アームは故ロブ・タイナーの代役としてMC5とツアーを行った。

 

 

2006年3月7日、7thアルバム『アンダー・ア・ビリオン・サンズ』(Under a Billion Suns)をリリース。ここからは、"It Is Us"をシングル・カットした。

 

 

2008年5月20日、通算8枚目となるスタジオ・アルバム『ザ・ラッキー・ワンズ』 (The Lucky Ones)を発表した。 

同年、4つのショーのために、アメン、アーム、ターナー、ヴィンセント、ゴッサードが集まり、グリーン・リヴァーを再結成した。

7月10日、復活したグリーン・リヴァー最初のショーが、シアトルのサンセット・タヴァーンで行われる。

7月13日、次いでマーリープーア・パークでサブ・ポップ発足20周年を記念したコンサートにグリーン・リヴァーが参加。

11月28日、オレゴン州ポートランドにて、翌日にスーパーサッカーズの結成20周年のショウにグリーン・リヴァーが出場。

同年、Hawkwindのカヴァー"Urban Guerilla"をシングル・リリース。

 

 

2013年4月2日、9thアルバム『ヴァニシング・ポイント』(Vanishing Point)をリリース、ヒート9位。

 

 

5月22・23日、メルヴィンズの結成25周年のライヴに出場し、一連のグリーン・リヴァー再結成の目的となるショーは終了した。

同年、シングルとして、"New World Charm"と、The Seedsのカヴァー"Did He Die"をリリース。

 

同年、アームはメルヴィンズのアルバム『エブリバディ・ラブズ・ソーセージ』(Everybody Loves Sausages)に収録された、サイエンティスト(The Scientists)のカヴァー“セット・イット・オン・ファイア”(Set It on Fire)にヴォーカルを提供した。

 

 

2018年、シングル"One Bad Actor"をリリース。

 

9月28日、10thアルバム『デジタル・ガービッジ』(Digital Garbage)をリリース、ヒート16位・スコットランド83位。ここからは、"Paranoid Core"をリカット。

 

 

 

2021年、The Aynsley Dunbar Retaliationのカヴァー"Warning"をシングルとしてリリース。

 


2023年4月7日、11thスタジオ・アルバム『Plastic Eternity』をリリース、スコットランド42位。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参照)

Wikipedia「マーク・アーム」「Mark Arm」「グリーン・リヴァー」「Green River (band)」「マッドハニー」「Mudhoney」

 

 

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