山田 太一(やまだ たいち/本名:石坂 太一[いしざか たいち]/1934年6月6日~2023年11月29日)は、日本の脚本家、小説家。
1934年6月6日、浅草六区で大衆食堂を経営していた愛知県出身の父と、栃木県真岡市出身の母との間に生まれる。東京市浅草区(現:東京都台東区)浅草出身。
小学校3年の時、強制疎開で神奈川県足柄下郡湯河原町に家族で転居する。
神奈川県立小田原高等学校を卒業後、早稲田大学教育学部国語国文学科に入学。
早大の同窓に劇作家の寺山修司がいた。在学中、寺山とは深い親交を結び、寺山がネフローゼで休学・入院すると山田は頻繁に見舞って話し合った。寺山の母から見舞いを控えるよう叱責された後は手紙をやり取りした。
教師になって休みの間に小説を書きたいと思っていたが、就職難で教師の口がなく、大学の就職課で松竹大船が助監督を募集していると聞かされ、松竹を受験する。
1958年、早稲田大学を卒業。
松竹に入社後、木下惠介監督に師事。
助監督時代には、木下自ら再編集を行ったワイド(リバイバル)版『二十四の瞳』の予告編制作も手がけた。木下には現在も敬愛の念を抱いているという。
1961年5月16日、映画『わが恋の旅路』公開。親交の深い寺山修司が脚本を手がけた本作で、山田は助監督を務めた。
1960年代前半から、木下恵介の映画をテレビドラマに脚色する仕事を始めた。
1964年、師事していた木下が、博報堂と東京放送(現:TBS)とともに「木下恵介プロダクション」(現:ドリマックス・テレビジョン)を設立、これに伴い同プロダクションが制作するドラマ枠を誕生させた。その作品は、かつて木下が手がけた映画作品が多かった。また開始当初は1ヶ月間の短期作品だったが、1965年4月6日開始の『喜びも悲しみも幾歳月』からは、半年前後の作品が大半を占めた。更にその『喜びも…』からは木下との関わり合いから、松竹テレビ室が制作に協力するようになった。以降は木下が監修としての形でこのドラマ枠の制作に携った。
1965年、松竹を退社して、フリーの脚本家になる。
7月17日、木下原作のドラマ『破れ太鼓』の脚本を担当。1949年の映画版に主演した阪東妻三郎の十三回忌記念作として放送、妻三郎の息子である田村高廣、田村正和、田村亮の、通称「田村三兄弟」が出演、特に亮はこれがテレビデビュー作である。
1966年、木下恵介劇場『記念樹』で、木下と共同で脚本を担当、第9回児童福祉文化賞を受賞した。優秀映画鑑賞会推薦。PTA全国協議会推薦。主題歌“記念樹”の作詞・作曲は木下恵介の実弟の木下忠司。
1967年11月19日、1話完結の連続テレビドラマ『泣いてたまるか』の同日放送第62回『なぜ、お嫁にゆくの』の脚本を担当、この時の主演は中村賀津雄だった。その後、同年12月10日放送第65回で渥美清主演『ああ軍歌』の脚本も担当した。主題歌“泣いてたまるか”(作詞:良池まもる/作曲:木下忠司)はその回の主演者に応じて渥美清版か木更津次郎版が使用された。
1968年、木下に「連続(ドラマ)を書いてみろ」と言われて、TBS系列「木下恵介アワー」(当時:日産自動車一社提供)第四弾『3人家族』を執筆。「プロになろう。絶対当てよう」という意気込みで臨み、シリーズ中、歴代No.1の最高平均視聴率の作品となった。優秀映画鑑賞会推薦。主題歌は、出演者の一人あおい輝彦が瀬間千恵と歌った“二人だけ”( 作詩・曲:木下忠司)だが、オリジナルはあおいの独唱。
1969年、ポーラ テレビ小説『パンとあこがれ』に携わって、初めて「テレビは面白い!」と思ったという。本作で、第2回テレビ大賞優秀番組賞。
1972年、NHK連続テレビ小説『藍より青く』では、脚本執筆に加え、山田自身が作詞、湯浅譲二が作曲、本田路津子が歌唱した“耳をすましてごらん”を制作。
1973年、木下に「書きたいように書いていいよ」と言われて発表した『それぞれの秋』で、平凡な家庭が崩壊の危機に直面するさまをシリアスに描き、芸術選奨新人賞受賞、第6回テレビ大賞本賞受賞作品、第11回ギャラクシー賞受賞作品。
同年、ヒッピー風の若者(萩原健一)と頑固な老人(西村晃)の確執と交流を描いた『河を渡ったあの夏の日々』(NHK)を発表した。
1974年、イタリアのキャラクター「カリメロ」を使用したテレビアニメ『カリメロ』で企画協力、監修および初代エンディングテーマ(第1~9話)“好きなのプリシラ”(作曲:木下忠司/歌:山崎リナ)の作詞を担当。
1975年、銀河テレビ小説「ドラマでつづる昭和シリーズ」の6作目『江分利満氏の優雅な生活』の脚本を担当。主題歌はチューインガムが歌った“風と落ち葉と旅人と”(作詞:松田りか・たかさきくにすけ/作曲:松田りか)。シリーズ全体としてギャラクシー賞第32回期間選奨。
1976年、NHKが脚本家の名前を冠したシリーズを開始し、その先発に選ばれる。「脚本家の名前が最初に出るということは後々みんなに影響すると思ってね(…)緊張してやった仕事」と回想している。「山田太一シリーズ」として発表された『男たちの旅路』は人気を博し、1982年まで断続的に継続した。なかでも 1979年の第3部のエピソード「シルバー・シート」は第32回芸術祭ドラマ部門大賞を受賞した。音楽を担当したのは、後に「ゴダイゴ」を結成するミッキー吉野。
同年4月、田宮二郎主演のドラマ『高原へいらっしゃい』の原案・脚本を担当。主題歌は、小室等“お早うの朝”(作詞:谷川俊太郎/作曲:小室等)。
1977年6月24日、東京新聞に連載した小説を自身の脚色でテレビ化した『岸辺のアルバム』が放送。「戦後の日本の社会が一つの家族にどんな影響を与えてきただろうかということをプラスとマイナス両方込めて書いてみよう」との意欲を持ち執筆。中流家庭の崩壊をリアルに描き、従来のアットホームなドラマとは対照的な「辛口ホームドラマ」と呼ばれ、ジャニス・イアン(Janis Ian)の“ウィル・ユー・ダンス”(Will You Dance?)で始まる本作品は放送史に残る名作とされた。第10回テレビ大賞。第15回ギャラクシー賞(1977年度)。ギャラクシー賞30周年記念賞。
1979年、金曜ドラマ『沿線地図』の原作・脚本を担当、主題歌はフランソワーズ・アルディ(Françoise Hardy)の“もう森へなんか行かない”(Ma Jeunesse Fout Le Camp)、挿入歌として同じくアルディの“私の騎士 Si mi caballero”が使われた。ギャラクシー賞月間賞。
1980年、大河ドラマ『獅子の時代』を発表。大河ドラマとしては初めてのオリジナル作品となった。作品は好評を博したものの、「二度と大河はやらない(…)僕には向いてない」という思いを抱き、以後の大河ドラマには参加していない。音楽は宇崎竜童が担当し、テーマ音楽もNHK交響楽団とともに、宇崎が率いるダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンドが演奏した。
1981年1月、月曜劇場『午後の旅立ち』の脚本を担当。主題歌は、リチャード・クレイダーマン“午後の旅立ち”(Triste Cœur)。
9月、『想い出づくり。』は24歳の女性たちを主軸にした群像ドラマで、「今考えると嘘みたいだけれども、主人公が複数いるドラマがほとんどなかったんです(…)それで、どの人が主人公かわからないような作品を書いてみようという野心があった」という。主演は古手川祐子、田中裕子、森昌子の3人。裏番組が倉本聰脚本『北の国から』で、二大ライターの対決としても話題になった。本人は「そういう形で競争させられるのは、情けない思い」と述懐している。音楽はジョルジュ・ザンフィルと小室等が手がけ、OPとEDのテーマ曲はザンフィルが担当した。
1982年8月16日に、テレビ朝日系列「ゴールデンワイド劇場」枠内で細川俊之主演のドラマ『終わりに見た街』の原作・脚本を担当。
1983年1月スタートの『早春スケッチブック』は、「小市民を非常に否定する存在を出して、その否定に(小市民は)どれくらい立ち向かうことが出来るか」を描くという挑戦的な意図で臨んだ作品。視聴率は低迷したが、視聴者から多くの手紙や電話が寄せられるなど大きな反響を呼んだ。
1月16日から「ドラマ人間模様」枠で放送されたテレビドラマ『夕暮れて』の原作・脚本を担当。テーマ曲は、ベニー・グッドマン(Benny Goodman)の“メモリーズ・オブ・ユー”(Memories of You)。
5月27日に放送が始まった 金曜ドラマ『ふぞろいの林檎たち』は、大学生の青春群像をリアルに描いて人気となり、1985年のパートII、1991年のパートIII、1997年のパートIVまで、年月を経る主人公たちの姿を追う形でシリーズ化された。主題歌にはサザンオールスターズによる“いとしのエリー”(作詞・曲:桑田佳祐/編曲:サザンオールスターズ/弦編曲:新田一郎)をシリーズを通して起用、さらに劇中にもサザンの楽曲の数々を効果的に使用した。挿入歌としては、“気分しだいで責めないで”、“勝手にシンドバッド”、“C調言葉に御用心”、“いなせなロコモーション”、“思い過ごしも恋のうち”、“チャコの海岸物語”、“栞のテーマ”などが使われた。
1984年、ラフカディオ・ハーンを主人公にした『日本の面影』で、第2回向田邦子賞受賞。『日本の面影』は1993年に自身の脚色で舞台化されて再演を重ね、2001年にはダブリンとロンドンでも上演されている。
5月、TBS『輝きたいの』の脚本を担当、テーマ曲は遠藤京子の“輝きたいの”(作詞・曲:遠藤京子/編曲:鈴木茂)。
1986年10月、木曜劇場『時にはいっしょに』の原作・脚本を担当。
1988年に、小説『異人たちとの夏』で山本周五郎賞を受賞。
1989年10~12月、ドラマ『夢に見た日々』の脚本を担当、主題歌“フォトリエ” (Fortrolighed)を歌ったアンヌ・ドゥールト・ミキルセン(Anne Dorte Michelsen/1958年7月17日-)は、デンマークのシンガーソングライター。
1990年代から2000年代には「連続ものをやめようという気持になってきた。連続の企画を実現させていくプロセスが、自分とちょっと合わないなという気がして」 という思いがあったようだ。
1993年4月、「東芝日曜劇場」枠で放送された『丘の上の向日葵』の原作・脚本を担当。主題歌は、米カントリー・ミュージック界の大スターであるガース・ブルックス(Garth Brooks)の“想い出にゆれて”(What She's Doing Now)。
2000年1月8日、テレビ朝日系で放送された、テレビ朝日開局40周年2000年山田太一スペシャルドラマ『そして、友だち』を手がけた。
2002年、NHK「ドラマDモード」枠の最後の作品としてテレビドラマ化された『君を見上げて』は、山田が1990年に読売新聞で連載していた新聞小説が原作。主題歌は、松本英子“君に会いたい”。
2003年7月、『高原へいらっしゃい』が佐藤浩市主演でリメイク、山田は脚本を担当せず、原作者としてクレジットされた。主題歌は、浜崎あゆみ“forgiveness”(作詞:ayumi hamasaki/作曲:CREA + D・A・I/編曲:CMJK)。
2005年12月3日に「山田太一ドラマスペシャル・終戦60年特別企画」として、テレビ朝日系列「ゴールデンワイド劇場」枠内で放送されたドラマ『終わりに見た街』リメイク版の脚本を再執筆。
2009年、『ありふれた奇跡』で12年ぶりに民放の連続ドラマに復帰した。主題歌は、エンヤ(Enya)が歌う“ありふれた軌跡”(Dreams Are More Precious)が起用されたが、彼女がTVドラマの主題歌を手がけるのはこれが初である。
2010年3月27日、単発スペシャルドラマ『遠まわりの雨』を手がける。主題歌は、スーザン・ボイル“翼をください〜Wings To Fly”。
2015年、寺山修司の死去から32年が経過し、山田と寺山が学生時代に交わした書簡や寺山の日記を収めた『寺山修司からの手紙』が、山田の編著により岩波書店より刊行された。
2016年11月19日、「山田太一スペシャルドラマ」として渡辺謙主演『五年目のひとり』を手がける。平成28年度(第71回)文化庁芸術祭賞テレビ・ドラマ部門優秀賞、東京ドラマアウォード2017作品賞単発ドラマ部門優秀賞受賞作。
2017年1月に脳出血を患い、執筆が難しくなっていることを『週刊ポスト』(2017年9月1日号)のインタビューで明らかにした。
《もう脚本家として原稿が書ける状態ではありませんが、後悔はしていません。これが僕の限界なんです》と告白し、「事実上の断筆宣言」と報じられたことに対して、リハビリテーション中の山田は『朝日新聞』の取材に対して、「あと1本くらい書く余裕はあるかも分からない」と、断筆宣言を否定している。
2019年春頃から、マスコミ関係者と連絡が取れなくなり、『週刊女性』2020年1月7・14日号に「山田太一が音信不通に…老人ホームで孤独な生活」と報じられる。記事では川崎市内の老人ホームに入居して20平米ほどの部屋で暮らしているというテレビ局関係者の情報が紹介され、「『病気になってしまってから、以前のように自由がきかなくなってしまったのがショックだったんじゃないですかね。脚本家の僕を知っている人たちとは、もう会いたくない』と近親者に話しているそうです」という該当テレビ関係者のコメントが載った。
該当の老人ホームを通じ、山田にインタビューを申し込んだが、「個人情報のため、こちらにその方が入居しているのかどうかは、お答えすることができません」との返答だったため、裏付けは得られなかったとしている。同じ記事では山田の次女による「今は(老人ホームとは)別の場所にいます。私の家とか、姉の家とかを行ったり来たりです」「今は仕事をしたいという感じじゃないんです。他のことをやったりという感じです」というコメントが紹介されている。
2019年10月26日放送のNHK『ラジオ深夜便』に出演し(収録はそれよりも前)、「書きたいテーマ」について「本当に自分本位に考えれば、死を待っているわけですから、死ぬということがどういうことかということを、ワッと書けたら素晴らしいと思いますけどね」とコメントした。
2023年11月29日、山田太一は、老衰により川崎地の施設で亡くなった。89歳没。
山田脚本作品の主題歌をいくつか続けて聴ける映像が以前(2022年6月6日)はUPされていた。現在(2023年12月1日)は再生不可になっているので、当該画像収録のドラマタイトルと曲名・アーティスト名だけ。
<収録曲>
『男たちの旅路』“男たちの旅路”
『高原へいらっしゃい』“おはようの朝” 小室等
『岸辺のアルバム』“ウィル・ユー・ダンス” ジャニス・イアン
『沿線地図』“もう森へなんか行かない” フランソワーズ・アルディ
『想い出づくり』“想い出づくり” ザンフィル
『ふぞろいの林檎たち』“いとしのエリー” サザンオールスターズ
『輝きたいの』“輝きたいの” 遠藤京子
(参照)
Wikipedia「山田太一」
(追記)
2023年12月1日
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