こんばんは。
字を書くのが楽しくなり、もっとお稽古したくなるペン字・書道教室の太田真采世です。
前回、「日展に入選するために昨年どのように頑張ったか・・・その①」という記事を書きました。その続きのお話をしていきますね。
一昨年の11月から調和体を書き始めました。
ちょうど展覧会の締め切りが毎月のようにあり、12月、1月、2月とその作品を師匠に見ていただきましたが・・・。
「書き込みが足りない!」
「下手やのぅ。もう少し上手く書けんかのぅ。」(あ、師匠は広島県人です)
私としては、精いっぱい書いて作品を持参していっているのに、けちょんけちょんな言われようです。
この時の私は、20枚書くのがやっとだったんです。
この20枚で『精一杯書いてるのに!一生懸命書いてるのに!』という気持ち満々でした。
なんで20枚が精いっぱいだったかというと、『目指すものが見えない』、『どこをどう気を付けて書けば良いのかわからない』だったからです。今までも調和体を書いていたので、
◇変体仮名は使わない
◇散らし書きはしない
◇文字の連綿(つなげて書くこと)は2字~3字まで、4字以上はつなげない
◇同じ文字が出てきたら、字の形、墨量、大きさなど全て変えて、変化を出すようにする
などという基礎的なことはわかっていました。
でも展覧会に出品する作品レベルで考えることは、墨量の変化、余白、全体のバランスなどもっと次元の違う部分にも気を配らなければなりません。
仮名なら目指す目標がわかっているので、そこに向かって走ればいいのですが、調和体という新しいジャンルに本気で取り組むというのは、想像以上に苦しいチャレンジでした。
そこで師匠から出された宿題は、「来月のお稽古までに200枚書いてくること!」1か月で200枚って・・・。
しかもこの時書道パフォーマンスの仕事などいろいろなことが重なっていて、実際に書作にかけられるのは7日間程度しかありません。
今までの書作は、大宮教室にこもって夜中に書くということをしていましたが、もはや自宅から大宮教室に移動する時間さえももったいない!
仕事を終えて自宅に戻り、夜中に書いて毛氈の上で仮眠。
朝早くに起きて、仕事に出かける前に書き。
また仕事を終えて、夜中まで書いて毛氈の上で仮眠。
この繰り返しでやっと書き上げた200枚。
お稽古に持参して師匠に言われたのは
「おう、よーなったな。(良くなったな)」
「前とは全然違う。おぉー、よー見てみい。」
まずは気持ちが救われました。
私は基本的に真面目なので、書けなかったらどうしよう・・・とノイローゼになりそうだったんです。
この200枚書いた成果は、その後の練成会で、師匠の講話の中のbefore&afterの資料として使われるくらいの変化がありました。
以前は20枚が精いっぱいだった私が、なぜ200枚書けたのか?それは師匠からの言いつけだったというのが一番の理由です。(笑)
こわ~いお母さんから「勉強しなさい!」と言われたら、やっぱりやりますよね。
私の師匠は、こわ~いお母さんどころではない、絶対的な存在ですから。
でもよくよく振り返ると、目標が身近で明確だったからだと思います。1.200枚という数値的目標が明確2.筆使いだけに特化した目標この2つだけが200枚書いた時の目標です。
日頃のお稽古で「書き込みが足りない。」と言われることが多いです。
自分としてはたくさん書いたつもりでも、その基準が既に違う。
師匠の言うたくさんは200枚。
私は20枚。
価値観は人それぞれなので、たくさんという不明確な目標よりも、200枚と明確に目標数値を示してもらったことがわかりやすかった。
そして作品を書くときに気を付けることは多すぎます。
字形、墨量の変化、筆使い、字の大きさのバランス、余白の取り方、行と行の絡み方、作品としての盛り上げ方など、考えることはたくさんあります。
それを全部やろうとすると、うまくいきません。
でも最初は『筆使い』だけにこだわって書きました。今までの仮名でも漢字でもない、筆使いのリズム。これをまずはマスターすることだけを考えて、明けても暮れても書き続けました。
そして何十枚か書いたら、壁に貼って見る。
この壁に貼って見るというのも大切な作業です。
床に置いて見るのと、壁に貼って見るのとでは全然見方が変わってきますから。
そうして書き上げた200枚。
この目標をクリアしてたどり着いたのはゴールではなく、スタートラインだったのです。
ここからさらに闘いは続いていきます。
この続きは次の記事でお話しますね。