声
呼吸器をつける決断をして、
お次はオペ日です。
明日か四日後と言われたんですが、
さすがに次の日は断りました。
声を失う、四日後に。
後四日…
一般病棟にバイバップを備え、
これでオペまでしのぎます。
初日は三時間後とに装着してたと思います。
二日目は二時間後と。
三日目は一時間後と。
だんだん息苦しさが増してきました。
不思議と、
しんどくなると身体に赤い斑点がでます。
装着時間はおよそ30分。
この時だけ少し眠れる感じです。
バイバップは付けると楽ですが、
マスクは痛いし取付けは手間取るので煩わしかったです。
四日目、オペ当日。
声を失う日。
妻と二人の時間を過ごしました。
30分ごとに付けるバイバッフ゜は、
何気ない会話も邪魔をする。
最後に言った言葉。
二人の涙は、決して暗いものではありません。
もう二度と言えないのでなく、しばらくの間の辛抱です。
もう一度、名前を呼べる日が来る。
そう信じて。
決断
ICUで落ち着きを取り戻しマスクを外しました。
普段と変わらない呼吸がそこにはあります。
苦しみから解放され、
心地良い朝でもありました。
そして、
しばらくの間…
考えました。
ずっと避けていた事を決断しないといけない。
あまり時間がないこと。
そして、
午後になり一般病棟へ移りました。
主治医と会い、選択を迫られます。
答える前に、
私は涙しました。
一つの節目を終え、長かった闘いが終わったような。
そんな感じがしました。
私はALSと診断されてから、
人工呼吸器はつけないと決めていました。
そこまでして生きたいとは思いませんでした。
しかし、
今はそう思いません。
なぜ気持ちが変わったか。
もうすでに、
ほとんど喋れなくなっていたのと、
この息苦さがなくなるのならと、
気管切開の怖さはありませんでした。
病気のマンネリです。
そして、
この病気は近い未来に必ず治りそうです。
その時が来る日まで、
もう一度、人生を取り戻すまで、
頑張ろうと思い決断しました。
それと、
自分の運の強さを信じます。
「あの時の決断は正しかった」と
そう言える日が来るまで。
どっちが勝つか!
博打のような…
いや投資です。
ICU
救急車に乗るのは何十年ぶりでしょうか。
幼少ヤンチャ期を思い出します。
何回頭を縫ったことか。
ALSになったのはこのせいかも…
なぜなら、
アメフトなど激しいスポーツ選手に多い病気みたいですから。
話を戻して、
病院到着時の血中酸素濃度は80%。
通常値は95~100%です。
炭酸ガス(二酸化炭素)の値は、なんと90%!
ピンときませんが、45%以上は呼吸不全です。
二酸化炭素をうまく排出できていません。
これがALSの特徴で、酸素不足ではありません。
処置中はあまり覚えていませんが、
1~2時間で容体は回復しました。
そして、
そのまま入院ですが、
夜中に何か起きても対応できるようにとICUへ。
ICUでは、
朝方になるにつれてだんだんしんどくなりナースを呼びました。
ナースはモニターを見て言います。
「酸素は十分足りてますから大丈夫ですよ」と
こういったことを2,3ど繰り返し、
身体は酸欠に。
そして気絶。
意識がなんとなく戻りだした時、
酸素マスクがつけられ何やら処置されていました。
この時の思いは、
「こんな感じで死んで逝くのか
、短い人生やったな
、もうなにもしなくていい
、戻る気はない
、今までありがとう
、約束を果たせなくてごめん
、さよなら
、さらば我が人生」
と…
大袈裟ですが、
覚悟を決めたから呪文のように唱えていました。
すると…
意識が朦朧とする中、
はっきりとした言葉が聞こえました。
『もう大丈夫、安定しましたよ』
私は、
「えっ! そうなの?」と…
心の中でビックリすると共に、
今、生きていることに感謝しました。
早とちりでした(笑)
今日で入院11日目、術後1週間。
あくびの度に痛むノドですが、
呼吸が楽になり元気一杯です。
そろそろ抜糸かな。