ALS,kawatetsuのブログ -70ページ目

呼吸器をつける決断をして、
お次はオペ日です。


明日か四日後と言われたんですが、
さすがに次の日は断りました。


声を失う、四日後に。


後四日…



一般病棟にバイバップを備え、
これでオペまでしのぎます。


初日は三時間後とに装着してたと思います。


二日目は二時間後と。


三日目は一時間後と。


だんだん息苦しさが増してきました。


不思議と、
しんどくなると身体に赤い斑点がでます。


装着時間はおよそ30分。
この時だけ少し眠れる感じです。


バイバップは付けると楽ですが、
マスクは痛いし取付けは手間取るので煩わしかったです。




四日目、オペ当日。


声を失う日。


妻と二人の時間を過ごしました。


30分ごとに付けるバイバッフ゜は、
何気ない会話も邪魔をする。



最後に言った言葉。


二人の涙は、決して暗いものではありません。


もう二度と言えないのでなく、しばらくの間の辛抱です。


もう一度、名前を呼べる日が来る。

 


そう信じて。

 


 

決断

ICUで落ち着きを取り戻しマスクを外しました。


普段と変わらない呼吸がそこにはあります。


苦しみから解放され、

心地良い朝でもありました。


そして、
しばらくの間…

考えました。


ずっと避けていた事を決断しないといけない。
あまり時間がないこと。

 


そして、
午後になり一般病棟へ移りました。

 


主治医と会い、選択を迫られます。

 


答える前に、
私は涙しました。

 

 

一つの節目を終え、長かった闘いが終わったような。
そんな感じがしました。
 

 

 

私はALSと診断されてから、
人工呼吸器はつけないと決めていました。

 

 

そこまでして生きたいとは思いませんでした。

 


しかし、
今はそう思いません。

 


なぜ気持ちが変わったか。

 


もうすでに、
ほとんど喋れなくなっていたのと、
この息苦さがなくなるのならと、
気管切開の怖さはありませんでした。

 


病気のマンネリです。

 

 

そして、
この病気は近い未来に必ず治りそうです。

 


その時が来る日まで、

 


もう一度、人生を取り戻すまで、

 


頑張ろうと思い決断しました。



それと、
自分の運の強さを信じます。

 


「あの時の決断は正しかった」と
そう言える日が来るまで。

 


どっちが勝つか!

 


博打のような…

 


いや投資です。

 

 

 

 

ICU

救急車に乗るのは何十年ぶりでしょうか。
幼少ヤンチャ期を思い出します。

 

何回頭を縫ったことか。
ALSになったのはこのせいかも…

 

なぜなら、
アメフトなど激しいスポーツ選手に多い病気みたいですから。

 

話を戻して、
病院到着時の血中酸素濃度は80%。
通常値は95~100%です。

 

炭酸ガス(二酸化炭素)の値は、なんと90%!
ピンときませんが、45%以上は呼吸不全です。

 

二酸化炭素をうまく排出できていません。

 

これがALSの特徴で、酸素不足ではありません。



処置中はあまり覚えていませんが、
1~2時間で容体は回復しました。

 

そして、
そのまま入院ですが、
夜中に何か起きても対応できるようにとICUへ。

 

ICUでは、
朝方になるにつれてだんだんしんどくなりナースを呼びました。

 

ナースはモニターを見て言います。
「酸素は十分足りてますから大丈夫ですよ」と

 

こういったことを2,3ど繰り返し、
身体は酸欠に。

 

そして気絶。

 

意識がなんとなく戻りだした時、

酸素マスクがつけられ何やら処置されていました。

 

この時の思いは、

 

「こんな感じで死んで逝くのか

 

、短い人生やったな

 

、もうなにもしなくていい

 

、戻る気はない

 

、今までありがとう

 

、約束を果たせなくてごめん

 

、さよなら

 

、さらば我が人生」

 

と…


 

大袈裟ですが、
覚悟を決めたから呪文のように唱えていました。

 

すると…
意識が朦朧とする中、
はっきりとした言葉が聞こえました。


 

『もう大丈夫、安定しましたよ』


 

私は、
「えっ! そうなの?」と…


心の中でビックリすると共に、
今、生きていることに感謝しました。


 

早とちりでした(笑)


 

今日で入院11日目、術後1週間。

 

あくびの度に痛むノドですが、
呼吸が楽になり元気一杯です。

 

そろそろ抜糸かな。