ALS,kawatetsuのブログ -68ページ目

スカイダイビング

20歳の時、
ハワイで初めてスカイダイビングをしました。

この時は体験ダイビングなんで、
インストラクターとハーネスで繋がってますよ。


兵庫県但馬空港上空です。



大空の壮大さ、どこまでも続く地平線。


(甲斐さん、鮎子さん、せきさん、かに吉、caはさとし君)

鳥になった気分、



そして、スリル。



飛んだものしか味わえないこと。


この時のリトル河田は、

「いつかは一人で飛んでやる」

そう恋心を抱きました。


あれから9年がたち、
二十代最後のチャレンジとして、
スカイダイビングの門をたたきました。


「3C」と、
体験ダイブに来たとある校長先生が言っていました。

Challenge,Chance,Change.

チャレンジすることにより、チャンスが生まれ、そしてチェンジする。

人生はいろいろありますが、
いろんな人にトライして欲しいですね。



スカイダイビング関西
http://skydiving-kansai.com/

次回はスクールについて。


みっちゃん、
電気工事ありがとう。

ふくもん、
餃子ありがとう。

ほんと友人には感謝です。



天国

19年前に我が家で生まれたメグ。

4人兄弟で一番ブサイクだった。

もらいてがなく、
我が家で育つ運命になったメグ。

月日が流れ、
メグは私と同じように
身体が衰え寝たきりになっています。


そして、
2日前から夜鳴きが始まりました。

お互い寝たきりなもんで、
しばらくからむことがなかった私とメグ。

なぜか急に会いたくなり、
母親にメグを連れて来てもらいました。

部屋に来るなり、
鼻をヒクヒクしていました。

必死に何かを感じようとしてたのかな。


その30分後…


メグは息をひきとりました。

私と会うまで頑張ってくれたんだなって。

最後にさよならをしてくれたんだなって。

そう思います。

また天国で散歩だな。



遅くなりましたが、
深田、村岡、山口、山野、宮川
そして、木山さん
お見舞金ありがとう。

それと、
応援メッセージくれた方、ありがとう。


ビフォーアフター

呼吸器を付ける前のこと。


なぜか、
胃ろうから栄養を入れると、
全身がしんどくなり車椅子に座ってられなくなります。


滴下スピードを下げ400mlを2~3時間かけて、
朝晩2回の計800カロリーを一日の摂取量としていました。


胃ろうというものがかなり億劫になり、
口から食べられるのも少量ということもあって、
かなりの栄養不足でした。



そして呼吸器装着後、
胃ろうしても全くしんどくなる事は無く常に絶好調です。


不思議ですが、
呼吸機能と関連はあるみたいですね。


今は400mlを朝昼晩、
計1200カロリーと毎食前の白湯250mlを45分で注入しています。


呼吸器を付ける前とえらい違いです。



変わったのは身体だけではありません。
思いも変わりました。


どういうことかというと、
人工呼吸器は一度付けると外す事はできません。


生きる希望を失っても、生かされ続けます。


もし、自分の意思で外すことができたら…


もし、尊厳死が認められていたら…


ほとんどの人が呼吸器を付けたと思います。

呼吸器をつける決断をして生きることを選びました。


しかし、自分の意志通り生き続けることができるのか?


今はそんな疑問と不安があります。


吸引の度に外す呼吸器、
取り付けが甘いと急に外れたりします。



もし一人の時にはずれたら…



誰にも気付かれなかったら…



今は生きることだけでなく、
死ぬことも他人の管理下です。


呼吸器を付ける前は、
はずせない恐怖がありましたが、


つけた後は、
外れる恐怖の方が大きいです。



命、
生死は管理されているんです。