憂さ憂さうさぎ -33ページ目

憂さ憂さうさぎ

世の中は憂さだらけ!
はき出す場所のない憂さを、ここで晴らしてみましょうか。

この日から、貯水槽の水を飲んでも良いという事になった。

今朝の炊き出しの状況を見てわかったのは、今後自分達は出来るだけ

避難所や炊き出しに頼らないようにしなければいけないという事だ。

避難所まで水を汲みに行く必要もなくなった。

物がほとんど手に入らない状態が、いつまで続くのかもわからないため、

正直心細い。

原発の状況によっては、しばらく家に閉じこもっていなくてはならなくなる

可能性も考えたりする。

そう考えると、温存する食材が決まってくる。何も手を加えずに食べられる

物は、最優先で温存だ。

今使うのは、水と電気が使える状態で調理出来る食材。

昨日と同様、炊飯器とホットプレートを出動させる。

現在、海苔と乾燥わかめはたくさんある。

『確か、“おにぎり山” とかいう商品で、わかめごはんとか、青菜みたいの

があった気がするな。』 乾燥わかめを眺める。

そのまま入れて炊いたら、なんかとんでもないものが出来あがりそうな

予感がする。

とりあえず、細かく砕いて塩と一緒に炊飯器の中へ投入。スイッチON

まあ、最悪でも食べられない事はないだろう。

それから、母が送ってくれていた干菜をハサミでチョキチョキ細かく切った。

『そのうち、これも塩と一緒に入れて米を炊いてみよう。きっと青菜みたい

になってくれるに違いない。』

出来るだけ一日一回の調理で済ませるために、夜は米を多めに炊き、

残ったごはんはおにぎり状態でラップにくるむ。明朝の朝食出来あがり。

といってもおにぎりだけだが。

こうすれば、電気も節約出来るだろう。

味付きご飯ばんざぁい。自分のアイディアにもばんざぁい。

さあ今日から自宅難民の自炊生活始まりだ。

果たして、米は何日もつのだろう。

実家へ電話をかけた。

自分の実家は原発から300kmは離れている。

福島原発で起きた事の影響は、そこまで及ぶ可能性は少ないと考える。

電話には母が出た。

懸命に自分の波立つ心を鎮めながら話す。

「福島の原発が、もし本格的にまずい状態になるようなら、友人も含め

数人でそちらへ行く事を考えている。道路もまだどうなっているかわから

ないし、ガソリンもないから、辿り着くのは難しいかもしれないが、とにかく

そこを目指すから。」 と。

それを聞いた母は、言った。

「そんな深刻にならなくても大丈夫だから、とにかくあまり心配し過ぎると

かえって具合悪くなるからね。あまり心配しなくて大丈夫だよ。こっちに

来るなら来るで、何も心配ないからね。米もいっぱいあるから。」

涙声になりかけ、つまりそうになるのをぐっとこらえた。

勤めて平静を装う努力をしながら

「うん、わかった。とにかく、行く事になったらよろしく。」 と伝える。

母の声は明るく感じる。

本当に楽観視しているのか、それとも自分に心配させまいとしているのか。

自分の母の事だから、あながち前者も否定出来ない。

さて、今ある少ないガソリンでどうやって実家を目指せばいいのか。

途中でガソリンの補給は絶対必要になるだろう。

では、補給出来る場所があるのか?

思考はネガティブな方向へ、脇目もふらず全力疾走中。

とにかく、車内で何日も過ごすはめになる可能性も考えて、食糧の事を

考える。最悪、何かを腹に入れる事最優先で、味は二の次になるだろう。

やはり最後の切り札は砂糖かな。

今は、福島原発の動向を見守るしかない。

最近やっと普通の時間(夜)に眠れるようになった。

しかも、5~6時間でだいたい目が覚める。


・・・年かな。


だって・・・今・・・眠いもん。  Z Z Z Z Z・・・・ンガ

家へ戻ってとりあえずテレビをつける。

テレビが見られるようになってから、頻繁に繰り返されるのは、福島の

原発の問題だ。

水素爆発、冷却機能喪失、原子炉格納容器の破損、爆発音、避難指示。

恐怖心を煽る言葉ばかりが流れてくる。

しまいには、原子炉の構造の説明を長々とし始めた。

原発による被害が自分自身に及ぶ心配をしている人間にとって、原発の

構造などはっきり言ってどうでもいいのだ。

要するに、どの範囲がどれだけの危険性を孕んでいるのかが知りたい。

構造を教えられても、だからどう解釈しろというのか。

恐怖心を散々煽られた揚句、どの程度危険なのかが知らされない。

まるで蛇の生殺しだ。

仕方ないので、インターネットでチェルノブイリの原発事故を調べてみた。

最悪の場合を想定しての事だ。

地図上に同心円の表示と色分けされた影響範囲が映し出される。

原発から仙台まではせいぜい80kmといったところか。

当てはめてみると、・・・ダメだな。

もし、チェルノブイリのような事故になった場合ここはだめだ。

ここから逃げるための交通手段も断たれている。

ガソリンも、少ししかない。ここから逃げる手段はない。

・・・もう諦めるしかない。

あと自分に出来るのは、風向きがずっと海へ向かって吹き続けるのを

祈る事だけだ。

水飲み場の前は幅3~4m程の通路になっている。

水飲み場の対面は一輪車置き場になっていて、両者の間の通路では

4,5人の子供達が一輪車で遊んでいた。

まだあまり慣れない様子である。

友人が水飲み場で飲用水を汲んでいた。

一人の子供が友人の後ろに突っ込む。といっても、それほど勢いよく

突っ込んだ訳ではないが。

傍で見ていた自分は、少しヒヤッとする。

その場には避難所でボランティアをしていた男性も立ち会っていた。

別の子供が、故障したらしい一輪車をその男性の所へ持っていく。

男性はにこにこと「大丈夫、なおしてあげるから。」

などと言っている。

しかし自分が心配なのは、子供達が一輪車で遊んでいるこの場所だ。

避難所横の水飲み場。

この場所に来るのは、避難所にいる人達や、この地域で飲用水が復旧

していない家の人達である。

お年寄りもいれば、少々足の不自由な人もいるだろう。中には妊婦も

いる可能性だってあるのだ。

さっき子供が突っ込んだ相手が、友人だったから怪我等なくて済んでいる。

しかしそれが、上に挙げたような相手であったなら・・・。

そう考えた時、この場所が子供達を遊ばせるのに適した場所とは、考え

づらい。

少なくとも避難している人達が頻繁に行き来する場所からは離れるべき

ではないのか。

ほんの5m程ずれるだけで、水飲み場の範囲からはずれるのだから。

大人が一緒にいて、子供が一輪車で友人にぶつかったのを見ていたなら、

そのくらいの配慮があっても良いと思うのだが。

家に戻ると、管理人室の前に何枚もの張り紙がある。

そのうちの一枚には、給水槽の水を飲んでも大丈夫という内容が記述

されていた。

明日からは、あの避難所の水飲み場へ水を汲みに行かなくても大丈夫だ。