小学校時代、
今いじめに遭っている子ども達のために、
先日、ペアレントトレーニング(応用行動分析を使った教師や保護者のための子どもへの対応の仕方)の経過報告会に支援者と保護者が集まりました。
皆さん、ペアレントトレーニングを始めて2ヶ月経つと、子どもとの関係がとてもよくなることを実感するようで「本当にうちの子、こんなにいい子だったっけ?と思うくらい、すごい変わったんですよ!子どもが悪かったんじゃなくて、私の対応の仕方が悪かったんですね~。子どもには本当にかわいそうなことをしてきました」と口々におっしゃっていました。
実は、子どもの不適切な言動を引き出しているのは、すべて私達大人なのであります。発達障害の子ども達の不適切な言動は、本来、障害によるものではなく、周りの大人達が引き出してしまったものなんですね。そこに気づかせてくれるのが、ペアレントトレーニングです。
先日、フェイスブックにペアレントトレーニングについてすこしばかりですが書いてみたら、小中学校の先生方から「そういうことなんですね。分かりやすいです」というお声を頂きましたので、ご紹介します。
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発達障害のある人達や一般的な子育てでは、なかなかうまくいかない場合、応用行動分析を使うことがあります。この応用行動分析には、人の困った行動を減らすのに「無視」という方法を使います。「無視」と言っても、いじめ等で使う無視とは全く質的に違います。
「愛を持って見て見ぬふり」をするということです。
分かりやすい例で言うと、おやじギャグを炸裂させる男性に対して、若い女子達が喜んで?(気を遣って?)笑えば笑う程、その男性は「みんなが喜んでいる」と思いますから、おやじギャグを炸裂し続けます。
もし、このおやじギャグを本当になくして欲しいと望んでいるなら、誰もが「愛を持って見てみぬふり」をすると、いつしか、この男性はおやじギャグを言わなくなります。ただ、2ヶ月以上、根気よく「愛を持って見て見ぬふり」をしなければおやじギャグを言わないという行為は定着しません。
そして、「愛を持って見て見ぬふり」だけではいけないんですね。自分に注目してもらうために、おやじギャグを飛ばしているわけですから、おやじギャグがなくなったとしても、別の注目をしてもらうための行為が始まります。
それを回避するために必要なのが、適切な言動が出た時、即座に「褒める」ということです。
この適切な行為に対して「褒めて」強化していくと必ず、よい言動が増えていきます。これは、子どもにも大人にも使えます。お試しあれ~!
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私達大人は子どもの悪いところばかりに目を向ける傾向があります。実はよく観察してみると、子ども達は結構、良い行いをたくさんしています。私達大人が、子どもの良い行いをやって当たり前と思って気にとめていないだけなのです。
だから、子どもは自分のことを親や教師に認めてもらいたいという気持ちが強くなりますから、自分の方に目を向けてもらおうと不適切な言動をどんどんするようになります。
子どもの良いところを見つけて、常に褒めてやり「あなたのこと、いつも見てますよ」という温かい心が子どもに伝わっていれば、発達障害のある子どもであっても実に穏やかなのであります。
※発達障害というのは「障害」ではありませんよ。発達にばらつきがあるということです。言い換えるなら、発達にデコとボコがあるということです。子ども達のボコを私達大人がつつくから、子ども達に不具合が出るんですね。ボコはつついちゃいけないんですよ。デコを伸ばして、ボコは私達大人がサポートすればいいだけのことなんです!
Facebook「癒しと笑いと感動のページ」に素敵な内容が書かれていましたので、
ご紹介します。
【人は欠点で愛される】
この世に完璧な人は存在しません。
完璧に近い人は存在すると思いますが探せば
必ず一つや二つの欠点は持っていると思います。
マンガを面白くするコツは登場人物に欠点をつくることだそうです。
また、司馬遼太郎の小説に出てくる主人公も、
必ず欠点が明確に描かれています。
坂本龍馬は自分の着物の洗濯もしないし、
袴の紐をベロベロとなめながら話すのがクセの不潔男として描かれ、
高杉晋作は上級武士の子として威張っているにもかかわらず、武芸オンチで、
しかも海軍を目指すも船酔いであきらめる。
でも、これがたまらない魅力になっているのです。
月も同じです。
歌に詠まれている月は、
ほとんどが欠けたお月様。
『三日月』、『上弦の月』など。
お月様だって、欠けているから魅惑的なのです。
欠点があるから、人間的な魅力が増し、長所が引き立つ。
そして、まわりの人はなぜかそれを見ると【ほっとして】応援したくなる。
自分の欠点で悩んでいる方おられませんか?
安心してください。
欠点こそ個性。
あなたの欠点は神様の演出だったのです。
私ももれなくそうですが、ADHDのニオイがぷんぷんする医師や教師、テレビ関係者がたくさんいます(笑)つまり、落ち着きがなかったり短気だったりするわけです。でも、落ち着きがないというと欠点のように聞こえますが、落ち着きがないからこそ行動が早い・仕事が速い・決断力があるのですね。
欠点だと思っていても、ちょっと見方を変えれば長所となります。つまり、短気は悪い欠点かもしれないけれど、裏側には必ず「行動力がある」とか「仕事が早い」とか素敵な長所が隠れています。だから、その裏側にある長所を前面に出して良い欠点?で生きればいいということですね。つまり、ADHDのニオイをぷんぷんさせながら楽しくやっている医師や教師達、テレビ関係者はもれなく良い欠点(発達障害の特性)を活かして生きているのであります。
このように、発達障害の持ち味を活かして生きている人達というのは至る所にいるのです。でも、子どもの頃、「あれもできない、これもできない」と叱られてばかりで自己肯定感が持てなくなり、自分を守るために攻撃的になってしまったり、物事の捉え方がすべて否定的になってしまったりして現在ひきこもっている大人もたくさんいます。そこを、私達は知っておかなければなりません。
こういった不登校やひきこもり、ニートやフリーター問題が表面化し、国は学級に発達障害の子どもが1~2人いるので、この子達のサポートをしてくださいと言っているのですが、なかなか理解してもらえない現状があります。みんな発達障害の特性で困っている部分はあるのだから、個々のニーズに合わせた教育的支援・合理的配慮は当たり前なのですが、どうも、私達は生きていく過程の中で「人はこうあるべきだ」といった凝り固まった考えがこびりついてしまっているようです。
みんな、それぞれ困難さがあって、我慢して生きているのだから、あなたも我慢して当たり前(忍耐・根性・継続)といった考え方が蔓延ってきたから、日本はひきこもり・不登校・鬱病国家になってしまったのかもしれません。
生来の脳機能障害からくる「困難さを我慢させよう」「困難さをなくせるように(長所を活かすことを忘れて)訓練しよう」というのが、そもそも間違っていたわけです。その結果、多くのいじめや不登校、ひきこもり、精神疾患、不良行為を生み出してしまった日本人は、今その後始末に追われています。自分のやったことは必ず自分に帰ってくるようです。
これからは恐ろしいほどまでに、人はみな違うと肝に命じながら個々が持ち味を活かして生きることが必要ですね。医学や脳科学が進歩したおかげで、人はみな、とんでもなく違うと理解できた今、発達障害者は救われるはずなのですが、いまだ救われていないというのは、発達障害者があまりに普通に見えてしまうというところから来ているのかもしれません。