誰もが違うということを前提とした教育にしていこう! -27ページ目

誰もが違うということを前提とした教育にしていこう!

主に特別支援教育、インクルーシブ教育、ASD、ADHD、LD等について書いていましたが、社会全体が大きく変わってきており、特定した話だけでは答えのない答えを導き出せない時代がやってきたと感じています。そのため何でも思いつくままに書いています。

子どもの喧嘩に仲裁に入っている親や教師を見ていると、謝った、反省した、許す、許さないといったことでもめていることが多いです。しかし、そんなことは重要ではないと私は思っています。

子ども達が学ばなければならないのは、怒りとはどういったところからやってきているかということです。根本的なことを繰り返し学んでいかなければ、いつまで経っても喧嘩を繰り返す子ども達に変化はないと思います。

それと、腹を立てている子ども達に、大人がイライラして怒るのはもっての他です。
大人は子ども達の心を穏やかにさせてやる手助けをするのが役目ですから、一緒に怒ってはいけないんですね。

そこで、今日は怒りとはどこからやってくるかということを解説したいと思います。例えば、廊下を歩いていて誰かがぶつかってきて、自分が持っていた本が全部落ちたとします。そんなとき、皆さんはどんなふうに感じますか?ちょっとイラっとしますか?腹が立ちますか?

でも、誰がぶつかったのか振り向いて見たら、目の不自由な子が皆さんに気づかずに、たまたまぶつかっただけだと分かったとき、どうでしょう?まだ、怒っていますか?そんなことはありませんね。怒りはおさまりますね。そう、人を怒らせるのは自分が「考えていること」や「信じていること」や「物事への見方」なのです。

つまり、
「怒り」は「自分自身」からやってくるということです。だから、「考え方と感じ方」の練習をすることが大切なんですね。それと、怒りとはだいたい誤解からやってくるということも知っておくといいと思います。

例えば、A君がB君と関わろうとして、B君の工作を壊したとします。A君はB君と仲よく遊びたいという気持ちがあるのですが、それを適切な言動で表現することが難しいのです。そこで、互いに誤解が生じているわけですね。

この誤解を解いてやるのはそばにいる大人の役目です。まずはA君の気持ちに「仲よく一緒に遊びたいよね」と言って共感してやり「こうしたらうまくいくよ」と言って、友達との具体的な関わり方を丁寧に教えてやればいいのです。

そして、A君がうまくクラスメートと関わることができたら即座に褒めてやり、その適切な行為を強化していくといいです。不適切な言動に対しては温かく見て見ぬふりをしながら、適切な言動が現れた瞬間を見計らって速攻「よくできたね。えらいね」と言ってやりながら、またもや
適切な言動を強化していくのです。

そうやって、私達大人が子ども達と接していれば、子ども達は必ず成長していきます。発達障害の子ども達は繊細ですから、ちょっとしたことでも周りの大人の状態を察知することが多いですから、トラブルを起こしたりすることもあります。つまり、発達障害の子ども達がトラブルを起こす時というのは、周りの大人達が自分自身を見つめ直さないといけない時でもあるかもしれませんね。

そこにいる大人が子ども達とどう関わるかによって、彼らの将来が決まってしまうかもしれません。子ども達は大人の言動をかなりよく見ています。そして、そっくりそのまま真似をしながら大きくなっていきます。

子どもはひとり一人、成長の度合いが違いますし、発達の仕方だって違います。子ども達を「比べない、焦らない、じっくりゆっくりひとり一人の子どものペースに合わせて寄り添っていこう!」と思えるといいですね。

親や教師は、ついつい子ども達に焦ったり急いだりしてしまいます。多分、それは「比べる」という行為をしてしまうからでしょう。「比べる」のではなく、その子その子ひとり一人の「良さ」を見ることさえできれば、「急ぐ」という過ちはなくなるだろうと思います。

担任一人で子ども達を見るのではなく学校全体で、保護者も一緒に、おじいちゃんやおばあちゃんも巻き込んで、みんなで子ども達を育てていけるようにしていきたいですね。

「助けを求めること」と「相談できること」
、この2つは発達障害の子ども達に必要なソーシャルスキルです。実は、親も教師も同じです。一人で抱え込まないで、みんなで助け合いながら、子ども達に関わっていけるといいですね。

先日、自閉症スペクトラムの中学生と話していた時のことです。彼がこんなことを言いました。「喧嘩になりそうになったら、オレが全部悪いと思ったら、喧嘩せずに済むよね。そういう考え方をしてみて、うまくいけばいいし、、、うまくいかなかったら、また違う方法を考えればいいよね?」

それで、私は彼に次のように話してみました。

身の回りに起こるすべてが自己責任と考えることはいい考えかもね。こういう結果になったのは、自分自身の心に何があったのかを探ることはとても良いことのような気がする。

そして、自分の中にどういった思いや考えがあったかを知ると、こうすればうまくいくという解決策が生まれてくるかもね。

一人で考えても分からないことがあるとき、相談できる人がいるって大切だよね。それが、学校の先生だったりお父さんやお母さんだったりすると、すごくいいと思う。そんな話がお母さんやお父さん、学校の先生とできたりしたら、、、すっごくステキだよね。
自分の周りで起こるすべてのことが自分自身の責任であるということを前向きに明るく楽しく知ることができるようになる気がするね。

それには、みんながいつも心を平和にする訓練をしながら生きることが大切なんじゃないかな~って私は思っているの。

心を平和にする訓練というのはね、自分勝手なフィルターを通して人を見ないということじゃないかな~って思うの。

自分勝手なフィルターというのはね、あの人は学長(社長、校長、部長)だから偉いと思っていたり、あの人は◯◯大学を出ているからすごいと思ったり、◯◯君は勉強ができるから、足が速
いからすごいとか、障害者だから何もできないとか、あの人は普通の人だから、、、とか、決めつけることなんじゃないかな~。

社長とか◯◯大学出てるとか、足が速いとか勉強ができるとか、障害者だから何もできないといった決めつけた考えを全部とりのぞいて、その人だけを見ることができたらいいよね。

そうすると、その人の本当の「良さ」を見ることができるよね。これが
人を、フィルターを通して見ないということなんじゃないかな~。

その人が何も持っていないところを見てみようよ。そうすると、その人の本当の良さや持ち味というのが見えてくると思うよ。

落ちついた美しい心の目を持っていると、人はその人の「良さ」や持ち味をしっかりと見ることができるようになると思うんだな~。

目では見ることができないものを、見ることができるようになるって、ステキだよね。私もそうなりたいと思う。

腹を立てる前に、自分が持っている美しい心の目で、相手の良いところを探すように努力してみよう!

そして、どうしてもうまくいかない人からは離れてみよう。これを、
「距離を置く」って言うんだけどね

こうやって、できるだけ喧嘩をしないようにして生きている人多いんじゃないかな~。

自分の考えを相手に押し付けたり、威張ったり、格好つけたり(自分の能力以上に自分自身をよく見せようとしたり)、知ったかぶりをしたり、すぐに腹を立てて怒鳴ったり、相手を攻撃したり、喧嘩ばかりしながら生きるのはしんどいからね。

自分の良さを活かして生きる!これがありのままに生きるということなんじゃないかな?つまり、◯◯くんらしく生きるということだよ。大人になるまでに、◯◯くんらしく生きるために、今、必要なことが2つあるよ。

それは
「人に助けを求めること」「人に相談すること」。この2つがしっかりできるようになれば大丈夫!!!」

こんな話をしてみました。

今日から始まった「MISAKO先生のVIVA!発達凸凹~s!」生放送、
終わりました。

FMちゅーピーで、
毎月第2火曜日の午後4時~10数分程度、
半年間レギュラー出演予定です。

今日のテーマは「発達障害とは?」でした。
簡単に自閉症スペクトラムとADHD、LDについて話しましたが、
うまく伝えられたかな~?
ちょっと心配です。

そして、発達障害は障害と捉えるのではなく、
人は皆、「違う」のだということを切々と語ったつもりですが、
誤解があったら多くの人達に迷惑がかかってしまうので、
慎重に言葉を選んだつもりですが、、、
聴者の皆さん、何か問題発言がありましたら、
遠慮なく伝えてくださいね。
よろしくお願い致します。

さて、この新しいコーナー「MISAKO先生のVIVA!発達凸凹~s!」では
発達障害について明るくポップに前向きに
伝えていくことができればと思っています。

そして、今、発達障害で苦しんでいる人達に
希望を与えられるようなコーナーにできるよう
がんばってしゃべります。

FMちゅーピー

FBあなたの心に響くメッセージ~素直な心に戻れます~シェアします!

『あなたが大切なの』

目が覚めたら生きていた。
朝起きたらもうご飯ができていた。
窓を開けたら美味しい空気があった。
毎日ご飯が食べられる。
買い物に行ったら欲しいものが買えた。
美味しいものを食べて美味しいと感じる。
結婚して子供が生まれた。
子どもがすくすく育っている。……

「こんなこと、当たり前だと思ったら
大間違いです。

世の中に当たり前のことは
たったひとつしかないんです。

それは、産まれてきたすべての命には
必ず終わりがあるということ。

それだけが当たり前のことで、
それ以外のことはすべて奇跡なんですよ」

助産師の内田美智子さんがこう話していた。

内田さんといえば、
『いのちをいただく』の著者。

毎年牛を殺して肉にする仕事をしている
坂本さんと、畜産農家で「みいちゃん」
という牛と一緒に育った女の子の話を綴った
感動的な絵本だ。

この年末から年始にかけて、
内田さんは連日新しい命を取り上げた。
その中には15歳の少女もいた。

分娩室で彼女は「痛い、痛い!」と
泣き叫びながら、やっとのことで
3000グラムを超える大きな赤ちゃんを産んだ。
妊娠に至った経緯には、
言うに言えない事情があった。

しかし、産まれたばかりの赤ちゃんを
抱きながら、少女は「ママよ、私がママよ」
と何度も語りかけていたそうだ。

しばらくして、ずっと寄り添っていた、
30代後半だろうか、40台前半だろうか、
若くして祖母になったばかりの
母親に向かって言った。

「ママ、ありがとう」

同じ頃、国会議員の野田聖子さんが
不妊治療の末、50歳にして男の子を出産した。

「50歳だろうが、15歳だろうが、
生まれてきた子は乳飲み子。
手がかかるのは同じ。
周囲のサポートは同じように必要です。

中学生だろうが、国会議員だろうが、
母親は一人しかいないんです。

育てられることに感謝して欲しい」

と内田さんは言う。

30年以上もお産の現場にいる。
そこは「おめでた」ばかりではなかった。
妊娠が分かってから
女性は約10ヶ月の月日を経ながら、
少しずつ「母親になる」という決意をしていく。
それは自分の命を賭けて産むという決意だ。

わずか50年前、約2000人の母親が
お産のときに命を落としていた。

内田さんが助産師になった30年前は300人、
一昨年でも35人の母親が自らの
命と引き換えに子どもを産んだ。
死産もある。

ある妊婦は10ヶ月目に入って
胎動がしなくなったことに気が付いた。
診察の結果、胎児は亡くなっていた。
でも、産まなければならない。

普通、お産のとき、
「頑張って。
もうすぐ元気な赤ちゃんに会えるからね」
と、妊婦を励ますが、
死産のときには掛ける言葉がないという。

泣かない子の代わりに、
母親の泣き声が分娩室に響き渡る。

その母親は内田さんに
「一晩だけこの子を抱いて寝たい」と言った。

真夜中、看護師が病室を見回ると、
母親はベッドに座って子どもをだいていた。

「大丈夫ですか?」と声を掛けた看護師に、
母親は、
「今、お乳をあげていたんですよ」と言った。

見ると、母親は乳首から滲み出てくる乳を
指に付けて、子どもの口元に移していた。

「このおっぱいをどんなにか、
この子に飲ませたかったことか。
泣かない子でも、その子の母親でありたい
と思うのが母親なんです。
何千年の時を経ても
母親は母親であり続けるんです。」
と内田さん。

父親・母親世代に内田さんは、
「子育ては時間が取られるなんて思わないで。
育てられるだけでも幸せなことなのよ」
と語り、
学校に呼ばれたときには、
「お母さんは命賭けであなたたちを産んだの。
だからいじめないで。死なないで」
と子ども達に訴える。

「命が大切なんじゃない。
あなたが大切なの」と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私達は子ども達に日々「あなたが大切!」って伝えているでしょうか?
心で思っているだけでは伝わらないんですね。
今日から子ども達に「あなたが大切なの」と毎日伝えてみましょう。
子ども達はきっと命の大切さを知って、
自分自身を大切にするようになり、
そして、自分の周りにいる人達も大切にするようになるでしょう。

「具体的に明確に伝える」ことは
発達障害の人達への支援方法でもあります。


FB「学校では教えてくれない言葉の数々さん」の投稿をシェアします!


「この世に雑用という仕事はない」

渡辺和子さんは、2.26事件で
暗殺された教育総監、渡辺錠太郎氏の娘です。

9歳のとき目の前で父が殺されたそうです。

20代後半になってアメリカの修道会に入り、
10年ほどして日本に帰りました。

岡山の「ノートルダム清心女子大学」の学長や、
理事長を歴任されています。
多くのすばらしい本もお書きになっています。

渡辺和子さんがその修道会にいたときのこと。

食事の準備で食卓にお皿を配っていたとき、
渡辺和子さんに、あるシスターが寄ってきて、
こう尋ねたそうです。

「渡辺さん、あなたは今、
なにを考えながら、
お皿を配っていますか?」

渡辺さんは、とまいどつつ、
「いえ、何も考えていません」
と答えました。

そのとき、シスターは
「渡辺さん、あなたは時間を無駄にしています。
なぜ、このお皿を使う人の幸せを
祈りながら配らないのですか?
この世に“雑用”という仕事はないのですよ」
と教えてくれたというのです。

よく考えてみましょう。

炊事も洗濯も掃除も、また子どもの世話も会社の仕事も・・・
この食事をする人が
元気になってくれるように。。

この服を着る人が
幸せになってくれるように。。

この廊下を歩く人が
笑顔で過ごせるように。。

この仕事に関わる人が
みな幸せになってくれるように。。。
と、念をこめたら、それは単なる
『雑用』でもなく
単なる作業でも
単なる仕事でもないでしょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

日々の雑用は嫌だな~と思うことが多いものですが、
その雑用の先に人の幸せがあると思うと、、、
雑用って、みんなが幸せになれるものなんですね。

2013年9月2日(月)の中国新聞に、日本インクルーシブ教育研究所でセミナー講師を務めて下さったフリージャーナリストの大橋広宣さんの記事が掲載されました。

発達障害の一つ、学習障害(LD)の当事者でフリーライターの大橋広宣さん(48)=下松市=は子どものころ、過酷ないじめに遭った。落ち着きがなく、集団行動も苦手。そんな障害の特性がいじめの標的になったと振り返る。いま、全国の小中学校などで講演し、体験を語り伝えている。周りと違うからいじめるという過ちを、子どもたちに繰り返してほしくないと。(余村泰樹)

学習障害 自身の過酷な体験伝える 下松のライター大橋さん

いじめが始まったのは小学2年から。教室の中で友達にサッカーボール扱いされて蹴られた。「人間じゃないから切っても血が出ないだろ」。カッターナイフで手を切るように命じられた。

「『何であいつはとろいんだ』といういら立ちがあったんでしょう」。人に合わせられない、忘れ物が多い、給食を時間内に食べられない…。「当たり前」のことができず、みんなの足を引っ張ることがあったから。

読む書く困難

LDは知的な障害はないが、読む、書く、計算など特定の分野に著しい困難がつきまとう。大橋さんも他の科目はこなせたが、算数はいつも0点だった。「発達障害」の概念がなかった時代。教師には「努力が足りないんじゃないか」「何でこんな簡単なことが分からないの」と突き放された。いじめを打ち明けても、成績の良いいじめっ子の肩ばかり持つ。信じてもらえず、孤立した。

味方は両親だった。人と決して比べず「できないことがあるのは恥じゃない」「おまえはばかじゃないよ」と抱きしめてくれた。漫画を描くことや歌うのが得意な大橋さんを「うまいのう」と大げさに褒めてくれた。だから生きていられたと、大橋さんは思う。

両親に褒められ自信/得意分野活かし就職

自分のことが好きになれた
のは、社会人になってから。文章表現が認められ、地元の新聞社に就職できた。「おまえの記事は面白い」と評価された。得意分野で稼ぎ、人のためにもなる。仕事が楽しくてしょうがなかった。17年間、記者として経験を積み、8年前にフリーになった。

ただ、幼い日の心の傷は癒えない。取材で学校に行くと、子どもの言い争う声に冷や汗が出た。いじめの体験の講演を始めた当初は記憶がフラッシュバックし、意識を失ったこともある。

年間60回講演

それでも語り続けている。現在は全国で年間60回ほど、子どもや親、教師たちを相手に講演する。苦手なことがあっても、得意を磨けば一人前の社会人になれる。集団行動が苦手でも、マイペースで生きていける。今の自分は、それを証明できると思うからだ。

広島市中区であった日本インクルーシブ教育研究所(中区)主催の講演会。「わが子が発達障害だと周囲に伝えるかどうか迷っている。偏見が生まれないだろうか」。保護者から切実な質問が出た。

「話すべきです。クラスの子どもにも親たちにも」。障害の特性をみんなで理解し、受け入れ態勢をつくることが大切だと強調した。教師はそのスキルを備えてほしいと。

「みんな違っていて当たり前。いろんな子がいていいんだよ。子どもたちに繰り返し、伝えていきたい」

大橋さん中国新聞

アメリカのコメディアンであるジョージ・カーリンが、
彼の最愛の妻が亡くなったときに、
ボブ・ムーアヘッド牧師の説教を引用し、
友人に伝えた言葉を紹介します。

『この時代に生きる私たちの矛盾』

ビルは空高くなったが 
人の気は短くなり

高速道路は広くなったが 
視野は狭くなり

お金を使ってはいるが 
得る物は少なく

たくさん物を買っているが 
楽しみは少なくなっている

家は大きくなったが 
家庭は小さくなり

より便利になったが 
時間は前よりもない

たくさんの学位を持っても 
センスはなく

知識は増えたが 
決断することは少ない

専門家は大勢いるが 
問題は増えている

薬も増えたが 
健康状態は悪くなっている

飲み過ぎ吸い過ぎ浪費し 
笑うことは少なく

猛スピードで運転し 
すぐ怒り

夜更かしをしすぎて 
起きたときは疲れすぎている

読むことは稀で 
テレビは長く見るが 
祈ることはとても稀である

持ち物は増えているが 
自分の価値は下がっている

喋りすぎるが 
愛することは稀であるどころか
憎むことが多すぎる

生計のたてかたは学んだが 
人生を学んではいない

長生きするようになったが 
長らく今を生きていない

月まで行き来できるのに 
近所同士の争いは絶えない

世界は支配したが 
内世界はどうなのか

前より大きい規模のことはなしえたが 
より良いことはなしえていない

空気を浄化し 
魂を汚し
原子核を分裂させられるが 
偏見は取り去ることができない

急ぐことは学んだが 
待つことは覚えず

計画は増えたが 
成し遂げられていない

たくさん書いているが 
学びはせず

情報を手に入れ 
多くのコンピューターを用意しているのに
コミュニケーションはどんどん減っている

ファーストフードで消化は遅く
体は大きいが 
人格は小さく

利益に没頭し 
人間関係は軽薄になっている

世界平和の時代と言われるのに
家族の争いはたえず

レジャーは増えても 
楽しみは少なく

たくさんの食べ物に恵まれても
栄養は少ない

夫婦でかせいでも 
離婚も増え

家は良くなったが 
家庭は壊れている

忘れないでほしい 
愛するものと過ごす時間を
それは永遠には続かないのだ

忘れないでほしい 
すぐそばにいる人を抱きしめることを
あなたが与えることができる
この唯一の宝物には 
1円もかからない

忘れないでほしい
あなたのパートナーや愛する者に
「愛している」と言うことを
心を込めて

あなたの心からのキスと抱擁は
傷をいやしてくれるだろう

忘れないでほしい
もう逢えないかもしれない人の手を握り 
その時間を慈しむことを

愛し 
話し 
あなたの心の中にある
かけがえのない思いを
分かち合おう

人生はどれだけ
呼吸をし続けるかで
決まるのではない

どれだけ
心のふるえる瞬間があるかだ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私たちは、本当に、
豊かになったのでしょうか?
今一度ゆっくり考える必要がありそうです。

ボクサーの内藤大介さんの言葉です。
学校の先生の一言で、いじめがなくなるということが分かります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ひどいイジメだった。胃潰瘍ができた。 
毎日毎日、恐怖が続いた。 
いまもそのトラウマが残っている。 

僕がボクシングを始めた理由。
それは、中学のときのイジメだ。
相手に仕返しするためじゃない。
自分の身を守るため。 

パンチを打つのではなく、
相手のパンチをよけるため。 
僕は強くなりたいと思った。 

僕は北海道の豊浦町で生まれた。
家は貧しかった。 
サビだらけのトタン板で囲われた木造二階建て。
窓は木枠でできていたけれど、
きっちり閉まらない。 
毎年、冬の寒さをしのぐため、
ビニールを打ち付けて、窓をふさいでいた。 

僕には父親の記憶がない。
僕が生まれてすぐに離婚したらしい。 

母親は、自宅の離れで食堂兼民宿を営み、
朝から晩まで忙しく働いた。
なにも買ってもらえなかった。 

中学時代当時の僕は、身長が140センチくらい。 
相手は170センチ以上あるやつもいて、
喧嘩してもかなわないと思った。 

僕は笑いのものにされ、
使いっぱしりをさせられ、
それでもご機嫌をとり、
媚を売りながら生きていた。 

母親には隠していたけれど、
ある日、お腹が痛くて病院に行くと、
胃潰瘍ができていた。 

中学三年になって、
さらにイジメはエスカレートした。 

モノを隠され、
靴を捨てられ、
服を脱がされた。 

もう、限界だと思った。 

カラスやスズメ、
虫でもいい、
人間以外のものになりたかった。 

学校に行きたくなかった。 

そのとき、佐々木先生が異変に気づいてくれた。 
先生は、小さくて、
運動神経がよくて、
サッカー部の顧問。
歳は25歳くらい。 

生徒との距離が近くて、
冗談が通じるやわらかい雰囲気を持った人。 

その佐々木先生がホームルームで、
こう切り出した。 

「最近、誰かが、誰かをからかっている。
特定の人に、ひどいことをしている。
誰がやっているか、思い当たる人は手をあげろ!」 

誰も答えない。 

すると先生は、大声であいつの名を呼んだ。 
「おまえのことを言ってんだよ!!」 

シーンとなった。 

僕は、ビックリした。 
すごいと思った。 
こんな大人もいるんだと思った。 

先生が叫んでから、イジメはおさまった。 

僕は、ボクシングを始めた。 
不思議なことに、強くなると、
やり返そうという気持がなくなった。 

「先生のひとことで、救われたんだよ」 
フライ級の日本一になって北海道に帰ったとき、
先生にそう言った。 

先生は、変わらぬ優しい笑顔で、小さくうなずいた。

文部科学省から
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の公布について」の
通知がありました↓

「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」は
合理的配慮がないのも差別となることを明記していますから、
配慮を申し出て、拒否された場合は法律違反になるということです。
※この法律は平成28年4月1日から施行されます。

ただ、多数派も少数派も同じ人間ですから、
伝える時は「穏やかな気持ちで、たんたんと具体的に」
どうすればいいのかという具体的提案を
「紳士的に」「淑女的に」するのがポイントです。
大人の対応がうまく出来そうにない方は第三者にお願いしましょう

発達障害者への理解が進むかもしれない法律ができたとしても、
やはり、障害があるなしに関わらず、みんな同じ人間であるということ、
みんな、それぞれ心をもっているということには変わりません。
多数派と少数派が互いの違いを認め合い、
互いの良いところを褒め合える良い関係を築いていきたいですね。

タレントの春名風花さんの言葉を紹介します。

いじめている君へ

ぼくは小学6年生です。

タレントだけど、
ふつうの女の子です。

今から書く言葉は
君には届かないかもしれない。

だって、いじめてる子は、
自分がいじめっ子だなんて
思っていないから。

いじめがばれた時、
いじめっ子が口をそろえて
「じぶんはいじめてない」
って言うのは、
大人が言う保身(ほしん)のためだけじゃなく、
その子の正直な
気持ちじゃないかなと思います。

ただ遊んでいるだけなんだよね。
自分より弱いおもちゃで。

相手を人間だと思ってたら、
いじめなんてできないよね。

感情のおもむくままに、
醜悪(しゅうあく)なゲームで
遊んでいるんだもんね。

ぼくもツイッターで
よく死ねとか消えろとかブスとか
ウザいとか言われます。

顔が見えないから体は傷つかないけど、
匿名(とくめい)なぶん、
言葉のナイフは鋭(するど)いです。

ぼくだけでなく、
時には家族を傷つけられることもある。

涙が出ないくらい苦しくて、
死にたくなる日もあります。

けれどぼくは、
ぼくがいくら泣こうが、
本当に自殺しようが、
その人たちが
何も感じないことを知っている。

いじめられた子が苦しんで、
泣いて、死んでも、いじめた子は
変わらず明日も笑ってご飯を食べる。

いじめは、
いじめた人には
「どうでもいいこと」
なんです。

いじめを止めるのは、
残念ながら
いじめられた子の死
ではありません。

その子が死んでも、
また他の子でいじめは続く。

いじめは、
いじめる子に想像力(そうぞうりょく)を
持ってもらうことでしか止まらない。

いじめゲームをしている君へ。

あのね。
キモい死ねと連日ネットで
言われるぼくが生まれた日、
パパとママはうれしくて、
命にかえても守りたいと思って、
ぼくがかわいくて、
すごく泣いたらしいですよ。

この子に出会うために生きてきたんだって
思えるくらい幸せだったんだって。

それは、ぼくが生意気(なまいき)になった
今でも変わらないそうですよ。

想像してください。

君があざ笑った子がはじめて立った日、
はじめて歩いた日、
はじめて笑った日、
うれしくて泣いたり笑ったりした
人たちの姿を。

君がキモいウザいと思った人を、
世界中の誰(だれ)よりも、
じぶんの命にかえても、
愛している人たちのことを。

そして、その人たちと同じように
笑ったり泣いたりして君を育ててきた、
君のお父さんやお母さんが、
今の君を見てどう思うのか。

それは、
君のちっぽけな優越感(ゆうえつかん)
と引き換(か)えに
失ってもいいものなのか。

いま一度、考えてみてください。