誰もが違うということを前提とした教育にしていこう! -29ページ目

誰もが違うということを前提とした教育にしていこう!

主に特別支援教育、インクルーシブ教育、ASD、ADHD、LD等について書いていましたが、社会全体が大きく変わってきており、特定した話だけでは答えのない答えを導き出せない時代がやってきたと感じています。そのため何でも思いつくままに書いています。

朝日新聞(5/14)東京本社版の「オピニオン」に東京大学先端科学技術研究センター教授の中邑賢龍さんのインタビューが出ています。すばらしい内容です♡デコボコのある子ども達に私達大人がしてきた罪はかなり重いと思います。ぜひ、一読願います。
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 読み書きができない。人づきあいができない――。苦手な部分を異質と見なされ、学校や社会で挫折する大人や子どもは少なくない。特別支援教育が始まって6年。昨今の発達障害の「診断増加」で、対象者やボーダーの子は増える一方だ。彼らをどう受け入れ、未来を形作るのか。人間支援工学が専門の中邑賢龍・東京大学教授に聞いた。


 ――特別支援教育の対象の子やボーダーの子は、いまや小学校の普通学級の35人に2人はいるとされています。2007年から企業とタイアップして「DO―IT Japan」という障害のある子たちへの支援プログラムをされていますね。

 「当初は障害のある高校生の大学進学を支援する活動でしたが、最近は小中学生も対象にしました。高校生の支援をして分かったのは、日本の今の教育制度では、大学で素晴らしい研究ができる能力を秘めた子でも、学習面に少しでも苦手な部分があると高校までたどり着けていないということです。小中学校で『出来ない子』『ダメな子』とされ不適応を起こしてしまう子も多くいます。内申書も悪いため、進学に高いハードルがある。その過程で不登校になり引きこもったり、非行に走ったり。養護学校に進学する子もいますが、教科学習が不十分なため高等教育機関への進学は容易ではない。仮に高校に入っても、十分な配慮が得られず中退する子もいる。結局、仕事が見つからず、不安な人生を送らざるを得なくなるんです」

 「私の研究室では、仕事が見つからない若者30人ほどに働いてもらっています。中にはコンピューターで新しいプログラムをつくる人や、新たな機器を次々発想するような人が実際にいるんですよね」

 「特別支援教育ができて、発達障害の名前が知れ渡ったことで、ちょっと異質だと、何でも診断、診断です。学校でも『医者に行きなさい』『診断をもらったら補助教員をつけます』と。医師もとにかく診断名をつける。脳のどこが原因かという研究ばかり進める。でも診断で何が変わるでしょう。『○○障害で○○症候群の傾向も……』と言われても、親は何もできない。教師の中に、診断を聞いてその子に合った教育をできる人がどれだけいるでしょう」

 「日本にイノベーションが生まれなくなっているのはなぜか。そうやって『ユニークな才能のある勉強できない子』をつぶしてきているからです。計算を速く、漢字をきれいに。オールマイティーにまんべんなく勉強できることが教育では重視されているし、社会もそれを求めています。しかし、計算の速さが何に結びつくでしょうか? いまの日本に必要なのは特別支援教育じゃなく、初等中等教育の改革だと思います」

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 ――昨年から、大分県佐伯市の公立小学校で、iPadを使う授業を始めたのもその改革の一つですか。

 「我々がやっているのは『あるテク(現在あるテクノロジー)』を活用することです。いまある機器をその子に合ったようにどう使うか。デジタルカメラだって、ICレコーダーだって、勉強するのに使えるものは何でも使えばいい。文字自体は読めるのに文章を目で追うと言葉が頭に入らないような『ディスレクシア』の子なら、音声読み上げソフトを使う。文字は読めるのに手で書くのが苦手な『書字障害』の子なら、キーボードで打ち込んだりデジカメで黒板を撮影したりする。知的な遅れがない発達障害の場合、勉強するために支障となっている部分を機器で補えば、受験して高等教育を受けられます。そういった『能力』を秘めた子が全国にたくさんいます」

 ――機器さえあれば、どこの学校でもできそうですね。

 「ところが、学校が壁になっています。情報教育では小学校からパソコンを使わせるのに、その子だけにとなると『不公平だ』『ほかの子が壊したら』と拒否される。それで佐伯市のように学校で広めることを始めたんですが、今度は『読み書きそろばんは誰もができて当然』という考えが邪魔するんです。国語では『紙の教科書でもiPadの中の教科書でもいいから、黙読してそこに書かれている作者の思いを考えて』という授業を、僕らはしてほしいわけです。そうすれば『読み』が苦手な子も、iPadの拡大文字や音声で、少なくとも文章は理解できる。ところが、学校ではiPadを使い『全員で一斉に音読を』と言う。これでは『読み』が苦手な子は全くついていけず、頭にも入りません」

 「私は、国語から読み書きを、算数から計算の分野を分離させるべきだと思っています。そして、読み書き計算だけをする『学習基礎能力』というような教科を新設する。読み書き計算は道具の使用を認める。そうすれば、理科的知識も豊富で、地理も歴史の年号も知っているのに、入り口の問題文が読めなくてつまずいている子が救われます。先生たちの『学力』の概念も変わってくる」

 ――でも、その先の大学入試での電子機器利用は広がっていません。

 「障害の有無にかかわらず、入試でパソコンなどを使えるようにすればいい。高等教育を受ける権利は誰にでもあるはずです。今の入試科目や出題方法には、現代社会のニーズにマッチしていない部分が出てきています。どの教科もオールマイティーにできる人間を選抜する大学に、多様性は生まれません。少々つまずく部分があっても、知識や興味に偏りがあっても、その分野での才能があるかないかで判断する入試制度と、入学後の支援体制が必要です」

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 ――ツールは問わず能力を問う、ということですね。

 「私は、東京大学先端科学技術研究センターに、ロボットクリエーターの高橋智隆さん(特任准教授)を呼びました。彼のロボットの設計図は彼の頭の中にしかありません。作って発表して製品化するときに初めて設計図を描く。だれかと協力してじゃなく一人で作り上げるから独創的。設計図は後回しでいいんです」

 「彼と共に描く近未来はこうです。スマートフォンから手や足が伸び、首が生える。次々世代の携帯電話はロボットの形で実用化されている。肩にとまる妖精のティンカー・ベル、ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじのようなものです。忘れ物をしそうになると『おい忘れているぞ』と声を出し肩をトントンたたく。文が読めなければ耳元で読んでくれる」

 「この6月には、小型のヒューマノイドロボットを国際宇宙ステーションに送ります。ロボットと一緒に学び生活する時代は確実に近づいている。そんな時代に、鉛筆で字が書けないことが何の壁になるんでしょう。今年から、しゃべれず動けない重度障害者のわずかな顔の動きや視線をモニターで捉え、自分でパソコン入力できる支援も始めました。テクノロジーでだれもが勉強できる時代はすぐそこにあるんです」

 「発達障害とされる子の中にも飛び抜けた才能を持つ子もたくさんいます。エジソンだって、スティーブ・ジョブズだって、発達障害の傾向があったと言われている。イノベーションを起こすのは空気が読めない人間なんだから、空気が読めない特性を大事にしておかなきゃいけないんです。この社会のみんなが空気を読めたら、変革は起きない」

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 ――ただ、社会全体にそうした理解が簡単に広がるでしょうか。今春から障害者総合支援法がスタートし、障害者の法定雇用率も企業は2%に引き上げられましたが。

 「民間企業と『多様性理解研修プログラム』の開発もしています。ゲームを通じて他者との違いに気づかせる研修です。人は一緒でなくていいと理解し、偏っていても独創的で発想力のある人間を生かす職場がこれからの企業には不可欠です」

 「『凹(ボコ)デザイン塾』もやっています。あえて不完全な凹の商品を作り、凹(へこ)んだ部分を人間が補うことで人が気づき考えるという、新発想の商品開発です。人もモノもデコボコがあることを大切にしたい。法定雇用率の達成は重要ですが、雇用率は超えていなくても『何十人もの障害者が自分にあった時間だけ適材適所で働いています』という会社も評価されるべきです。彼らを生かせる専門の派遣システムも必要でしょう」

 「とがった部分を削り、凹んだ部分を埋めるモノづくり・教育は、人やモノを均一化し、社会の効率化を追求する上で重要でした。日本が、そこから脱却し、新しいモノづくり・教育に変えられるかどうか。誰もが生きやすい未来にとって、いまが重要な時期だと思います」

     *

 なかむらけんりゅう 東京大学先端科学技術研究センター教授 56年生まれ。広島大大学院教育学研究科博士課程退学。香川大助教授、米カンザス大・ウィスコンシン大客員研究員を経て、08年から現職。

 <取材を終えて>
 医学部志望だったが、山口大学教育学部へ進んだ中邑さん。大学院の恩師から、言葉の出ない重度障害の青年をコンピューターの力で話せるようにしろと言われた。声を出せば球が打てる野球ゲームを渡したら、胃潰瘍(いかいよう)が治ってしまったという。以来、テクノロジーで人が本来の能力を発揮できる研究を続ける。描く未来は特別支援教育の枠組みも不要の世界だ。米国では、連邦法で障害を理由とした排除を禁止し配慮が義務化されている。才能ある子に「日本に生まれなければよかった」と言わせない国にしたい。 (宮坂麻子)
朝日新聞DIGITAL

人は誰もが「認められたい・愛されたい・褒められたい」と思っています。これは、人間の本能です。でも、少数派の人達(発達障害のある人)は多数派の人達(平均的な人達)からどうしても「おかしい」「変だ」「普通にしてくれ」といった要求をされます。

そこで、発達障害のある人が、どれほど大変な思いで生活しているかを知って頂ければと思います。以下はASD(自閉症)の片岡さんの「発達障害の支援を考える議員連盟」での意見陳述(抜粋)です。

姿勢の維持が困難なので着席のまま発表させていただきます。ASDの診断には乳幼児期の情報が必須というのが国際的な常識ということを理解していただくため、乳幼児期のASD的なエピソードをのせてありますが時間の関係で詳細は割愛させていただきます。重要なのは子供のときの感覚過敏などの困難は大人になっても続くということです。保育園で私は他の園児の声が洪水のように大きく聞こえていたのを覚えています。これは大人になっても続き新宿駅などの騒音の激しいところでは携帯電話で通話することができずにトイレの個室からお客様に電話をかけるということをしていました。さらに私は人の顔が識別困難な相貌失認がかなり顕著にあります。知っている人に挨拶をしないという失礼なことを避けるため電柱に挨拶して笑われたりしました。ですから、本日来られている司法関係の方に知っていただきたいのですが、私は事件で犯人の顔を目撃したとしても特徴などを証言することができません。小学校高学年くらいからいじめにあい中学校はほとんど出席しませんでした。でもなんとか落ち着いて高校にはいることができました。

私たち自閉症スペクトラム当事者は診断基準にはない大変な身体的困難を抱えております。例えば私の場合、臭いに対する過敏性のため満員電車に乗ることができません。女性の方のお化粧の臭いや体臭の強い男性の方の臭いで気分が悪くなってしまいます。聴覚では空調の音やプロジェクターのファンの音がとても強く聞こえて集中することが困難です。あと喫茶店などでお客様と話していると、一緒にいる上司は目の前の人の声だけが聞こえるようなのですが、私は、聴覚の選択的注意ができないというそうなのですが、店内のすべてのテーブルの会話が聞こえてしまい、相手の方の声が非常に聞き取りにくいのです。ロックコンサートの会場で会話をするようなものです。

また自閉症の方は急に声をかけられるとびっくりする方が多いですが、私の場合も音源定位の障害というそうですが、急に呼ばれると音の聞こえてくる方向がわからずとても怖く感じます。視覚過敏では蛍光灯や最近増えてきたLED照明がものすごく頭につきささります。

感覚以外でも私たちは様々な問題を抱えており、例えば女性の方ではPMSの症状が強くでてしまい、中には精神症状が強すぎて統合失調に間違えられて大変な思いをされた方も見ています。気温や気圧の変化にも弱く、健常者なら十分に耐えられる冷暖房を使用しているときの室内と外気温の差に耐えられず体調を崩す方、激しい気圧の変化で非常に体調を崩す方が多くいらっしゃいます。知的障害のある自閉症の方が原因不明のパニックを起こしているとき、私もやはり調子が悪く強い低気圧がきているときだったりします。パニックにはなんらかの原因があるということですね。大学生になっても睡眠覚醒のリズム調整が困難で朝起きられずに、優秀な方なのに留年を繰り返してしまう方もいらっしゃいます。

このように私たちは常に不快な感覚世界にさらされています。健常者の方には黒板を10円玉でひっかくような不快な刺激に常にさらされているといったらわかっていただけるでしょうか? このような不快な感覚刺激は自律神経のうちの交感神経応答を引き起こしますから、感覚過敏と自律神経の問題が同時にあるのはそんなに理解不可能なことではないと思います。こういう交感神経優位の状態が慢性的に続くとストレスの慢性化や情動制御の困難が生じる場合もあるのだと思います。

このような感覚過敏の問題はASDが一番深刻だといわれていますが、自閉症児のお母様やADHD、LDの方もある程度は持っており、広く発達障害の方にあるものだと思います。

また私たちはアトピーや甲状腺機能の低下・亢進の問題など自己免疫疾患や、過敏性腸症候群など、ASD以外に生活の質を大きく落とす併存疾患を持っている方々が多いです。診断基準にはない身体的困難や心身症が如何に私たちの生活の質をさげているかということに理解をお願いしたいと思います。アトピーは自分の見た目を気にする若いASD者の方には自己評価を下げる原因にもなりがちですし、甲状腺機能・亢進は、うつ病や統合失調症と間違えられかねない精神症状を引き起こすこともあり軽視できない問題です。

ASD者として社会に望むことですが、まずは高機能、高機能というのはIQが正常範囲ということを意味するだけなのですが、高機能のASDを正確に診断・判定・個別評価できる医師や多職種のチームが増えることを、正確なASD診断がシステムとしてできるようになることを切望します。

次に公立中学や高校はどのような人にも最低限の教育を保障するためにとても大切であると思っています。特別支援学校で知的障害のある自閉症の方、高機能でも感覚過敏などの困難が大きくて個別的な対応を必要とする方々の枠をしっかり確保することは絶対にやらなければならないのですが、その上で、低学力の方、虐待を受けた方、貧困家庭の方など様々な困難を抱えた生徒を広く公立中学高校に受け入れるという文脈の中で、ASD圏の生徒たちにとっても安心して教育を受けられる場所になってほしいと思います。

最近、単にご自身の能力や性格の問題で試験や面接に受からない方が、発達障害の知識のない医師に誤ってアスペルガー症候群などと診断され、非常に限られている私たち成人ASDの支援リソースや就労先を奪う問題は、発言したくなかったのですが、もはや当事者として公的な場で発言せざるをえないくらいひどい状態になってきました。

最後ですが「就労=雇用労働」ではないわけですね。私も試行錯誤していますが、私たちASD者の多様なディーセントワークを求める試みを支援してほしいと思います。例えば農業労働が意外とフィットするASDの方もいらっしゃいます。あと欧米に限らず海外で働いて日本で働いていたときよりずっと生き生きとされている方もいらっしゃいます。また職業的に成功したASD者の中には通訳とかライターとか個人事業主として生計をたてている方が多いんですが、青色申告などの事務手続きが非常に複雑でエネルギーをとられてしまう方もいらっしゃいます。私は0円でできる特定非営利法人を立ち上げてみてわかったのですが手続きが非常に難しく、障害者が法人を立ち上げる場合なんらかの政策的な配慮があると非常に助かります。

最後に言いたいのですが、ASD者を雇用する場合、簡単な仕事を与えればいいと思っている方が多いのですが違うと思います。私たちに必要なのは感覚ストレスのない職場やLDの方であれば情報の入出力の工夫であって、仕事の成果物の評価を健常者より甘くすることは不要です。

片岡聡。1966年新潟県生まれ、東京大学薬学部卒、博士(臨床薬学)。
製薬会社研究開発部門、大学助教などを経てASDの生き辛さによるニ次障害で職場を退職。本年4月、ASD児の学習•余暇支援、身体的困難研究のための法人設立。


学校で「字がうまく書けない」「文字をうまく読めない」
「簡単な計算ができない」等で、
子どもが怠けていると勘違いしている人
今も尚、かなりいらっしゃいます。

学習障害のある子どもは、
クラスに必ず1~2人いると言われています。

学習障害について、よく知らない方は
こちらの番組をぜひご覧ください。
少し古いのですが、ご容赦ください。

いじめにあっているのに、無理して必死で学校へ行く子どもがいます。
それは「親に心配をかけたくないから」という理由が大半です。
親は、早くそのことに気づき「学校へは行かないでいい」と
言ってやって欲しいと思います。
そのまま学校へ行って命を落とすくらいなら
不登校の方が「まだまし!」と私は思っています。

不登校というのは、
子ども達が自分を守るための唯一の手段なのですから、
どうか、不登校を責めないでやってください。
子どもだって不登校になりたくはないのです。
本当はみんなと同じように学校へ行きたいのです。

でも、どうしても不登校にならざる終えない理由があるのです。

それは、聴覚過敏(発達障害の特性)で
教室のざわつきが耐えられなかったり、
低緊張のため、姿勢の保持ができないため
教師からいつも「姿勢が悪い」と注意を受けていたり、
ディスレクシア(発達障害の一つで読み書き困難)があり
どうやっても文字がうまく書けなかったり、
読めなかったりしているのかもしれません。

そういった困難さをクラスメートから
からかわれていることもあります。
教師や保護者が発達障害について詳しく知らないため、
子どもの障害特性を(善かれと願い)叱り続けていることもあります。

そういった困難さを理解されず、
いつもからかわれていたり、叱られていたら、、、

誰だって、学校へは行きたくなくなります。
ましてや、子どもの障害特性が原因で「いじめ」にあっていたら、、、
それでも、あなたは子どもを学校へ行かせたいですか?

そして、家でも学校でも障害特性を叱られている子どもがいます。
逃げ場のない子どももいるのです。
早くそのことに私達大人は気づかなければなりません。

不登校になっても、いじめにあっても、
命があれば次のチャンスは必ずあるのです。
どうか、子ども達の命を守ってやって欲しいと思います。


このVTRを見たら、
教師の気持ちや苦労が分かります。
保護者の気持ちも分かります。

かなり古い放送になりますが、見てみてください。
29分のVTRですが、
最後まで見ないと大切なことを見逃してしまいますから、
必ず最後まで見てください。

「あ~そういうことか!」と思って、
今日から前向きになれるはずです!





発達障害の人達がすることや言うことに「とにかく腹が立つ」という人を結構見かけます。それはですね、人は皆、発達過程において何らかの障害を来すものであり「人類、み~んな、みんな発達障害」という視点がないからなんです。みんな違う、違って当たり前という視点さえあれば腹は立たなくなるのですよ。

一つ、楽になる方法をお伝えします。それは「この人、何でこんなことをするの?」「この人、どうして、こんなこと言うの?」と腹が立った時は「この人は、こういう人なんだ」と思うと、とっても楽になります。「この人はこういう人なんだ」と思って付き合えば、然程、腹も立たなくなると思います。

それでも、腹が立つなら、距離を置くしかありませんが、脳科学を勉強すると人の言動の意味がかなり分かってきますから、発達障害の人達に腹が立たなくなったという声を結構聞きます。それは発達障害の人達の生きにくさの理由が分かるからなんですね。

そこで、少しばかり脳内物質について今日は書いてみます。鬱病に大きく影響していると言われる脳内物質の一つ=セロトニンは、皆さんご存知と思います。このセロトニンが不足してくると、人は攻撃的になったり、支配的になったり、イライラしたり、人の悪口が多くなったり、人の好き嫌いが激しくなったりする傾向があるそうです。

もともと発達障害者はこのセロトニンが不足していることが多いため、鬱病になりやすいとも言われています。そのため、子どもであっても小児性鬱病にかかっていることがあります。

このセロトニンですが、どうすれば増やせるかというと、日頃のちょっとした心がけが必要となってくるそうです。まず、一日30分程度日光に当たる、小松菜や豆等のタンパク質の多いものを食べる、白砂糖・化学物質・農薬・油をできるだけ体内に入れない、ウオーキング等の適度なリズム運動、瞑想や座禅で行うような深い呼吸、休養、余暇を楽しむ等を心掛けていれば、だいたい心が穏やかに過ごせますから、セロトニンもそんなに不足することもなく、鬱病にもなりにくくなるとか。害にはなりませんから試してみる価値はあると思いますよ。

つまり、イライラした人や攻撃的な人、とにかく人を支配しようとしてしまう人や悪口の多い人を見かけたら「あ~、この人、セロトニンが不足してきたのかな」と思えば、その人に腹も立たなくなるのではないでしょうか?

そんな腹立たしい人に対しても、奉仕の精神で癒しや安心感を与えてあげると、その人のセロトニンが増えるそうなので、対人関係がよくなったりするかもしれません。

この
癒しや安心感を与えるとっておきの方法に「ほめる」という行為があります。「ほめる」というのは実に簡単な支援方法ですので、ぜひとも多くの方にどんどん使って頂きたいと思います。


今週土曜日に「教師と支援者、保護者のためのビジネススキル講座」を開きます。

各国の文化が違うように、各職場の文化も違っています。学校での常識は、一般社会の非常識とよく言われますが、福祉業界では当たり前であっても、一般社会では「え~???」と驚かれるようなことであったりもします。

その職場ごとに文化がありますから、一概に「これが常識だ!」なんて言えませんが、ある程度、一般的に通じるビジネススキルを身につけておくことは子育てをする上で大切です。子どもは私達大人をお手本として育っていきますから。

「教師と支援者、保護者のためのビジネススキル講座」の詳細はこちらからご覧ください。
〆切りは明日です!!!



「おかあさん、ぼくが生まれてごめんなさい」
ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくは言う
ぼくさえ 生まれてなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわの子だね」とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら

この詩の作者は山田康文くん。
生まれた時から全身が不自由で書くことも話すことも出来ない。 
養護学校の向野先生が康文くんを抱きしめ投げかける言葉が康文くんのいいたい言葉の場合はウインクでイエス、 ノーの時は康文くんが舌を出す。
出だしの「ごめんなさいね おかあさん」だけで1ヶ月かかったという。
気の遠くなるような作業を経て、この詩は生まれました。

この母を思いやる切ないまでの美しい心に対して、母親の信子さんも、彼のために詩を作りました。

わたしの息子よ ゆるしてね
わたしの息子よ ゆるしてね
このかあさんを ゆるしておくれ
お前が脳性マヒと知ったとき
ああごめんなさいと 泣きました
いっぱい いっぱい 泣きました
いつまでたっても 歩けない
お前を背負って 歩くとき
肩にくいこむ重さより
「歩きたかろうね」と 母心
"重くはない"と聞いている
あなたの心が せつなくて
わたしの息子よ ありがとう
ありがとう 息子よ
あなたのすがたを 見守って
お母さんは 生きていく
悲しいまでの がんばりと
人をいたわる ほほえみの
その笑顔で 生きている
脳性マヒの わが息子
そこに あなたがいるかぎり

このお母さんの心を受け止めるようにして、康文君は、先に作った詩に続く詩をまた作りました。

ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは 生きていくのです
脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが、大切で
悲しさこそが 美しい
そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん
おかあさん
あなたがそこに いるかぎり

康文くんは重度の脳性マヒで8歳の時、奈良の明日香養護学校に入学しました。
不自由児のための特殊学校で、康文くんも母子入学でした。
康文くんは明るい子でクラスの人気者になりました。
1975年4月には体の不自由な子供達が集う「タンポポの会」が「わたぼうしコンサート」を開き、康文くんの詩が披露されました。 
このコンサートはテレビ、ラジオでも取上げられ森昌子さんが康文くんの詩を歌いました。 
このコンサートのあと、康文くんは突然天国に行ってしまいました。
窒息死でした。
横になって寝ていたとき、枕が顔を覆ってしまったのです。
15歳の誕生日を迎えた直後だったそうです。

康文くんの先生で、この本の著者の向野幾代さんは復刊にあたって「あの子の詩は障害者が『ごめんなさいね』なんて、言わなくてもすむような世の中であってほしい、というメッセージ。
今もこうして皆さんの心に、呼びかけているんですね。

いま、障害者の問題は、高齢者の方たちの問題でもあります。 
『老いる』というのは、障害が先送りされているということ。
歳をとると、足腰が不自由になって車椅子が必要になったり、知的障害になったり・・・健常者の方も、たいていはいつか障害者になるんですよ。
だから康文くんたちは私たちの先輩。
世の中をより良くするよう切り開いてきた、パイオニアなんです」と・・・ 

向野幾世著 『おかあさん、ぼくが生まれてごめんなさい』より
(詩の中に不適切ととられかねない用語がありますが、障害児本人の作品であり、原文を尊重しました。)

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この詩を読んだ時、私は涙が止まりませんでした。
「おかあさん、ぼくが生まれてごめんなさい」と子どもが言わなくて済む社会、
「おかあさん、ぼくが生まれてごめんなさい」と子どもが思わなくて済む社会、
子どもに「おかあさん、ぼくが生まれてごめんなさい」と言わせない社会に、私はしたいです。

人は、みんな違っていいし、違っていて当たり前なのだということを、みんなが分かっている社会に、私はしていきたいのです。どうか皆さんよろしくお願い致します。

「昨日ねえ、お父さんが僕のこと、すっごく褒めてくれて、うれしくって、先生に言おうと思ったら、何を褒められたかすっかり忘れてしまった~」と笑っている子どもがいました。

この言葉から分かるように、ちょっと頭の中にためて記憶しておき、その記憶が必要なくなったら忘れるという『短期記憶』が実に弱い子どもが結構いるのです。年をとるとみんな、こんな風になるのである程度、年をとれば気にならなくなるのですが(苦笑)

ただ、子どもの時に『短期記憶』が弱いとどうなるか?というと、授業中しょっちゅう先生に聞いて確かめないといけません。そうすると、発達障害を知らない先生は「めんどくさいな~」と思ってしまうわけです。でも、この発達障害の特性を勉強している先生は、子どもの苦悩をよく知っていますから、丁寧に教えて下さるんですね。とても有難いことです。

また、『短期記憶』が弱いと、上記のように何かよく分からないけれど「褒められた」という経験だけ残るという特徴もあります。

そうすると、「怒られた」経験も同じようなことになるわけですね。だから、いつも怒られていると、怒られている意味が分かっていても分かっていなくても(だいたい発達障害の子どもは怒られている意味を具体的に・肯定的に・簡潔に説明を受けなければ理解できませんが)「怒られた」という記憶だけ残っていくので、自己肯定感がなくなります。

そうするとどうなるかというと思春期に入ってから、二次障害(心身症・不登校・ひきこもり・不良行為等)が始まります。

だから、褒めて育てることが必要なのですね。簡単に言ってしまえば「褒めて育てる」は無難だということです。

しかし、ただ、褒めりゃ~いいってものではなくて、
何について褒めているか具体的に分かるように褒めるというコツが発達障害の子どもには必要になってきます。やはりポイントは具体的に・肯定的に・簡潔に、その行為に対して5秒以内に褒めるPECSの考え方)というところでしょうか!?

それと、よくあるのが発達障害の子どもの障害特性を叱っている人が多いということです。障害特性を叱り続けているから、子どもが荒れるんですね。

学級崩壊が起きていたり、いじめの多い学級はだいたい発達障害の特性を周りの大人達から叱られ続けてきた子ども達が多いクラスだということが、最近になってだんだん分かってきていますね。

やはり発達障害について、私達は真剣に勉強しなければならない時がきています。日本には
発達障害者支援法という法律があって、すべての日本国民は発達障害について勉強して発達障害の人達を支援しなければならないということがちゃんと明記してありますから、法律違反をしないようにみんなで楽しみながら発達障害を勉強していけるといいですね♡  


NHKハートネットTV「発達障害の子どもとともに」第5回は、シンガー・ソングライターのうすいまさとさんが出演されます。

うすいさんの長男、直人くんが自閉症と診断されたのは4歳のとき。「この子ときちんと向き合おう」と覚悟をきめたものの、その後の苦労は並大抵のものではありませんでした。特定のものに強い”こだわり”を見せ、思い通りにならないと突然パニックを起こして泣き始める。不可解な行動をとる直人くんにどう向き合えばいいのか、手探りの日々が続きました。そんなうすいさんが、ある出来事をきっかけに、直人くんと少しずつ心を通わせることができるようになっていきます。果たしてその出来事とは?そして、子どもたちから教えてもらった「かけがえのない大切なこと」とは?

スタジオでは、子どもとの関わり方や、その後の成長について、たっぷりとお話を伺い、トークとあわせて、オリジナル曲を生演奏。発達障害の子どもの子育てに奮闘中のお父さんやお母さん、教育・福祉・医療などに携わっている方々にもご参加いただき、体験や思いを分かち合うそうです。

シリーズ 発達障害の子どもとともに
第5回「きみが教えてくれた大切なこと
シンガー・ソングライター うすいまさと」
2013年4月15日(月)午後8時から放送です。


それでは、YouTubeで、うすいさんの「脳の歌」をお楽しみください。