【複製】全日本卓球選手権覇者たち | なんでも書いちゃってます

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 訂正とお詫び!

前頁の記事で・・・

「シド」(ハンガリー)掲載の記事のタイトルは

【中国黎明期】と書きましたが(誤りでした)

2021年2月5日投稿記事でタイトルは

【全日本卓球選手権覇者たち】でした

私は更にあろうことか・・・

投稿年度は2015年と書きましたが

2015年度にそのような記事は存在しませんでした

(調べた結果)土下座ものです!すいません!

 

ほんとに申し訳ありませんでした!

今日は「豊田真由子」先生のお言葉身に染みます!

 

読者の方々がどうやって・・・

2015年度と書いたのに2021年度の

この記事(シド選手)を探し当てたのか・・・

2021年2月5日投稿記事でタイトルは

【全日本卓球選手権覇者たち】

最近【初見の方】が多くて・・・過去記事を

見て下さってるんでしょう・・・なので反応あった記事は

こうしてコピーペーストして【初見の方】に

見て頂けるように再度掲載させてもらってます、

今日いきなり【公式ハッシュタグ】で

80位にランクインしてました!

 

では2021年2月05日の

「全日本卓球選手権覇者たち」

       どうぞ

幼い頃の「愛ちゃん」と「小山ちれ」の

公開卓球デモンストレーション

 

 

    

日本卓球界における

覇者たちを追ってみよう

 

全日本卓球、最多優勝記録保持者は

 

🔱❶ 「水谷隼」の10回が男女問わず

歴代一位です!

      

              

 

いや、これは大記録!なんだ、かんだ、言ったって

2006年当時<青森山田高校>生だった「水谷隼」が

2006年から延々2019年の長きに渡り築きあげた金字塔だ!

 

 

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🔱❷ 「斎藤 清」8度の優勝

 
 
 
 
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🔱❷ 「小山ちれ・中国名「何智麗」8度の優勝

 

中国、上海生まれ<上海体育学院専門学校>卒業

1987年<世界選手権優勝>

1988年世界ランキング一位

1989年「池田銀行」卓球部コーチの「小山英之」氏と結婚、来日

1992年日本に帰化、同年の全日本優勝

1992年の全日本卓球選手権シングルスで優勝

1993年の全日本卓球選手権シングルスで優勝

1994年の全日本卓球選手権シングルスで優勝

1995年の全日本卓球選手権シングルスで優勝

1996年の全日本卓球選手権シングルスで優勝

1997年の全日本卓球選手権シングルスで優勝

1998年の全日本卓球選手権シングルスで準優勝

1999年の全日本卓球選手権シングルスで優勝

2000年の全日本卓球選手権シングルスで優勝

 

以上は全日本の優勝記録のみ、「小山ちれ」はこの後・・

五輪や世界大会で日本代表として日の丸をつけ活躍する!

 

 

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金メダル祝賀会で「福原愛」ちゃんと卓球余興

 

 

 

「愛」ちゃんに関するマスコミの質問に「小山ちれ」は・・・

「あの程度の選手は中国にはザラにいる」(少し世間がざわついた)

「小山ちれ」は 悪気など何一つなく正直に答えたのだ、

いつもながらの日本のマスコミ連中は救いようがない

 

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          「鄧 亜萍」(トゥ アヒョウ)

1994年「アジア競技大会」in広島

決勝の相手は中国歴代女子最強といわれた

鄧 亜萍・ トゥ アヒョウ」だった!

【五輪で金4・(五輪以外の金19)

世界大会で優勝18回】・・・

金メダルと優勝が、この数である、銀や銅や準優勝

更に幼少の頃からの全てを加えると

とてつもない入賞の数にのぼってしまう・・・

その数実に2003個!

 

下記画像・1992年<バルセロナ五輪>金

当時世界ランク一位の「鄧 亜萍」

 

その鄧 亜萍」を「小山ちれ」が破った

 

 

 

 

 

このアジア大会の一年前の1993年の世界選手権イエテボリ―大会で、

中国からシンガポールに帰化した「ジン・ジュンホン」にまさかの敗退・・・

 

上記に記したが・・・

 

その一年後の1994年のアジア競技大会in広島で、

やはり中国から日本に帰化した「小山ちれ」に敗れたことで・・・

 

本家本元の中国が怒った!

 

中国から他国に帰化した選手は数十年の国際試合に出れないよう

ITTF(国際卓球連盟)に強硬に申し入れた!

そして今の帰化選手に関するルールが出来た!

 

「小山ちれ」は日本人と結婚したのでルール違反とはならない、

「小山ちれ」はこの後もオリンピックの日本代表や世界大会で

多くの足跡を残す事となる・・・・・

 

何故 「何智麗」(小山ちれ)は世界大会優勝、

世界ランキング一位の絶頂期にありながら、

母国中国を捨て日本に帰化したのか?

そこには、衝撃の事実が隠されていた・・・・・

 

1987年ニューデリーで行われた世界大会の準決勝戦、

中国選手同士の対戦となった、

 

カットマンの 「管建華」 

       Vs 

 「何智麗」(小山ちれ)

 

ここで話が…15年前後にワープします

 

1950年代・・・

中国は初めて世界選手権に出場した

当時は日本が世界のトップに君臨していた

 

「荻村伊智朗」や

 

 

 

「木村興治」

 

田中利明」

   

 

少し時代が下がって・・・・・

 

「長谷川信彦」・・・67年 ストックホルム大会に

さっそうとデビュー頂点に立つ、後陣からのロビングは秀逸だった!

 

「伊藤繁雄」 ジエットドライブの異名を持つ

 

 

「河野満」表ソフト前陣速攻 (荘則棟★中国」 の模倣スタイル)

 

日本卓球が輝いていた時代だった!

 

・・・その日本の雄姿を横目に・・・・・

 

1961年【北京世界大会】を見据え、

中国の強化策は急ピッチで進んでいた

 

1959年ドルトムント世界卓球選手権

優勝候補は日本の「荻村伊智朗」

ハンガリーの「シド」が最右翼とみられていた

 

そこえ彗星のごとく現れたのが「容国団」↓(中国)だった!

 

 

ハンガリーの「シド」を下し ・・・

なんと中国初の世界チャンピオンとなった!

 

左から準優勝の「シド」優勝の「容国団」3位の「荻村伊智郎」

 

日本にとって変わり常勝中国卓球の誕生か・・・

と思われた矢先・・・の1968年・・・

時の中国で吹き荒れた、文化大革命

 

 

 

 

そのさなかに・・・

中国初」の世界チャンピオン

「容国団」は自殺して果てた・・・

 

 

この訃報に先立つ60年(【北京世界大会】)の一年前・・・

世界大会予選を兼ねた中国大会で

この世界チャンピオン「容国団」を破り

颯爽と桧舞台に登場してきたのが・・・

 

中国卓球界伝説の男「荘則棟」↓だった!

 

「荘則棟」は日本の「荻村伊智郎」「田中利明」らの

デモビデオで日本卓球を学び

「荻村伊智郎」「田中利明」らを師と仰いでいた・・・

 

だが「荘則棟」は「荻村伊智郎」「田中利明」らの

物真似などする気は毛頭なかった!

 

「日本選手のドライブは強烈だがバックは非力である」

とペンホルダーの弱点を見抜いていた・・・

 

「荘則棟」はフォアもバックも振れる形を模索し

完成させた・・・

 

フォアは独特の巻き込む打法

バックは払っていく打法・・・

 

日本の強烈なドライブに対しては前陣を死守し

カウンターで対抗していく・・・

 

ここに伝統の第一期中国卓球

【前陣速攻】の完成をみた!

 

<北京世界大会>予選で

「荘則棟」は「容国団」をストレートで破る

実力をつけてきていた・・・・・

 

卓球の師と仰ぐ「荻村」氏と「荘則棟」向かって右

 

 

ワープ記事終了、本題に戻ります

 
 

1987年ニューデリーで行われた世界大会の準決勝戦、

中国選手同士の対戦となった、

カットマンの 「管建華」 

        Vs 

「何智麗」(小山ちれ)

 
ここから世界の卓球界に衝撃を起こした

「何智麗」事件へと向かう・・・

 
中国卓球界の至宝「荘則棟」
 

なんと!

この「荘則棟」が、指導していたのが・・・カットマンの「管建華」だった!

試合直前「何智麗」(小山ちれ)は中国上層部の男から・・・

「これは上層部の指令だ「管建華」に勝ってはいけない」

一瞬耳を疑うような言葉がその男から発せられた

「何智麗」(小山ちれ)は一本気で純粋な気質だった、

そんな不正に組する事など出来る人間ではない、

「何智麗」(小山ちれ)は上層部の指令を無視し勝利した!

そして優勝した・・・

私は「荘則棟」がこのような指令を出したと思いたくない・・・

中国卓球界の至宝「荘則棟」の心中を忖度した、

取り巻きの連中の仕組んだストーリーと考えている、

「管建華」の指導者だった「荘則棟」は後年こう語った・・・

「「管建華」は勝つ指令を信じて心の準備もなく敗れてしまった」

 

それからというもの「何智麗」(小山ちれ)に対する上層部の、

いじめ、や嫌がらせが陰湿に毎日行われた・・・

こうして「何智麗」(小山ちれ)は耐えきれず中国を捨てた!

 

私の2014年5月9日のブログ記事で

一度この事件を書いてます・以下のタイトル名で

謎の女の正体


テーマ:

 

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🔱❸ 「馬場美香・旧姓、星野​」 7度優勝

 

  

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🔱❸ 「平野早矢香」 5度の優勝

 

 

 

 

🔱❸ 「石川佳純」 5度の優勝

 

 

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このテーマは まだまだ続きます今日はこの辺りで