「ハナアブがハチに似ている昆虫」ということを知っている人は、ある程度昆虫がわかる人なのだと思います。

 

さて、ではあなたはこの虫を見て、どう思うでしょうか?

 

これは、ヒメヨコジマナガハナアブというハナアブの一種。

 

遠くからぼんやり眺めるだけでは、ハチとしか思えないフォルムをしています。

 

それもそのはず、彼らは体の模様をハチに似せるだけでなく、「前脚を高く掲げてハチの触角のように動かす」という特技も身につけているのです。

 

眼を全開にして、じっくり見ないと本当にハチと間違えてしまいます。

 

このように、ハナアブには精巧なハチ擬態をする者が少なからず存在しています。

 

「ハチに似ていることで鳥などの外敵から身を守ることができる」、というのが理由と考えられています。

 

「ハナアブハンドブック」にも、多くのハチ擬態者を掲載しました。

しかも、スズメバチ似やミツバチ似、マルハナバチ似など、種によってモデルとなるハチも異なります。

 

各ハナアブがどんなハチをモデルにしているのか、想像してみるのも楽しい時間です~8

 

 

 

 

 

ハナアブをはじめ、ハエの仲間に人気がない原因の一つに、「調べてもよくわからない」というものがあります。

 

私が10年ほど前に保健所に勤めていた頃、身近な不快昆虫「チョウバエ」について調べようとしたことがありました。

しかし、日本のチョウバエは研究が進んでおらず、「依然として未解明な部分が多い」という事実を知り、愕然としました。

 

その時、驚きとともに「誰もやらないなら私がやろう」と思い立ったことが、今もハエやハナアブを調べる原動力になっています。

 

―ハナアブの識別は難しいですか?

 

ハナアブの勉強を始めて最初にぶつかる壁が「似たような種が多い」ということです。

 

とくにヒラタアブの仲間はどれも似たような模様をしていて、慣れないと本当によくわかりません。

山地でよく見られるオオオビヒラタアブ(この個体は♂)。

腹部背面にヒラタアブ類の典型的な斑紋(2・1・1型)をもつ。

 

じつは、これまでにも日本産のハナアブ科が多く掲載されている図鑑がいくつか出ています。

 

私もはじめはそうした図鑑を眺めていましたが、やっぱり「わからない」でした。

 

そこで、専門的な文献や海外の図鑑を参照していくと、少しずつですが自分でも同定できるようになってきました。

 

中でも、海外の図鑑の質の高さには目を見張りました。

種の同定の際には、必ず見なければならない微小な形態があるのですが、海外の図鑑ではそれが拡大写真できちんと掲載されていたのです。

 

「なんてわかりやすい図鑑なんだ!」そう思った私は、「種がきちんと同定できる図鑑」を作りたいと思うようになりました。

オオオビヒラタアブの♀。

腹部斑紋が緑色を帯びた白色~黄色。

色味だけ見ていると、ヘリヒラタアブなどと間違いやすい。

 

オオオビヒラタアブは同じような模様を持つヒラタアブの仲間の中でも、比較的わかりやすい種です。

とくにメスは腹部の斑紋の色が薄い緑色をしていて、他のヒラタアブ類とは区別しやすい。

 

私の住んでいる長野県では個体数も多く、とくに春から初夏には人肌へ飛来してじっくり観察させてくれます。

とてもフレンドリーなヒラタアブです。

 

はじめこそ標本にしてよく観察したほうが良いですが、慣れてしまえば外見だけでわかるようになります。

 

「ハナアブハンドブック」では、まぎらわしいヒラタアブ類の識別について特に力を入れました。

 

「ああ、ヒラタアブの仲間ね。よくわからないね」で終わらせるのはもったいない!

 

あなたの近所に暮らしているハナアブには、どんな種類がいるでしょう?

ぜひ「ハナアブハンドブック」を片手に、種類を調べること(=同定作業)にも挑戦してほしいです~8

 

 

 

ある年の初夏、ウチの子供たちと近所の高原で虫を捕っていた時のことです。

 

娘の手に飛来したオオオビヒラタアブを撮影していると、「お父さん、採れた~」と息子の声。

 

息子の網の中を見ると、大きめなヒゲナガハナアブが入っていました。

 

『…おや?』と思いつつ、管ビンに移して見てみると、

 

「……おっ、おお!…いいね!これいいよ!! いや、ほんと、すごい!!ど、 どこにいたの?…」

 

一見サッポロヒゲナガハナアブのようでしたが、やや大きく全体的に黄色が強い印象のそのハナアブは、まさに私が探していたものでした。

ニセサッポロヒゲナガハナアブ Chrysotoxum graciosum ♂. 伊那谷産.

息子には、たまに良い虫を先に採られてしまいます。

 

じつは、従来「サッポロヒゲナガハナアブ」とか「ヒゲナガハナアブ」等とされていたものには、明確に識別できない点が多々あり、それら種群は長い間「サッポロヒゲナガハナアブ?」とか「よくわからないもの」としてハナアブ愛好家にも疑問が持たれていました。

 

ところが、2013年に韓国の研究者らが発表した論文により、事態は動きます。

 

詳細はややこしいのでここでは割愛しますが、これまでサッポロヒゲナガハナアブ(あるいはその近似種)とされていたモノの中には、「真のサッポロヒゲナガハナアブ」と「それ(ら)とは異なる別種」が含まれていたことがわかったのです。

 

その別種は、以前は日本に分布しないとされていたモノだったため和名がなく、私はいくつかの地元産標本を集めて、形態計測データを加えて、「ニセサッポロヒゲナガハナアブ」という和名を付けて2025年に専門誌「はなあぶ」で報告しました。

 

―息子が採集した標本は、この時の貴重な1頭となったワケです。

 

ニセサッポロはサッポロに酷似していますが、後脚や腹部腹面、触角各節の比率といった細部を確認することで識別できます。

 

また、全体的に大きく、腹部もやや長く、腹部背面の斑紋がやや太いといった特徴もあります。

 

サッポロを沢山見ていると、たまに大きめで黄色味が強いモノに気付くのですが、そういう個体の細かい部分を見ることでニセサッポロだとわかります。(生きたままでも、管ビンに入れて腹側の色彩を確認することでほぼわかります)

 

「ハナアブハンドブック」にも掲載していますので、今後、各地から生息情報が届くことを期待しています。

「サッポロヒゲナガハナアブ?」を見つけた際はぜひ、識別にチャレンジしてみてちょんまげ。 ~8

 

 

 

 

筆者注:日本産ヒゲナガハナアブ属の分類はまだまだ道半ば。私もまだまだ勉強中で、腑に落ちないところもままあります。これからも研究を続けてまいりますので、皆様のご協力をお願いします。