長編物語ブログ -26ページ目

長編物語ブログ

 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

 誰にだって悩みはあるし俺にだってあるし。だけどそれは今までとても小さな明日になれば解消されたり、忘れてしまえるほどの悩みだった。だから俺はあれこれと考えずに直感のまま生きてきた。あの出来事以外は、
 俺の中にはいつだって古いロックが流れていたし、俺の中にはいつだってそれを心の中で口ずさんでいたし。それで忘れてしまえるほどとてもちっぽけな悩みだったんだ。
 だから俺は夢を見たと思う。その夢はごくごふありふれた、俺みたいな年のやつがみる平凡な夢だ。自分の住んでいる田舎に超有名人が帰ってきて、そいつと仲良くなり、同棲し……恋人関係に……なる夢だった。
 だから俺はそんなことアリエネェから何度思い出そうと、どんなに苦しくなろうともあれは夢だと思うことにした。
 それでいいんじゃねぇか、所詮あいつは俺との仲を得意な逃げで決めてしまったんだからな――。
 山中椿が唇を震わせている。少しだけ視線を下げてアスファルトを見つめている。
「隆言わなくてもいいよね、あなたならわかるわよね?」
 俺は笑った。公民館の駐車場に響き渡るほど。
 椿は目と口と眉を広げた。まるで貝が開くように。
「所詮あいつはそんなものだったんだろ、俺はあいつの逃避先で逃げ道だっただけだろ、だから、あいつが男になって変わった今は不要なんだろ? アリエネェよなアリエネェ」 椿はどっと身体の力を抜いたように項垂れると、すたすたと俺の近くまで来た。
 パンっと高い音がし、少しして俺の頬は熱くなった。目尻からは涙が零れる。
「何よ、何よ何よ何よ、あたしの気持ちも考えてよ、辛いのはあなただけじゃない! それなのに隆は……もうやだ……」
 山中椿は唇を更に震わせた。
 俺はかなり前だがこれと同じ光景を見た。椿は人前では決して泣こうとはしない、それは人一倍深い内面的な部分さらけ出さないからだろうが、ともかく山中椿の涙だけは見たくなかった。だから俺は言った。
「泣き虫椿、泣き虫……」
 胸に重心がかかり、花の香りが漂った。それは椿が俺を抱きしめ俺の顔に椿の髪がかかったからだった。
「ごめん、どうすることもできなくって、ごめんあたし、全て知ってた」
「おまえが俺たちを守ろうとしてたのは何となくだが伝わってた、いつかは俺……あいつと離れるんじゃねぇかって――でも、あいつの一言がなかったから、言葉と行動は証拠だから」
 椿はゆっくりと身体を離した。涙が伝うそこを何度も拭って、
「真紀はあなたが謹慎の指導を受けないで済むように、取材陣が押しかけないようにしたのよ、だから自分が男装化してテレビにでれば、話題は逸れるって」
 俺は椿の頭を撫でた。椿は上目使いで俺を見た。
「だから何? やり方はあったはずだ、あいつは俺との仲を放棄した。おまえの言うことはわかる、でもな……逃げだろそれが全くないとは言わせん、俺との仲も怖くなったんじゃね? だから最期まであいつは俺に告白させなかった」
 椿は下を向いたまま黙っている。俺が言っていることも一理あると思っているのだろう。「でも――」
「でもはいらね。この話題はもうなしな相棒」
 俺はそう言って締めくくった。ヘルメットを椿に渡した。椿はギンガムチェックのヘルメットを被ると、何だか身長が低いので歪な感じがする。俺が少し笑うと、椿はキッと目に力を入れた。
「つかさ、朝飯作ってくれよ」
 そう言って俺はバイクのエンジンをかけた。椿のヘルメットが背中に当たった。わかったということだろう。
 真紀と初めて出会ったこの場所、結局俺達三人は初めから一緒だったんだな、妙な感慨が沸いてきた。そしてぽっかりと空いた俺の胸に風が吹き抜けていった。
鉛のように重い身体をベットに預けた。椿はパジャマ姿でアパートで横になっていた。 長い一日が終わろうとしている。あの後、フルハウスに戻る途中にスーパーに寄って二階の部屋に戻ると、隆の「泊まってよ椿ちゃん」というしつこい攻めに辟易し、仕方がないので眠るまで傍にいると言って隆の腕を握っていた。隆が眠ったのは以外と早かったが自分の家に帰る頃には足が棒のようになっていた。入浴などを済ませ自室に入るとすぐに睡魔が襲ってきて意識が朦朧とする中目覚まし時計をセットした。
 時計の針が三時を回ると携帯が鳴り始めた。椿は何度も鳴る着信音に苛立ちを覚えたが電話を取った。
「もしもし」
「椿、寝てた?」
「だぁれ……」
「真紀だよ真紀」
「ええ、真紀なのありがとう……」
「前は隆君に今と似たような状況で電話をすると何度も電話をきられちゃったよ」
「隆ぃ? 女装して大変よ、真紀寂しいよ帰ってきてよ……」
「隆君女装したんだ……」
 しばらくの無言が続いた。
「……ねぇ……椿ちゃん今日は椿ちゃんと隆君が出会ったときの昔話を聞かせて」
 真紀がそう言うと椿は訥々と語り出した。
 
 隆と椿は毎日のように土手に通った。
 椿はギターを片手に演奏し、隆は歌う。
 学校も違うし済んでいる地区も市からは反対側に位置する二人。毎日夕暮れ時にやってきてはジャムセッションをしたり興奮しながら六十年代のロックを語り、およそ年齢には似つかわしくない会話に花を咲かせた。椿の方は時を忘れるように話し気づくと辺りが薄暗くなっていた。誰からも理解されていないというフラストレーションがたまっていたのだろう。ちょうどこの日も土手の小道から呼ばれる声で二人は現実に引き戻されるのであった。
 隆は笑顔を浮かべて手を取る。椿は恥ずかしそうに俯いた。
「あら遠慮しなくていいのに三人で手をつなぎましょう」
「広大さん今日は遅いしあたし帰ります」
 椿は女性にしては少し大きな掌を控えめに握りながら言った。
「あら、広大さんって、椿ちゃんやめてよ、お・か・あ・さ・んでしょう? まだ気をつかってるのね、中身は女ですからそう呼んでね」
 長い髪の毛を後ろに長し、エプロン姿に色白の肌が際立っていた。よく観察すると身長も高い。広大は女装しているのだ。声にも微妙に違和感があった。
 三人は広大を挟んで手を繋ぎ坂道を降りていった。アパートを越え、道路沿いにある一見の借家の前にくると足を止めた。
「食べて帰るでしょう?」
「で、でもぉ……」
「別にいいじゃねぇか、な椿?」
 隆にそう言われると渋々了承する椿。
 玄関を開けて居間に行くと、胡座をかいて焼き魚をつつきながら焼酎を飲んでいる涼子の姿があった。
「よぉ椿遅いぞおまえら」
「コウちゃんは、どうしてそうせっかちなのかしらね」
 テーブルには料理が乗って、恵は音楽番組を凝視するように見ていた。画面にはテロップが出ておりそこにはこう書かれていた。『露出を控えた歌姫の魅力を探る』。
「メグも少しは家事を手伝いなさい、女の子なんだからね」
 そう言うと恵は横目で涼子を見て、
「そこの半女性にも言ってよ、メグだけ不公平やけんそんなん」
「なにぃ?」
「コウちゃんはいいの、一家の大黒柱だから」
 座っていた椿が立ち上がりかけると、
「いいのよ椿ちゃんはお客さん」
 と、広大は静止した。
 台所から食器類をテーブルに運びやがて夕食は始まった。椿はこういう環境に慣れていないのか挙動不審に辺りを窺っている。広大はそんな椿の心情を知ってか知らずか取り皿におかずを入れながら、
「椿ちゃんは好き嫌いはないよね?」
 と、聞いた。
「あ、はい大丈夫です」
「おまえんちって女島だよな、俺あっちの方あまり行ったことない、今度家に遊びに行くわ」
 隆が口をもごもごとさせながら言うと、椿は目を少し見開いて、
「駄目!」
「何で?」
「どうしても!」
「変なやつ」
「隆……椿ちゃんも女の子なのよわかる?」
「わからん、こいつといるとそういうくだらないことを忘れる」
 広大は軽く隆の頭に拳骨をやった。
「男の子のにとって女の子はお姫様だって言ったでしょう?」
「わかったよ……」
 隆は口を尖らせた。
 やがて夕食も終わり隆の部屋に入った椿はベットの上に腰掛けた。
 隣の部屋からは音楽が流れ、その音は不快にならない絶妙な音量でこの部屋にも届いていた。隆は後からやってきて椿の前に座る。
「なぁおまえさ」
「おまえじゃない椿」
「何だよ俺おまえに何かしたか?」
「別にちょっとね……隆が羨ましいなってあたしの家は母さんと二人だし、音楽の話しなんてできないからさ、広大さんってすごいよね」
「おれの師匠だからな」
「そっか……でもね椿の父さんもすごいんだよ、ギターがうまくて、今は会えないけど、きっとあたしのこと影から見守ってくれてるのよ」
「それ離婚したってことか?」
「お母さんのせいで、ごめん自分のことばかり話して」
「別に気にすんな、よくわからないけど、相棒だろ? 音楽話のしだってこれからは俺に話せばいいしな」
 椿はじんと胸が熱くなった。あふれそうになった涙を堪えてそっぽを向いた。
「どうしたんだ?」
「べ、別に……」
「コレクション見るか?」
 そう言って椿の手を取ると音楽が流れている隣の部屋に向かった。
 古いレコードプレイヤーがあってその上にはずらりとレコードが並んでいた。どれも価値がありそうな代物だった。
「す、すごい!」
 椿は声を荒げて言った。
「だろ?」
「このレコードねぇ隆――」
 それから二人は棚からレコードを下ろして会話に没頭した。
 広大が洗い物終え、音楽鑑賞に使っている部屋に向かうとそこには仲良く寄り添うように並んで眠る二人の姿があった。
「まぁ……」
 広大は湿った目で二人を眺めると、ゆっくりと扉を閉じた。
 それから椿の自宅へと電話を入れて、戻って来ると、毛布を二人の身体にかけた。視界にドレッサーの鏡が入りふと自分の顔が見えた。
「時間って残酷ね……二人が成人する頃にはわたしは――」
「お! バカ息子が女と!」
 広大は涼子の酔った声が聞こえたので「はいはい」と言いながら、涼子の身体を押し返し、部屋を後にしたのだった
 椿はセイウチのキーホルダーで部屋の鍵を開けた。リビングに続く扉を開け、冷蔵庫の中身を確かめた。案の定何もなかった。今からでは安売りの時間帯には少し早いので埃を被った部屋を掃除しようと思った。朝は隆の女装というサプライズのおかげで何もできていなかった。椿は鞄を置いて、大掃除を始めた。
 やがてレースのカーテン越しに茜色の空が見え始めると、掃除も大方終わっていた。椿は買い物に出かけた。フルハウスを出て左に折れると、毎朝待ち合わせに使っている交差点に行き当たり、その先にある橋を渡ると二十四時間営業のスーパーが見えてきた。椿が歩道を渡っているとブレザー姿にギンガムチェックのジョッキーヘルメットを被った隆が橋の向かいからやってきて橋を過ぎて、コインランドリーを迂回するようにやってきた。 椿の目前にバイクを止めると隆はギンガムチェックのヘルメット差し出して言った。
「乗って」
 そうして椿は恥ずかしそうにヘルメットを受け取って、伏し目がちに、
「いいの?」
 と、隆の瞳を覗き込んだ。
「え?」
 隆は聞き返したが、椿は「あ、いや」などとごまかして後部座席にまたがった。
 椿は何だか嬉しくなって、空を見上げた。
 
 戸口を派手に叩く音が聞こえて恵は二階からとたとたと降りて玄関を開けた。
 そこには女装して怯えたような目をした兄と弱々しい背を支える椿が立っていた。メールのやり取りで大方の事情は知っていた恵だったが、椿の驚くわよという忠告なしでは今よりも心がざわついたに違いない。兄のその姿は亡き父広大を彷彿とさせた。心のどこかではこうなることが自然なものと捉えている自分もいた。
「遅くにごめんメグ」
「いいけんいいけん。お母さんも喜ぶと思うし、お兄ちゃん最近音沙汰なかったしね」
 隆は少し落ち着きを取り戻した様子で、
「ただいま」
 と言って玄関を上がっていった。椿がそのあとに「お邪魔します」と続いたのだった。 恵は椿のメールで急いで夕食のメニューを変更していた。二人分増えるので手っ取り早く冷凍庫にあった帆立、海老などを解凍し麺をボールに大量に打ち上げていた。
 涼子は隆を見やって辛そうに一瞬顔を背けたが、椿が、「お久しぶりです涼子さん」と挨拶をしたときには普段の顔を上げていた。
 厳かな夕食が始まった。ホットプレートに乗った具材が静かに音を立てている。
 隆に対する涼子の毒舌も恵の母の行儀をしかる声もなかった。椿は広大が亡くなって間もない頃を思い出していた。この家庭の心の傷がまだ生々しく椿が隆に突き放される前のことだ。コンビニの総菜がテーブルに並び、洗いかけの食器が山となって台所を占領し、椿は月とうさぎでバイトした残り物をもらい、隆の家に届けに来て、いつも閉じた隆の部屋の前に菓子を置いて帰る。椿はぎゅっと記憶に胸を掴まれた。隆を失いたくない。これから隆の言動はここにいる誰もが想像できるが、椿だけは味方になってやろうと心に決めた。
 夕食もそろそろ食べ終わる頃になって隆は重い口を開いた。
「わたし……ここに戻りたい」
 涼子は何も答えない。
「もうあそこにいる意味はないし、ここでだって暮らせる」
 涼子は頭をがくりと落とした。
「それでまた、コウちゃんの――広大さんの部屋で過去に生きるんだろ? 苦しいのはおまえだけじゃない」
 涼子は隆の目を見据えて言った。
「どうしてそれがいけないの? 大事な人がわたしの両手をすり抜けていって……わたしがその人になるしかないじゃない!」
 涼子はテーブルを拳で叩いた。
「隆……元に戻ったなおまえは……今度は姫か!」
「涼子さんやっぱり無理かな……あたしからも隆がここで暮らすことを薦めたい。あたしの家族みたいに親子が仲が悪いわけじゃないし――」
「椿は黙れ」
 椿は言葉を詰まらせた。
「ごめんなさい」
「別に身内のことに口を出すなとかそういうことじゃない。おまえも家族同然だと思ってる姫もな、しかし隆がここに帰ってくることだけはゆるさん。広大さんの部屋にこもって前に進もうともしない、最近やっと人前でも歌えるようになったんだ」
 そう言ってばつが悪そうに隆から顔を背け、
「隆の悪いところは好きなことを枷にする部分だ。広大さんもそうだった。好きで歌ってているくせにそれが枷にもなって、度が過ぎ自分が生きているということまで忘れてしまうんだ。どうしてこう芸術肌のやつは……融通が利かないんだ……ほんとどうしようもない」
 広大はそう言ったきり黙った。
「あたしは隆の気持ちがすごくわかります。こんな人間は異常なんです。でもそうでないと心を打つ隆の歌声は成り立たない」
「ああわかってるさでもな、こいつも長い将来歩いていって今はいいけど、ふと落ち着いたときにコウちゃんみたいに壁を壊してしまうんじゃないかってな、だからおれは弱いのは罪だと思うんだ。生きる上でそうするしかできないなら、自分で脳のスイッチを入れたり切ったりしないと駄目だろう。それにはこいつが前を見て歌い続けないと駄目だ。姫もいなくなって今は苦しいだろうがな」
 椿は涼子の言葉がすとんと胸の中に降りてきて、まるでパズルの足りなかったピースがはまったような感覚に陥った。この人は息子のことを見ていないそぶりとは裏腹に、手に取るように理解している。椿は隆がうらやましく思った。自分の横でしゃくり上げながら涙を流している隆。
「本当にコウちゃんとよく似てる。こいつずっと泣いてるだろ?」
「はい。あたしが手を放すだけで」
 そう言って椿は笑った。
「じゃあどうすればいいのわたし?」
 そこで椿はおもむろに立ち上がった。そして掌を裏、表とひっくり返し、
「隆忘れたの?」
 片目を使って合図をした。みるみる隆の表情に生気が灯った。椿は裏、表と口元で掌を返した。
「『あなたの気持ちが転がり込む』真紀は隆のことが嫌いになったと思う? 冷静になってみて」
 隆はゆっくりと口元に掌をかざして裏、表とひっくり返した。
「チェックチェックでもまだ無理……」
「ゆっくりでいいのよ今度はあたしがついてるから、真紀に二度と会えないって思ってるかもしれないけど、あたしはそうは思わないテレビに映る鞘って、憎たらしい口調に聞こえるときない?」
 隆は深呼吸を繰り返した。そしてこくりとうなずいた。
「あれってあなたよ、鞘は隆で隆は真紀なの、あたしからみたら二人とも同じことしてるんだから」
 そう言って椿は笑った。涼子も盛大に笑い、恵はメールが鳴っていたので携帯を開いたそこには真紀という名前でメールが届いていた。