戦略とは、効果性が高いしきい値を求めることである
◆ほぼ毎日ブログを止めてから、2回目の投稿です。1週間に1度の
行事というのは、大変負荷が掛かります。
その理由は、次のようなことです。
毎日ブログを書くためには、コツがあります。それはブログを書
くことを前提に生活をすることです。
物事を伝えることを、意識しながら観察すると感受性が磨かれ
感性が高くなってきます。こうしていくとどんな小さなことでも
気づきを得られるようになります。
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途中で投げ出すのは、人間である証
◆ポアソン分布については、このブログでも何度か取り上げ
ましたが、サイコロの目を奇数を幸運の目、偶数を不幸の
目としてサイコロを振っていくとあるとき、連続的に不幸の
目(偶数)が連続的に出るというものです。
ところが、この確率はサイコロを振る回数を増やしていくと
限りなく2分の1に近づいていきます。
このことは人間の行動にも大きな影響を与えます。
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ほぼ毎日ブログ終了宣言
◆当時ブログとは言わず楽天日記に独立してから、1000日
ブログ続けてきました。目標達成して、トーンダウン。
<<最初のブログはここから>>
1年半ほどブログを書いていなかったのですが、2009年8月に
このブログで復活して、現在2845件の記事を書いてきました。
ブログを書くことを自分の中で義務付けると、思わぬ効果が
あります。それは世の中のことを観察する習慣が付くことです。
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お客貢献できる商品を作ってから、経営理念は作れ
◆私は経営理念がなければ、いい会社にはならないという考え
には少し違和感があります。
しかし、二宮尊徳さんの次の言葉には、共感します。
『道徳なき経済は罪悪であり
経済なき道徳は寝言である』
もし自社の理念が良いとするならば、それを世の中に伝える
のは、その会社の商品・サービスが一番顧客にとっては、解
りやすい訳です。
自社が提供する商品・サービスが顧客に貢献できるものでな
ければならないはずです。
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新規客獲得には、仕組みが不可欠
◆営業とひとくくりで表現する場合が多きですが、2つに
分けられます。一つが新規のお客さんを作ること。もう
一つが顧客維持です。
とくに新規客獲得対策は、遅れがちになってしまいます。
一つは新規客獲得は、とても難しく成果に繋がるまで時間
が掛かることが挙げられます。
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知恵を調べてみた
◆未来工業の山田相談役は、常に考えるということを社内に
浸透させて業績を良くしてきました。
単に『考える』ているだけで、業績は良くなるんだろうか?
こんなことが頭によぎり、知恵という言葉を調べてみました。
この言葉は、古代ギリシャ哲学でもテーマとして取り上げれ
深い内容だったことを知りました。
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市場拡大と市場創造、似て非なるもの
◆商品のライフサイクルは、まず誰かが製品を発明し徐々に
市場に受け入れられる。これが導入期です。
導入期を何とか生き延びた製品は、成長していきます。この
ころ他社が参入してくる訳ですが、参入することで市場はさら
に成長していきます。これが成長二期です。
その後成熟期、飽和期を経てきます。成熟期以降は、市場の
奪い合いです。
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新しいことを始めるには、何かを止める決断から
◆新しいことを始めるには、何かを止めてから始めるのが
鉄則です。実は今これで迷っています。
この目標を目指すには、どうあっても時間が足りません。
そこで竹田先生に、時間を短縮する方法を尋ねたところ
回答を頂きましたが、そこには正攻法を勧める文面があり
やっぱりかぁ~。という気持ちでした。
このことで、冷静になり次の手順で考えることにしました。
いつの間にか、簡単に手に入れる手段を探し始めていたのです。
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山田方谷に学ぶ難局脱出の戦略
◆弱者の戦略とは、数的に不利な立場が取る戦略です。
江戸時代末期、現在の岡山県備中松山藩は財政破綻寸前
でした。この窮地を救ったのが山田方谷、現在でいう財務
大臣です。この時の対策が、弱者の戦略でした。
その一つが地域の特徴を生かし作った特産物を、都会に
売りに行くという方法です。これで有名なのは備中鍬です。
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経営戦略を知らないリーダーの元では、社員の幸せはない
◆昨日のNHKスペシャルは、旧日本軍が歴史的惨敗をした
インパール作戦がテーマでした。
余りにひどい状況なので番組をしっかり観ることすらでき
ませんでした。
ビルマでの戦いの最終地はコヒマというところの取り合い
でした。別の資料で読んだところによりますと、ビルマの
湿地帯での戦いに駆け付けた兵士の中には、直前まで樺太
に駐留していたものもいたそうです。極寒地から湿地帯へ
移動した兵士で戦うなど正気とは思えない命令です。
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